碧空の下で

人生の第四コーナーをまわって

ラオス ルアンパバーンの旅5

2022-11-13 11:23:38 | ラオス旅行

2022/10/30

昨日船着き場から市内のゲストハウスへソンテウに乗って行ったのですが、ソンテウの運ちゃんが新米?なのか乗る時からグダグダ言って地図を見せてもはっきりと場所が分からないらしい。その場を仕切っている年上の同僚?に盛んに道を尋ねているので、あぶないなと感じてはいた。なかなかOKとは言わないので、乗せてくれるのかくれないのか「どっちやねん?」と大げさに日本語で声を上げると、ようやく車に乗れという。その交渉をソンテウの座席から眺めていた青年が、声を上げて笑っているので、彼が日本人であると初めて気が付いた。同じ船で来たらしいが、船中は全然気が付かなかった。そして何故かそのソンテウの乗客は期せずしてアジア人だけで、日本人タイ人中国人のようだった。別に乗客を区別したわけではないが、偶然そうなった。というか無意識に酔った白人を避ける気持ちが共通していたのかもしれない。そんな客を乗せて市内へ向かった。それぞれの宿に下ろしてもらえることになっているわけだが、やはりというか、まともに指定した宿に停車してくれないのです。大概通り過ぎてしまい、お客に指摘されて初めて停車するという、実に何とも、ええ、その、あれでして。ワシの降りる場所はこの分で行くとだいぶ離れているなと予想しながら、最後の客になった。あたりを眺める余裕もなく、どこに下ろされるか、できたらなるべく近くにしてくれと願いつつ揺れる座席にしがみついていると、やがて車は止まった。あたりを眺めると予想した範囲ではあった。何故なら公共の建物が目印で地図によるとベトナム領事館やラオス保健省がならぶ一画があるので、それらの建物らしい一画があるのがわかる。運ちゃんがやってきて、「ここだ、降りてくれ」というので、下車した。ワシの宿はどっちだと聞くとあっちだといって指をさす。その道を行けば宿があるという。地図上はその方向であるので、納得して歩き出したが、やはり、ええ、その、宿がない。たぶんこうなるとは思っていたが、それで携帯のGPSソフトで調べようかと思ったのだが、まだラオスの地図をダウンロードしていないことに気付いたのだった。ぬけてますね我ながら。いつも旅の前にはなんか忘れているのじゃないかと考えるのですが、一つや二つ、必ず忘れていることがあります。グーグルマップもWIFIがないと使えない。それで、WIFIのある場所へ行くかと考えたんですが、その前にこのあたりの人に訊いてみた方が早いと思い、目につくゲストハウスに入って聞いたり、地元の人らしき者に尋ねた。けれど良く分からないのです。この近くには間違いないのですが、人によっていうことが違うのですね、地図を見せて尋ねるのですが、どうも地図の見方が分かってないのではないかと思ってしまう。それとも英語の表記が分からないのか、タイ語の表記を読んでいる。現地の人に分かりやすい地図を作っておくべきなのですね。英語が話せても字が読めるとは限らないのです。勉強になりました。そいうわけで、それぞれの人に聞いた方向のあたりを徘徊することにした。しかしそれは地図の表示とは離れた場所なので、信用したわけではないが、とりあえず市内見物をかねて、そのうちWIFIのあるカフェでもあればそこで休憩でして、出直そうという気分でした。しかし大きな荷物を持っていた場合はこうはいかないなあと思う。ソンテウのあんちゃんに厳しく確認するべきなのである、たとえ彼が嫌がってもその玄関先まで行くことを要求することが、彼にとっても勉強になるのだったと考えていた。というわけで、ナイトマーケットのある通り近くまで歩いてWIFIのありそうなホテル兼レストランに入りフロントで尋ねたら、そこの女将さんが、携帯を取り出してバッチリとワシの泊まる宿の場所を教えてくれた。ソンテウのあんちゃんの推してくれた道は一本手前の道であった。場所探しは人間より携帯の方が信用できるということです。

それでようやく宿のゲストハウスで今日は朝食を食べた。ここの朝食が悪くないという口コミがあったので、このゲストハウスに決めたのですが、悪くはなかった。普通という意味ですが。玉子あるいはソーセージや炒め物のどれかとトーストと果物とコーヒーです。今日はルアンパバーンの二日目です。昨夜はナイトマーケット近くの食べ物屋の屋台が並ぶ横丁で、晩飯を済ませたが何を食べたか忘れてしまった。今日こそしっかりとルアンパバーンを見てやろうじゃないかと、町へ出かけた。ここはそんなに大きな町ではないので、特に観光客が見たい場所は歩いて回ることができる。ちょっと離れたゲストハウスからでもゆっくり回ればそんなに疲れるほどでもない。メコン河沿いの通りを歩くとDADAコーヒー店があった。休憩だ。豆も売っているのでここならおいしいコーヒーが飲めるかも知れないと思い中に入ってコーヒーを注文した。店には午前中の早い時間だと言うのに半分ぐらいお客がはいっていた。その中の一人が声をかけてきた、若いあんちゃんですが、ワシが携帯を出して自撮りの用にセットしていると、何か言ってきた。相手の言葉が解らないので何を言っているのか考えながら話しているうちワシの携帯をさして、どうも自分を写してくれるなと言っているようだ。ワシは撮っていないのでそのように言うが、通じていない。画面を見せて、撮っていないと説明してもなんか納得していない。すると、突然日本語でワシが携帯をそちらに向けたじゃないかというので、はじめて日本人なのだとわかった。それで、こちらも「全然撮ってないよ」と日本語で答える。そのようなやりとりがあってお互いが日本人だとわかり、会話が始まった。聞けば彼はビエンチャンからルアンパバーンへ中国新幹線に乗ってきたという。ワシはこの時初めて中国新幹線がすでに通じていることを知った。彼は彼でルアンパパバーンからタイへ船で入れるということをワシから初めて聞いたらしい。それで、ワシは中国新幹線でビエンチャンに行くことをその場で決めた。そして彼は船でタイへ行くことを決めたようだった。旅は面白い出会いがあります。彼は見たとこ、20代前半、普通の旅行者ではない。ラオスでキャバクラをやるとか、貴石を日本に持って帰って売るとか、タイの大麻はどうだとか、そういうことを話し、楽して儲けようとするタイプの人間であろう、心に傷のある犯罪者タイプのような話し方で、その発想が幼稚というか、なんか切なく見えるのですが、例えばもし自分がすべてを失って日本から出たとしたらどこで何をして生きていくかと、ふと考えたのです。『日本沈没』の発想です。戦争になればそんなことが普通に起きることだし、現にいろんな難民は世界に大勢いるわけで世の中何が起きるか分からない。彼がそうだとは言わないが、そんなことを想像をしてみるのです。普段はあまり思いつかない想像も旅に出れば発芽するそれが旅の効用かもしれません。「見える風景を観るだけではない見えない風景を観るのが旅なのだ」72歳人 結論が出ました。後半つづく

            

              ヴェトナム戦争当時こんな爆弾がラオスに落とされた。     

 


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