玉川上水みどりといきもの会議

玉川上水の自然を生物多様性の観点でとらえ、そのよりよいあり方を模索し、発信します。

ロゴ

2021-01-23 06:45:16 | はじめに

本会のロゴを作りました。玉川上水の自然ですから、水と土があって、それに支えられて緑が育つことをイメージしました。もちろん緑の中には昆虫や鳥をはじめとする無数の動物たちが暮らしています。それをほっこりとしたオーガニックな感じにしたいと思い、スケッチブックにクレヨンで楕円を描いて、デザイナーの棚橋早苗さんに相談したらパステルタッチのものにしてくださいました。


伐採予定木の緊急調査 - 小平の喜平橋 - 茜屋橋間 -

2021-01-20 13:44:46 | 調査報告
2020.10/4
 
玉川上水喜平橋-茜屋橋間の伐採予定木についての緊急調査
 
高槻成紀
 
 2020年9下旬に玉川上水花マップネットワークのメンバーが調査中に玉川上水の喜平橋-茜屋橋間に多数の赤テープが巻かれており、それが伐採予定であることを知った。玉川上水の法面崩壊を予防し、あるいは住民の安全のために一部の樹木を間伐することは必要であるが、皆伐に近い強伐を行うことは景観を大きく変えるだけでなく、林の下に生える野草にも決定的な影響を与え、林床植物が消滅する危険性が大きい。このことは玉川上水の生物多様性保全という意味で大きな問題を残すことが危惧される。そこで、この伐採を再考してもらうための資料を得るために2020年10月4日に緊急に調査を行なった。
 調査では当該区間の赤テープを巻いた樹木の樹種と直径(目測)を記録した。なお、樹木には番号が付けられ、C=xxという数字が記されていた。このC値は周(cm)と思われ、我々の目測直径のほぼ3倍であったが、株分れした種では数字が大きく異なる場合があった。ここでは目測値を採用する。
 
結 果
 調査の結果、800 mの区間の南北で85本の樹木に赤テープが巻かれていた(表1)。南北で大きな違いがあり、北側が70本、南側が15本であった。内訳は大半がケヤキであり、北側ではクヌギ2本、コナラ1本があり、南側ではエゴノキ、オニグルミ、トウガエデ、ミズキがあった。
 
表1 喜平橋-茜屋橋間の赤テープが巻かれた樹木の内訳
 
 ケヤキの直径は10 cmから80 cmまであり、20-50 cmが多かったが、30 cm未満のケヤキも30本程度あった(図1)。伐採が行われれば、30 cm以上の樹木はほとんど残らないことになる。
 
図1. 伐採予定のケヤキの直径階頻度分布
 
問題点
 この範囲の高木はほとんどがケヤキであり、小平桜橋よりも上流でコナラ、クヌギが多いのと対照的である。その理由は不明だが、今回伐採予定の樹木も大半がケヤキであった。実質的に皆伐に近い強度伐採を行う理由は安全性や法面保護とは直接つながるものとは思えず不明である。現地には伐採作業の説明看板があるが、これが設置されたのは9下旬と察せられ、伐採予定まで1ヶ月もない。この伐採についての住民説明もなかった。もし伐採が強行されれば、現在ケヤキ並木のような状態で緑陰を提供している林(図2)が失われ、直射日光のあたる全く違う景観になるのは必至である。
 
図2. 喜平橋-茜屋橋の北側のケヤキ林
 
 これはすでに小金井橋の近くで起きたことである(図3)。
 
図3. 小金井橋近くで皆伐されたケヤキの伐採痕(2020.3/5)
 
 このことは同時に、現在生育している雑木林の林床に生えるアマナ、アズマイチゲ(図4)などの野草が生育できなくなり、生物多様性保全という意味で東京都の方針にも反する。
 
図4. 当該区間に生育するアザマイチゲ(2020.3/15)
 
 従来行われてきた安全性や法面保護のための伐採は必要である。その伐採が間伐であれば生物多様性を保存することは可能である。また中低木が繁茂して対岸が見えなくなるなど景観上不適切な状態を改善するための下刈りもまた必要であろう。しかし今回のような皆伐に近い上木の伐採はその必然が認められず、大きなマイナスが想定される。一度伐採されれば、その回復には数十年の年月を要する。関係各位にはこの伐採に対する見直しを求めたい。
 以上は、玉川上水の樹木の伐採の行政的な側面、すなわち住民の安全、苦情への対応、法面の保護、ヤブ状態の景観改善のための中低木の除伐などを考えてきた。以下には主観的と言えるが、おそらく重要であることを記す。
 樹木の伐採について、我々の心に、50年を大きく上回るような大樹(図5)がやすやすと伐採されることに対する素朴な「申し訳なさ」があることを否定できない。人間には大樹を前にした時、自然に両手を合わせたくなる心情がある。それは生命に対する素直な心であろう。感情で行政はできないのかもしれないが、このことは行政も心して考えるべきだと思う。
 
 
図5. 伐採予定の直径50 cmほどのケヤキと基部の直径が90cmにもなるケヤキ
 
しかも、今回の伐採はほとんど全ての樹木を伐採しようとしている(図6)。もし、この強度伐採が強行されれば、数十年を生き、玉川上水沿いを歩いて緑を楽しむ市民に緑陰を与えてきたケヤキ大樹の無残な切り株が並んだ状態を市民が目にすることになる(図3参照)。そうなれば多くの市民が「東京都は大樹を平気で伐採するのか。小平市はそれを容認したのか」と思うことになるであろう。そのことの意味は決して軽くはないと思われる。
 
図6. 選抜することなく全てを伐採する指示を出すテープを巻かれたケヤキ
 
 なお、北側のクヌギは法面にはなく直径80 cmもある立派な大樹である。また南側のオニグルミも直径90 cmほどある。これらの樹木は歴史的意義もあり、ぜひ残していただきたい。
 
 調査に協力いただいた桜井秀雄氏に感謝します。

小金井の玉川上水には林の鳥は住みにくい – 2021年1月の鳥類調査

2021-01-20 10:03:59 | 調査報告

2021.1.19

小金井の玉川上水には林の鳥は住みにくい – 2021年1月の鳥類調査

 

大石征夫、大塚惠子、大出水幹男、菊地香帆、鈴木浩克、高槻成紀

 

 玉川上水は東京を流れる貴重な緑地だが、植生の管理や元々の樹林の状態などにより、場所によって植生が大きく違う。この調査は玉川上水の鳥類がこのような場所ごとに違う植生によってどう違うかを明らかにすることを目的とした。選んだ4カ所は東から、杉並区、三鷹市、小金井市、小平市である。杉並は最も都心寄りであり、上水の緑地の幅は狭いが、状態の良い林も残っている。三鷹には井の頭公園があり野鳥保護の林もあるため、緑地の幅が最も広く、常緑樹林もある。小金井はサクラだけを残す管理をしているため、開けた場所が多い。小平には雑木林のような良い状態の林が残されており、緑地の幅も広い。

 

方法

 調査は2021年1月16日または17日に行い、杉並は大塚、三鷹は鈴木と菊地(ここだけ16日)、小金井は鈴木と大石、小平は大出水と高槻が担当した。それぞれの場所で1.6 kmの調査範囲をとってゆっくり歩きながら発見した鳥類の種類と羽数を記録した。調査時間は1時間前後とした。

 

結果

 4カ所で25種、581羽が記録された(表1)。表1を見ると杉並ではヒヨドリ とメジロ、三鷹ではツグミ、ヒヨドリ、シジュウカラ、カワラヒワ、小金井ではムクドリ、ヒヨドリ、ドバト、小平ではヒヨドリ、シジュウカラ、ハシブトガラスが多かった。

 

表1 4カ所での各種の発見羽数

 そこで、水鳥のカルガモ、アオサギをのぞいて、林にすむ鳥類と林の外にもいる鳥類にわけ、後者を「オープンの鳥」として4カ所を比較した(図1)。これを見ると、林の鳥は、杉並ではメジロが多く、三鷹ではシジュウカラとメジロが多く、小平ではシジュウカラをはじめとするカラ類とキジバト、メジロが多かったが、小金井でやや多かったのがキジバトだけだった(図1a)。

図1a. 4カ所で記録された林の鳥類の羽数

 

 これに対して「オープンの鳥」はヒヨドリは4カ所で拮抗したものの、そのほかは小金井で多く、特にムクドリとドバトが多かった(図1b)。

図1b. 4カ所で記録されたオープンな場所にもいる鳥類の羽数

 

 これを見て明らかなように小金井ではオープンな鳥がはるかに多いのに対して、そのほかの3カ所では林の鳥が多く(図2a)、その割合は小金井が10.8%と特に小さかった(図2b)。

図2a. 4カ所で発見された林の鳥類とオープンにもいる鳥類の合計羽数

図2b. 4カ所での林の鳥の割合(%)

 

 4カ所の鳥類群集の多様性をシャノン・ウィーナーの多様度指数(下記)で比較した(図3)。この指数は種数が群集内で特定の種が多い場合は小さくなり、各種の数が同程度であれば大きくなる。指数は杉並、三鷹、小平では3程度であったが、小金井だけは2.1に過ぎなかった。

図3. 玉川上水4カ所の鳥類群集の多様度指数

 

 小金井では桜の木が10 mほどの間隔で植えられ、それ以外の樹木は徹底的に伐採されている。このため林にすむ鳥類が生息しにくい環境になっており、出現種数も9種と4カ所中最低であった。そして、その内訳も、ムクドリ、ヒヨドリ、ドバトなど、オープンな場所にいる鳥類に強く偏っており、多様度は低かった。これに対して他の3カ所ではコナラ、クヌギ、イヌシデなどの落葉樹が豊富であり、しかもその下にムラサキシキブ、マユミ、ネズミモチなどの低木も豊富である。三鷹の一部には井の頭公園があり、常緑広葉樹も多い。このため、三鷹では種数(19種)も多様度も大きかった。このように樹林のあり方は少なくとも冬の鳥類の豊富さと多様性に大きい影響を与えていることがはっきりと示された。

今後、桜の季節、新緑の季節、渡り鳥が来る季節、去る季節などにも調査をしてこのことをはっきり示したい。

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Shannon-Wienerの多様度指数H’

H’ = -Σpi×log2 Pi

Piは種iの占有率(全体を1とした割合。例えば20%なら0.2)

 

付図1. 玉川上水の代表的な鳥類。上段:林の鳥、下段:オープンの鳥(ブログ「玉川上水花マップ」より こちら

 


小金井に雑木林の野草は戻らない:樹下の群落調査

2021-01-20 09:39:59 | 調査報告

2020.11/7

小金井に雑木林の野草は戻らない:樹下の群落調査

高槻成紀

 小平市民はコナラなどの落葉広葉樹林のある玉川上水の緑を好ましく感じている。玉川上水全体を見ると小平市では緑の幅も広く、樹木も連続している傾向がある。これに対して小金井市は名勝小金井のサクラ(本文では桜をサクラと記す)を優先し、「雑木」は伐採する管理を行っている。この管理法は生物多様性とは相入れないものであるばかりでなく、安全面でも問題がある。実際、2018年の台風の際の風害木もサクラに強く偏っており、その倒木率は玉川上水全体の7倍も高いことが示された(高槻2020)。しかし小金井市は倒木はケヤキであるから、ケヤキを伐採すべしとしている。すなわち、市民の質問に対して、小金井市長は「昨今の台風によって玉川上水に生えるケヤキが多数倒木したことで、史跡玉川上水の遺構が破壊され、さらには地域住民に多大な損害を与えました。以上の観点により、高木は伐採対象に指定されています」と回答している(小金井市長 2019)。しかしそれは実態とは違う。ケヤキも倒れないわけではないが、データはサクラの倒木の方が遥かに多いことを示している。

 また生物多様性の重要性に関する質問に対しては「ケヤキが伐採したことで、一時的には、緑や生き物が少なく感じられるかもしれません。しかし、サクラが成長・大きくなることで、緑の空間が再生されます」と回答をしている(小金井市長 2019)。ここでいう植生とは生物多様性の観点からすればカタクリ、チゴユリ、キンランなどのような雑木林に生育する野草が代表的なものであるから、以下には野草といえばこのような野草を指すこととする。

 行政による植生管理は生物学的な情報に基づいて実施されなければならないが、このような回答には根拠がない。もしサクラが育てば野草が戻ってくるのであれば、現在十分に大きいサクラの樹下に多少とも雑木林の野草が生育しているはずである。逆に言えば、現状の十分に大きいサクラの樹下に野草がなければ、今後サクラが育っても野草が戻ってくる可能性はほとんどないと考えるのが合理的である。

 このような考えのもと、小平市と小金井市の地上群落を調査をして、特に小平市の落葉広葉樹林(雑木林)と小金井市のサクラの樹下に着目して、上記の点を検証することとした。

 

方 法

 小平市の林の下(「A 林床」)と林のない草地的な場所(「A 草地」)で、また小金井市ではサクラの樹下と(B 桜下)サクラとサクラの間の草地的な場所(「B 草地」)に調査区をとった(図1)。また小金井市では「草地」の一部に草刈りをしない場所があるので、これを「B刈残し」とした(図2)。調査区数はA林床が29、A草地が15、B桜下が13、B草地が11、B刈残しが5の合計73である。調査は2020年9, 10月に実施した。

図1. 調査地のようす。A1: 小平市の林床、A2:小平市の草地、 B1:小金井市の桜の樹下、 B2:小金井市の草地

図2. 小金井市の「刈残し」区

 

 代表的な場所を選んで1 m四方の方形区をとり、出現種の被度(植物が覆う投影面積を百分率で表現する数字)と高さ(cm)を測定した。被度と高さの積を「バイオマス指数」として植物量の指標とした。例えば被度が50%で、高さが100 cmであればバイオマス指数は5000となり、容積に対応する(高槻 2009)。

 データは種ごとにとったが、バイオマスを以下の8つの類型ごとにまとめた。双子葉草本、双子葉草本帰化植物、双子葉草本園芸種、イネ科・カヤツリグサ科、ササ、単子葉草本、つる植物、シダ、低木、高木

 

結 果

 バイオマス指数の合計を図3に示した。小平市のA林床では多様な植物群から構成されていたが、量は1000あまりと最も少なかった。これに対してA草地は6000近くあり、特につる植物とイネ科が多かった。A林床と比較すると双子葉草本が多いのも目立った。小金井市ではB桜下ではA林床の2倍以上あり、特に単子葉草本が多いのが目立った。また双子葉草本外来種も多かった。小平市と大きく違うのはA桜下とB草地の合計値がほぼ同じであって点である。内訳ではB草地の方で単子葉草本が少なく、双子葉草本が多かった点が違った。なお、B刈残しはバイオマス指数が非常に多く、小平のA草地と同レベルであった。内訳では高木とササが多く、イネ科が少なかった。また双子葉草本外来種が多い点も違っていた。また同じ小金井市の草地でもB草地とは大きく違い、高木、ササ、双子葉草本外来種などが多く、単子葉草本が少なかった。

図3. バイオマス指数の群落間比較。Aは小平市、Bは小金井市

 

 B刈り残しは小金井の中でも貴重な群落タイプだが、面積的にも非常に限られるので、以下にはそれ以外の4群落、つまり樹木の下である小平のA林床と小金井のB桜下、樹木のない小平のA草地と小金井のB草地を取り上げて、群落間の組成の類似度を算出した。そのためにウィッテカーの百分率類似度という指数を計算した。この指数は群落を構成する種の量(百分率組成)の類似度から求め、2群落の組成全く同じであれば100、全く違えば0となる。その結果を表1に示す。

 

表1. 小平市のA林床とA草地、小金井市のサクラの樹下(B

桜下)とB草地の群落のウィッテカーの百分率類似度。

 同じ樹下であるA林床とB桜下の類似度は49.9で小さかった。A草地とB草地では59.2でやや大きかった。このことは小平の林床と小金井の桜下は同じ樹下でも出現する植物はかなり違い、草地では似ていることを示す。樹下と草地の類似度指数を比較すると、小平では68.0、小金井では61.6でいずれも大きかった。このことは、樹下であるか草地であるかよりもそれぞれの場所での類似性が大きいことを意味する。内訳を検討すると、小平市ではスイカズラなどのつる植物が多く、小金井ではノカンゾウが非常に多いことで、樹下と草地でも類似性が大きくなっていることがわかった。

 このように類似度から見ると、同じ樹下でも小平の林床と小金井のサクラ樹下では非常に違いが大きいことが明瞭に示された。つまりサクラの樹下は林床とはほど遠い群落であることがわかった。

 次に、小平市のA林床と小金井市のB桜下を取り上げて、代表的な種について検討する(表2)。なお全体については付表1参照されたい。

 

表2.小平の林床と小金井市B桜下の代表的な出現種のバイオマス指数の平均値。バイオマス指数が50以上(淡紅色)と雑木林の林床を代表する種を取り上げた。なおノカンゾウとヤブカンゾウは調査時に花がなく区別がつかないので、ノカンゾウで代表させた。

 双子葉草本の園芸種と外来種は小金井市で多く、イネ科ではヤマカモジグサが、カヤツリグサ科ではヒメカンスゲが小平市で多かった。つる植物では小平市ではオニドコロ、スイカズラ、ツルウメモドキが多く、小金井市ではボタンヅルが多かった。注目されたのは単子葉草本で、シュンラン、チゴユリなどの雑木林の林床を代表する野草が小平市で多かったのに対して、小金井市では全くなかった点である。単子葉草本のうち、明るい場所を好むノカンゾウは両市とも多く、特に小金井市では非常に多かった。ヤブランは小金井市で多かった。低木には多いものはなかった。高木では小平市ではエノキ、小金井市ではクワとクサギが多かった。

 なおB刈り残しは小平のA草地と同レベルのバイオマス指数があったが、高木とササと双子葉草本外来種が多かった。外来種の主体はセイタカアワダチソウであった。本報告では詳しくは言及しないが、双子葉草本にはツリガネニンジン、ワレモコウ、ユウガギク、オカトラノオなど草原生の野草が多かった。

 

考 察

<植生管理と地上群落>

 図1に見るように、玉川上水の地上植生は上木のあり方と草刈りによって強い影響を受けることがわかった。小平市の雑木林は上木が光を遮るため林床は暗く、バイオマス指数合計値は最も少なかった。しかし小平市でも「野草観察保護ゾーン」などに見るように、上木を伐採した場所では植物量は非常に多くなり、ススキなどが非常に多くなるほか、双子葉草本、ササも増える(これについては本報告では言及しないが、別に改めて報告する)。これに対して小金井市ではサクラが孤立しているため、サクラ樹下にも光が当たり、陽性の植物が多く、バイオマス指数が小平市の林床の倍以上もあった。その中でもノカンゾウが特に多かった。また注目されたのは小金井市でセイタカアワダチゾウが多かったことである。B草地もほぼ同様であったが、この2つの群落タイプではいずれも草刈りが丁寧に行われており(図1B1, B2)、バイオマス指数は小平のA草地の半量ほどであった。B草地でもノカンゾウが多かった。

 

<量的に多かった植物の小平市と小金井市の比較>

 バイオマス指数が多かった種を取り上げて小平市と小金井市を比較すると、小平市では雑木林の植物があったのに対して、小金井市では草地は言うまでもなく、サクラの樹下にも全く見られなかった。このことは小平市長が市民への回答の中で、サクラが育てば野草が戻ってくるだろうとしていることが正しくないことを示している。それは植物生態学的にはむしろ当然のことである。小金井市の植生管理はサクラだけを残し、その他の樹木は伐採するというものである。しかもそのサクラは間隔を空けて植えられているから、樹下は明るく、しかも草刈りが行われるために、撹乱に弱い野草は生育できない。つまり樹下といっても実質的には草地的な環境である(図4)。

図4. 小平市の雑木林的な林(左)と小金井市の間隔を空けて植えたサクラ(右)。

淡青色部は樹冠の日陰となる範囲。

 

 実際、小金井市ではノカンゾウ、ヤブカラシ、クサギなど明るい場所に生育する植物が多。さらには撹乱が大きいためにセイタクアワダチソウに代表される外来種が多く、園芸種もある。このような環境では雑木林の林床とは全く違うため、雑木林の野草は生育できない。

 

<サクラの樹下に雑木林の野草はなかった>

 本報告で目的とした、「十分大きくなったサクラの樹下に雑木林の野草があるか」という検証項目について言えば、全くなかったというのが結論である。小金井市には林床の野草はなく、ススキ群落の野草と外来の雑草が多かった。照度の調査をすれば明らかになるはずだが、サクラは孤立するよう間引いて植えられており、しかも樹下はよく草刈りがしてあるので、地表には直射日光が当たり、明るい。したがって、現行の管理法は直射日光が当たるような場所にはえるススキ群落の草本類や外来雑草には適した環境だが、雑木林の野草には不適な環境である。この意味で、このサクラだけを優遇する植生管理は生物多様性保全とは両立できないことが示された。

 生物多様性の保全について「玉川上水・小金井桜整備活用計画―名勝小金井(サクラ)の復活をめざして―(平成22年)」(小金井市 2010)に以下のような記述がある。「サクラを被圧する植生の大規模な伐採は、(中略)現況に比べて植生が単調となり、現在における玉川上水が担うもう一つの役割である生物多様性が失われることが危惧されます。」「江戸時代の浮世絵や文献等を見ると、サクラ並木の林床は草地となっており、(中略)クサボケ、タンポポ、スミレ、ニリンソウ等の野草が自生する多様性に富んだ草地の生態系が維持されていました。」「被圧木の伐採後は、(中略)多様性に富んだ草堤の(中略)原風景を再生することを目指します。」ここでは草原的な群落を記述しているように読めるが、同じ段落に「かつて見られたよく手入れされた雑木林は決して生物多様性と言う見地から、貧しい環境であったかと言うと決してそうではなく、豊かな 林床を維持していました」という記述もある。

 今回の調査の結果は小金井の草地的環境はいうまでもなく、サクラの樹下でさえも雑木林の野草が全くないことを示しており、計画の目指すものが正しくなかったことがわかった。百歩譲って雑木林ではなく草原の野草の復活としても、現状の強い草刈りのもとではノカンゾウなどを除けば多様な野草が生育するとは言い難い。ただし、「B刈残し」にはススキ群落の構成種であるツリガネニンジン、ワレモコウ、オカトラノオなどが生育していたから、草刈りの仕方によってはこれらの野草の復活する潜在生は十分ある。しかし現状では強度の草刈りが行われているため(図1B1, B2)、これら草丈が50 cm以上になる草本類は生育が抑制されている。

 こうしたことから、現行のサクラ偏重の植生管理は計画に謳われている生物多様性への配慮(同計画11ページ)をしているとは言い難く、計画は予定の期限が過ぎたこの時点で見直しをすべきであろう。

 計画を立て、それを実施すれば、予測しないことが生じるのは当然であり、それは見直されるべきである。これは伝統的になされてきたことだが、近年はそれが「順応的管理」と言われるようになった。また組織運営においては、このことをより明確に意識して「PDCAサイクル」という考え方が重視されるようになった。これは「計画(Plan)」「実行(Do)」「評価(Check)」「改善して実施し直す(Action)」の頭文字をとったもので、見直してからまた計画、実施に戻るという意味で「サイクル」と言われる。これが重要であることは、行政においても全く同じであり、植生管理においては生物学的情報に基づいてつねに見直す必要がある。小金井市長の「サクラが育てば野草が戻ってくる」というのは期待あるいは願望に過ぎず、遠足を前にした子供がテルテル坊主にお祈りするが如きである。我々は正確な気象情報に基づいた天気予報によって適切な意思決定をしなければならない。これは植生管理においても何ら変わるところはない。

 

<今後の課題>

 なお、調査許可の関係から調査は9月から行ったため、早春に出現して消えてしまう一部の野草については調査できなかったので、来シーズンも調査を継続して、さらに充実したデータを取るつもりである。また草地についても今後解析を進めて報告をする予定である。

 

要 約

  • 落葉樹林が多い小平市とサクラ偏重の植生管理をしている小金井市の玉川上水の地上群落を比較した。
  • 小平市の林床は植物量が少なかった。
  • 小金井市のサクラの樹下は小平市の林床の2倍ほどの植物量があった。
  • 小平市でも小金井市でも草地的環境では植物量が多かった。
  • 小平市の林床にはチゴユリ、シュンランなどの雑木林の林床の野草が多かったが、小金井市のサクラの樹下にはこれらが全くなかった。
  • 小平市では林床には雑木林の林床の植物が多く、草地にはススキ群落の野草が多かったが、小金井市ではサクラの下でも草地的環境でもノカンゾウやヤブカラシなど日当たりの良い場所の植物と、セイタカアワダチソウやニチニチソウなどの外来種や園芸種も多かった。
  • その理由は小平市にコナラ、クヌギなどの落葉広葉樹からなる林があるのに対して、小金井市ではサクラだけを孤立する管理をしているからである。
  • 小金井市の直径50 cm以上ある大きなサクラの樹下でも雑木林の野草が全くなかったことは、今後若いサクラが生育しても、これら野草が戻ってくる可能性はほとんどないことを示す。

 

文 献

小金井市(編)2010. 玉川上水・小金井桜整備活用計画―名勝小金井(サクラ)の復活をめざして―(平成22年)」, 32pp.

小金井市長. 2019.市民の声に寄せられた「玉川上水の樹木の植栽」にお寄せいただいたご質問について(回答). 小企広発123号,令和元年12月24日

高槻成紀. 2009. 野生動物生息地の植物量的評価のためのバイオマス指数について.

    麻布大学雑誌,19/20: 1-4.

https://core.ac.uk/download/pdf/230845954.pdf

高槻成紀. 2020. 2018年台風24号による玉川上水の樹木への被害状況と今後の管理について.植生学会誌,37: 49-55.https://doi.org/10.15031/vegsci.37.49

 

謝辞:調査には安河内葉子さん、大石征夫さん、高槻知子さんに協力いただきました。また東京都環境局には玉川上水での植物調査の許可をいただき、東京都水道局境浄水場には実際の調査を進める上で種々のご高配をいただきました。以上の皆様、組織にお礼申し上げます。

 

付表1 小平市の林床と小金井市のサクラの樹下(桜下)に出現した植物のバイオマス指数。50以上は淡紅色をつけた。