バニラの香りで思い出すのは、子供の頃のクリスマスケーキ作り。
家族6人には市販のケーキは小さいと、母が家族での手作りを決断した。
父が地域の中核市まで材料をまとめ買いにゆき、母が茶の間に新聞を敷き詰め、ボウルや鍋を準備した。
小5の僕と小1の弟が小麦粉を振り、小3の妹が母にならって卵を割り、黄身と白身を分ける。一番下の保育園の弟は、さしあたっては応援団。
さあ、卵白のあわ立て開始。母が見本を示し、一番下を除く兄弟3人でやったのだけれど、これが大変。ガシャッガシャッと器具を振りまわし、すぐ手が痛くなる。
かなり泡が固くなり出した頃、母が「あっ、バニラエッセンスがない。でもまあいいわ。」と言った。
それが何かは知らなかったけれども、言葉が美しく響いた。そこで絶対買いに行くと言って、大きなボタン雪が降る中を、自転車で飛び出した。
よろずやのおばさんに伝えると、「そんなのあったかいな」といいながら、後の倉庫へ行った。
そして、黒く光る小瓶を大事そうに持ってきた、魔法の薬が入っているかのように。
待っている間に、道はシャーベット状の白く淡い雪が積もってしまった。自転車を引きずりながら、途中頭の上の雪を何度も落としつつ、雪まみれになって家にたどり着いた。
「ご苦労さん」 母が小瓶を受け取り、黄色いドロっとしたケーキの種に振りかけて混ぜた。その後、「いいにおいでしょ。」と言って、僕に蓋を開けたまま小瓶を手渡した。
濃厚な香り。
そのまま外へ行って野菜の上に降り積もった雪を手に採り、一寸振りかけてみた。
アイスクリームの匂いだ。口に頬張りながら空を見上げると、小さなソフトクリームの粒が、僕の口めがけて集まってくるような気がした。本当に魔法の小瓶だった。
オーブンがなかったので、大きな鉄鍋を用いて、上に炭火も置いてゆっくり焼き上げた。そして直径40cm以上、高さ10cmの大きなレーズン入りスポンジの出来上がり。
蓋を開けたとき、バニラの強い香りが部屋中に広がり、僕のやったことが誇らしくおもった。
少し冷まして、周辺のこげた部分をきれいにカットし白いクリームを塗った後は、一番小さい弟の待望の登場。
妹と一緒に、チューブに詰めた生クリームをぐるぐると積み上げ、チェリーやイチゴ、チョコをトッピングして出来上がり。きっと町内一番、いや町中で最も素敵なクリスマスケーキじゃあなかったろうか。
ケーキそのものは、次の日に皆でたらふく食べましたが、切り落としの焦げたスポンジがむしろ絶品で、その日はそれを子供達で取り合った。
そして、クリスマスケーキを自家製とするのは慣例となって、田舎の家から子供達が離れるまで、続きました。
(その頃住んでいたのは本当に田舎町でした。よろずやさんに、よくバニラエッセンスがあったものだと、不思議に思います。
<消滅したSNSからの再掲>