13.
今日は最初からぼぉっとしていた上に、放射線治療のことでパンチを受け、さらにぼぉっとしてしまった。その頭で、今度はホルモン療法についての選択を迫られた。
(a)タモキシフェン*内服を5年間 (b)LH-RHアゴニスト製剤*皮下注射を2年間
(a)だけでも効果はあるが、(b)を併用した方が効果は高いと先生は言うのだ。「どうされますか?」と訊かれ、私はまた戸惑ってしまった。Bさんが(b)の注射による治療しか受けていなかったのと、『乳がん全書』を読んだ限り、どちらか単独の治療が選ばれることが多く、私のように初期段階で(a)・(b)併用する例を見なかったからだ。
そこで、「併用した方がいいのでしょうか?」と訊くと、先生はグラフを取り出してきて見せ、「閉経前なら併用した方が効果は高いようです」と言う。つまり、閉経後ならホルモンがすでに減っているので、単独療法でも充分な効果が得られるのだろうが、閉経前の場合、より強くホルモンを抑えないと効果が得にくい、ということなのだろう。
私が思案していると、治療費のことが引っかかっているとでも思ったのか、先生は言った。「両方となると、治療費も高くなりますけれどね…特に注射の方は、月に一度とはいえ、決して安い治療ではありませんから…」 私の場合は被爆二世としての医療費助成が東京都から受けられるので、その問題はクリアできそうだった。
私がためらっていたのは副作用の方だった。副作用の説明もないまま、効果だけ示されることに納得がいかなかったのだ。もちろん、副作用については勉強していたのでわかっていた。治療の効果が高ければ高いほどホルモンが減るので、いわゆる更年期障害とくくり称される更年期のさまざまな症状が出るわけだ。つまり、治療の効果と副作用は表裏一体であることがわかっているからこそ、効果を強調されると副作用が心配になった。その他、肝臓の機能障害が出たり、子宮体がんの罹患リスクが高くなったり、骨密度が減ったり、動脈硬化による血栓症が起こりやすくなったりという副作用もあるはずだが、先生の口からは副作用の「ふ」の字も出ていなかった。
「治療を始めると、生理が止まりますよね…」とわかりきったことを訊いて水を向けてみると、「はい、止まります」とだけ先生は言った。やはり副作用についての積極的な説明はないようだ。代わりに、「K畑さんは、リスクファクターについてよくご存知ですから…」などと言う。「よく勉強しているようだから、説明は要らないでしょう」とでも言いたいのだろうか。
続けて、「骨密度が低下しますよね? 現在の骨密度の状態はどうなんでしょう?」と言ってみると、Y先生は血液検査の報告書に目を通しながら、「確かに、ホルモンを抑えると骨密度は低下します。でも、え~、現在の骨密度は……20代と変わらないようですので、あまり心配要らないと思います」と言う。そういうものだろうか?
それにしても、私も私だ。なぜ、単刀直入に「副作用が気になるんです。副作用について説明してください」と言えないのだろう…。ウジウジそんなことを考えているうちに、また例の言葉が蘇ってきた。「比較的広範囲に浸潤しています」という病理検査報告書の言葉……。
それで私の気持ちはほぼ決まった。「とりあえず併用で始めて、様子を見ることにします。副作用が強すぎたら、単独に切り替えればいいですよね?」と言った。すると、なぜか夫が横で首を縦に振って、同意の意思を示している。―自分の体を実験台にするしかないのよね、どうせね…― 私はまた意地を張るかのように、開き直った。
何ヶ月か後、この注射の効果でもあり副作用でもある意外な症状に、自分が翻弄されることになろうとは、このときに想像できるはずもなかった。
** タモキシフェン・LH-RHアゴニスト製剤については、「第6章 ホルモン療法」にて詳述します。
今日は最初からぼぉっとしていた上に、放射線治療のことでパンチを受け、さらにぼぉっとしてしまった。その頭で、今度はホルモン療法についての選択を迫られた。
(a)タモキシフェン*内服を5年間 (b)LH-RHアゴニスト製剤*皮下注射を2年間
(a)だけでも効果はあるが、(b)を併用した方が効果は高いと先生は言うのだ。「どうされますか?」と訊かれ、私はまた戸惑ってしまった。Bさんが(b)の注射による治療しか受けていなかったのと、『乳がん全書』を読んだ限り、どちらか単独の治療が選ばれることが多く、私のように初期段階で(a)・(b)併用する例を見なかったからだ。
そこで、「併用した方がいいのでしょうか?」と訊くと、先生はグラフを取り出してきて見せ、「閉経前なら併用した方が効果は高いようです」と言う。つまり、閉経後ならホルモンがすでに減っているので、単独療法でも充分な効果が得られるのだろうが、閉経前の場合、より強くホルモンを抑えないと効果が得にくい、ということなのだろう。
私が思案していると、治療費のことが引っかかっているとでも思ったのか、先生は言った。「両方となると、治療費も高くなりますけれどね…特に注射の方は、月に一度とはいえ、決して安い治療ではありませんから…」 私の場合は被爆二世としての医療費助成が東京都から受けられるので、その問題はクリアできそうだった。
私がためらっていたのは副作用の方だった。副作用の説明もないまま、効果だけ示されることに納得がいかなかったのだ。もちろん、副作用については勉強していたのでわかっていた。治療の効果が高ければ高いほどホルモンが減るので、いわゆる更年期障害とくくり称される更年期のさまざまな症状が出るわけだ。つまり、治療の効果と副作用は表裏一体であることがわかっているからこそ、効果を強調されると副作用が心配になった。その他、肝臓の機能障害が出たり、子宮体がんの罹患リスクが高くなったり、骨密度が減ったり、動脈硬化による血栓症が起こりやすくなったりという副作用もあるはずだが、先生の口からは副作用の「ふ」の字も出ていなかった。
「治療を始めると、生理が止まりますよね…」とわかりきったことを訊いて水を向けてみると、「はい、止まります」とだけ先生は言った。やはり副作用についての積極的な説明はないようだ。代わりに、「K畑さんは、リスクファクターについてよくご存知ですから…」などと言う。「よく勉強しているようだから、説明は要らないでしょう」とでも言いたいのだろうか。
続けて、「骨密度が低下しますよね? 現在の骨密度の状態はどうなんでしょう?」と言ってみると、Y先生は血液検査の報告書に目を通しながら、「確かに、ホルモンを抑えると骨密度は低下します。でも、え~、現在の骨密度は……20代と変わらないようですので、あまり心配要らないと思います」と言う。そういうものだろうか?
それにしても、私も私だ。なぜ、単刀直入に「副作用が気になるんです。副作用について説明してください」と言えないのだろう…。ウジウジそんなことを考えているうちに、また例の言葉が蘇ってきた。「比較的広範囲に浸潤しています」という病理検査報告書の言葉……。
それで私の気持ちはほぼ決まった。「とりあえず併用で始めて、様子を見ることにします。副作用が強すぎたら、単独に切り替えればいいですよね?」と言った。すると、なぜか夫が横で首を縦に振って、同意の意思を示している。―自分の体を実験台にするしかないのよね、どうせね…― 私はまた意地を張るかのように、開き直った。
何ヶ月か後、この注射の効果でもあり副作用でもある意外な症状に、自分が翻弄されることになろうとは、このときに想像できるはずもなかった。
** タモキシフェン・LH-RHアゴニスト製剤については、「第6章 ホルモン療法」にて詳述します。