タイムマシンによろしく!!

明日は、タイムマシンがなくても、やってくるから・・。

タイムマシンによろしく130

2013-08-30 08:04:20 | アニメ
このまえ、ビデオで、
「魔法使いに大切なこと」という、
アニメを見ました。

このアニメでは、
魔法(まほう)という手段が、
一般的に認(みと)められていて、
国として、公的に、
魔法を使う機関(きかん)があって、
魔法使いが、公務員として、
働いているという設定になっています。

区役所みたいな、公的な場所には、
魔法課(まほうか)という課があって、
そこに行って、
魔法を使ってほしい!と頼(たの)み、
正式にお金を払うと、
その人の望みの魔法を、
魔法士が、かけてくれるという、
仕組みになっています。

だから、魔法は、
かってに使ってはいけないことになっていて、
正式に国家の試験を受けて、
魔法士として、認定(にんてい)されないと、
魔法を、使えないという、
仕組(しく)みになっています。

それで、主人公たちは、
魔法士になるために、
正式な魔法士の仕官(しかん)に付いて、
研修(けんしゅう)を受けるという話しです。

その中で、
試験に合格できなくて、
正式な魔法使いになれなかった、
魔法使いが、出てきて、
その落ち込んだ、卑屈(ひくつ)な姿を見ていて、
同じ魔法士の研修を受けている、
主人公の友達が、

「人と、比(くら)べるなんて、最低だ!!」

と、言っていた。

実力がないのが、最低なのではない。
『人と、くらべる』のが、最低だ!
と、言うのだ。
ちょっと、スルドイ!と思った。

自分にベストを、尽(つ)くして、
なんで?卑屈(ひくつ)になる必要が、ある?
なんで、人と比(くら)べてしか、
ものごとを、判断できないのか?

そこに、人間の持つ、
ある種の弱みが、あるような気がした。


釈尊(しゃくそん/釈迦[しゃか]、ブッダ)が、
残した名言がある。

釈尊は、言った。


『私は、人の中に、
 抜(ぬ)きがたき一本の矢(や)が、
 刺(さ)さっているのを、見た!』


 その抜(ぬ)きがたき一本の矢(や)とは、
 『差異(さい)への、こだわり』です。

差異(さい)への、こだわり!
すなわち、人と自分との違(ちが)い。
人と自分を、比(くら)べてしまう。

人と自分とを、比べる、
強烈(きょうれつ)な、差別意識!
ここから、さまざまな争(あらそ)いが、生まれ、
ここから、あらゆる不幸が、生まれる。

人間に競争心は、必要だ。
けれど、『差異(さい)への、こだわり』という、
抜(ぬ)きがたき一本の矢(や)が、
ささっているかぎり、
人間に、安穏(あんのん)と幸せを、
もたらすことは、できない!のも、
事実だと、思う。

このアニメの魔法使いは、
「人と比(くら)べるなんて、最低!」
と、言った。
考えてみたら、
もし、人と比べなかったら、
まったく、卑屈(ひくつ)になる必要は、ないはずだ。

卑屈の原因は、
人と、比べることにある!
これが、『差異への、こだわり!』だと思う。


では、人間に、突(つ)き刺(さ)さった、
「差異(さい)への、こだわり」という、
抜(ぬ)きがたき矢(や)を、抜くためには、
どうしたら、いいのだろうか?

ここに、重要な問題がある!
差異への、こだわりを、
協調(きょうちょう)に変え、
差異への、こだわりを、
個性を、尊敬しあう、
尊重(そんちょう)の心に、変えていく。

口で言うのは、簡単だけれど、
実際にやるのは、難(むずか)しい。
なぜなら、それができていたら、
戦争は、無くなっていたし、
戦争は、起こらないはずだからです。

人間は、いまだ戦争を、続けている。
それは、いまだに、
差異への、ごたわりに、
執着(しゅうちゃく)しているからだと思う。

差異への、こだわりは、
おそらく、人を否定(ひてい)するのみならず、
自分自身も、否定してしまう。
なぜなら、差異に執着するかぎり、
心が、安まることはないし、
そこから生まれるのは、
破壊(はかい)しかないからです。

差異へのこだわりは、
卑下(ひげ)の心を呼び、絶望を生む。
差異へのこだわりは、
嫉妬(しっと)をもたらし、憎しみを呼ぶ。
差異へのこだわりは、
敵対心(てきたいしん)をもたらし、争いを引き起こす。

自分に対しても、人に対しても、
破壊は、永遠に続く・・。


なぜ?そうなってしまうのだろう・・・。


それは、自分が、本来、
『根源的(こんげんてき)に、最高に素晴らしくて、
 最高に偉大(いだい)で、最高に魅力があり、
 欠(か)くことのできない、
 大切な尊(とうと)い存在なんだ!』
ということが、わかっていないからだと思う。

自分の尊厳性(そんげんせい)が、わからないから、
人の尊厳性も、理解することが、できない!
それが、
『差異への、こだわり』だと思う。

この自分の、
あるいは、人間の、
究極(きゅうきょく)の尊厳性を、
本当に理解することを、望むならば、
方法は、一つしか、ない!


それが、
創価学会が実践(じっせん)している、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
と、いうことです。
これ以外、絶対にない!!


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

創価学会の人たちが、
日々、となえている、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』・・・。

この、『南無妙法蓮華経』は、
すべての人間の中にある、
最高に偉大で、最高に尊(とうと)い生命であり、
また、南無妙法蓮華経は、
人間の最高最大の、尊厳性(そんげんせい)を、
無限に凝縮(ぎょうしゅく)した
エネルギーのようなものだと思う。

人間の中にある、
最も偉大な、生命エネルギー・・!
心と体から湧(わ)き上がる、
無限の勇気と無限の希望、
無限の歓喜(かんき)・・!
無限の知恵と無限の幸福!
どんな困難(こんなん)も
撥(は)ねのけていける輝(かがや)きを
持った生命であり、
心の状態(じょうたい)・・!

それが、『南無妙法蓮華経』だと思うけれど、

その、最高に尊(とうと)い生命である、
『南無妙法蓮華経』は、
すべての人の中にある・・!

だから、自(みずか)ら、
南無妙法蓮華経を、となえる時、
南無妙法蓮華経が、
人間の尊厳性を、無限に凝縮(ぎょうしゅく)した、
エネルギーであるがゆえに、
自分の中から、
偉大なる生命の尊厳性が、開花し、
また、自分で、
自分の生命の偉大さと、尊厳(そんげん)を、
感じることが、できるようになる。

南無妙法蓮華経を、となえることによって、
自分で、自分の生命の尊厳と偉大さを、
感じることが、できれば、
当然の結果として、
人の中にも、生命の尊厳と偉大さを、
感じることができ、
また、見ることができる!

そうなれば、結果として、
争(あらそ)いは、なくなっていく!

自分も、他の人も、
同じように、尊厳と偉大さ、
あふれる生命だからです!

それが、自分の生命で、
わかるようになるから、
南無妙法蓮華経は、すごい!!
だから、創価学会は、
世界192ヶ国に、ひろがり、
世界中に、平和の和を、広げ、
幸福を、もたらし、
世界中の有識者たちから、
絶大な共感(きょうかん)と期待をもって、
絶賛されている!!

そこには、
「差異への、こだわり」は、無い!
世界を、一つに、つなぐ、
共感と歓喜(かんき)の和が、ひろがるだけだ!


だから「差異への、こだわり」という、
人間に、突き刺(つきさ)さった、
抜(ぬ)きがたき矢(や)を、抜くには、
どうしたら、いいかと言えば、

生命の次元(じげん)から見ても、現実生活から見ても、
結果として、
『南無妙法蓮華経を、となえる』
以外には、ない!!!と、
明確に、断言(だんげん)することが、できる・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

タイムマシンによろしく108

2012-12-30 10:50:36 | アニメ
先日、
「最終兵器彼女」というアニメを、
見た話しを、したんだけれど、
ともかく、日本のアニメというのは、
よく、人が死ぬ。
おまけに、暴力(ぼうりょく)シーンが多い。
日本では、子供でも、大人でも、
アニメというジャンルが、確立(かくりつ)しているから、
いいけど、
日本のようなアニメというジャンルが、
確立していない国では、
日本のアニメには、
抵抗(ていこう)がある人たちも多いようだ。

どこの国だか、忘れたけど、
ある国で、日本のアニメを、放映したそうです。
そしたら、あまりに、
暴力シーンが多いということで、
子供の親から、苦情が殺到(さっとう)して、
大変、困ったそうです。

そこで、その国の放送局の人が、
なにか良いアニメは、ないか?と、
目を付けたのが、
池田SGI会長(池田創価学会インターナショナル会長)が、
原作したアニメだそうです。
池田先生(SGI会長)が原作のアニメは、
その国で、大変、好評(こうひょう)で、
親たちからも、感謝の声が、
殺到(さっとう)したそうです。

なぜかというと、
日本のようにアニメというジャンルが、
確立してない国では、
やはり、アニメに、
子供の情緒(じょうちょ)教育、子供の育成、成長にとって、
より良い影響を、あたえるもの、
子供に、勇気や希望、やさしさや愛情といった、
生きていくうえで、大切なもの、
好(この)ましいものを、学んでほしいという、
気持ちが、強いようです。

ところが、日本の一般的なアニメには、
それが、ない。(見えずらい。)
ちゃんと見れば、いろいろ学ぶことは、
たくさん、あると思うんだけれど、
やはり、海外の親から見たら、
ないに等しいように、見えるんだと思う。

だから、困(こま)るのですが、
それとは、反対に、
池田先生が、原作したアニメには、
親が、子供に学んでほしいことが、
すべて、つまっている!
親から見ても、また、子供から見ても、
こんな素晴(すば)らしいアニメは、
ないわけで、
親にも子供にも
大変な反響(はんきょう)を、呼んだのも、
うなずけます。

ぼくも、その話しを聞いて、
池田先生が、原作したアニメを、見てみましたが、
確かに、いい!本当に良い!
『このアニメは、本当に子供に、見てほしい!』
と、思いました。

池田先生が、原作したアニメは、
なぜ、そんなに、いいかというと、
ぼくは、詳(くわ)しくありませんが、
そこには、有名な声優も、出ていなければ、
有名な漫画家の魅力的なキャラクターも、ありません。
別に、お金もうけのために作られた、
売らんがためのアニメではないので、
当然、日本のアニメ業界の原則(げんそく)から言うと、
魅力的(みりょくてき)なものは、なに一つ、
ないかもしれません・・。

けれど、にもかかわらず、
子供に、幸せになってほしい!
子供に、勇気を、持ってほしい!
子供に、やさしさと、人を思いやれる、
人間に、そだってほしい!
未来の宝である子供たちに、
なんとしても、成長してほしい!
負けないでほしい!という、真心(まごころ)が、
ありありと、にじみ出るように、
溢(あふ)れ出ているからです。


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

ただ、ひたすら、
子供の幸せだけを、考えて、
作られたアニメ!

日本のように、アニメが、
商業メディアとして、大きなシェアを、
占(し)めている国の、
儲(もう)けるためのアニメ、
売るためのアニメの世界とは、
当然、違いますが、
けれど、そこには、
あったかい世界が、
存在していると思います。

魅力的なキャラクターも、
魅力的な声優も、
まったく、出ていないにもかかわらず、
(詳しくないので、わかりませんが・・)
見終わった後、
『なんて、いいアニメだろう!!』という、
感慨(かんがい)が、すがすがしく、
溢(あふ)れ出てきます。
晴れ晴れとした、勝利感すら、
感じます。

そこには、池田先生が、
生命の根底まで、思索(しさく)しつくした、
生命哲学(てつがく)が、あり、
本当の幸せとは、何か!
本当の勝利者とは、どんな人なのか!
本当に幸せな生き方とは、どういう生き方なのか!
子供にも、わかるように、
ただ、子供の幸せだけのために、
子供に対する、祈るような深い愛情と、
かぎりなく大きな、
信頼と期待、希望が、純粋(じゅんすい)すぎるくらいに、
込(こ)められているからです。

外国の親たちが、絶賛(ぜっさん)し、
感謝を寄(よ)せて、当然かもしれない。

調べたところ、池田SGI会長が、原作した、
アニメは、かなり、たくさん、出ています。

なんと表現していいか、わかりませんが、
池田SGI会長が、原作した、
アニメを見た人は、
「世界には、こんなに、やさしく、
こんなに、愛情深く、
こんなにも、子供たちのことを、
考えている人間が、いるんだ!」と思うような、
なんだか、うれしくなるような、
あったかく、やさしい気持ちになるような、
そんな感情を、
心のどこかで、感じるかもしれません。

それは、そのまま、
創価学会が、めざしているものであり、
創価学会員が、めざしている世界観であり、
それを可能にする、生命哲学が、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)であることは、
いうまでもない。

そして、その思想と哲学(てつがく)は、
世界192ヶ国の創価学会員の中で、実践(じっせん)され、
現実に、192ヶ国の創価学会員に、
幸せと勝利を、もたらしている・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

タイムマシンによろしく107

2012-12-23 14:43:21 | アニメ
この前、ビデオで、
「最終兵器彼女」というアニメを見ました。
日本のアニメというのは、
個性が強いものが、多いから、
このアニメも、見てて、まだるっこくなって、
抵抗(ていこう)を感じました。

けれど、だんだん、慣(な)れてきたら、
おもしろくなってきて、
楽しめました。

や~~~!
しかし、すごいアニメだった。
なぜかって言うと、
日本のアニメは、
人間を殺すのが、好きだから、
よく、人が死にます。
後半のストーリーになると、
毎回、人が死んだりする。
けれど、
この「最終兵器彼女」というアニメは、
本当に、みんな!死んじゃう!!
最終回は、世界に、
主人公、一人しか、残らない!
世界の人、みんな、殺しちゃうなんて、
すごすぎる!!!

それで、世界中の人が、
みんな、死んじゃって、
主人公、一人だけ、生き残って、
それでも、最終兵器となって死んでいった、
自分の彼女を、愛し続けるという、
ストーリーなんだけど、
う~~ん!、話しが極端(きょくたん)なだけに、
確かに、
すごく純粋なラブストーリーかも、しれない。


すべての人が、いなくなって、
自分ひとりだけが、残る。
それでも、彼女を愛し、生きようとする。
人間は、一人でも、生きられるのだろうか?
ひとりでは、生きられないかもしれないが、
この世には、いなくなったとしても、
愛する人が、いたとしたら、
その人のことを思って、
生きられるかもしれない。

何かを、思い、何かを、愛しつづける!
それが、生命の本質(ほんしつ)だろうか?

この物語は、極端(きょくたん)ではあるけれど、
ある種の強力なインパクトを、与(あた)える。

それは、人間、死ぬ時は、
一人だ!!ということです。
どんなに愛する人が、いたとしても、
大好きな友達が、いたとしても、
死ぬ時に、一緒(いっしょ)に連れて行くことは、
できない!

死ぬ時は、
一人で死んでいかなければならない。


池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
こんな意味のことを、言っていた。

「どんなに、愛する人がいたとしても、
 どんなに、愛する家族が、いても、
 いつかは、死ぬ。
 必ず、いつかは、別れなければならない!
 それが、人生の本質だ。

 けれど、我(自分の生命のこと)は、
 永遠だ!
 だから、我(が)を、大切にしなければいけない!
 我を、強く、たくましく、
 最高に幸せな生命として、鍛(きた)え、
 輝(かがや)かせていかなければ、ならない!」


我(が)を、大切にするとは、
わがまま放題に、
欲張り(よくばり)になれということでは、
当然、ない!
我という自分の生命は、永遠だから、
より大きく、より、おおらかに、
強く、たくましくしていけば、
その我という自分の生命が、
太陽のように輝いて、
愛する人を、愛する家族を、
また、あらゆる人たちを、
自分の生命の輝きによって、
幸せにしていける!!
と、いうことだと思う。

死ぬ時は、ひとりだ。
それは、ある意味、
最終兵器彼女というアニメで、
世界中の人が、みんな死んじゃって、
世界に、たった一人、
残されたのに、似(に)ている。

世界に、一人だけ、残されたとしたら、
どうだろうか?
だれも、いない!
その時は、自分の心だけが、支え(ささえ)だ!
自分の心が、どけだれ、強いか?
自分の心が、どれだけ、大きいか?
すなわち、愛する人を、どれだけ、
愛しているか?
どれだけ、多くの人を、愛してきたか?
どれだけ、多くの人のために、尽(つ)くしてきたか、
どれだけ、人のために、生きてきたか?

その人間としての、
もっとも、根幹的(こんかんてき)な部分だけが、
支えとなるだろう!
人々を愛する生命の輝き、
人のことを思い、人のために尽(つ)くし生きた、
その心の大きさ、生命の輝きだけが、
支(ささ)えとなるだろう!

世界に、たった一人しか、
残らなかったとしたら、
お金も権力も名誉(めいよ)も、なんにもならない!
ただの、ガラクタ!
その時、輝くのは、
人々を愛した生命の輝き、
人々に尽(つ)くした心の大きさ!
それだけが、
その人に、価値(かち)を生む。

幸せの本質とは、
そういうものなのだと、思う。


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

おそらく、死ぬときも、そうだろう。
お金も、権力(けんりょく)も名誉も、持っていけない!
あるのは、自分という丸裸(まるはだか)の生命だけ!
そうなったら、
どれだけ、人のために尽(つ)くしたか?
どけだけ、人のために生きたか?
どれだけ、愛する人たちを、
愛することが、できたか?

それだけが、その人の価値となる!
それだけが、その人の宝物となる!
その時、初めて、
自分が、どれだけ幸せなのか?
丸裸の自分の生命だけになったとき、
はっきり、わかる!!

そのとき、
「ああ!自分は、なんと幸せなんだろう!
 自分の生命は、こんなにも輝かしく、
 美しく、素晴らしいものだったのか!」

と心の底から思える、最高最大の、
溢(あふ)れんばかりの幸せを、
感じることのできる生き方が、
実は、創価学会の生き方であり、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。

南無妙法蓮華経を、となえていると、
自分の中から、仏界(ぶっかい)という最高の生命、
強くて、あったかくて、愛に満(み)ちて、
何ものにも負けない、最強の生命が、
自然の内に、わきあがってくるので、
人を愛する生き方、人々のためになる生き方が、
自然の内に、できるようになってくるからです。

また、南無妙法蓮華経は、生命の中の幸福を、
無限に開花させる法則(ほうそく)なので、
南無妙法蓮華経を、となえていくと、
自分の生活そのものが、生きることそのものが、
人々を幸せにする、世界を、幸せにすることに、
つながっていきます。
だから、結局、自分の存在(そんざい)が、
人々を幸せにするための、最高の存在に、
変わっていきます。

だから、死ぬ時に、
「ああ!自分は、なんと幸せなんだろう!
 自分の生命は、こんなにも輝かしく、
 美しく、素晴らしいものだったのか!」
と、感じることが、できるんだと思います。

実際に、創価学会の活動と信仰を、
一生懸命(いっしょうけんめい)やってきた人の死顔は、
ほんとうに、安らかで、まるで生きてるように、
晴れ晴れとして、幸せそのものです。
よく、成仏(じょうぶつ)というけれど、
まぎれもなく、仏(ほとけ)の顔を、しています!

それは、まさしく、
自分という丸裸の生命になった時に、
お金も権力も名誉も、何の役(やく)にもたたない、
だだ、自分の生命の輝きだけが、価値を持つ時に、
どれだけ、人のために尽(つ)くしたか?
どけだけ、人のために生きたか?
どれだけ、愛する人たちを、
愛することが、できたか?
という本当の幸せの価値を問う瞬間(しゅんかん)に、

『ああ!自分は世界一の幸せものだった!!
 自分は、最高最大の勝利者だ!!
 私は、勝った!!』

と、心の底から、思い、感じ、確信した、
幸せの王者、勝利の王者、
生命の王者の顔に、ほかならない!!

だから、創価学会員の死顔は、
最高に素晴らしい!
それは、本当の幸せのために、
生きてきた証(あかし)だ。
生きることが本当の幸せだった証であり、
本当の幸せを、つかんだ証(あかし)だ!

また、その生きかたが、できるのが、
南無妙法蓮華経を、となえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰であり、
創価学会員の生き方です・・・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

タイムマシンによろしく88

2012-07-20 09:34:07 | アニメ
先日、
攻殻機動隊(こうかくきどうたい )というアニメを
見た話しをしたんだけれど、
なかなか、おもしろいアニメでした。


どういう話しかというと、
未来の世界で、
人間の脳(のう)が、
ほとんど電脳化(でんのうか)され、
たとえば、
パソコンやスマートフォンで、
SNS(Social Networking Service )を使って、
連絡をとったり、話したり、
メールやチャットをしたりして、
インターネットで、つながっているように、
脳と脳が、直接(ちょくせつ)、
パソコンやスマホのように繋(つな)がっているという、
世界観(せかいかん)です。


ですから、
口から、声を出すことなく、
自分の脳から相手の脳へ、
直接、話しをしたり、
自分の記憶や映像を、
ネットから、ダウンロードするように、
自分の脳から、相手の脳に、
直接、送ったり、見たりできるという、
脳が、「無限(むげん)のネット」となって、
さまざまな情報を、
共有(きょうゆう)できるという、
設定(せってい)になっています。


その中で、
天才的ハッカーが、
電脳化された人間の脳に、
ウィルスを、送り込み、
そのウィルスに感染(かんせん)すると、
ウィルスに、
セッティングされた異変(いへん)を、きたし、
感染(かんせん)した人間が、
ことごとく、
同一的な、犯罪を起こしてしまう!


そして、その犯罪者を、
攻殻(こうかく)機動隊という、
脳以外は、
ほとんど、アンドロイド化された
秘密警察(ひみつけいさつ)が、
逮捕したり、退治(たいじ)していくという、
だいたい、
そんな話しだと、思います。


この話しだと、
たとえば、コンピューターに、
ウイルスが、送り込(こ)まれ、
感染してしまうと、
そのウイルスの特質(とくしつ)どおりに、
コンピューターは、動き出し、
壊(こわ)れたり、
トラブルを、起こしていく。


すなわち、
同じウイルスに感染(かんせん)したら、
必ず、同じトラブルを、起こす!

と、いうことです。


これは、現代の人間だったら、
わかると、思います。


ところが、
この攻殻機動隊というアニメでは、
人間も、また同じように、
一つの同一のウイルスに感染していまうと、
そのウイルス特有(とくゆう)の、
同一のトラブルを、起こしてしまうと、
いうことになっている。


人間も、パソコンと同じだと、いうのだ。


これも、わかるでしょうか。


すなわち、
人間の巻(ま)き起こす
トラブル、犯罪(はんざい)、異変を、
コンピューター的にとらえ、
同じ種類のトラブル、犯罪、異変は、
同じ、一つのウイルスに、
感染した結果による!

と、表現(ひょうげん)しています。


このアニメは、
犯罪を、
感情の起伏(きふく)ではなく、
コンピューター的に、
プログラミングされた結果だと
とらえているところに、
近未来(きんみらい)を感じ、
そこに、
面白味(おもしろみ)を、感じるのかもしれない。


たぶん、
AI(人工知能)の、
複雑(ふくざつ)きわまりない世界を、
かいま見る思いがするのでしょう・・。


ただし、
それだけではなく、
そうでない「何か?」、
人間的な「何か?」を
加味(かみ)することによって、
魅力的(みりょくてき)なアニメに
なっているんだと思います。



確かに、
AI(人工知能)と聞くと、
複雑きわまりないと思う。


けれど・・、
人間は、
コンピューターを、はるかに超(こ)えて、
複雑きわまりないと、
思う。


脳の解明も、まだ、
ほとんど、解明されていないようにも、
思われる。

しかも、
人間を、『生命(せいめい)』と、
置(お)き換(か)えたなら、
もっと、複雑きわまりなくなり、
未知(みち)の部分が、
あまりにも、多い。


なぜなら、
『生命』と、置き換えると、
『生命』を、一回の一生だけでは、
とうてい、説明できないからです!

生命には、もっともっと、深く、
永遠(えいえん)のような長い時間と空間(くうかん)が、
ともなってくる!

これを、解明することは、
不可能かも、しれない。


この、攻殻機動隊というアニメでは、
電脳化された脳に、
ウイルスを、送り込むことによって、
さまざまな障害(しょうがい)、
トラブル、犯罪、異変が、起こる!と、
ある種、
単純(たんじゅん)ではあるけれど、
とても、わかりやすく、
人間の異変、トラブル、犯罪を、
表現している。


たとえば、病気にしても、
ひとつの同じウイルスに感染したら、
同じような症状(しょうじょう)が起こる。

だから、
一般の人間としても、
それは、よく、わかる。


では、病気ではなく、
『不幸』ということにスポットを当てたならば、
どうだろう。


アニメ攻殻機動隊のように、
別に、電脳化されていない脳であっても、
ある種のウィルスに感染することによって、
さまざまなトラブル、不幸、不運が、
起こると、
断定(だんてい)することは、
できないだろうか?


だとしたら、
その不幸を、もたらすウイルスが、
何であるかを、解明し、
悪質なウイルスからの感染を、ふせぐ、
「ワクチン」を
注入(ちゅうにゅう)することによって、
不幸を防(ふせ)ぎ、
逆に、幸せを、もたらすように、
セッティングすることは、
できないだろうか?


上にあげた言い方は、ぎこちないけれど、
言いたいことは、わかると思います。


実は、
この問題を、
今から、700年以上まえに、
解明した人間が、いる!!


それが、
『日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)』
です!!


不幸の根本を、
ウイルスに、たとえるならば、
日蓮大聖人は、
人間に不幸を、もたらす、
根本(こんぽん)のウイルスは、何か?

人間を、不幸に引きずりこむウイルスは、
いったい、どこにあるのか?


『それは、間違(まちが)った宗教にある!』


と、明確に解明(かいめい)し、
断言しきった!


詳しいことは、省(はぶ)きますが、
「念仏無間地獄(ねんぶつむげんじごく)」
「禅天魔(ぜんてんま)」
「真言亡国(しんごんぼうこく)」
「律国賊(りつこくぞく)」
と、いって、
それぞれの間違った宗教が、
どういう不幸を、もたらすか、
明確に、
論破(ろんぱ)されています。

また、現実に、
その通りに、なります。


それが、間違った宗教というものです。


間違った宗教に、かかわるということは、
そのウィルスに感染するのと、
同じです。

かならず、
そのウイルスどおりの、
トラブル、不幸が、もたらされる!


これは、迷信(めいしん)ではなくて、
ものすごく、
科学的な結果をともなう。

すなわち、
日蓮大聖人が言ったとおりの
不幸がもたらされると、いうことです。


そうすると、
さまざまな不幸の原因(げんいん)が、
わかってくる。

しかも、生命というのは、
永遠性(えいえんせい)の中にある。

永遠を、秘(ひ)めている。

また、
先祖(せんぞ)を、たどれば、
なんらかの宗教に、かかわっているはずです。

過去から現在にいたるまで、
長い長いスパンのなかで、
間違った宗教が、ウイルスとなって、
自分の生命に、さまざまな苦悩や不幸、
不運を、もたらしていると考えると、
納得(なっとく)が、
いかないだろうか・・?


いや、そうである!と、
断言しても、
さしつかえないと思う!!!


仏法(ぶっぽう)は、
真実であり、
日蓮大聖人が、解明したことは、
真実だからです!


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

間違った宗教は、
不幸を、もたらす『ウイルス』である。

それは、なんとなく、わかると思う。

けれど、
それが、現実味(げんじつみ)を、もたないのは、
自分は、宗教なんかとは、
関係ないと、思っているからです。


けれど・・・、
いま、現在、自分は、
宗教なんかに、興味(きょうみ)はないし、
かかわっていない!と言っても、
永遠の生命の中では、
自分の生命は、かならず、
なんらかの宗教にかかわり、
「不幸をもたらすウイルス」に、
感染してしまっている!


そう、考えられないだろうか・・・?


自分には、悩みも、不幸も、不運も、
悲しむべき宿命(しゅくめい)も、
何一つない!
と、言うのならば、
別に、
何も言うことは、ありませんが、
ほんの少しでも、そうではないというのなら、
その人の生命は、
なんらかの、
不幸をもたらすウイルスに、
感染している!!
と考えるべきだと思う!


では、すでに、
自分の生命は、
不幸をもたらすウイルスに
感染してしまったと、します。

だとしたら、
感染してしまった自分の生命を、
正常(せいじょう)に戻し、
自分の生命を、人生を、
逆(ぎゃく)に『幸せ』にしていく、
プラスの強力なワクチンは、
存在(そんざい)しないのだろうか???


答えは、存在する!


それも、日蓮大聖人が、解明している。


実は、
それが、
創価学会(そうかがっかい)が実践している、
真実の仏法(ぶっぽう)である、

『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の仏法』

です。


ワクチンに、たとえるならば、
この南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
というワクチンは、
どんな悪質なウイルスに
感染した生命であっても、
正常に戻すことが、できる!

どんな不幸なウイルスに
感染してしまった生命であっても、
必ず、
幸せにすることが、できる!


それが、
いっさいの不幸の感染を、ふせぎ、
幸せへと、開放(かいほう)していく、
『南無妙法蓮華経』という
『幸せのワクチン』です!!



さまざまな病気を治(なお)す、
ワクチンや薬は、存在するでしょう。

また、
ウイルスに感染してしまったパソコンを、
治すソフトも、
存在するでしょう。

けれど、生命に宿(やど)った不幸という、
ウイルスを、退治し、
大きな幸せを、もたらす
『幸せのワクチン』は、
現在、世界に、
たった、一つしかない。


それが、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』
です!


そして、
不幸なるウイルスを宿(やど)した生命から、
ウイルスを退治し、
逆に、
大きな幸せをもたらすために、
ワクチンを投与(とうよ)する行為(こうい)が、

『南無妙法蓮華経を、となえる!』

ということになります。


だから、
創価学会が実践(じっせん)している、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
という実践は、
生命に宿(やど)ってしまい、
不幸を、もたらしてしまう、
あらゆるマイナスのウイルスを退治する、
唯一(ゆいいつ)の方法となる・・・・・!


また、それは、そのまま、
その人に、
幸せを、もたらす!!!!


ゆえに、創価学会の人たちは、
あらゆる悩みを解決していけ、
どんな不幸も乗り越えて、
夢や希望を、かなえ、
幸せになっていくことができる。


そして、その証拠(しょうこ)に、
創価学会は、
世界192ヶ国に、広がっている。



・・・
人は、
不幸の原因を、
明確にしようとしない。

運がよいとか悪いとか、
そんなものに甘(あま)んじている場合が、
多いかもしれない。


けれど、
不幸をもたらす原因は、ある!!


それを、ウイルスに、たとえるならば、
「不幸をもたらすウイルス」は、
「間違った宗教」にある・・!


そして、不幸をもたらす間違った宗教に
感染(かんせん)してしまった生命を、
正常に戻(もど)し、
逆に大いなる幸せをもたらす
『幸せのワクチン』と言えるのが、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる仏法の信仰です。


それは、
現実の結果であり、
世界中の創価学会の人たちが、
不幸を、打(う)ち破(やぶ)り、
幸せになっていった体験を通(とお)して、
それが明(あき)らかに真実であることを、
明確に、如実(にょじつ)に、
物語(ものがた)っている・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・


タイムマシンによろしく77

2012-05-21 09:15:21 | アニメ
このまえ、
アニメ・火の鳥(復活編)を、
見ました。

有名な、
手塚治虫のアニメ「火の鳥」の、
復活編(ふっかつへん)です。

以前、
火の鳥・黎明編(れいめいへん)を
見た話しをしましたが、
それとは、ストーリーと登場人物が、
変わってきます。


25世紀、月面の研究施設の爆発に
巻(ま)き込(こ)まれたレオナは、
脳を損傷(そんしょう)し、
ほとんど、死にかけていたが、
人工頭脳(じんこうずのう)の埋(う)め込み手術によって、
蘇生(そせい)する。

しかし、手術の影響か、
爆発(ばくはつ)以前の記憶をなくしてしまう。


さらには、
人間が、ガラクタに見え、
ロボットが、人間に、見えてしまう。


そして、廃棄(はいき)されかけたロボット、
「ちひろ」を、
人間だと思い、恋をする。

手術をした医師は、言う。


「人工頭脳というロボットの脳(のう)を
埋(う)め込んだために、
レオナは、
ロボットの心を、持ってしまったのか?」


レオナは、自分の残された生身(なまみ)の脳から、
やがて、記憶を取り戻(もど)し、
物語は、
確信に、せまっていく。



ロボットの脳を持った人間は、
ロボットの心を、持ってしまう。


漫画家(まんがか)らしい、
不思議(ふしぎ)な発想だと思う。


けれど、現実の人間にしても、
同じようなことが、言えるかもしれない。


人は、自分の境涯(きょうがい)以上に、
人間を見ることが、できないからです。


たとえば、
スキャンダルやデマばかり書いている、
三流雑誌の編集者(へんしゅうしゃ)たちは、
商売が、かかっているとはいえ、
人間なんて、一皮(ひとかわ)むけば、
金、女、権力しかないんだと、
考える。

だから、どんな善意(ぜんい)の行動も、
金、女、権力が、からんだ、
うすぎたない行為(こうい)としか、
見ることができない。

三流雑誌の編集者でなくても、
そういう人は、いる。

自分が、金や女、権力など、
欲望(よくぼう)のことしか考えられないので、
どんな崇高(すうこう)な善意の行動も、
自分と同じ、
みにくい、あさましい行動としか、
見ることが、できない。


かわいそうと言えば、かわいそうだが、
それが、その人の境涯(きょうがい)だからです。


人は、自分の境涯以上に、
人を、見ることが、できない。


だとしたら、自分の境涯を、
最高に素晴らしく
高めることができたなら、
その人は、他の人も、
最高の、素晴らしい人間だと、
見ることが、できる!


ここに、仏法(ぶっぽう)の必要性が、出てくる。


真実(しんじつ)の仏法は、
自分の中に、最高に素晴らしい、
最高に魅力的(みりょくてき)な、
強くて、あたたかくて、やさしい、
仏(ほとけ)のような生命がある!
と、説く。

そして、その、
最高に素晴らしく、
最高に魅力的な、
強くて、あたたかくて、やさしい、
仏(ほとけ)のような生命を、
自分自身の中から、引き出すために、
仏法(ぶっぽう)の信仰(しんこう)が、ある。


よく、営業の世界でも、
創価学会の人が、抜(ぬ)きん出て、
活躍(かつやく)している場合が、
多々(たた)、ある。

創価学会(そうかがっかい)の会合なので、
その業界では、トップの成績をあげた!
という話しを、
よく、聞く。


その人の努力や能力もあるけれど、
その人の、最高の武器(ぶき)は、

『ご本尊(ほんぞん)に、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえている』

と、いうことだと思う。

なぜなら、
『ご本尊に、南無妙法蓮華経を、となえる』
という行為は、
仏性(ぶっしょう・仏の生命)という、
強くて、あったかくて、やさしい、
素晴らしくて、魅力的な、
自分の中の最高の生命を引き出す、
『唯一(ゆいいつ)の方法』だからです!

自分の中から、仏性(ぶっしょう)という、
最高の素晴らしい生命を引き出し、
その最高に素晴らしい生命(仏性・仏の生命)に
目覚(めざ)めた人間は、
自分が、仏性という最高に素晴らしい生命を、
知っているがゆえに、
最高の生命に、目覚めているがゆえに、
他の人も、
最高に、素晴らしい人間として、
見ることができるからです。


営業も、やはり、人間対人間、

お客様を、心から、
最高に素晴らしい人間として、
見ることができたら、
また、それは、相手の、
最高に素晴らしい生命(仏性・仏の生命)を
引き出すことにも、つながり、
ビジネスが、うまくいくのは、
必然(ひつぜん)の道理(どうり)だからです。

だから、営業の分野でも、
仏法の真髄(しんずい)である「ご本尊」に、

『南無妙法蓮華経を、となえている』

ということは、
その人にとっての、
最高の武器と、なりうると思う。


※ちなみに、ご本尊(ほんぞん)とは、
創価学会の人たちが、
信じ、祈っている対象(たいしょう)の本尊で、
仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、
自分の生命そのものを、あらわしたものでもあり、
その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、
自分自身の中にあることを、
あらわしたものが、
ご本尊です。


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

営業の真髄(しんずい)が、人間性だとしたら、
その人間性を、最高に開花させるのが、
仏法(ぶっぽう)であり、
それが、

「南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえる!」

と、いうことだと、思う。


創価学会が、
世界192ヶ国に広がり、
世界中で、尊敬と期待を集めているのは、
創価学会の南無妙法蓮華経の仏法が、
世界の、あらゆる人たちの人間性を高め、
開花(かいか)させているからだと、
思う。


アニメ・火の鳥で、
人工頭脳を埋め込まれたレオナは、
人間を、ガラクタとしか、
見ることができなくなり、
ロボットしか、人間に見ることが、
できなくなった。


それは、人工頭脳という、
特殊な頭脳を、
埋め込んだからだ。


けれど、人間の中にある、
「仏性(ぶっしょう)」という
最高に尊(とうと)く、
偉大な生命を引き出すためには、
なにも、特殊(とくしゅ)なものを、
埋め込む必要は、ない!


仏性という生命は、
人間に、最初から、もともと、
そなわっているからです。


だだし・・、

その仏性を引き出す方法は、

自分自身で、
『南無妙法蓮華経』を、
となえるしか、ない・・・・・!!


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・