東京国立近代美術館(2021.12.24)の鑑賞もラストになります。 今回は2階の第11,12室です。
概要は公式サイトからお借りしました。
2F
11–12室 1970s-2010s 昭和の終わりから今日まで
11室 協働する
田中功起《ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る(沈黙による試み)》「手話とバリアフリー字幕版」(2013/2021年)より
近年、美術館での映像展示の機会は増えていますが、バリアフリー字幕や手話映像が付いているものは少なく、ろう者、中途
失聴者、難聴者にとっては、美術館での映像作品鑑賞に高いハードルがあります。2020年度、東京国立近代美術館は、幅広い鑑
賞の機会をつくるため、アーティストの田中功起氏の全面的な協力のもと、所蔵作品である《ひとつの陶器を五人の陶芸家が作
る(沈黙による試み)》(2013年)の「手話とバリアフリー字幕版」を制作しました。この作品は、出自や境遇、性別、考え方
の異なる人々の「協働」をテーマとしています。今回制作した「手話とバリアフリー字幕版」も、アーティスト、ろう者、美術
館スタッフ等、様々な立場の人々が一つの作品を制作する「協働」でした。複数人で目的を共有することは時に困難を伴います
が、そのプロセスは立場の異なる他者を理解することへの始まりでもあります。
この部屋では、この新たな鑑賞機会の試みとともに、「協働」にまつわる作品を合わせてご紹介します。
12室
近代の領分テリトリー
この部屋では、(1点の例外をのぞいて)1960–80年代末の作品を紹介します。
東京国立近代美術館(1952年開館)の「近代」とは、「modern[モダン]」など西欧言語の訳語で、近代の、現代の、近頃の
、いま風の、と時に応じてさまざまな訳が当てられてきました。70–80年代、日本では美術館の建設ラッシュが起き、「近代」を
冠した美術館が各地に開館します。そしてこの建設ラッシュと近代という名づけ(のブーム?)は、80年代末頃に終息していきま
す。これにはバブル崩壊や、80年代に盛んに語られたポストモダン(モダン以後)という動向も関係しているでしょう。
「近代はすでに終わってる?」、「近代と現代の区分は?」、「いや、名前の問題じゃないのでは?」…、 同時代の美術を90年
以降も扱い続ける「近代美術館」には、なかなか大問題です。以上のような関心から、今回の展示の結びを「近代」にとってひと
つの転換点である80年代末の美術としました(みなさまとこの問題を少し共有してみたいという希望を込めつつ)。
では11室の作品から
北脇昇、小牧源太郎、吉加江京司(清)、原田潤、小石原勉 《鴨川風土記序説》
面白い作品だなと思って、しばし見ていました。 制作年代は戦時下。
シュルレアリスムの手法を用いて、油絵で描いています。 題材は日本の伝統的な
文化にちなんだものですが、いい感じです。・・・戦時下でも、新たな表現を模索
していたんだ。
12室です。
草間彌生 《冥界への道標》
この作品を初めて見たのは10年前になります。その2か月前にテレビのNHKスペシャル「”水玉の
女王”草間彌生の全力疾走」でも紹介されていて、えー?と思った作品です。 ですが、実物を見
ると、その迫力にブルッでした。
斜め横から見ると、わかりやすい。
川俣正 《TETRAHOUSE PROJECT PLAN 6》
キャプションを読むまでは、立体の作品だと思ったのですが、習作と分かり
作品が、より身近になるという不思議。
有元利夫 《室内楽》
独特の絵肌です。この作家の作品を、実物で見たのは数えるほどしかありません。
ウィキによると”イタリア・ルネッサンス期のフレスコ画と日本の仏画を敬愛し古典
や様式の持つ力強さに影響を受けた”・・・とある、なるほど。
有元は東京芸大美術学部デザイン科卒業と同時に電通に入社して3年ほどデザインの
仕事に携わり、その後、画業に専念。 だからだろうか、作品からはデザインの感覚
がプンプン感じられる。それでいいと思う、アートとして楽しめれば。
横尾忠則 《葬列 Ⅱ》
アクリル板の多重構成で、面白い効果を出しています。 でも、私は今一つ、迫力を
感じない・・・ ポップアートは好きじゃないし。
大竹伸朗 《トルソとギター》
大竹伸朗の作品は、面白くて好きなんです。
そういえば、個展「ビル景1978-2019」(水戸芸術館 2019年7月13日~10月6日)もまだアップしてない
舟越桂 《森へ行く日》
今までにみた、舟越桂の作品のなかでは一番、迫力がありました。
作品の解説は、公式サイトにわかりやすいものがありましたので、キャプションの下に
引用させていただきました。
なお、この作品写真の背景に、草間彌生の《冥界への道標》と李禹煥の 《線より》、床
に菅木志雄 の《Protrusion #076》があり、意識して撮影しました。
例えばここに、中原佑介編著『80年代美術100のかたち INAXギャラリー+中原佑介』(INAX、1991年)という書籍があります。
評論家の眼を通して同時代の様々なアーティストを継続的に紹介した1980年代の記録ですが、見返すと直截な人体彫刻は一切現れ
ません(ついでに言えば人物を描いた絵画も、そして女性作家も稀です)。それどころか50年代頃まで遡っても、いわゆる現代美
術の中で人体彫刻が脚光を浴びることはほとんどなかったと言っていいでしょう。一種のトレンドとして歴史を語ることには注意
を要しますが、80年代中頃の舟越桂の登場というトピックは大きなインパクトを持っていました。
彩色の木彫、粗めに残された彫り跡、等身大より一回り小さい着衣の人物、大理石による玉眼、へその下までの半身像、木材と
は異なる素材との組み合わせ、細い鉄製の台座、そして文学的なタイトル。本作は90年代半ばまでの作者の典型的な特徴を備え、
ヴェネチア・ビエンナーレ(88年)、「アゲインスト・ネイチャー」展(89–91年)や主要な個展に出品されてきた代表作です。
舟越の作品は伝統的な木彫の刷新として迎え入れられるとともに、何よりも、言葉を強く喚起しました。彼の彫像に対する過去
の言説を遡ると、いわば象徴主義と呼び得るほどに比喩を駆使した詩的な言葉で埋め尽くされ、またその作品は数々の小説の装丁
に採用されてもきました。何がこんなに言葉を、あるいは詩情を誘うのでしょうか。
タイトルの文学性(本作のタイトルは舟越の最初の作品集の題名でもありました)以外に造形として気付かされるのは、玉眼の
配置です。ふたつの黒目はわずかに水平をずらして外向きに開き、視線の焦点は追い切れません。前に立ってもこちらと目が合わ
ないこの特徴に加えて、手首や腰以下の関節が見えないことが抑制された暗示的な動きを生み、何かをほのめかしながら沈思黙考
しているような印象を与えます。そこから見る者もまた沈思黙考に導かれ、内面的な物語を紡いでいくのでしょう。あえて比喩を
使えば、鏡のような作品であるわけです。
この像に特定のモデルはなく、肩から胸にかけて張り付いた特徴的なゴムチューブは、もともとデッサンのこの部分に描いていた
「つやと粘り気のある黒い帯状のもの」を実際に表したものであったといいます[1]。実在的なリアリティよりもデッサンの発想
を優先するそのような制作理念もまた、こちらの空想を触発する詩的な印象と造形に結び付いているに違いありません。
(美術課主任研究員 成相肇 /『現代の眼』636号)
[註]1 「舟越桂 私の中にある泉」カタログ、渋谷区立松濤美術館、2020年、p.117
李禹煥 《線より》
好きな作品です。
12室の光景
最後は、美術館と門前のポスターです。 フーッ やっと終わった!
美術館に行って、絵や彫刻などの好き嫌いの基準の一つに「家に飾りたいか否か」ってのがあるんですよね~
草間彌生さんのって確かにキョーレツですけど飾るとなるとね~・・・・
我が家の場合、物理的に飾れるか否かも大問題ですが。
現代アートは、内容の強烈さ、スペースの巨大化も
あり、ついていくのが大変です。