快読日記

日々の読書記録

「わたしはアニータ」 アニータ・アルバラード  扶桑社

2006年05月21日 | エッセイ・自叙伝・手記・紀行
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今、どうしてるんでしょうか。


2001年12月、青森県住宅供給公社に勤務していた千田某が14億にも上る大金の横領容疑で逮捕された。金の大半は97年に知り合ったチリ出身の女性に貢いでいたとされた。
14億って!横領されて気づかない方もたいしたぼんくらなのだが、当時、マスコミの注目は千田本人ではなく、ぼんくらおやじたちでもなく、もっぱら「チリ人妻」アニータに集まった。いやいや、罪を犯したのはあくまでも青森のバカ男なんであって、彼女を追っかけるのはお門違いなのでは?と思っていたわたしはある意味「チリ人妻擁護派」なのだった。

さて、話は彼女の幼年期の述懐から始まる。
このころから金と性に翻弄されまくっているのがすごいと思う。
おつかいのために母親から預かった金を奪い取るために、弟妹と力をあわせて商品は万引きで入手する。

「とてもいい気分だった。ついにやった。私たちは鼻高々だった。盗んだ物全部と2000ペソを手にして外に出た私は、ママに頼まれたお使いも果たすことができた。幸せだった。私たちは死ぬほど笑い、帰りのバスで豪華なごちそうを食べた。それは本当の贅沢だった。(25p)

ね、ね、すごいでしょ、アニータって。罪悪感なんてこれっぽっちも持ち合わせていないし、人を裏切ることなんて屁とも思っていない。近所に越してきた小児性愛者のおじいさんにキスをさせたり下着を脱いでプレゼントしたりすることで小遣いをもらうことを覚えるくだりでは、「ひゃあ、やっぱりアニータはぼくらが思っていた通りの、いやそれ以上の人だよお」と心の中で叫んだ。
最初の100ページほどは、とにかく熟考ということをしない、浅はかで自制心がまったく利かないこの女に、「ここまでか!」と驚いた。娼婦になるのはごく当然の成り行きと言ってもいい。日本に外国人女性を送り込むブローカーに誘われ、2人の子供を捨てて来日したのが19のとき。その後の風俗産業界での活躍ぶりをからっと語っている。個室に入ってくる日本人男性客が必ずお辞儀をして入ってくるというのも笑った。頑張った娼婦は佐賀に回され(凄く稼げるそうだ)、成績が悪いと千葉に送られる、というのも両県民にとって名誉なんだかどうだかわからない。
千田が登場するのは本の後半。一度食事をしただけで、2度目に会ったときの最初のプレゼントが現金1000万だったそうだ。嫉妬深くて見栄っ張りの、わがままで頭が軽いこの男に見初められたのが運の尽き。以降、約4年間、アニータには湯水のような大金が注ぎ込まれる。チリに里帰りしている間も、月に500万から1000万円が送られた。
しかし、この千田という男はアニータにひどい暴力を振るった。父親が大臣で、莫大な遺産を相続した、母親はがんで死んだ、自分もがんだ、海老を食べたらアレルギーで死ぬ、など、アニータに語ったこれらの話もすべて嘘だった。アニータの方も、何がきっかけでブチ切れるか分からない千田にびくびくしながら毎日を送り、たまに反撃を試みるも逆に半殺しの目にあったりして痛々しい。千田の行動がストーカーのようになってきたころ(チリまで追いかけてきた)、最ごろ連絡が途絶えたな、と思っていた矢先、千田の逮捕を知った。

ちょっとしたことでもカッとなり、すぐ仕返ししようとする好戦的なアニータだが(ヤンキー気質だ)、心が痛む場面がひとつあった。チリの豪華なホテルのスイートで、心から信頼する多くの友人の目の前で千田に殴られたときのこと。千田が彼女に貢ぐ金をあてにしている彼らは、いっさい助けようとはしなかった。逃げようとするアニータに、千田と仲良くするようにと説得までしようとしたのだ。ほとんどいけにえだ。
金のために心を棄てて千田と付き合っているアニータが、金に目がくらんだ友人や家族に見殺しにされる。ちょっと大げさな言い方かもしれないが、地獄ってこういうことかなあと思ったりする。

アニータはこの本の中で自分を責めたり反省したりなんてことはあたりまえだがまったくしていない。反省すべきは横領した千田なのだから、それでいいのではないかと思う。いまごろどうしているんだろう。まあ、どうでもいいんだけど。