goo blog サービス終了のお知らせ 

にちぇぼぅ人生

超楽観的な人生の日々を記録しています

ウラジオストク旅行記 その26 <3日目 沿海州アートギャラリー別館>

2009年04月28日 14時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
アレウーツカヤ通りからパルチザンスキー通りに入っていくと交通量はだいぶ落ち着いてきます。
そんなパルチザンスキー通り沿いに少し歩いたところに、沿海州アートギャラリー別館があります。

入り口は↓な感じです。

本館とは違った、明るい雰囲気の建物です。
実は、沿海州アートギャラリー別館の入り口はもう1つあるのですが、そこは閉まっていました。なぜ???

中に入ると、ちょっとお年を召した女性の学芸員が3人。
そんなに広くない展示スペースなので3人も学芸員は必要ないように思えます。
入館料とカメラ撮影料を払って、一通り見て回ります。
展示はロシアの版画作家の作品でした。

だいたい15分くらいで、一通りの作品を見終わって、帰ろうかな~と思っていたら、学芸員の1人が近づいてきて、”ちゃんと見たの? 私が解説してあげるから! ロシア語わかる? 中国人?”
と話しかけてきて、主要な作品を解説してくれました。

そんな一枚が↓

ウラジーミル・メニシコフ作 ”ネヴァ”
サンクトペテルブルクのネヴァ河にある、ロストラの灯台柱と海軍博物館(多分)をモデルにした作品です。

その後、”あなた、ここを見過ごしていったでしょう”と案内されたのは、特別展示のゴーゴリの作品の模型(と思われる)↓

せっかくの特別展示ですが、僕はゴーゴリをあまり読んでないので、この作品の意図するところがわかりません。
わかる方いましたら、教えてください。。。

特別展示にすらあまりよい反応がなかった僕を見かねてか、”ほらちょっとこっちに来なさい”と、学芸員がSTAFF ONLYのドアを開けて僕を誘導してきます。

誘導された先には、もう一部屋展示スペースがありました。
どうやらもう一つの入り口から入った場合の展示スペースで、こちらは常設展示のようです。
エカテリーナ1世の肖像画を始め、結構な数の絵画が展示されていました。

そんな中、古めの椅子とテーブルが展示されており、説明によると日本製とのこと。
椅子には桜の花や、ハラキリ用の刀が(学芸員の説明)彫刻されていました。
僕が見る限り、切腹用の刀には見えなかったけれども・・・

テーブルは1930年に日本からロシアへ贈られたものだそうですが、誰が誰に贈ったかは不明です。

まさか、日本製のものが展示されているとは思ってもなかったのですが、ロシアと日本の交流の深さを感じられました。
常設展示が見られて本当によかったです!

常設展示も一通り見たあと、沿海州アートギャラリー別館を後にしました。

<その25
その27>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウラジオストク旅行記 その27 <3日目 ウラジオストク駅>

2009年04月28日 13時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
沿海州アートギャラリー別館からの帰り道に、地球の歩き方にものっていたチョコレート屋”プリスティージ”でお土産用のチョコレートを購入。

ロシアらしい↓のようなチョコを3種類、500gずつ買ってみました。

ちなみにこの写真は、3ヶ月たっても奇跡的に(?)我が家に残っていたものです。

ちなみに、種類にもよりますが500gだと40~50個くらいになります。

チョコレート1.5kgを持って、いったんホテルへ戻ります。

その後、夕食を買いにいくついでに、ウラジオストク駅の撮影へと出かけます。

ウラジオストク駅外観↓

駅前広場には露天が出ていて人が多いです。
人が多いせいか、ホームレスもいてお金をせびられました。
外国人特権の”ロシア語がわからない作戦”を使ってもなかなかしつこかったのですがなんとか振り切りました。
次の日わかったことですが、この広場でホームレスのための炊き出しが行われているようです。

ウラジオストク駅待合室の天井画↓

絵の奥の方はモスクワのクレムリンや赤の広場周辺、手前側は上下逆さですがウラジオストク駅周辺、中央に描かれた国章でもある双頭の鷲がヨーロッパロシアと極東ロシアを見ているという構図になっています。

プラットホームには20時発の寝台列車オケアン号ハバロフスク行きが入線してました。


また、22時発の寝台列車ロシア号モスクワ行きの客車も準備されていまいた。(先頭の電気機関車は連結されていませんでした)

いつか、このロシア号に乗ってシベリア鉄道の旅に出かけてみたいものです。(定年後になりそうですが・・・)

<その26
その28>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウラジオストク旅行記 その28 <3日目 夕食>

2009年04月28日 12時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
夕食をレストランでとるかどうか迷ったのですが、手っ取り早くウラジオストク駅の露天でピロシキを買って済ませることにしました。

メニューは↓

とりあえず、メニューの上から2つをたのみました。
今、露和辞書で調べてみると、上から
ピロシキ
 じゃがいも入り 13ルーブル
 キャベツ入り  13ルーブル
 肉入り     17ルーブル

 ウインナーソーセージ
 ぎっしり詰まって 15ルーブル
となっています。

僕は、じゃがいも入りとキャベツ入りのピロシキを買ったようです。

ピロシキを買ったのは19時40分頃。
オケアン号がウラジオストク駅を出発するのが20時ということで、せっかくなのでオケアン号の出発を見届けることにしました。

線路が中央広場の下をくぐるポイントで待つこと20分。
この時間になると風が冷たくなり、人通りが急速に少なくなってきます。
初日に日本語ガイドのヴィオレッタちゃんから、
”夕方以降は出歩いてはだめですよ!”と注意されたのを思い出します。
外は明るいので、それだけでは夕方という雰囲気ではないのですが、あ~これがウラジオストクの夕方なんだなぁと感じはします。

というわけで、動いているオケアン号を撮影↓


撮影後、ホテル近くのお店でビールを買ってピロシキを部屋で食べました。


キャベツ入りのピロシキは、おやきの野菜ミックスみたいな感じで、ジャガイモ入りのピロシキは、ほとんど味がありませんでした。
行きの飛行機でとっておいたケチャップをつけて食べました。

ビールはちょっと薄め(アルコール度数の低いのを選んだから?)。
表のデザインが戦闘機で日本ではなかなかお目にかかれないデザインです。

ちなみに左奥の緑色のペットボトルは、水(炭酸入り)です。
飲んだ感じは甘くない三ツ矢サイダーという感じで、炭酸なしの水よりもリフレッシュ感があります。

いよいよ明日は、実質的には観光最終日です。

<その27
その29>
4日目>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウラジオストク旅行記 その8 <2日目 ホテル~銀行>

2009年04月27日 23時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
いよいよ、今日から本格的にウラジオストク観光が始まるのですが、
地球の歩き方によると、観光スポットの営業時間は10時からというのが多いので、朝はゆっくりと過ごすことができます。

まずは、顔を洗おうと洗面台に向かいますが、蛇口の水とお湯を示す青と赤のマーキングが実際に出てくるものと逆になっていることに気づきました。
昨日は、気がつかなかったなぁ
まぁ、よくある間違いなので気にせず、支度を調えてホテルのレストランへ。
地球の歩き方にものっている、ピッツアMというレストランで、名前から想像できるようにイタリア料理のお店です

朝食は、朝定食(モーニングプレート?)みたいなのを想像していたのですが、ビュッフェ形式でした。
店員にルームカードを見せると、ロシア語と英語で書かれたメニューの注文票を渡されたけれども、別料金かなと思って、結局今回のツアーでは利用せず・・・

朝食後、すぐに出発したいところですが、ルーブルへの両替がまだなので銀行が開く9時ごろまで今日の行き先を検討。
フロントでパスポートを返却してもらって、ホテルの向かい側にある銀行へ。


表の案内では9時から営業しているようだったのですが、警備員に誘導されて外貨両替ブースへ入ると、”まだやってないわよ!5分待ちなさい”と怒られてしまいました。
警備員に英語で事情を話したところ、警備員に(僕の)英語が通じませんでした。
カタコトのロシア語で説明して、しばしロビーで待つことに。
3分後くらい(9時半頃)に警備員さんが営業開始を確認してくれて、とりあえず100ドル分ロシアの通貨ルーブルを両替することができました。

ちなみに、その日のレートは↓。

日本円からも両替はできますが、やはり米ドルかユーロのレートが良いみたいです。

<その7
その9>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウラジオストク旅行記 その9 <2日目 ウラジオストク要塞博物館へ>

2009年04月27日 22時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
記念すべきウラジオストク観光の第一目的地に選んだのは、ウラジオストク要塞博物館。

地球の歩き方の地図を頼りに徒歩で向かいます。

スタジアムディナモの北側のバタレーイナヤ通りを歩いて行くと、案内看板を発見したので、右折してザパドナヤ通りへ。
ここまでは、地球歩き方の地図通りなのですが、それっきり案内看板を発見することができず、博物館の北側に出てしまい、道に迷います。
まさか、と思って一回戻ってアムール湾沿いの道へと出てみましたが、要塞博物館の砲台は見えるものの入り口はありませんでした。

ウラジオストク要塞博物館周辺地図↓
(クリックすると書き込みなしの大きめの地図が表示されます)


この地図は、この日の最後に本屋で買ったものなので、頼りになるのは地球の歩き方のみ。。。
もう一度、地球の歩き方を確認してみると、きちんと博物館への行き方が書いてありました。
どうやら、ザパドナヤ通りに入った後に左折する道を見逃していたようです。

という訳で、これからウラジオストク要塞博物館へ出かける人のために、左折ポイントの写真を↓

地球の歩き方に書いてある、小さな坂とはこのことです。
進入禁止の標識がありますが、徒歩で入るので無視して進んでください。
クリックして拡大画像を表示してみると、進入禁止の標識の後ろに要塞博物館の案内看板があるのが分かります。

道に迷ったせいで、銀行から1時間くらいかかりましたが、思ったよりも遠くなく、ウラジオストクの中心街は徒歩で十分回れることが分かりました。

<その8
その10>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウラジオストク旅行記 その10 <2日目 ウラジオストク要塞博物館>

2009年04月27日 21時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
小さな入場券売り場に張り紙が1枚張ってあるだけなので、営業しているのかどうかちょっと迷いつつも、入場。

階段を上っていくと、屋内展示の入り口のところで職員の人にばったり遭遇。
ここで入場料を支払いました。
どうやら、入場券売り場の張り紙は、中で支払ってくれということが書かれていたようです。

まずは、実際の要塞を使った屋内展示へ。
↓な雰囲気で、ウラジオストクが要塞都市であることの説明や実際に使われた兵器などが展示されています。


↓望遠鏡。
チェブラーシカの映画3作目でシャパクリャクが密猟者の行動監視に使っていたものと形が似ています。


↓屋外展示


↓要塞の屋根に登ると、アムール湾を眺められます。


要塞博物館の写真が充実しているのには訳があって、ここではお昼の12時に空砲を撃つのですが、それを待つためにかなり時間があったのです・・・

ちなみに、空砲を撃つ30分前まで観光客は僕だけです。
その後、4人ほどロシア人っぽいグループが到着して、観光客5人が見守るなか空砲は撃たれました。

↓空砲を撃つ準備中


ラジオの時報に合わせて、発砲。
ラジオの時報が日本のものと違ったこともあり、無防備のまま至近距離で爆音を聞いてしまいました。
衝撃の音量です。

2009/05/10 追加分------------------------------------------------
ウラジオストク要塞博物館の空砲を撃った時の動画をアップできました。

激しい手ぶれ(?)と驚きの声から、衝撃波の強さを感じ取ってもらえればと思います。

ただし、これからウラジオストクに行く予定がある人は、せっかくの楽しみを奪うことになってしまうので、ご注意ください。

↓画像クリックで再生ページに飛びます

ウラジオストク要塞博物館 空砲

------------------------------------------------------------------

無事、空砲が撃たれたところで、要塞博物館を出発しました。

<その9
その11>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウラジオストク旅行記 その11 <2日目 アドミラーラ フォーキナ通り周辺>

2009年04月27日 20時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
要塞博物館を出発後、アドミラーラ フォーキナ通りを歩いて中央広場へと向かいます。




↓要塞博物館からすぐのところにある、スポーツ湾のビーチ


もしかしたら、と思ってはいたのですが、このビーチに来て実感しました。
どうやら、ウラジオストクの観光シーズンはこれからのようです。
このビーチもウラジオストク市民でそこそこ賑わっていたものの、露店のお土産屋は暇そうでした。
そんな、のどかなビーチですが、海の中に人影が・・・

↓ズームアップしてみると

落書きされたり、カモメに休憩場所を提供したりとご苦労様な像です。
この像がどういう由来で作られたかは?です。

↓ビーチを後にしてアドミラーラ フォーキナ通りへ

花壇に花が咲き、噴水が水しぶきを上げている頃に訪れたかったです。
空が少し霞んでいるせいか、空と海の境界が分かりづらいですが、正面方向に先ほどの像があるビーチがあり、アムール湾が広がっています。
両サイドのヨーロッパ風の建物も、ロシアに来たことを実感させていい感じです。

横道は↓な感じ

奥の古いアパート風の建物からも歴史を感じます。
でも、まだウラジオストク慣れしていないこともあり、この横道はこれ以上深入りしませんでした。


アドミラーラ フォーキナ通りは、シベリア鉄道の線路を超えたあたりからがんがん自動車が通る、普通の通りになります。
アドミラーラ フォーキナ通りと中央広場から北方向に伸びるオケアン大通りとの交差点に旧日本総領事館があります。

↓旧日本総領事館玄関?

日本風建築というよりも、ギリシア風建築。
設計はロシア人で、1916~1946年まで使われたようです。
今回の旅行では、無事に現日本総領事館のお世話になることもありませんでした。


旧日本総領事館の交差点を右折して、中央広場へと向かいます。

<その10
その12>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウラジオストク旅行記 その12 <2日目 中央広場と交通事情その1>

2009年04月27日 19時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
旧日本総領事館からウラジオストクのメインストリート、スヴェトランカ通りを渡ったところにあるのが、中央広場。
モスクワの赤の広場同様、一等地にも関わらず広大なスペースで、閲兵式に使うのかどうか分かりませんが、よく分からない白線が引かれています。

中央広場には戦士の像があります↓


この像をみて、”列に入れよ 我らの味方に♪” とレミゼラブルの民衆の歌を思わず口ずさんでしまいましたが、当然のことながら、この像はレミゼとは関係ありません。

像の真後ろで、車が渋滞している通りがオケアン大通り。
”ウラジオストク 街の歴史散歩”には、海洋大通りと書いてあったのでてっきり海洋大学の通りかと思っていたのですが、オケアン大(おお)通りのようです。
(間違える人はいないかな・・・)

像の左後ろの建物がウラジオストク航空(多分)で、右側の現代風な建物がセントラルショッピングセンター。
セントラルショッピングセンターには、大型の電光広告もあり賑わっていましたが、結局入らずじまい・・・


ここで、ウラジオストクの交通事情(その1)に話題を移します。
ウラジオストクの中心街の道路は常に渋滞しています。
したがって、信号は要所要所にしかありません。
では、歩行者が道路を横断するときはどうしたらいいのか???

答え:横断歩道を無理矢理渡る
ウラジオストクの車は交通マナーが良いのと、なぜか横断歩道付近には交通警察(?)がよくいるので、横断中の歩行者を快く(?)通してくれます。(過信は禁物)
慣れないうちは、ウラジオストク市民と一緒に渡るとよいでしょう。
なお、車も歩行者も多いオケアン大通りやアレウツーカヤ通りには歩行者用の信号があり、中央広場近くには地下横断通路もありますのでご安心ください。

ちなみに、横断歩道以外のところを渡る歩行者は見かけませんでした。
ウラジオストク市民はどう考えているかは分かりませんが、
車も歩行者も交通ルールをちゃんと守って、円滑な交通を自分たちの手で維持しているという意識が感じられます。
素晴らしい!
こういう、雰囲気を感じるだけでもロシアに来た甲斐があったと思います。
なんでもお上に頼ろうとする日本との違いを感じるのです。

<その11
その13>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウラジオストク旅行記 その13 <2日目 スヴェトランカ通り>

2009年04月27日 18時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
中央広場からウラジオストクのメインストリート、スヴェトランカ通りを東へと進んで行きます。

セントラルショッピングセンターから、2軒目くらいにあるのがグム百貨店↓

モスクワの赤の広場の前にも同名の百貨店があります。
3日目にちょっと入ってお土産を物色してみましたが、結局何も買わず・・・
歴史を感じる外観同様に、中の階段の作りなどからも歴史を感じられ、ちょっぴり貴族気分を味わえます。

ロシア語(キリル文字)が分かる人向け・・・
↓いたずらされている(?)レストランの看板

リストラーンがリストラーツに見えます。
裏側はちゃんとPECTOPAHになっていました。

ちなみに、看板の後ろにある小さな小屋はロシア名物のキオスク。
ここでは、雑誌やおもちゃを売っているようです。
小さな窓口を通して欲しいものを伝えなくてはならないので、ロシア語初級者にとってキオスクで買い物をするには、ちょっと勇気がいります。

↓坂の街 ウラジオストク

手前側の左右の道がスヴェトランカ通り。
そこに合流しようとする車が渋滞しています。
ちなみに、左右ともに歩道に近い一列はすべて路駐です。

初日に空港~ホテルまで付き添ってくれた日本後ガイドのヴィオレッタちゃんから、「ウラジオストクはロシアのサンフランシスコと呼ばれていて、日本だと長崎のような街です」、と紹介があったのですが、その通り、坂が多いです。
地図では分かりませんが、スヴェトランカ通りも意外と起伏の多い通りです。

スヴェトランカ通りは交通量が多く、生まれて初めて(と思う)排気ガスで咳き込んだ記念すべき通りです。

<その12
その14>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウラジオストク旅行記 その14 <2日目 潜水艦博物館周辺>

2009年04月27日 17時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
スヴェトランカ通りを進み、右手に公園が見えてきたところで海岸の方へ降りていきます。


↓階段を降りていく途中にある、ニコライ2世凱旋門

最近、復元されたようです。
ちなみに、ニコライ2世は帝政ロシア最後の皇帝。
日本で大津事件に遭ったあとにウラジオストク訪問し、その記念で建てられた。(と、地球の歩き方に書いてあります)

海岸沿いの道まで降りると、そこは第2次世界大戦の戦没者追悼の広場となっています。

中央の台座の星の部分には永遠の火が灯っています。
と書きたいところなんですが、火は点いていませんでした。点検中?

そんな、アウェー気分にどっぷり浸れる広場にあるのは、C-56潜水艦博物館

実際の潜水艦を博物館として利用しています。
前半は、第2次世界大戦(と思われる)の記録写真や勲章などが展示されています。
途中、切断中の木材やのこぎりの切り粉が散乱していて明らかに改装中の区画もありましたが、気にせず進みます。

後半は、操舵室や司令官室などが現役時代そのままに残っています。
↓操舵室の潜望鏡も実際に動かして見ることができます。

左に見えるのは、クラースヌィ・ヴィムペル軍艦。
地球の歩き方によると、太平洋艦隊初の軍艦らしいです。
内部は見学できませんでした。

この後、出口の魚雷発射室で売店の男性のトークに乗せられ、太平洋艦隊の制服を着て記念写真を撮られてしまいました。
あたかも親切な感じで事が進んで行くので怪しいなと思ったら、案の定、売店で絵はがきを買った際に写真料を請求されました。
料金は1ドル。(細かいルーブルがなかったので、ドル払い。。。)
ぼったくられるかと思ったのですが、意外と安かったです。

<その13
その15>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする