てんちゃんのビックリ箱

~ 想いを沈め、それを掘り起こし、それを磨き、あらためて気づき驚く ブログってビックリ箱です ~ 

差し伸べられた手

2017-10-02 22:14:52 | 昔話・思い出

今回は、部分的にはっきり思い出すことができる記憶。 やはり消滅したSNSで書いていた記事ですが、とても生意気な前文をつけていました。 それも合わせて復刻します。


机にむかい、眼を閉じる。

身体がくるりと丸くなり、そのまま漆黒の空間に浮遊する点へと、収縮していく。

静かに、身体中の目が開く。
いろんな思い出が浮遊している。

火のように燃え盛り、まだ触れることができない星雲、
私を吸い込み、悲しみや苦しみだけの世界へ連れ去ろうとするブラックホール、
すべてが溶けてしまうような、甘いドロップ、
キラキラ輝きつつ、私を傷つけるガラスのかけら。

今日は、この内宇宙を作ったビッグバン直後まで遡ってみよう。

無との地平線のこちら側に、雲母状の断片が、少しずつ濃度を増して広がっている。
そして、小さなこの塊が、私が時間と空間を定義できるもっとも古い記憶。

触ると、身体が吸い込まれていく。




そこは保育園の一室、隣の女の子と手をつないでいる5歳の僕がいる。
部屋の入口でおじさんと話している保育園の先生を、皆でじっと見ている。
外は大雨、だけど今までとっても面白い話をしてもらっていたのに。


帰ってきた先生が言った。
「今日は、早いけれどもすぐお昼寝の時間にしましょう。」
お道具箱のところへ行くときに、窓の外を見ると、広い園庭が、溝を越えた向こうの道まで一面に水に浸かっていた。

園の講堂にぎっしり敷き詰められた小さな布団。
眼をつむる。



布団が、いつの間にか半分に減った。
そっと立ち上がって外を見ようとした。隣に、先ほど手をつないでいた女の子がいた。
そして、寝ながらチョンと蹴ってにこっと笑った。
僕もチョンと蹴り返した。

手が差し伸べられたので、握り返してまた眼をつむる。



講堂には、もうそんなに布団はない。
遠くから母の声がした。「遅くなってごめんなさい。」
僕は立ち上がった。

  「大丈夫?」
  「うん」  だけど、ほっとした。
  「さあ帰ろうね。」

手が、斜め上から差し伸べられた。 
ああこの角度で手が伸ばされるほど、僕は小さかったんだ。

雨は小止みにはなっていたけれども、園庭はまだ冠水していた。そして溝との境がわかるように、縄が張ってあった。



なぜ、あの女の子と手をつなぎ、隣り合わせで寝ていたのだろう。
あの子は、僕が帰るときに、まだ残っていたのだろうか。
いったいあの子は小学校になった時、どの子になったのだっけ。



今日は、もう帰ろう、思い出を作リ過ぎてしまうから。
またここへ来た時、きっと何かが見えてくる。


塊から、すーっと抜け出す。 
それは、まわりのかけらを集めて、やや大きくなったようだ。

身体中の目を閉じ、漆黒に身を委ねる。
そして顔を上げ、改めて眼を開ける。

少しだけ新しくなった世界が、ひろがっている。
そこに、少しだけ新しくなった僕が、座っている。



もともと、この町立保育園は低地にあったのですが、上流に大雨が降り、一気に水がついたとのこと。次の年に移転が決まりました。
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