萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

師走十一日、白薔薇―honorable

2022-12-12 00:38:00 | 創作短篇:日花物語
無垢よりも雪白、凛と、
12月11日誕生花バラ白薔薇


師走十一日、白薔薇―honorable


真冬に咲いた花、そんなひとだ?

「キレイ…」

ほら、心零れてしまう声になる。
その唇かすかな香り甘くて、深くて、秘密めくのに清々しい。
そんなふうに想えてしまうのはたぶん、真白かがやく雪と花と、あの横顔。

「…榊原のお嬢様、大学に入られたのだそうよ?あんなに上品な方なのに、」

声どこからか聞こえる、たぶん茶席の漣だ。
ほら幾つも、声いくつも波立ちだす。

…殿方に交じって勉学だなんて、良家の娘がするには…
…婚期を逃してしまわないのかしら、ねえ…
…あんなにお綺麗なのに、もったいない…
…まあ跡取り娘さんだから学問も…

さざめく女声たち囁いては潜む。
この背すぐの席だろう、けれど、まるで潮騒のよう遠く遠く。

「…だってキレイだもの、」

ほら心また零れだす、本音しか言えないから。
こんな自分だから本当は茶席なんて嫌い、けれど来たのは唯ひとつ。
唯ひとつの理由まっすぐ見つめて、晄子は髪ひるがえし雪庭へ降りた。

「まあっ、晄子!」

ほら母が呼ぶ、でも振り返らない。
ただ理由ひとつ真直ぐ見つめて、雪草履さくり、冷たいくせ輝く世界へ駆けだした。

「晄子っ、みつこ!次のお点前でしょう、もどりなさいっ、」

母が呼んでいる、大きい声じゃないけれど必死だ?
それは必死だろう?解るけれど今まっすぐ自分のため、振袖ひるがえし雪の花園へ立った。

「あのっ、さかきばら、ときこさんですよね?」

呼びかけて声弾みすぎる、うれしいんだもの。
ほら頬もう熱い、湧きおこる熱のまんなかで黒髪ゆるやかに振りむいた。

「…はい、榊原です、」

穏やかな声そっと透る、綺麗な声。
こんな声のひとなんだ?うれしくて晄子は笑った。

「わたし、田賀晄子って言います。大学ってどんなとこですか?わたしも学びたいの、」

あこがれて、憧れて。ずっと聴きたかった。
本音まっすぐ笑った先、黒目がちの瞳ふわり微笑んだ。

「それなら、夢の場所だと思います。学びたいのなら、」

夢の場所、学びたいのなら。
やわらかなトーン告げられて、雪草履さくり前に出た。

「斗貴子さんにとっても夢の場所ってことですか?あっ、」

訊いて、迂闊に口もと手で押さえる。
怒られるだろうか?けれど素直に笑いかけた。

「勝手にお名前ですみません、つい心の声のまんま出ちゃって。ずっとお会いしたかったからお名前でつい、」

こんなの変かもしれない?
けれども自分ありのままだから仕方ない、素直に笑った真中で黒目がちの瞳ほころんだ。

「そんなふうに言って頂くと気恥ずかしいです…会ってみて、期待外れでしたらごめんなさい、」
「いいえ!思ってたよりずっとキレイで嬉しいです、」

即答また心裡こぼれてしまう、こんなの呆れられる?
心配すこしだけ、それでも弾む白銀の庭で憧れのひとが笑った。

「私も、思ってたより嬉しいです…学びたい女の子と会えて、」

銀色まばゆい庭のほとり、ひそやかな声そっと透る。
ほそやかな振袖姿は紫あわく濃く鮮やかで、結わえた帯の白銀がまぶしい。

「雪の花みたいなひとなんですね、斗貴子さんは。きれいで、本当にかっこいい、」

ほら?心また声になってしまう、これは私の悪いクセかもしれない。
けれど本当のことだ、このひとは雪のなか凛と咲いている。

「雪の花なんて…冷たく思わせてしまいました?」

ほら彼女が笑ってくれる、白皙の貌ふちどる黒髪そっとリボンの純白ゆらす。
ゆるやかに艶めく髪は優しげで、晄子は首ふって笑った。

「あははっ、斗貴子さんが冷たいんじゃないですよ。冷たいのはあっちのオバサン達でしょ?」
「まあ、」

黒目がちの瞳ぱちんと大きくなって、桜色の唇すこし開く。
驚かせたのかな?自覚する性格につい笑ってしまった。

「口が悪くてすみません、でもホントでしょ?つめたーい噂好きとかウルサイ、だから女みっつでカシマシイ謂う漢字があるんですよ、」

こんな自分だから、女の子の輪はちょっと疲れる。
そんな自分にこそ大学は夢の場所かもしれない?本音と笑った先、女子大生が笑ってくれた。

「理知的な方なのですね、田賀さんは。正直で、率直で、」
「あははっ、そんな素敵な言葉にしてくれて。ありがとうございます、」

笑ってしまいながら頭を下げて、ほら鼓動ふかく熱い。
こんなふうに笑って認めてくれる、ただ嬉しくて憧れのひとへ笑いかけた。

「わたし、コンナなので母にはいつも叱られるんですよ?小賢しいコト言ってないで、女の子らしくオットリしなさいって、」

いつもの母の小言ほら思いだす、首すくめたくなる。
それでも治らない自分の前で、清楚な女子大生は微笑んだ。

「ご自分で考えて、ご自分の言葉でお話ししているってことでしょう?素敵だと私は思います、男性も女性も関係なく、」

ほら?認めてくれるんだ、このひとは。
きっと認めてくれるんじゃないかと思って、だから会いたかった。

「わたし、斗貴子さんに逢えて本当に嬉しいです。」

想い声になる、ありのまま率直な声だ。
こんなにも嬉しいなんて思った以上だ、こんなこと嬉しくて幸せで晄子は笑った。

「もし嫌じゃなかったら晄子って呼んでください、それで、お友だちにしてくれませんか?図々しいかもですけど、」

ほんとうに図々しいかもしれない?でもチャンスは逃さないと決めている。
つい昨日にも読んだ文章を思いだした真中で、白皙の貌ふわり明るんだ。

「はい…こちらこそお願いしたいです。ミツコさん、ありがとうございます、」

黒目がちの瞳やわらかに笑って、その白い頬そっと桜色やわらぐ。
たしか三歳ほど上で、けれど初々しい貌につい口開いた。

「やった!本音で話せる友だち初めてです。もうね、いっつも勉強や本でイラナイ知恵つけるよりお花だお茶だー言われてて、」

ほら素直なまま声になる、いつもより楽に。
ただ温かい、そんな白銀まばゆい庭で友だちが微笑んだ。

「お花もお茶も楽しいとこ見つかるかもですよ、でも、気持ちは解ります、」
「ほんと?うれしい、って、斗貴子さんはお茶もお花もすごいって聞いてますけど、」

応えながら差を思いだして、ほら少しだけあれだ?
そんな少しよりもずっと嬉しくて、笑った隣で友だちも笑った。

「お茶とお花は好きだけど、苦手なの。だからここで雪に見惚れているの、」

あ、苦手って言うんだ?このひとでも。
なんだかホッとして、楽しくて笑いあったまま訊いてくれた。

「ミツコさんは、大学で何を学びたいのですか?」

おだやかな澄んだ声、その瞳まっすぐ明るく燈る。
どこまでも聡明な眼ざし美しい、凛と温かなひとに口ひらいた。

「ひとつ夢があるの、あのね…」

話し始めて、白銀ゆるやかに空が舞う。
舞いおりる雪の花たち黒髪かざる、振袖ほそやかな紫に純白ともる。
清楚で、そのくせ強靭な意志まっすぐ真冬に咲いた花だ。

「すてきな夢ね、」

ほら純白の笑顔ほころぶ、真冬の花だ。
どんなに冷たい噂にも逆風にも折れない花、凛と咲いて俯かない。
それは雪とけこむよう真白で、ひそやかで、けれど確かに香りたつ。


昔むかし。まだ女性の大学進学は少なかった時代、学びがりな少女の物語
白薔薇:白バラ、花言葉「深い尊敬・心からの尊敬、純潔・清純、私はあなたにふさわしい、恋の吐息・相思相愛・愛の吐息、無邪気・少女時代、約束」

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