13.
2006年9月2日に日本で初めてつくば市で開かれた「RFL(リレー・フォー・ライフ/命のリレー)日本版」*には、結局参加が叶わなかった。開催地が東京ではなかったこと、原則的にチーム参加だったこと、シンガポール旅行を控えていたことから、参加を断念したのだった。その準備のために4月末に行われた集会「RFL日本版を考える会」*に出席して、ぜひ本番にも参加したいと思っていたので、とても残念だった。集会のときのアンケートでは「RFL日本版に参加したい」と答えていたので、主催者代表の三浦秀昭氏から「参加の申し込みがまだないようですが…」と、わざわざメールまでいただいてしまった。とても恐縮したが、嬉しくもあった。イベントは彼らの努力が実り成功裡に終わったことを申し添える。
9月末の新聞記事で、「ピンクリボン運動」*の一環である「スマイルウォーク」*が10月に開催されることを知った。乳がんの早期発見・早期治療の大切さを訴える「ピンクリボン運動」は80年代にアメリカで始まった。日本では2003年から「街」と「人」をコンセプトに「ピンクリボンフェスティバル」*の形で開催されており、シンポジウム・ウォークイベント・街のデコレーションやライトアップなどが行われる。東京で始まったこの催しは神戸・仙台にも広がり、フェスティバル会場には乳がん検診車が配置され、事前に応募したウォーク参加者は無料で検診できる、とある。
「スマイルウォーク」の東京大会は、10月7日に東京ミッドタウン周辺で行われ、11キロコースと6キロコースが用意されている。「RFL日本版」に参加できなかったし、「スマイルウォーク」には一人でも参加できるので、「今度こそ!」という思いで6キロコースに申し込もうとしたところ、すでに満員で申し込みは締め切られていた。今の体力では11キロも歩く自信はなかったので、残念ながら今回も断念することとなった。
* *「RFL(リレー・フォー・ライフ/命のリレー)日本版」と「RFL(リレー・フォー・ライフ/命のリレー)日本版を考える会」については、過去記事:「第7章楽観しつつ… 2.」をご参照ください。
* 「ピンクリボン運動」・*「スマイルウォーク」・*「ピンクリボンフェスティバル」については、こちらをご参照ください。
2006年9月2日に日本で初めてつくば市で開かれた「RFL(リレー・フォー・ライフ/命のリレー)日本版」*には、結局参加が叶わなかった。開催地が東京ではなかったこと、原則的にチーム参加だったこと、シンガポール旅行を控えていたことから、参加を断念したのだった。その準備のために4月末に行われた集会「RFL日本版を考える会」*に出席して、ぜひ本番にも参加したいと思っていたので、とても残念だった。集会のときのアンケートでは「RFL日本版に参加したい」と答えていたので、主催者代表の三浦秀昭氏から「参加の申し込みがまだないようですが…」と、わざわざメールまでいただいてしまった。とても恐縮したが、嬉しくもあった。イベントは彼らの努力が実り成功裡に終わったことを申し添える。
9月末の新聞記事で、「ピンクリボン運動」*の一環である「スマイルウォーク」*が10月に開催されることを知った。乳がんの早期発見・早期治療の大切さを訴える「ピンクリボン運動」は80年代にアメリカで始まった。日本では2003年から「街」と「人」をコンセプトに「ピンクリボンフェスティバル」*の形で開催されており、シンポジウム・ウォークイベント・街のデコレーションやライトアップなどが行われる。東京で始まったこの催しは神戸・仙台にも広がり、フェスティバル会場には乳がん検診車が配置され、事前に応募したウォーク参加者は無料で検診できる、とある。
「スマイルウォーク」の東京大会は、10月7日に東京ミッドタウン周辺で行われ、11キロコースと6キロコースが用意されている。「RFL日本版」に参加できなかったし、「スマイルウォーク」には一人でも参加できるので、「今度こそ!」という思いで6キロコースに申し込もうとしたところ、すでに満員で申し込みは締め切られていた。今の体力では11キロも歩く自信はなかったので、残念ながら今回も断念することとなった。
* *「RFL(リレー・フォー・ライフ/命のリレー)日本版」と「RFL(リレー・フォー・ライフ/命のリレー)日本版を考える会」については、過去記事:「第7章楽観しつつ… 2.」をご参照ください。
* 「ピンクリボン運動」・*「スマイルウォーク」・*「ピンクリボンフェスティバル」については、こちらをご参照ください。