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ガズオ・イシグロ ノーベル文学賞スピーチ全文

2017-12-11 20:59:30 | 文学・芸術
ノーベル文学賞
イシグロさん記念スピーチ 全文

毎日新聞 2017年12月11日より転載
https://mainichi.jp/articles/20171211/k00/00e/040/177000c

2017年のノーベル文学賞を受賞した日系英国人作家、カズオ・イシグロさんが10日夜(日本時間11日早朝)、ストックホルム市庁舎での記念晩さん会で行ったスピーチ全文は以下の通り。

 陛下、殿下、そして紳士淑女の皆様。

 大きな外国人の顔、西欧の男の人の顔が、私の本の1ページを埋めるようにカラーで描かれていたのを、鮮明に記憶しています。堂々とした顔の後ろの一方に見えたのは、爆発による煙とほこりでした。もう一方に描かれていたのは煙の中から空へと昇っていく白い鳥でした。私は5歳で、伝統的な日本の家の畳の部屋で腹ばいになっていました。この瞬間が印象に残ったのは、私の後ろの方で、ダイナマイトを発明した人が、その使われ方を心配して(日本語で)「のーべるしょう」を作ったと話す母の声に特別な感情がこもっていたからです。「のーべるしょう」という言葉を日本語で聞いたのは、これが初めてでした。「のーべるしょう」はね、と母は言いました。(同)「へいわ」を促進するためにあるのよ、と。「へいわ」はピースやハーモニーという意味の日本語です。私の街、長崎が原爆によって壊滅的な被害を受けてから14年しかたっておらず、まだ年端もいかない私でも、平和とは何か大切なものであること、それがなければ恐ろしいものがこの世界を襲うかもしれないことを分かっていました。

 ノーベル賞は他の偉大な賞と同じく、小さな子どもでも分かるようなシンプルなもので、それがきっとこれまで長く世界の人々の想像力をかき立て続けてきた理由でしょう。自分の国の人がノーベル賞を受賞したことで感じる誇りは、オリンピックで自国の選手がメダルを勝ち取ったのを見て感じるものとは違います。自分の部族がほかの部族より優れていることを示したからといって、誇りをもったりはしません。むしろ、自分たちのうちの一人が人類共通の努力に著しい貢献をしたことを知って得られる誇りです。わき上がる感情はずっと大きく、人々を融合させてくれるものです。

 私たちは今日、部族間の憎しみがますます大きくなり、共同体が分裂して集団が敵対する時代に生きています。私の分野である文学と同じく、ノーベル賞は、こうした時代にあって、私たちが自分たちを分断している壁を越えてものを考えられるよう助けてくれ、人間として共に闘わねばならないことは何かを思い出させてくれる賞です。世界中で母親たちがいつも子どもを鼓舞し希望を与えてきたような、母親が小さな子どもに言って聞かせるようなものです。このような栄誉を与えられて、私はうれしいと思っているでしょうか? ええ、思っています。私は受賞の知らせを受けて直感的に、「のーべるしょう」と声に出し、その直後に、いま91歳の母親に電話しました。私は長崎にいた時、既に多少なりとも賞の意味を理解しており、今も理解していると思っています。ここに立って、その歴史の一部になることを許されたことに感動しております。ありがとうございます。

英文原文は以下を参考にしてください。

Kazuo Ishiguro - Banquet Speech

Kazuo Ishiguro's speech at the Nobel Banquet, 10 December 2017.

https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/literature/laureates/2017/ishiguro-speech.html

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