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私的コラム&雑記(&メモ)

最近の気になった話題(2020年第30週)

2020-07-26 | 興味深かった話題

NVIDIAはArm買収に興味がある?

Nvidia Eyes Biggest-Ever Chip Deal in Pursuit of SoftBank’s Arm - Bloomberg

 Bloombergなど複数メディアによると、NVIDIAがソフトバンクからのArm買収に関心を示しているという。

 先週の話題で述べたAppleよりは現実味のある話に思えるが、NVIDIAによる買収の場合でもArmのエコモデルを崩壊させる可能性があるのは同様で、また、ソフトバンクがArm買収に費やした$32Bという金額も併せて考えると、あまり現実的とは思えない(NVIDIAの過去最大の買収は昨年のMellanox買収で$7Bであった)。

 もっとも、NVIDIAとAppleの置かれている状況は似て非なるものだ。
 まず、AppleとNVIDIAの市場における立ち位置が異なる。Appleは過去に2度アーキテクチャーの移行を達成してきたが、それはAppleが垂直統合型の企業だから可能だった。逆に、これまではMC68K・PowerPC・x86のいずれでもCPUを外部に依存してきたため、CPUベンダーの製品開発が行き詰まるとApple自身も行き詰まってしまうため移行を余儀なくされてきた。今回は自社開発CPUに移行するため今後は同じ問題は発生し難いが、もし仮に将来的に何らかの理由でArmアーキテクチャーからの移行を余儀なくされたとしても他のアーキテクチャー、例えばRISC-Vのような移行先はある。

 一方のNVIDIAは水平分業型モデルであり、以前からCPU開発に関心を持ってきた。ドル箱であるGPUでCUDAなどを動作させるにはCPUアーキテクチャー向けにドライバーや開発環境を提供し、さらに効率よく動作させるにはCPU−GPU間を適切なインターフェースで接続する必要があるがCPUのコントロールが無いからだ。例えば一般に出回っているIntelやAMDのCPUではNVLinkのようなキャッシュコヒーレンシのある高速なインターフェースを使用できない。
 だから、NVIDIAはAppleを含む多くの企業よりもArmアーキテクチャー/Armプラットフォームの発展に貢献してきた実績がある。例えばTegra 4iではNVIDIAの技術者がArmに入ってCortex-A9r4を開発したし、big.LITTLEはNVIDIAの4+1省電力コア実装にインスパイヤされたものであることをArm自身が認めている。ARMv8の開発にあたってはNVIDIAが数百人のエンジニアを送り込んで協力したという。

 一方で類似点もある。それは、AppleもNVIDIAもArmアーキテクチャーには依存しているものの、Qualcomm・Samsungなどと比較すると相対的にArmコミュニティーへの依存は小さい点だ。
 Qualcomm・SamsungなどがArmコミュニティーへの依存が大きいのはAndroidや既存の組込Linuxへの依存が大きいからだ。Androidは亜流のJava MEベースなのでプラットフォームへの依存は強くないとされるが実際にはArm以外への実装は細々としかされておらず、例えばAndroid-x86は最新版がAndroid 9.0と1年以上遅れている。OSのサポートやコンパイラーの最適化なども考えるとArm・x86以外の選択肢はコストが高すぎる。
 その点、NVIDIAのAndroid依存は小さく見える。NVIDIAもかつてはShieldブランドでAndroid端末を手掛けていたが、Shield端末もモバイル向けTegraも大成功とは言えず、一方で現在は自動運転向けに注力している。もし仮にNVIDIAかAppleがArmを買収してLinaroメンバーを含む主要Armチップベンダーが別アーキテクチャーに移行しても、恐らくNVIDIAはビジネスを継続できることだろう。これはiOS/Macという独自プラットフォームを持つAppleも同様である。

 とはいえ、思うにAppleもNVIDIAもArmは独立性を保ち中立であることが望ましく買収しても利益がないことを知っているはずだ。ましてや$30Bを超えるような場合にはなおさらである。
 ただ、今回が2016年以前と異なるのはArmは独立しておらず既に誰か=ソフトバンクに所有されている点だ。言い換えればソフトバンクによるArmの売却先次第ではこれまでよりも独立性が侵害される可能性がある(例:中国企業など。米国政府当局が承認しないとは思うが)。もしArmの独立性が損なわれそうな場合には、その阻止のために買収に乗り出すことはあるかもしれない。

Intelが1年間の7nm遅延を発表

Intel's 7nm is Broken, Company Announces Delay Until 2022, 2023 - Tom's Hardware

 個人的には、Intelは自縄自縛に陥っているような気がしている。
 現在進行形で10nmも計画より遅れており、その顛末はASCII大原氏の記事に詳しいが(参考1参考2)、簡単にまとめれば、10nmは「2016年に出荷が開始され」「14nm++プロセスを置き換える」予定だったのが、実際には「2019年後半に出荷が開始され」「一部製品でしか14nm++を置き換えられない」のが実態である(※厳密にはCannonlakeが1 SKUのみ出荷されたので「2019年後半の出荷開始」は正しくないが、大量出荷されたわけでもないので無視してよかろう)。

 Intelの先端プロセスの先進性や困難さは後藤氏も書かれておられるし(参考1参考2)、その合理性も頷けるが、それで会社の事業計画が5年間に渡って遅滞するようでは元も子もない。
 Swan氏以前のIntel CEOは初代CEOのRobert Noyce氏(元半導体研究者)から先代CEOのBrian Krzanich氏(元製造部門トップ)まで、元技術畑出身者で占められてきたが、2016年からの製造プロセス問題が続く2018年にCEOに就任したのが前CFO・財務畑出身のSwan氏である。私には、技術的な先進性を求め過ぎた結果、製造技術の優位(2011年頃の時点では他社より1~2年先行していると目されていた)を失墜させた技術一辺倒からの脱却を狙ったように見えたのだが、そうでもなかったのだろうか。

 私見だが、TSMCやSamsungといったファウンドリーが優れているのは「ハーフノード世代」を作るなどして段階を踏んで手堅くプロセスを移行している点にあると思う。
 例えば先代14/16nm世代から7nm世代までであれば、微細化以外で技術の変革は2回あった。まずはPlanerからFinFETへのトランジスタータイプの移行であり、さらにUVからEUVへの露光技術の移行である。TSMCの場合、まずFinFETへの移行はバックエンドを20nmと共通化した16FFで乗り越え、14/16nm世代では16FF+・12FFN・10FFを追加した後、既存技術を流用したN7を製品化した上でN7+でEUVに移行している。Samsungも同様の移行方法を採っている。この方法だと微細化と複数の新技術を一度に導入しないのでリスクを軽減でき、もし失敗した場合でも別のプロセスで繋ぐことができる。もちろん、同じファウンドリーでもGlobalFoundriesのように失敗するケースもあるが、ファウンドリーはプロセス開発が完全に失敗した時点で事業が成り立たなくなるせいだろが、手堅いし、失敗時の見切りも早い。
 TSMCは既に5nm世代N5のリスク生産を始めており、今年末から来年中盤にかけてApple A14など採用製品が市場に出てくる予定だが、予定通りになると見られている。

 しかしIntelの場合、FinFETへ移行した22nmこそうまく移行したが(その結果、他社より1~2年先行しているとされたが)、EUVではよく分からない。現状、10nmのコバルト配線の躓きから回復しておらず、7nmではさらにEUVを導入する。面白いのはThe Vergeなどは「早くとも2022年まで遅れる(delayd until at least 2022)」と書いている点だ。恐らく誰もIntelの予定を信用していない。

日本にTSMCを誘致する案

07/30 - 表現の不一致・誤記を修正しました。
TSMCの誘致は無理、でもファウンドリ事業を始めるべき(津田建二) - Yahoo!ニュース

 どういった経緯で出てきたのか理解に苦しむが、米国に続き日本もTSMCのファブを誘致すべきという案があるらしい。日本へのTSMC誘致も馬鹿げているが、Yahoo!ニュースにある指摘も馬鹿げていると思う。いずれも日本の半導体生産の現状を把握しているとは思えない。

 問題は日本の半導体市場が成長していない云々ではなくて、日本の半導体企業がすべて弱小という点にある。そこへファウンドリー=TSMCを誘致しても問題は解決しない。
 そもそも半導体企業のトップ10に日本企業はキオクシア(旧 東芝メモリ)以外ランクインしておらず、しかもキオクシアはNANDプロセスであってロジックプロセスではない(SK Hynix・Micronも同様)。要するに、製造工場の場所に関わらず日本企業には製造する半導体製品が無い。

 まず、ファウンドリー=半導体製造企業とファブレス半導体企業を混同してはいけない。
 記事中にある半導体市場の推移のグラフは恐らくファブレスを含む半導体企業の売上高だろうが、ファウンドリーの数字が恐らく含まれていない。ファウンドリーを含むと二重にカウントされてしまうためである。例えば上のリンクにあるEE Timesの記事ではトップ10のうち4社はファブレス半導体企業で、これらの企業は自社では製造せずTSMCなどに委託している。
 半導体製造で先端を走っているのは、台TSMC・韓国Samsung・米Intelで、1〜2世代遅れで中国SMIC、米GlobalFoundries・台UMCといった企業が続き、Intel以外はファウンドリー(受託生産)ビジネスを行っており、Intel・Samsung以外は自社向けに半導体製品を作っていない製造専業である(UMCなどは一応そういうビジネスもあるが…細々としたものである)。

 記事にある通り世界では半導体市場は成長しているし米国の半導体市場もまた成長しているはずであるが、米国の場合はIBM・AMD・旧Freescaleなど、元々自社で製造していた企業が製造から撤退しており、またQualcomm・Broadcom・Marvell Technologiesなどトップクラスのファブレス半導体企業も米国に所在している。その多くが上述のファウンドリーなどに委託している。だから、TSMCがファブを米国に建設すれば米国半導体企業が機密を米国外に持ち出すことなく利用できる。つまり、現在Designed in USA・Made in TaiwanなのをTSMCの誘致によってDesigned in USA・Made in USAとするわけだ。
 ところが日本の場合、仮に日本にTSMCなりのファウンドリーがファブを建設しても、そこで製造する日本メーカー製の製品はほとんど無い(つまりDesigned in Japanがほとんど無い)。そもそも自社ファブ/ファブレスに関わらず日本の半導体企業が弱小なのだから当然である。

 TSMCの誘致ではなく日本にファウンドリーを作るというのはそもそも不可能に近い。
 やや古い記事だがPC Watch後藤氏の2008年の記事では「2世代毎にFabは1.5倍、プロセス開発は2倍のコスト増」「開発コストについては(中略)22~12nmプロセスになると13億ドル」「先端Fabの建造には(中略)22~12nmプロセスでは45~60億ドル($3.5-$6B)へと膨れあがる」としている。もちろん企業によって前後するだろうし世代によっても変わるが傾向は理解できる。ちなみに、7nmクラスでは高価なEUV露光装置の導入が必要など、この高騰化する傾向はさらに加速している。
 後藤氏の記事を参考にするなら、2021~22年の最先端5nmプロセスを作りたければプロセス開発に26億ドル程度・ファブ建築に60~90億ドル程度が必要になる(ちなみにTSMCが米国に建造するファブは120億ドル≒約1兆2900億円規模である)。しかも2~3年毎に世代が更新するので、毎年45~60億ドル(ざっくり5000億円)程度の投資が必要になる。さらに言えば、これら後藤氏の記事の数字はTSMCやIntelなど現時点で先端を走るノウハウを持った企業での数字なので、新規参入するとなるとより大規模な投資が必要となるだろう。年間の研究開発予算トップ3が日本を代表する自動車会社・トップ3以下は年間の研究開発予算5000億円未満などという現状では逆立ちしても不可能だ。

リピーターとIEEE 802.11s

リビングのテレビ&ゲーム機接続環境をWi-Fi 6に変更 - Internet Watch

 中継機に関する記事だが、果たしてこれが妥当なのかよく分からない。レビュー記事なら他の構成も踏まえて書いて貰いたいところだ。

 記事中では序盤で「これまで筆者宅の (中略) 両フロア間が4ストリーム最大1733MbpsとなるWi-Fiで接続されていた。これに対して新しい環境では (中略) 両フロアの間は最大1201Mbpsで接続されることとなる」としているにも関わらず、結論は1階2階のフロア間は330 Mbpsで接続され「結果的に満足できる構成となった印象」としている。
 Wi-Fiは干渉を受けやすく理論上の性能の1/10も出ないような状況が多いため、言いたいことは解からなくもないが(例えばNetflixの最高画質=Ultra HDが25 Mbpsなので実効330 Mbpsあれば十分とも言えるが)、330 Mbpsで接続されて満足というのは妥当性がよく解からない。

 ある程度大きな家(あるいは鉄筋コンクリートなどWi-Fiの電波が通りにくい戸建)という環境であれば802.11sメッシュ対応ルーターを選ぶという方法もある。
 802.11sメッシュは欧米で「Whole Home Wi-Fi(家まるごとWi-Fi)」と呼称されるシステムで、他の802.11規格と違い無線通信そのもののプロトコルではなくメッシュ通信のプロトコルを定義している(つまりユーザーが使うWi-Fi接続はこれまで通り802.11acや802.11axである)。
 802.11s対応デバイスの利点は、最初からAP間接続のためのbackhaulが考慮されている点だ。Wi-Fiに限らず有線LANスイッチでもダウンリンクを束ねるアップリンクが太くなければならないのは当然だ(例えば仮に中継先APに2台の端末が500 Mbpsで接続したければアップリンクは1000 Mbpsでなければならない)。多くのWi-Fiルーター/APなどだと2バンドしか無くbackhaul専用チャンネルが割り当てできないし1台以上の中継に問題があるが、802.11sメッシュ対応ルーター/APではそういった問題が避けられる(記事中でも、5 GHz帯を1Fと中継器のbackhaulで共有して2Fの中継器は5 GHzでの接続をOFFにしている)。
 もっとも、現状の802.11sメッシュ対応ルーター/APには主に2種類の問題がある。まずはルーター/APを複数配置することになるので導入コストが高くなることと、ピークパフォーマンスではなく全体の接続性を重視した製品のため一部製品を除きゲーミングルーターなどに搭載される機能・性能が考慮された製品が少ない(Netgear XRM570ASUS AX3000Linksys MR9000ぐらいだろうか)。プロセッサーでいうと多くの802.11sメッシュ対応ルーター/APはQualcomm IPQ401xシリーズベース(Cortex-A7 quad-core・NPUなし)で、ゲーミングルーターの搭載するIPQ80xxシリーズ(Cortex-A53 quad-core・NPU dual/quad-core)とは性能的に大きな違いがある。
 このようにまた、利点・欠点のある802.11sメッシュ対応ルーター/APだが、ネットワークを扱うメディアでも802.11sの検証記事は少ないため、理屈はともかく実際の速度は情報が少ない(参考)。もっとも、802.11s対応は基本的にソフトウェアでの対応のため、802.11ax/WiFi 6以降では通常のルーターに802.11sメッシュ参加機能が付加された製品も増えている(例:ASUS AiMesh)。

 802.11sメッシュ対応ルーター/APは導入コストが高いとは書いたが、記事中ではハイエンドのバッファロー WXR-5950AX12にTP-Link RE505Xを組み合わせて使用しているため計約40,000円で、それだけの予算であればASUS RT-AX3000 2台という手もある(dual-bandなので802.11sの利点を最大限に利用できないのが難点だが…。海外であればASUS AX6100 2台という構成もある。欧米で2台で~$400で買えるのに対し日本では1台30,000円以上するから無理)。個人blogのレビューでなくプロのライターのレビューなのだから、そういう検証もして頂きたかったところである。

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