萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

設定閑話:警察医― from, Aesculapius 杜嶺の医神

2014-12-03 21:35:09 | 解説:背景設定
司法と医学の境界



設定閑話:警察医― from, Aesculapius 杜嶺の医神

警察医は普通あまり知られていない職名だと思います。
警察医=警察の捜査に協力する警察署嘱託医のことで、非常勤の地方公務員として位置づけられます。
警察医業務は主に2つです。

1.異状死体の検案と判断および死体検案書の作成※検案は解剖不可
2.警察署留置場にて被留置人の健康診断

警察医は普段は開業医として臨床しており非常勤なため、警察署に常駐していません。
連載中の小説では警察署内に警察医診察室を設定していますが、実際は非常勤であるため診察室の設置は原則ないそうです。
とはいえ執務スペース+更衣ロッカーや書類保管場所はあるだろなってコトで物語中では「警察医診察室」と呼称を付けてみました。
で、実際の業務場所として上記1+2を行う部屋は当然あります。

1の検案はいわゆる霊安室、警察署によっては検案室の名称で設置されています。
設備は医師による検案と警察官による検視をしやすいことが主眼で、かつ宗教色は一切排除されるため殺風景です。
検案室では、検案担当の警察医または監察医+検視担当の警察官、また警視庁職員互助組合指定を受ける葬儀社も立会うことがあります。
また検案は東京23区内だと監察医務院の監察医が警察署に出張してきます、

2の被留置人の健診では専用の部屋が留置場内にあるそうです、そこで被留置人は看守に付き添われ上半身裸で健診を受けます。
看守とは警察署の留置場で被留置者を監視しながら生活サポートを行い、また取調など留置場の出入りや護送も行う警察官です。
留置場の勤務は二人組でベテランと若手を組ませますが若手警察官は刑事志望者が配属されます。
被留置者を24時間看続けることで犯罪に関わる者の心理を実地経験から学ぶためです。



警察医の選抜は警察署の管轄地域で内科または外科を専門とする医師から選ばれるそうです。
が、実際は医師の専門分野は複数にわたることも多く内科医として開業していても病理学専攻の医師であったりします。
モデルにしている青梅署警察医の方は開業医として内科と小児科を診られていますが専攻は病理学、この専門知識が検案にも役立つそうです。

警察医の多くは日本警察医会に所属しています、研修会やディスカッションの場もあるそうです。
各都道府県ごとの警察医会もありますが、東京では23区内は監察医務院の管轄でそれ以外の地域に警察医がいます。
多摩地域の監察医務業務は多摩警察医会が行っていましたが、検案件数の増加に伴い検案態勢の維持が難しくなりました。
そのため当時の東京都監察医務院の院長が提案した話合いより、2004年に現在の東京都多摩検案医会の前身が発足しています。
この話合いは東京都健康局、多摩地域の司法解剖を担当する東京慈恵会医科大学と杏林大学の法医学教室、警視庁鑑識課など参加しました。
ちなみに「検案医」とは検案を行う医師全般のことで警察医・監察医はもちろん臨床医なこともあります。
医者なら死亡確認+死因究明について資格があるので。

で、警察医による検案ですが。
通常、人が亡くなるときは病気などによる死因がほとんどだと言われています。
その多くは診療中である病院や在宅療養中において担当医により死亡診断書が作成されます。
こうした医師が死亡診断書を書けるのは診療後24時間以内に死亡した時+担当医として診療している病気が死因の時だけです。
これら以外は警察による行政検視と検案が必要です、例えば自宅療養中の高齢者が独りでいるとき亡くなった場合も変死と判断され検案が必要になります。
具体的には警察官が検視を行い、その後に警察医へ死体検案を依頼し死体検案書が作成されます。
この死体検案書は死亡診断書と同じもので死亡届を役所に出すとき一緒に提出します。



警察医と監察医務院の制度について書きましたが、警察医と監察医は違います。
簡単に言えば、警察医には解剖の権限がありませんが監察医は解剖を行います。

警察医が外表所見など限定的な診察で検案し死因に犯罪性があるかを判断します。
それで犯罪性あり=犯罪死となれば死因の究明に司法解剖となります、司法解剖は大学医学部の法医学研究室が主に担当します。
で、犯罪性はないが検案で死因不明な場合は行政解剖が行なわれます、この行政解剖を監察医が担当しています。

監察医は伝染病・中毒死・災害死が疑われる場合も検案+解剖を行ないます。
東京監察医務院では例外的に司法解剖を行なうこともあり、たとえば行政解剖から犯罪死と判断されると司法解剖に切替えるなどです。
監察医制度は公衆衛生の向上を目的として第二次大戦後、連合軍総司令部GHQの命令により1947年に創設されました。
現在は東京23区・名古屋・大阪・神戸・横浜の5都市で監察医制度がない地域は行政解剖も法医学者が行ないます。
小説の舞台である多摩地域は上述どおり、慈恵医科大と杏林大の法医学研究室が担当です。



連載中の小説では警察医が登場します、
本篇『Aesculapius杜嶺の医神』では主人公の吉村雅樹とその前任・葛城朔太郎、
二次『side story』では雅樹の父・吉村雅也が青梅署の警察医を務めていますが、モデルがいます。
多く参考にさせて頂いている『人の子よーある医師の自分史』の著者、吉野住雄さんは青梅警察署の嘱託警察医です。
この方は東京医科歯科大学で病理学を専攻されて後に青梅で開業しています、で、大学時代は山岳部です。

またAesculapius6「Dryad樹神の懐」から登場の加藤名誉教授を描く資料は加賀乙彦『死刑囚の記録』がメインになっています。
この加賀乙彦さんは本名・小木貞孝さん、東京大学医学部出身の精神科医で東京拘置所医務部技官を務めた後にフランス留学された方です。
パリ大学サンタンヌ病院などフランス各地の精神病院を勤め、東京大学附属病院精神科助手を経て1965年に東京医科歯科大学犯罪心理学研究室助教授。
この精神科医として務めれた経験から小説や手記を執筆されて後、作家に専念されています。

……

 人間は、死と不幸と無知とを癒すことができなかったので、幸福になるために、それらのことについて考えないことにした。(『パンセ』168)

死刑囚は死に向きあうことが刑罰であり気晴らしに身を投ずることも出来ない、そこで死刑囚はノイローゼになることで死を忘れるのである。
そこにある濃縮された時間のなかで陽気さと病的な気晴らし、多忙と多産と運動過剰の状態として躁状態になり動きの多い生活で満たす。
だから拘禁ノイローゼは爆発反応に至る、囚人は暴れまわり自傷行為にも及ぶが囚人自身には異常行動の記憶がない。

完全な忘却をすることにより死刑囚は死を忘れようとする。
そこでは高等な意識を麻痺させ無意識層で全て行う、これが拘禁ノイローゼの爆発反応である。
それは言い換えれば、人間であることを放棄し動物になることであり原始反応の一種といえる。

……

Aesculapius「Dryad3」より加藤教授著作の抜粋ですけど、これも『死刑囚の記録』を参考&引用した部分です。
パスカルの『パンセ』168からの引用も使われています。

こうした司法×医学に関わる医師の方は臨床医とは違う現実がまたあります。
ドラマや小説などでは監察医や法医学研究室が捜査官ぽいことをやりますが実際はやりません。
あくまで検案や司法解剖や診察から解かった事実を捜査&裁判資料として提出するのが領分、そこには医学的観点に立つプライドと責務があります。


って記事を140万PVになったし纏めてみました、笑

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