タイムマシンによろしく!!

明日は、タイムマシンがなくても、やってくるから・・。

タイムマシンによろしく157

2014-05-24 13:38:20 | ドラマ
このまえ、ビデオで
「白夜行」というドラマを見た話しをしました。

そのドラマの中で、
恋人同士の亮(りょう)と雪穂(ゆきほ)は、
子供のころ、
親の交換殺人という、
大変な罪を、犯してしまった。

そして、二人は、
お互いの罪を隠(かく)すために、
犯罪に犯罪を、重ねていく。

その中で、亮(りょう)は、
恋人の雪穂を、守りたいが一身で、
まるで、幽霊(ゆうれい)のように、生きてゆく。

そして、亮は、
唯一(ゆいいつ)、自分たちの犯行に気づき、
子供のころから、
ずっと、亮と雪穂に、つきまとっていた、
刑事、笹垣を、殺し、
自分も、死のうと決意する。

亮は、笹垣の部屋に、しのびこみ、
そこで、一冊のノートを、見つける。

そこには、
自分が、子供のころから行(おこな)ってきた、
さまざまな犯罪の数々が、
よくも、ここまで、調べ上げたものだ!と
思うほど、克明(こくめい)に、
書き込まれていた。

だれにも、気づかれず、
幽霊のように生きてきた亮は、
そのノートを、見て、涙を流す。


「自分のことを、ここまで、
 見ていてくれた人が、いたのだ・・・!」


と。

そして、笹垣を、確実ではあるけれど、
卑怯(ひきょう)な手で、殺すことを、
あきらめてしまう。


人は、たとえ、どんな生き方であろうと、
自分が生きてきたという痕跡(こんせき)を、
だれかに、わかってほしい・・!
知っていてほしい・・・!
見ていてほしい・・・!と、
思う、生き物なのかも、しれない。

自分が、生きてきた痕跡(こんせき)
それは、自分が、生まれ、
生きてきた証(あかし)かも、しれない。

その生きてきた証(あかし)を、だれかが、
認め、わかってくれたら、
それだけで、その人は、
幸せなのかも、しれない・・・。

よく、創価学会(そうかがっかい)の、
池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
創価学会員の人たちを、励(はげ)ますとき、
「全部、聞いてますよ!
 全部、わかっているからね!」
と、言う。

それは、ウソではなく、
実際に、克明なところまで、
その人のことを、聞いて、
心から、わかっているから、
言える言葉だと、思う。

また、池田先生は、
世界各国の著名人、
芸術家や科学者や政治家や、経済人にいたるまで、
さまざなの人と、会見をしたけれど、
その中で、
池田先生に、会った人たちは、
みな、池田先生が、
「よくぞ、ここまで、
 自分のことを、知っていてくれる!」
自分が、忘れてしまっているような、
自分が書いた本や、その中の言葉まで、
おぼえていて、
心から、自分を、たたえてくれる!

その、人を理解し、心から知ろうとする、
真心と、心構(こころがま)えに、
池田先生に会った有識者たちは、
いつも、驚嘆(きょうたん)し、
尊敬と共感を、禁じえないでいる・・・!

それが、どれだけ、
その人を、励ますか!
それが、どれだけ、
その人を、勇気づけるか!

たった一人でも、
自分のことを、
心から、わかっていてくれる人が、いれば、
その人は、希望を持って、
生きていける!


自分が、生きてきた証(あかし)
自分の生きてきた痕跡を、
いつも、あったかく見守り、
わかっていてくれる。

それが、創価学会の、
池田先生であり、
それが、創価学会の絆(きずな)なんだと、
思う。


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

では、自分が、生きてきた証(あかし)
自分が、生きてきた痕跡(こんせき)を、
本当に価値(かち)のあるもの!
本当に、永遠に残る、
みんなが、ありがとう!と言ってくれる、
真実の生きた証にするためには、
どうしたら、いいのか?

もし、それが、できたら、
その人は、
だれがなんと言おうと、
「世界一の幸せもの」のはずです!

実は、それが、
創価学会が、実践している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)であり、
ご本尊(ほんぞん)に、南無妙法蓮華経を、
となえるという行動と、
仏法(ぶっぽう)を基調(きちょう)とした、
創価学会の活動です。

南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)は、
生命に、永遠の価値、
無限の価値を、もたらす法則(ほうそく)です。
ゆえに、ぼくたちが、
南無妙法蓮華経を、となえ始めた時から、
ぼくたちの生命には、
永遠にして、無限の価値が、
発生し、湧(わ)きあがってくる!!!

それは、単なる理論(りろん)ではなく、
現実に、自分の生命で、感じることができ、
自分の人生を、大きく変革(へんかく)させ、
現実に、自分の人生の中で、
結果として開花し、
具体的な形として、
大きな価値と幸せを、もたらしてくれる。

すなわち、
自分で、心から満足する幸せを、
感じ、味(あじ)わうことが、できるということです。


南無妙法蓮華経をとなえるのと、
となえないのと、
それほど、違(ちが)いがあるのか?
と思うかもしれませんが、
実は、『南無妙法蓮華経を、となえる』ということには、
とてつもなく深い幸せと、
計(はか)り知れない価値がある・・!!

その、とてつもなく深い幸せと、
計り知れない価値の一部分(いちぶぶん)として、
悩みを解決していけたり、
夢や希望を、かなえていけたりするわけです。


けれど、それは、
当然だとも、言える。

さきほども言ったように、
南無妙法蓮華経は、
最高の価値そのものであり、
無上の価値、永遠の価値をもたらすものが、
『南無妙法蓮華経』だからです。

だから、
南無妙法蓮華経をとなえることは、
自分の生きている証(あかし)
自分の生きている痕跡(こんせき)を、
最高に価値あるもの!
無限にして、永遠に価値あるものまで、
高め、開花させることになる。

その現実的な結果が、
悩みの解決や、
夢や希望の実現。
病気や、さまざまな困難(こんなん)の
克服(こくふく)へとつながり、
その人の生(せい)を、
最高に価値ある存在として
輝(かがや)かせてくれる。

そして、
自分が生きてきた痕跡(こんせき)を、
無上の、最高の形で、
伝えることになっていく。

だから、その、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を実践する、
創価学会の人たちが、
そうならないわけがなく、
実際に、なっているから、
創価学会は、世界192ヶ国に広がり、
みんなが、幸せと歓喜(かんき)を、味わっている!


最高の価値、
最大の価値、
永遠の価値、

自分の生命に、
自分の生きていることに、
その最高の価値を感じながら、
生きていく生き方が、
創価学会の人たちの生き方なんだと、
思う・・・・・。


それは、ドラマ「白夜行」で、
亮が、刑事、笹垣のノートをみて、
「自分のことを、ここまで、
 見ていてくれた人が、いたのだ・・・!」
と、涙を、流したように、
自分の、生きている価値、
自分の、生きている痕跡を、
心の底から、感じ、認(みと)め合い、
かみしめることが、できる、
生き方だと、言える・・・!!


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

タイムマシンによろしく156

2014-05-16 09:15:28 | ドラマ
このまえ、ビデオで、
「医龍(いりゅう)」というドラマを、
みました。

その中で、
ひとりの麻酔医(ますいい)が、でてくる。
その麻酔医は、かつて、
製薬会社の依頼を、受け、
麻酔導入の新薬の開発に、関わっていた。

新薬の認可(にんか)を、得るために、
その麻酔医は、多額の金品と、引き換(か)えに、
論文を、偽造(ぎぞう)した。
その結果、新薬は、認可されたが、
トラブルが続出し、ほとんどの病院が、
使用を、中止した。

しかし、その麻酔医がいた大学病院では、
さらに、何十例も、その新薬を、使用し、
多数の患者が、死亡。
そんな人体実験に関わった男として、
その麻酔医は、登場する。

しかし、その麻酔医は、
大変な技術と腕(うで)があるということで、
ドラマ「医龍」の主人公率いる、
心臓外科医にとって最高峰(さいこうほう)の技術を要(よう)する、
「バチスタ手術」をするためのチーム、
「チーム・メディカル・ドラゴン」に入り、
そのメンバーになっていく。


このドラマの中では、
その麻酔医について、
主人公に、こう言わせている。

「自分(麻酔医)の犯(おか)した罪が、
 一生かけても、許(ゆる)されないことは、
 本人が、いちばん、よく、知っている!」

「だから、あいつは、
 ひとから、責(せ)められ続けることを、望んでいる・・
 だから、あいつは、ほかの道を選ばなかった・・」

と・・。
 

一生かかっても、許されない罪(つみ)。
一生かかっても、消えない宿命(しゅくめい)・・。

こういうものを、仏法(ぶっぽう)では、
『宿業(しゅくごう)』と、いう。

宿業(しゅくごう)とは、
自分の人生における、
あるいは、自分という生命における、
なぜだか、組み込まれてしまった、
宿命的な苦しみ、悲しみ、
背負(せお)いたくないのに、背負ってしまった、
運命的な重たい荷物のような、
ものだろうか?

なぜ、宿業(しゅくごう)と言うかというと、
その宿命が、どうしても、
さけられないものであり、
どうしても、消えないものだから、
かもしれない。

しかし、この宿業、
あるいは、宿命という考え方は、
ある意味、宗教に、悪用されてきた。

どういうことかというと、
宿命というものは、
どうしても、消えないもので、
本人には、どうしようもない!
だから、いわゆる聖職者(せいしょくしゃ)に、
多額の金を、払(はら)って、
おがんでもらう!
そうしないと、宿命は、消えないし、
変えられないと、いうのだ・・!

だから、へんてこな、
宗教のスペシャリストと自認(じにん)する、
まやかしの教祖が、
たくさん、出現して、
宿命という考え方は、
人々を、不安にし、
多額の金品を払って、
宗教家に、おがんでもらう!という、
悪しき宗教ビジネスを、
はびこらす結果となってしまった。

この考え方が、
まやかしのペテン宗教や、
カルト宗教、
カルトでなくても、
日本に、はびこる、葬式(そうしき)仏教や、
観光宗教、神社信仰など、
何十万という、まやかしの邪宗教(じゃしゅうきょう)が、
うじゃうじゃしている原因でも、ある。


ところが、本当は、
こういう『宿命(しゅくめい)』という、
考えかたは、間違っている!!

真実の宿命に対する考え方は、
実は、750年以上も前に、
日蓮大聖人が、解(と)き明かしています。
そして、宿命を、変えられないもの、
消えないものから、
必ず、変えられるもの、
消すことのできるものにしたのが、
創価学会が、実践している、
真実の宿命転換(しゅくめいてんかん)の法則(ほうそく)、
『南無妙法蓮華経』なんです。


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

確かに、人間、生きていると、
宿命的とも、思えることに、
何度も、出くわすことになると思う。
それは、だれだって、わかる。

けれど、それを、
宿命だからと、あきられてしまっては、
何にもならない。
それでは、宿命ともいえる、
人生における辛(つら)さ、苦しさ、悲しみは、
一生、消えることはないし、
当然、一生、背負っていくことになる。

そんなことは、わかっているけれども、
現実に生きていると、
実際、どうにもならないから、
あきらめたり、現実逃避(とうひ)したり、
ようするに、おざなりに、
生きるしか、なくなってしまう。

明確な打開策(だかいさく)が、ないのだ!
ないから、どうしようもない。
だから、そのまま、耐(た)えて、生きるしかない。
それが、現実に生きている人間の、
現状(げんじょう)かも、しれない。

ようするに、
明確な打開策が、あれば、いいわけです!
どんな宿命も、打ち破(やぶ)ることのできる、
明確な方法!
確実な原理(げんり)と実際に実践(じっせん)できる方法が、
あれば、いいわけです。

その方法が、わかれば、
宿命だからといって、あきらめたり、
現実逃避したり、ただ、ひたすら、
耐え忍(しの)ぶような生き方を、
しなくて、すむわけです。

実は、その宿命を打ち破る、
明確な原理と方法を、
すべての人間のために、
打ち立てられたのが、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)であり、
そして、その原理と方法が、
創価学会(そうかがっかい)が、実践している、
ご本尊(ほんぞん)に、南無妙法蓮華経を、となえる!
ことを根本とする、
仏法(ぶっぽう)の実践なんです。

もっと、単純に言うと、
創価学会の人たちが、となえている、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』には、
どんな宿命も、打ち破る力(ちから)が、ある!
と、いうことです。
それだけ、スゴクて、
無限の力を、秘(ひ)めているのが、
『南無妙法蓮華経』なんです。

だから、
南無妙法蓮華経を、となえ始めた時から、
宿命は、宿命では、なくなるんです!
なぜなら、それは、
打ち破(やぶ)り、変えていくことが、
できるからです。

たとえば、
登山家は、
「そこに、山があるから登(のぼ)る」
と、いうのです。
アスリートは、
自分の超えるべき目標があるから、
日々、練習し、挑戦しています。

それと同じように、
ぼくたちが、南無妙法蓮華経を、
となえ始めた時から、
今まで、宿命だと思っていたものは、
自分の超えるべき目標に、
変わるんです。

なぜなら、
南無妙法蓮華経を、となえ始めた以上、
それは、必ず、超(こ)えられる!
からです・・・・!

超えられるから、宿命が、存在する。
いわば、宿命は、
超えるべき目標であり、
自分が、輝(かがや)き、挑戦し、
日々を、生き生きと生きるための、
エネルギーと、なるんです!

そして、その宿命を、超えたとき、
いままで以上の、
思いもかけない幸せが、もたらされる!


だから、ぼくたち、
創価学会員が、
南無妙法蓮華経を、となえ始めた以上、
宿命は、
幸せになるためのハードル。
必ず、超えられる、
幸せになるための道しるべのような、
役割(やくわり)を、果たしてくれます。

なぜなら、目標が、はっきりしないと、
なにごとも、成就(じょうじゅ)しないからです。
幸せも、同じです。

いわば、
宿命があるから、幸せになれる!
悩みがあるから、幸せになれる!


ぼくたちが、
南無妙法蓮華経を、となえたときから、
宿命は、幸せになるための「こやし」となり、
幸せになるためのガソリンとなり、
幸せになるための、エネルギーと、
変わっていく。

これが、真実の仏法(ぶっぽう)から見た、
宿命に対する、とらえ方であり、
考えかただと思います。

そして、実際に、
その通りになります。



悩みは、超えていける!
困難(こんなん)は乗り越えていける!
宿命は必ず打ち破ることができる!

そして、幸せを
どこまでもどこまでも、開花していける!


その法則であり、力であり、
エネルギーが、
創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)であり、
それは、
世界192ヶ国の創価学会員が、
現実に体験し、実感しています・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

タイムマシンによろしく155

2014-05-08 09:39:29 | 日常
よく、カルト宗教などでは、
世間が、つい、あこがれてしまうもの、
いわゆる、美人とか、金品とか、
まやかしの魔力(まりょく)とか、
まぬけな人が、
つい、引き付けられてしまうようなもので、
その宗教に、引っ張ってきて、
人をだまし、金儲け(かねもうけ)を、
しようとします。

まえにテレビで、
レースクイーンのような、
きれいどころの女性を、集めて、
宣伝に使っていたカルト宗教を、
見たことが、ありましたが、
ようするに、美女軍団を集めて、
世間一般的に見て、
「こんな美人で魅力的(みりょくてき)な女性が、
 いっぱい、いますよ~~~!」
みたいな勧誘(かんゆう)を、していたようだけれど、
だとしたら、こんな、
アホらしいことは、ない。

こういう宗教をやる人たちは、
そういうものが、宗教であり、
「金になるもの」「人をだますもの」が、
宗教であり、
それが、れっきとした、
宗教の役目(やくめ)だとでも、
思い込(こ)んでいるようでもあります。

あほらしくて、
開(あ)いた口が、ふさがりませんが、
世間的にも、
それが、宗教なんだと、
一般的に、考えられているようです。

こういう、人を、だまし、
また、だますつもりはなくても、
(それのほうが、やっかいですが・・・)
人を、不幸にする宗教を、
邪宗教(じゃしゅうきょう)といいます。


ところが、創価学会(そうかがっかい)は、
まったく、逆です!!!

創価学会が、実践している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
本当に、人を幸福にし、
人々を、蘇生(そせい)させ、
現実の、ひとりひとりに、
希望と勇気を与(あた)え、
ひとりひとりの悩みを解決する、
真実の法則(ほうそく)であり、信仰だから、
今でこそ、その結果として、
創価学会の人たちは、
裕福(ゆうふく)になり、健康になり、
世界が、賛嘆するような、
素晴らしい人材が、
連(つら)なる創価学会になったけれども、
昔は、創価学会といえば、
貧乏人(びんぼうにん)と、病人の集まりでした!!

これは、どういうことかというと、
さまざまなカルト宗教が、
世間から見て、いかにも、魅力的な人たち、
いかにも、お金がありそうで、
裕福な人たちが、あつまり、
いわゆる、美人ぞろいの、
魅惑(みわく)の集団のように見えるのに対して、
(本当は、これが、悪の集団である証拠(しょうこ)ですが・・・)

創価学会は、まったく逆(ぎゃく)!!!
貧乏人と、世の中から、
見放(みはな)されたような病人ばかり!!!

つまり、どういうことかというと、
まったく、金には、ならない!!と、
いうことです。

世間から、見放されたような、
また、ばかにされるような人たちばかりが、
集まっていたわけですから、
当然、世間から見て、
魅力が、あるはずが、ありません!!

だから、世間は、
創価学会を、
「病人と貧乏人の集まりだ!」と言って、
バカにしました!


けれど、よく、考えてみてください!


どういうことかというと、
そこには、「まやかし」は、
存在(そんざい)しえない!!ということです。
金を、むしりとる団体でもなければ、
人を、だます団体とも、
なりえない!ということです。

当然です。
貧乏人と病人しか、いないんですから!

少し、冷静(れいせい)に考えてみると、
創価学会に集まった人たちは、
病人や、貧乏人ばかりでしたから、
何を求めているか?というと、
貧乏人は、経済革命して、
裕福(ゆうふく)になりたいし、
病人は、病気を、治(なお)して、
健康になりたい!!

そこには、切実(せつじつ)な願いがあり、
金めあてや、女めあての人など、
入っていく余地(よち)がない!!

はっきり、言ってしまえば、
これが、創価学会が、
真実の宗教である証(あかし)なんです!!


創価学会二代会長の、戸田城聖先生は、
言っている。

『病人と貧乏人を、救うのが、
 宗教の役目では、ないか!
 創価学会は、宗教界の王者である!』

と・・・。

そして、
世間が、
「病人と貧乏人の集まり!」と言って、
バカにした、創価学会の人たちは、
現実に、病人は、病気を、克服(こくふく)し、
健康になり、
貧乏人は、裕福(ゆうふく)になっていった!

これが、本当の宗教であり、
それが、創価学会の、
南無妙法蓮華経を、となえる、
仏法(ぶっぽう)のスゴサと真実です。


問題は、宗教の役目とは、何なのか?

どれだけ、貧乏人を、救ったか?
どれだけ、病人を、救ったか?
どれだけ、悩める人の悩みを、解決したか?
どれだけ、ひとりひとりの夢や希望を、
かなえる力(ちから)となり、
実際に、ひとりひとりの夢や希望を、
かなえてきたか?
そして、どれだけ現実に、ひとりひとりを、
幸せにしてきたか?


これ以外、宗教の価値(かち)は、ありえない!


そのことから考えると、
文字どうり、創価学会は、
『宗教界の王者』であり、
何十万、何百万、何千万の人たちを、
現実に幸せにしてきた、
真実の宗教であると、言える。

だから、実際に、
世界192ヶ国に広がり、
世界から、大変な尊敬を期待を、集めている。


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・

ところが、日本のマスコミは、
昔は、創価学会を、
貧乏人と病人の集まりだと言って、
バカにしてきたくせに、
みんなが、蘇生(そせい)し、
裕福になり、健康になり、
すばらしく大発展した、創価学会を見て、
こんどは、その姿に、嫉妬(しっと)して、
創価学会は、金を、ばらまいているとか、
権力の亡者(もうじゃ)だとか、日本乗っ取りだとか、
あまりにも、あほらしいことを、
言ったりし、また、
三流雑誌が、デマの記事を、
ながしたりしている。

それも、また、
大変、あさましいことですが、
創価学会を、非難中傷(ひなんちゅうしょう)する、
やからの考えることは、
カルト教団が、
信者から金を、むしりとろうとするのと、
ほとんど、変わらないと、
言っても、さしつかえない!と思う。

それくらい、
うすぎたなく、いやらしのが、
日本の三流雑誌の、創価学会のデマ記事を、
書いている連中であり、
それは、そのまま、
カルト教団が、
信者たちを、マインドコントロールして、
だましていたのと同じ手口で、
日本人を、だまし、
マインドコントロールして、
金を、もうけているのと、
そっくりであり、
カルト宗教よりも、ひどい!といっても、
いいかもしれない!

なぜならば、
自分たちは、それで、
マスコミずらして、平気に、
罪(つみ)も受けず、人々を、だましつづけて、
生きているからです。

ところが、こういう人間たちに、
だまされた人たちは、
もっと、不幸かも、しれない!

創価学会の実践する、仏法(ぶっぽう)の法則は、
宇宙の法則(ほうそく)であり
すべての生命の法則です。

それなのに、
三流雑誌や、デマ記事を見た人たちは、
その宇宙の法則であり、
生命の法則である、
創価学会が実践(じっせん)する仏法を、
バカにして、さげすんでしまうからです。

そのすべての生命の法則であり、
宇宙の法則である『仏法(ぶっぽう)』をバカにしていけば、
生命の法則、宇宙の法則をバカにすることになり、
それはそのまま、幸せになるための法則なので、
その、幸せになるための法則を、
バカにすることになります。

そして、その生命の法則であり宇宙の法則であり、
幸せの法則は、
どこか遠くにある、
自分とは関係ない法則ではなくて、
すべての人に当(あ)てはまる法則です。

つまり、それは、
『自分自身の法則』です。

その、自分自身の生命の法則をバカにしていけば、
それは、結局、
自分自身に刃(やいば)を向けることになり、
結果として、自分の生命を、
傷(きず)つけることになってしまい、
自分の生命から、
希望と幸せを、奪(うば)っていってしまう。


残念ながら、
仏法の法則、生命の法則は、きびしいです!
本当に、明確に結果が、出ます。


だから、三流雑誌のデマ記事に、
だまされては、いけない!
また、そんなデマ記事を、
うのみに、してはいけない。

自分が、損(そん)をし、
自分が、不幸になるからです!

だから、
創価学会のデマ記事を、のせる、
三流雑誌や、マスコミの罪(つみ)と、罰(ばち)は、
あまりにも、大きく、
それは、日本や、その影響を受けた、
さまざまな人々に、
返(かえ)ってきてしまう。


気を、つけなくては、いけない!!
だから、三流雑誌や、悪書を、
読んではいけない・・・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・