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にちぇぼぅ人生

超楽観的な人生の日々を記録しています

ウラジオストク旅行記 その15 <2日目 鷲の巣展望台>

2009年04月27日 16時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
再びスヴェトランカ通りに戻ってさらに東へ進み、今日の最終目的地、鷲の巣展望台へと向かいます。

展望台周辺地図↓


レンガ造りの大きな建物が見えてきたら、そこは国立極東技術大学。
地球の歩き方の地図によると、展望台へと向かうケーブルカーは国立極東技術大学の裏手にあるので、ぐる~と迂回して向かいます。
この迂回路は歩道が狭い上に急な坂道なので、おすすめできません。
展望台から帰る時に気づいたのですが、大学の構内を突っ切った方が階段もあり、楽ちんです。

さて、地球の歩き方によると、展望台へと向かうケーブルカーは休止中とありましたが、ちゃんと動いていました。

しかし、乗車料金を払う窓口はありません。
ほかの人に続いて乗車してしばらくすると、車掌さんがきて料金を徴収されます。
運賃は5ルーブル(約15円)。

全員から料金を徴収してから発車。

写真の通り、かなり急な勾配を登っていきます。
動いていて良かった!!

ケーブルカーを降りて展望台方面に向かうと、そこにも国立極東技術大学の校舎が。
このケーブルカーは国立極東技術大学の学生や職員用に運行されているのかもしれません。なので、夏休み中の8月は地球の歩き方に書いてある通り、運休しているかもしれません。

↓展望台からの眺め その1 中央広場方面

中央付近の船は軍艦(名前は不明)で、その真後ろにある白い建物が太平洋艦隊本部です。
潜水艦博物館もこの辺りにあります。

↓展望台からの眺め その2 ゴルドビン半島方面

目の前の湾の名前は金角湾です。
金角湾という名前は、イスタンブールに行ったことがある人なら聞いたことがあるかと思いますが、イスタンブールの旧市街と新市街との間にある湾の名前として有名です。
ウラジオストクのこの湾の名前を決める時、当時のコンスタンティノープルの繁栄にあやかって同じ名前をつけたと、どこかに書いてありました。
金角湾の左側がゴルドビン半島、右側がシコート半島です。
この金角湾の存在だけでも、ウラジオストクが軍港に適していることを感じます。

遠くに霞んで見える陸地は、ルースキー島です。
今日の観光地巡りはとりあえず終了しましたが、明日は無謀にもルースキー島に行ってみる予定なので、その準備に取りかかるため中心街へと戻ります。

<その14
その16>
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ウラジオストク旅行記 その16 <2日目 昼食>

2009年04月27日 15時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
鷲の巣展望台からウラジオストク駅の後ろ側にある、客船ターミナルへと戻ります。
戻る途中で、本屋に入ってウラジオストク市内の地図を購入。
600ルーブル(約1800円)とちょっと高かったですが、
バスやトラムの路線図が見開きページに収まっていて見やすかったので選びました。

ルースキー島への船は客船ターミナルから出ているのかなぁと思ってターミナル内を探検するものの、それらしき案内や船着き場を発見できず。
どうやら、ルースキー島への船は、客船ターミナルと鷲の巣展望台の中間にあるフェリー乗り場から出ている模様。
客船ターミナルは、その名の通り、飛鳥のような大型客船が来るときに使われるようです

フェリー乗り場へ向かう前に、休憩と昼食を兼ねて客船ターミナル4階のグランドカフェへ。
カフェという名前ですが、結婚式の2次会もできそうなちょっと高級なレストランで、窓から金角湾の眺めがよかったです。

お昼時から外れていたせいか(16時頃)、店内は閑散としており、注文に時間がかかってもほかのウラジオストク市民に迷惑がかかりません。
メニューはロシア語です。
店員の男の子は英語ができて「分からないことがあったらお気軽にお聞きください」と言われた(と思う)のでしたが、英語もよく分からないので自力でメニューの中から知っている単語を探します。

その結果、注文したのはパスタ(ボローニャ風)と紅茶↓

合わせて、320ルーブル(約960円)でした。
シーフードが入ったりと、港街ウラジオストクを感じました。

一休みしたところで、フェリー乗り場へと向かいます。

<その15
その17>
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ウラジオストク旅行記 その17 <2日目 ルースキー島上陸準備>

2009年04月27日 14時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
フェリー乗り場の建物に入ると、予想通り、ルースキー島への船の時刻表がありました。

とりあえず写真に撮って、ホテルに戻り、翻訳作業をすることにします。

ホテルに戻る途中、スヴェトランカ通りの下をシベリア鉄道の貨物(郵便)列車がちょうど通りました。

シベリア鉄道といったら、ロシア鉄道の幹線なので日本の東海道新幹線のようにがんがん列車が行き来しているイメージがありましたが、そんなことはありませんでした。
車社会のウラジオストクでは近郊電車も少なく、ウラジオストク駅に停車中の車両は郵便用ばかり。
シベリア鉄道は旅客よりも、郵便や貨物の輸送がメインなのかもしれません。


ホテルへ戻ってルースキー島への船の時刻表の翻訳を開始。
翻訳結果は次の通り。これから、ルースキー島へ行こうと思っている方の参考になれば・・・
ちなみに、翻訳に使ったのは、電子辞書EX-WORDのコンサイス露和辞典です。

時刻表その1 ポスペロバ(発音合っているかは?)方面

反射していて見えづらいですが、ポスペロバ方面へは3往復。
第1便は7:20にこのフェリー乗り場を出発し、7:50に到着。
その後、ポスペロバを8:00に出発してこのフェリー乗り場に8:30に戻ってくるというダイヤになっています。
第2便、3便も同じ。
仮に第1便で向かい、第2便で戻るとすると、5時間近くルースキー島に滞在することになります。


時刻表その2 パドノージィエ(?)、カナル方面
ポスペロバ方面の時刻表は、活字体で書いてあるのにこっちは斜体で書かれているのはなぜ??

1日7往復の便があるようです。
フェリー乗り場を6:00に出発する便は、目的地到着後7:00にこのフェリー乗り場へ向けて出発します。
以下同じ。
時刻表の左側には、船のタイプが”平底渡し船”であると書いてあります。

カナル方面の便が充実しているので、明日はカナルへ向かうことに決定。


無事翻訳が終わって一段落した時に、突然ホテルの部屋の電話が鳴りました。
これは、もしや地球の歩き方に書いてあった、夜のお誘い電話では??と思って、「はい、もしもし」と日本語で対応し、ロシア語が分からないフリをしようとしました。
しかし、相手が一枚上手でした。
男性が「夜のお相手が必要ではないですか?」と日本語で誘いをかけてきました。
「必要ではないです。ダスビダーニャ(さようなら)」と答えたところ、「ダスビダーニャ」と残念そうな返事がかえってきて終了。
意外とあっさりと終わりました。
結局、滞在中にかかってきたのはこの1回だけ。
ということは、この部屋に日本人がいつまで滞在しているかという情報が漏れているってこと???
恐るべし!!
ホテルの入り口には、セキュリティ担当の人がいて、宿泊者かどうかチェックされるのですが、夜のお仕事に来た人は入れるのかもしれません・・・

<その16
その18>

3日目>>
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ウラジオストク旅行記 その1 <1日目 新潟へ>

2009年04月26日 23時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
まずは、国内移動から。
国内移動を読んでいる暇のないかたは、その5でウラジオストクに到着し、
その9から本格的に観光を開始しているので、
そのあたりからお読みください。

今回は、新潟空港からウラジオストク航空を利用するので、新潟空港へと向かいます。

長野県と新潟県は隣の県なのですが、長野市から新潟空港へは意外と時間がかかるのです。
新潟行きの高速バスを使う手もあったのですが、ETC割引の影響で高速道路が混雑するかもしれなかったので、今回は電車で行くことにしました。


長野からは、8:12発の妙高号でまずは直江津へ。

特急用の車両(183系)で旧特急あさまの塗装がされていますが、直江津まで各駅停車です。
高校生の時、特急あさまで東京へ行ったことを思い出しますが、東京とは反対の下り方面へと出発です。

直江津には9:40分頃到着。
ここから、30分ほどの待ち合わせで快速くびき野号で新潟へと向かいます。
ちなみに、くびき野号は直江津へ向かう途中の新井駅が始発なのですが、新井で30分待つよりも直江津の方が時間を潰すものがあるかな~と思って直江津から乗ってみました。
まぁ、直江津にも時間を潰すものはあまりなかったのですが・・・

↓くびき野号

今回は、くびき野号の指定席を取っておいたのですが、自由席よりもシートのグレードがちょっと良かったです。
でも、みどりの窓口で言われた通り、デッキにスーツケースを置くところはありません。
とりあえず、隣の席に置いておいたのですが、それほど混雑しなかったので問題ありませんでした。

その2 >
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ウラジオストク旅行記 その2 <1日目 新潟空港へ>

2009年04月26日 22時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
その1では、まだ新潟にも着いていませんでした・・・
まだ、新潟へ向かう電車内です。

直江津から新潟まで2時間かかるのですが、その移動時間を利用して、いまさらながら今回の旅行の行程を検討します。

今回の旅のお供は、海外旅行の定番の地球の歩き方と、
A32 地球の歩き方 シベリア&シベリア鉄道とサハリン 2009~2010 (地球の歩き方)


図書館から借りてきた”ウラジオストク 街の歴史散歩”(絶版?)のコピー。
”ウラジオストク 街の歴史散歩”はソ連時代に書かれたソ連国内向けのウラジオストクガイドの和訳版で、中心市街だけでなく、郊外の様子も詳しく書かれていたので選んでみました。
ソ連時代の本なので、ソビエト共産党を意識させる文章で書かれていて、ウラジオストク市民の対日感情はあまりよくないのではという不安があったのはこの本の影響です。

しかし、いまいちウラジオストクの歩き方がイメージできません。
というわけで、結局、現地で地図を手に入れてから再検討するということにしました。
一人旅だからできる気楽さです。


新潟駅に12時頃に到着。
新潟空港へは、空港バスで向かいます。

GW最初の日曜日ということで、バスも満員かと思ったのですが、10人くらいしか乗客はいません。
車内の案内は、日・英・韓・中・露の5ヶ国語に対応していて、ロシアに近づいていることを感じます。

< その1

その3 >
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ウラジオストク旅行記 その3 <1日目 新潟空港内>

2009年04月26日 21時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
新潟空港はそこそこの混み具合で、お昼時にもかかわらず、レストランはどのお店も待ち時間なしで入れました。

毎回、海外に行く時は和食を食べることにしているのですが、今回はそばにしました。
新潟空港にある須坂屋では、海草をそばのつなぎに使った”へぎそば”を食べることができます。
普段食べているそばよりも、こしが強めでおいしかったです。

そうこうしている間に、チェックイン開始。
チェックインカウンターへと向かうわけですが、周りはロシア人ばっかりでみんな大量の荷物を運び込んでいます。
日本へのお買い物ツアーの帰りなのか、ほぼ全員が重量超過料金を払ってます。
ちなみに、僕の前の人は30kgほどオーバーして(全部で50kgも荷物があったのかい!)3万2千円払っていました。

無事にチェックインが終わって、ラウンジへ。
いつもなら展望台に行くところなのですが、外は雨風が強かったので今回は室内で過ごします。

しばらくすると、これから乗り込むウラジオストク航空が着陸してきました。



機種はツポレフ204-300。ロシア製です。
ロシア製というと、いいイメージがあまりないかもしれませんが、外観も内装もボーイングやエアバスの飛行機とそんなには変わりませんでした。

ウラジオストク航空の到着を見届けたところで、出発ロビーへと向かいます。

出発ロビーには案の定ロシア人が多く、日本人は15人くらいしかいませんでした。
ウラジオストクに行く日本人はあまり多くないようです。。

とりあえず、ペットボトルの水を買って機内へと乗り込みます。

< その2

その4 >
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ウラジオストク旅行記 その4 <1日目 機内>

2009年04月26日 19時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
ウラジオストク行きの機内はそこそこの混み具合で、3列×2の進行方向右側の通路側の席でしたが、隣と窓側の席は空いていました。

乗客全員の搭乗が終わると、ウェルカムキャンディー(?)が配られ、離陸。

天気が悪いため、離陸後すぐに雲の中へと入っていきます。

上昇後はすぐに、ドリンクと軽食と入出国カードが配られます。
新潟~ウラジオストクまで1時間半のフライトなので、客室乗務員も忙しそうですがこちらも忙しいです。

↓軽食(パン・黒パン・チャーシューみたいな豚肉・ハム・プチトマト・オリーブ・サーモン・ロールケーキ)

近くのロシア人は、横半分に切ったパンにおかずを入れて、バーガー風にして食べてました。

使わなかったケチャップと砂糖はもしも時のために確保。

軽食が終わったら、入出国カードを記入。
ビザをみながら、地球の歩き方と旅行会社からもらった記入例を参考に書いていったのですが、
滞在日を書くところで、ビザの有効期限が滞在日数+1であることに記入後に気づき、書き直すはめに・・・
バウチャー(旅行手配証明書)を見ながらの方が間違えなかったようです。

もう一枚入出国カードをもらい、書き進めていったところ、今度は現地受け入れ会社のスペルを間違えてしまいました。
再度、入出国カードをもらいたいところだったのですが、時すでに遅し、着陸前のキャンディーの配布が始まり、もらっても書く時間はありません。

仕方ないので、入国審査の時に書くことにしました。

飛行機はほぼ定刻通り、ウラジオストク空港に着陸
ロシア人は着陸時には拍手をするものだと思っていたのですが、拍手は起きず。。。
ヨーロッパロシアとは文化が違うのだろうか??
僕も心の中で拍手です。

< その3

その5 >
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ウラジオストク旅行記 その5 <1日目 入国>

2009年04月26日 18時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
ウラジオストク空港に着陸後は、両脇に白樺の林がある長いまっすぐな誘導路を進みます。
白樺の林は、雪除け用?
日本では林がある空港をみたことがありません。

飛行機を降りたら、空港職員か軍関係の人たちから見守られ(?)つつ、バスでターミナルへ移動。
パスポートコントロールへと向かいます。
機内で入出国カードを書き損じていたので、ここで再度記入。

入国審査するところが一段高くなっているのに気づかず、ちょっとつまづきながら入っていくと軽く笑われてしまいました。
審査官の雰囲気も5年前のモスクワよりもよかったです。

無事、入国審査を通過して荷物を受け取りに行こうとすると、軍服の朝鮮系の男性に慌てた様子で進路を阻まれました。
どうやら、荷物を受け取る前にもう一段階手続きが必要なのに、通過しようとしたから呼び止められたようです。
東洋系のロシア人に会ったのはこれが初めて。
モスクワなどのヨーロッパロシアとの違いを感じます。

2つめの手続きは呼び止めた朝鮮系の男性が担当。
スタンプを押していたようだけども、パスポートにも出国カードにも痕跡はなく、なんの手続きだったのかは不明。

スーツケースも受け取り、税関検査へ。
検査はX線で全荷物に対して行なっているようで、ある意味では楽なのかもと思います。

< その4

その6 >
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ウラジオストク旅行記 その6 <1日目 ホテルへ>

2009年04月26日 15時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
税関を抜けると、ウラジオストク空港の国際線ロビーに出ます。

国際線ロビーといっても、それほど広くなく、ちょっと広めの通路といった感じ。

ここで、現地の日本語ガイド、ヴィオレッタさんと合流。
今風の可愛い女の子でした。(すみません、写真はありません)
ヴィオレッタを和訳すると”すみれ”です、と自己紹介してくれました。

軽い自己紹介後、駐車場でドライバーさんと合流して、ホテルへ向かいます。

が、郊外からウラジオストク中心部へ向かう道は大渋滞。
ヴィオレッタちゃん曰く、日曜日の夜は郊外の別荘(ダーチャ)から中心部のアパートへ帰る車で渋滞するとのこと。
日本のお盆やお正月の高速道路のラッシュが毎週あると考えると想像しやすいと思います。(土曜日の午前中は逆に郊外への道が混むらしい)

渋滞の中、ヴィオレッタちゃんといろいろな話をしている中で、海外旅行歴を聞かれて、モスクワ・サンクトペテルブルグとニューヨークとトルコに行ったと答えたところ、
ほかの日本人の人は韓国とかアジアによく行っているみたいですけど、アジアの国には行ったことがないなんて変わってますね、と突っ込まれてしまいました。
うむ~、確かに今回、近場のアジアを選ばず、近場のロシアを選んだ時点で変わっているかもしれない・・・

ちなみに、渋滞に引っかかっている車はほとんど日本車。
ヴィオレッタちゃんもウラジオストクの95%は日本車ですと教えてくれました。
大体1家に2台あるので、駐車場が足りずみんな路駐しているとのこと。
極東ロシアのイメージ通りの古い日本車が多いものの、新車、もしくは中古車でもワンオーナーものと思われる車もけっこう見かけました。

そんな車事情と周りがすっかり暗くなっていたので、ロシアに来たという実感はあまりわきません。

ヴィオレッタちゃんから中心街の教会やスタジアムの説明を受けながら、ホテルへ無事到着。

< その5

その7 >
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ウラジオストク旅行記 その7 <1日目 ホテルにて>

2009年04月26日 14時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
今回のホテルはウラジオストク駅から(近道を使えば)徒歩5分くらいのところにある、ホテル プリモーリエ。
ホテルのチェックインはヴィオレッタちゃんが行ってくれました。

地球の歩き方とか、旅行会社からもらった資料には、バウチャー(旅行手配証明書)の提出が必要と書いてあるのですが、パスポートだけでOKでした。
どうやら、パスポート番号から手配内容が照会できるようになっているみたいです(想像)
パスポートはホテルが外国人滞在登録に必要なのでしばし預けておきます。

バウチャーって何?という人もいるかもしれないので、ちょっと補足説明。
ロシアの観光ビザは、宿泊や交通のすべての手配が済んでいないと発行されないので、その手配が済んでいることを証明するのがバウチャー。
バウチャーさえ見せれば手配済みの証明になるので楽ちんな反面、現地での予定変更は難しいのです。

チェックインが終わってヴィオレッタちゃんとはここでお別れ。
また会える日が来ることを祈ってます。

スーツケースを携えながら、部屋の前に到着。
カードキーを差し込みますが、ドアノブが固定されたままでドアが開きません。
仕方ないのでフロントに戻って、カードキーを交換してもらい、日本語ができるフロントのお姉さんと一緒に再チャレンジ。
無事にドアが開きました。
カードキーを抜いたあと、ドアノブのロックが解除されるまで2秒くらい待たなくてはいけなかったようです。

↓部屋はこんな感じ

ツインの部屋にしては、ちょっと狭めだけれどもいい感じの部屋です。ただしドライヤーはありませんでした。

ヴィオレッタちゃんから、パスポートは20分後にフロントから返してもらえると聞いていたので、荷物を整頓したあと、パスポートを受け取りにフロントへ。

しかし、部屋のドアが外から閉まりません。
部屋に入る時と同じように、外側のドアノブが固定されていて動かないのです。
試行錯誤の結果、部屋を出るときもカードキーを差し込んで、外側のドアノブのロックを解除すればよいことがわかりました。
オートロックでカードキーを部屋に忘れないようにするため??
それとも、僕の部屋だけ??

部屋の出方もわかったところで、気を取り直してフロントへ行ったところ、(日本人の?)人数が多くてまだパスポートを渡せないとのこと。
というわけで、また明日の朝受け取ることにして部屋へと戻りました。

フロントの日本語のできるお姉さんから「ごめんなさい」と言われたので、「部屋から出る方法を見つけることができたので、無駄足ではないです」と正直に答えようと思ったのですが、余計な混乱を招くと思ったので、普通に「OKです」と答えておきました。

部屋に戻って、シャワーを浴びて、ベッドへ。
いよいよ、明日からウラジオストクの街へと繰り出します。

< その6
その8 >

2日目 >>
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