13日:今日はのんびり鉾町を歩くには最適の日かも。宵々々山は明日から・・山鉾はでそろっている・・・・それもあろうかと、tesyukeの受けている祇園祭りに関する講座は現地学習!!体よく言えば鉾町散歩。講座をトータルでコーディネイトしている先生が鉾町の出身で、ルートの決定はお手のもの。
3時に四条烏丸。まずは南観音山へ!ここの世話役さんに話を聞いた時、曳き初めさせたげると、言うてはったので・・・。四条通を西へ。函谷鉾・菊水鉾・月鉾をちらちらと見て新町通りを曲がれば。やあやあ始まってる。四条通に一番近い放下鉾近くまで南観音山が動いてきている。この通りにある4基がいっせいに南北を行って帰る。南観音山の北にある北観音山が動かないと南観音山は北上できない。待機中を幸い山に取り付けた綱にみんな取り付く。
お囃子が始まり音頭取りさんが扇子を前に出して合図すると、動き出す。思わずサアーと動いてびっくり。こんなに早く動けるんだ!南観音山の町会所へ戻ったところで我々は綱を離れる。山はまだ北へ動きそれから南へと下がって会所へ戻る。引き終えた子供にお菓子が出るので人気だとか。山のてっぺんに飾る松の木は、二本取り寄せたものを北観音山とくじ取りで選ぶのだとか。ご神体(?)には毎晩一日交代で坊さんと神主さんが拝みにきはるんだとか。内部の人に話を聞くと百倍面白おっせ・・みたいなとこがあるなあ・・。
人出はまだましなほうとは言え、半端でない。迷子にならんとついてきて・・・と、次は一筋東へ。室町通の鯉山へ。山は鉾に較べて組み立ても簡単、飾りも本番近くまではきちんとしないので、ちょっと、間が抜けた感じ。鯉山の飾りを見せてもらうのだが・・本日準備中非公開のところを知り合いのよしみとかで特別に会所の中へ。立派な蔵も戸をあけてあり、畳の部屋には「会所飾り」といって御神体や懸装品を展示(写真)。
写真の右は、スサノオノミコトを祀った社殿。鳥居の後ろに見えるのが立派な鯉の彫り物。御神体で左甚五郎作とか。左端が見送り。これを筆頭に部屋にズラリと飾られている前掛・胴掛等々。これらが重要文化財の16世紀のベルギー・ブリュッセル製タペストリートで,1枚を大工のノミで9枚に裁断。9枚をあわすとイーリアスの一場面になる。16世紀当時と同じ色のタペストリーが残っているのは、世界でも唯一、鯉山だけですねんと、説明してくれる人もちょっと自慢げ。今では京都博物館に保存され、この時期だけ里帰り。もちろん実際に使われるのは複製。蛤御門の変の時は耳打ちしてくれる人があり、鯉とタペストリーだけは、伏見に疎開させたんです・・とはちょっとした秘話か?
鯉山から占出山へ。ここの席飾りを見て長刀鉾で解散。粽は鯉山で買った、500円。長刀鉾は1000円や・・・、メジャーは強い。18歳のときに初めて祇園祭を見て以来、見ても見なくても7月になると世間にあふれる祇園祭にまつわるもろもろに浸かって来た**年。室町の繊維関連の衰退からか、個人の家の《屏風祭り》が確かに減ったね・・・。地下鉄が無いときは、バスから鉾が建ったとか、にぎわってきたなとか、通りすがりに街の様子を楽しめたものだが・・・
そういえば、たいていの山鉾は側で見ているが、一つぽつんとはなれている保昌山だけはまだ。、良い機会と寄って帰ることに。なんだか近所の夏祭りの準備中のような暇な雰囲気。おやおや、稚児の役をする子だろうか、真剣な表情でなにやら稽古中。状箱に似たものを手に、稽古相手の大人に差し出し中を改めてもらい・・・最後に蓋をした箱に扇子で紐を跳ね上げぐるっと巻くと言う所作。もう一回、もう一回と一連の動作を繰り返す。上手にし終えて稽古終了。見ていた部外者が思わず手をたたく。こんな真剣な目が祇園祭を次代につなげるんだね・・きっと。
*あとで分かったこと。この稚児はくじ改めのときの所作の練習だったよう。手を使わないで扇子1本で函の紐を解きくじを示し紐を元に戻す。とっても難しいとか。