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にちぇぼぅ人生

超楽観的な人生の日々を記録しています

ウラジオストク旅行記 その37 <4日目 路面電車の旅④>

2009年04月29日 15時24分57秒 | ウラジオストク旅行記
バリャエバの停留所からは、一歩の差でウラジオストク駅行きの路面電車が出発したところでした。

閑散とした停留所は、終電が行っちゃったね~ という雰囲気に包まれています。

まだ、空は明るいし、停留所の売店も営業していたので最後の望みをかけて、しばらく待つことに。
待っている間は、最悪の事態に備え、バスで帰る方法の検討を進めます。

15分ほど待って、路面電車が到着!!
藁にもすがる気持ちで乗車します。

途中、若い女の子が2人が座席で、iPODらしき音楽プレイヤーで、ロックをかけ始めました。
女の子たちの前にはお年を召したおばあさんが座っていました。
ロシアの女性は年をとるほど強い、というイメージがあったので、きっと注意するんだろうな~と思っていたのですが、なかなか注意しません。
若者を注意しない風潮は日本だけでなく、ロシアでも広がっているのかもしれません。
おばあさんの耳が遠かったという可能性もあります。。。

すっかり安心しきって、路面電車に乗っていたのですが、途中の第3労働者の停留所で運転手から、降りるよう指示が。
なんと、路面電車はここで営業終了し、ウラジオストク駅までは行かないことが判明しました。

運転手さんに「ウラジオストク駅まで行きたい」と伝えたところ、「あそこに止まっているバスに乗ればいいわ」と教えてくれました。
バスに乗るにはちょっと躊躇したものの、ほかに方法がないのでバスに乗ることに。

幸い、乗客は少なかったので座席に座って市街地へと向かいます。
乗っている間、乗っているバスの路線図で運航経路を確認。
バス番号55は、第3労働者から路面電車とほぼ同じ経路でウラジオストク市街地へと向かう経路で、ウラジオストク駅の手前で中央広場へと進路を変えます。
中央広場まで行ければ十分歩いてホテルへ帰れます。

とりあえず、経路は分かったものの料金が分かりません。
運転手はずっと携帯電話で話しながら運転しているので、料金を聞くタイミングがなく、ほかの乗客が降りる様子を見て、おつりを受け取っている雰囲気がなかったので10ルーブルかなと予想しつつ、降りる心の準備を整えます。


路面電車やバスで難しいのが、途中の停留所の乗り降りです。
なぜか、途中の停留所にはこれといった目印がなく、ほかの乗客の様子をよくみて行動することになります。
ちょうど中央広場の一歩手前で、降りる人がいたのでその人に続いて降りることに。
10ルーブル支払い、おつりも追加請求も無かったので、運賃は10ルーブルだったようです。

無事にバスの乗り降りもでき、ホテルへといったん戻ります。

<その36
その38>
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ウラジオストク旅行記 その38 <4日目 最後の夕食>

2009年04月29日 14時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
いよいよ、今回の旅行最後の夕食です。

夕食の場に選んだのは、地球の歩き方にも載っていて、ヴィオレッタちゃんからも紹介があった、ロシア料理のレストラン”ノスタルギーヤ”

ホテルやウラジオストク駅からすぐのところにあります。

カフェも併設されていますが、レストランはちょっと高級な雰囲気が漂います。
店内は↓な感じです。

ラフな格好で入店してちょっと場違いな感じでしたが、お客は僕だけだったので問題なし(?)でした。


注文したのは、ボルシチ、ご飯、ウォッカです。↓


ボルシチを頼むと白パンと黒パンの盛り合わせがつくのですが、ウラジオストクで食べられるお米ってどんな感じなのか知りたくてご飯も頼んでみました。
味は日本で食べるのとほとんど変わりません。
ほかにお客がいないからか、それとも、レトルトのご飯だったのかは不明ですが、炊きたてのご飯という感じでした。

ボルシチの方も、おいしかったです。ウォッカとの相乗効果で体が温まります。

ウォッカを8割ほど飲んだところで、店員の女の子が「もう一杯?」と聞いてきました。
しかし、ウォッカで酔い始めた僕は「もう一杯?」(イッショー)を「これで全部?」(フショー)と聞き間違え、「はい」と答えてしまいました。
店員が新しいグラスを準備し始めた様子をみて、聞き間違えに気づきました。

ウォッカを2杯飲むことになり、だいぶ酔いがまわったところでホテルへ帰りました。

ホテルへ戻ったら、明日の帰国の準備もせずにベッドへ直行。
ウォッカのパワーを感じます。

<その37
その39>

5日目>
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ウラジオストク旅行記 その18 <3日目 ルースキー島へ>

2009年04月28日 23時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
3日目の朝は、車のクラクションで目が覚めました。
時計をみると、8時30分。
支度をして、レストランへ行くと昨日よりも混んでいました。(ほとんどロシア人)
どうやら、ほかの観光客も朝はゆっくりしているようです。

10時前に、フェリー乗り場へ到着し、さっそくチケットを買います。
チケット売り場はさほど混んでいないのですが、円滑に事を進めるため、メモ用紙に、”10時40分 カナル 往復”と(もちろんロシア語で)書いて売り場のおばちゃんへ渡し、無事購入。
片道30ルーブル(約90円)でした。

あとは乗り場を見つければいいのですが、時刻表には”36”番乗り場と書いてあるように見えるのですが、9番乗り場までしか見つけられません。

パドノージィエ、カナル方面時刻表↓


3番乗り場に人が集まっていたので、きっと3番乗り場からでるのかなぁと思いつつも、チケット売り場に戻って乗り場を聞くことに。
売り場のおばちゃんは携帯電話で会話しながらも、メモ用紙に3番乗り場と書いてくれました。
”36”に見えるのは一体なんだったのだろう・・・

3番乗り場で待っていると、なにやらアナウンスが。
一所懸命に聞いたけど、何を言っているのかわからなかったのですが、3番乗り場にいた人たちが2番乗り場へと移動したので、どうやら乗り場変更のアナウンスだったようです。

しかし、2番乗り場に横付けされている船は、昨日翻訳で調べた”平底渡し船”のイメージとは大きく違って、乗用車が20台は載せられるであろう中型フェリーでした。
不安を感じつつも、乗船。

ちなみに、ぎりぎり到着した人は、乗り場で運賃を支払ってました。
わざわざ窓口で往復分買わなくてもよかったのね~

<その17
その19>
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ウラジオストク旅行記 その19 <3日目 ルースキー島について・・・>

2009年04月28日 22時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
フェリーの狭い通路を、ほかの人の後について歩いていくと、駅の待合室のような客室に到着。
しばらくして、静かに出港。

客室にはロシア人ばかりが50人くらい。日本人は僕だけでした。
男性は景色を眺めているか寝ている人が多く、女性はクロスワードパズルをやっている人が多かったです。

到着間際にいきなり男が行商を始め、案の定、僕のところにもやってきました。
売ろうとしていた品物は木製の箱で、ふたを開けるとロシア国歌が流れるというもの。
いらない、と言ったところ、さっさと次のお客へと移動していきました。意外とあきらめが早かったです。

ここでちょっと脱線して・・・
この旅行記のその15あたりから話題にしている、ルースキー島について今さらながら説明してみたいと思います。

ルースキー島周辺地図↓


ルースキー島はウラジオストクの南西にある島で、日露戦争時代からウラジオストク防衛のための軍事施設がおかれていた(今もある?)ため、ロシア人でさえも簡単に上陸できなかった島です。
近年、開放されて自由に行き来できるようになり、さらに、2012年のAPEC首脳会議の開催地に決まり、それに向けてリゾート開発が進んでいるらしいです。
(以上、地球の歩き方より)

ちなみに、ウラジオストクとルースキー島の間はボフォラス海峡です。
金角湾に続き、イスタンブールにあやかって付けられた名前のようです。

以上の知識から、禁断の地だったルースキー島へ上陸し、開発前の様子を見つつ、東ボスフォラス海峡のクルージングをしようと、ルースキー島へ向かっている訳です。


ルースキー島の開発について・・・
夜、ホテルでテレビをつけていたところ、2日連続でルースキー島の開発の様子が流れていました。ルースキー島の開発は、かなり注目を浴びているようです。
映像をみる限り、今のところ森林を伐採して更地化している最中のようです(間に合います?)

また、上の地図で太い黄色や白で書かれた道や橋は、APEC開催に向けて建設中の自動車専用の道路です。

フェリー乗り場近くの橋建設現場↓


3年後は、フェリーを使わなくてもルースキー島の中程までいけるようになりそうです。

<その18
その20>
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ウラジオストク旅行記 その20 <3日目 ルースキー島上陸>

2009年04月28日 21時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
フェリーが無事にパドノーイジェに到着し、どきどきしながらも、ルースキー島へ上陸。


しかし、パドノーイジェのフェリー乗り場は想像していたよりもシンプルな施設でした↓(帰りの出港時に撮影)


丘の上から見たフェリー乗り場とフェリー↓


ウラジオストク市街地とは時間の流れが明らかに違い、ほのぼのとした雰囲気すら感じられます。


さて、想像していたよりも何もないようなので、上陸したもののどうしたらいいのか分からず、とりあえずほかのロシア人が向かう方向へと、ついて行ってみると、そこにあったのはちょっと古めな公営住宅風アパートでした。
どうやら、前を歩くロシア人は普通に家に帰ってきたか、知り合いを訪ねにルースキー島へ来たようです。

そんなアパートのゴミ捨て場にたむろする猫↓

ちなみに、右下の黒猫は写真ではちゃんと頭を上げて起きていますが、最初に見かけた時は頭を完全に下ろして、寝てました。
一瞬、死んでいるのかと思いましたが、前を歩いていたロシア人も同じように考えたらしく、ヒュー、ヒューと口を鳴らしたところ、がばっ!と起きました。
ルースキー島の、のどかさを感じます。


しかし、僕はここである決断をしなければなりません。
それは、5分後に出発する自分が乗ってきたフェリーでウラジオストクに帰るか、
それとも、2時間後の次のフェリーで帰るかです。

すこし迷った結果、乗ってきたフェリーで帰ることにしました。

う~ん、もう少し歩き回れば何かあったかもしれないけれど、ここで2時間過ごすのももったないと判断した訳です。

<その19
その21>
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ウラジオストク旅行記 その21 <3日目 ルースキー島~ウラジオストク市街へ>

2009年04月28日 20時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
ルースキー島へ来たとき、フェリーには9台の乗用車しか乗っていなかったのですが、帰りのフェリーは工事用車両など大型車満載です。

行きは船室にいたので周りの景色は見られなかったけれども、帰りはデッキ(? 立ち入り禁止の表示があったような・・・)に出てクルージング気分を味わいます。


パドノーイジェを出港したフェリーはルースキー島の入り江を横断して、対岸のカナルへ。
ウラジオストクに直行すると思った僕は、地図と景色を何度も見比べてました。
すると隣にいた男性から、中国人か?と声をかけられました。
声をかけてきたのは、カザフスタン出身のウラジーミルさん。(推定40才代)

ウラジーミルさんとロシア語と英語での会話から、カナルに寄ってからウラジオストクへ行く事が分かりました。
そんな会話をしているうちに、カナルへ到着。
カナルとはロシア語で運河の事で(英語のcanal に通じるものがありそうです)、その名の通り運河があります。↓


パドノーイジェ同様、カナルにも観光するべきところはないようです。
ちなみに、パドノーイジェはロシア語で麓。ルースキー島の最高峰ルースカヤ山(291m)の麓ということだと思います。


ウラジーミルさんの話によると、僕が乗った中型のフェリーは1日1往復だけで、あとは車が4台くらいしか乗らない小さな船で運航されているようです。
そして、小さい船の場合は、この運河を通っていくとのこと。
う~ん、運がよかったのか悪かったのか。。。

その後、ウラジーミルさんとバイカル湖で泳いだという話や、東ボスフォラス海峡でイルカを目撃したとかの話をしながらウラジオストクのフェリー乗り場へと到着。
ここでウラジーミルさんと別れて、太平洋艦隊博物館へと向かいます。


フェリーから撮った写真を、まとめて掲載。

↓エレーヌィ島

ルースキー島とカナルの運河で隔てられてる島。
高台には無線通信施設(軍用?)があり、レーダと思われるアンテナが回転しています。


↓シコータ半島の先端にある灯台

フェリーの渡し板が入ってしまいましたが、東ボスフォラス海峡にぽつんと浮かんでいる、かわいらしい灯台です。

↓東ボスフォラス海峡

逆光のせいか、ものすごく暗い写真になってしまいました。
空の青さ、水の青さは灯台の写真を参考にしてもらえればと思います。
左側の陸地がウラジオストク側、右側の陸地がルースキー島。
最狭部に2012年までに橋が架けられることになります。

<その20
その22>
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ウラジオストク旅行記 その22 <3日目 太平洋艦隊博物館付近~お昼>

2009年04月28日 18時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
太平洋艦隊博物館は、スヴェトランカ通りを挟んで国立極東技術大学と反対側にあります。

その近くには、ネベリスキーの碑↓や、(一番上はロシアの象徴でもある双頭の鷲)


日露戦争犠牲者の碑(?)↓があります。


日露戦争犠牲者の碑は、最近修復されたのか新しく、銘文を読むまで日露戦争の碑とは気づきませんでした。

さて、無事に太平洋艦隊博物館に到着したものの、切符売り場が閉まっていました。
おそらくお昼休みだろうと考え、僕もお昼を食べることにしましたが、近くに手頃なレストランを見つけられなかったので、国立極東技術大学の中にある屋台でハンバーガーと飲み物を買って済ませました。

屋台は↓な感じでキオスク風です。

キオスク風なので、注文も小さな窓越しに行わなければなりません。
こういう時は、自分の食べたいものよりも、メニューをみて発音しやすいものを選ぶことになります。

無事になんだか分からないハンバーガーを購入し、近くの教会のある広場で食べようと思ったら、ベンチに張り紙が・・・

日本と同様、ペンキ塗り立てのベンチです。
結局近くの階段付近で立ちながらの食事になりました。

ちょうどお昼休みの女子学生グループもやってきたのですが、この張り紙をみて僕の隣でお弁当を広げながら講義の復習をしていました。
勉強熱心だな~と、ちらっと教科書を見ると線形代数学の教科書でした。
線形代数なら教えてあげられるよ~、と声をかけたいところですが、残念ながら教えられるほどのロシア語力がないので断念。。。。

本題のお昼は↓

メモによるとバーガーに挟まれているメインは鶏肉で、あとはレタスとたっぷりのマヨネーズでした。
隣の飲み物は”ミルキス”という名前(発音しやすかったので注文した)。
味は見た目通り、アンバサみたいな乳酸菌系の炭酸です。
LOTTEって書いてあるってことは、韓国製?

お昼を食べて、14時頃までぶらぶらして時間を潰したところで、再び太平洋艦隊博物館へ向かいます

<その21
その23>
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ウラジオストク旅行記 その23 <3日目 太平洋艦隊博物館(不法侵入①)~アルセーニエフ博物館>

2009年04月28日 17時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
お昼休みは過ぎたはずだったのですが、再び訪れた太平洋艦隊博物館の切符売り場は、閉まったまま。。。
この場合、あきらめて帰るか、だめもとで入ってみるかという選択をしなければなりません。

10秒ほど迷った結果。 入ってみました。

正面玄関に鍵はかかっておらず、おそるおそる中へ。。。
事務所みたいなところに、女性職員の人がいたので「こんにちは」と話かけてみると、その職員の人はびっくりして、
「だめ、だめ。 明日、明日」と答えてくれました。
どうやら、休館日だったようです。
今回の参考文献、”ウラジオストク 街の歴史散歩”にも休館日が月・火曜と書いてありました。
事前にしっかり確認しておきましょう・・・
というわけで、ここで浪費してしまった時間を取り戻すべく、急いで中央広場へと戻ります。

ちなみに、タイトルに不法侵入①とあるのは、②もあるからです・・・

中央広場方面へ戻った後は、アルセーニエフ博物館へ。
この博物館は、地球の歩き方の観光情報の2番目に載るくらい、ウラジオストク観光では外せないスポットなのですが、写真を1枚も撮っていませんでした。。。

というわけで、この日の朝に撮った外観の写真を。。。

左側のピンクの建物がアルセーニエフ博物館です。

博物館の1Fはウラジオストクの自然に関する展示、2Fは歴史に関する展示があり、2Fの展示の中には日本人街があったころの資料もあり興味深い内容でした。
その後、3F(多分)の展示へと進みますが、一区画だけ雰囲気の違う展示がありました。
学芸員のおばちゃんからは、懇切丁寧にマンツーマンで解説を受けたのですが、
こちらのロシア語力が及ばず、いまいち内容を把握できません。
記憶も凄く曖昧なので間違っているかと思いますが、おそらく、ウラジオストク出身で異国へと嫁いでいった女性の歴史を写真をもとに展示していたのだと思います。

一通り見たあと、学芸員のおばちゃんの誘導する出口へと向かい階段を降りると、そこは本当に出口でした。
地球の歩き方には、戦争や宇宙に関する展示があると書いてあったのですが、どこにあったんだろう・・・
その出口では民族衣装をまとった女性とばったり遭遇。
これから、博物館内でなにかイベントが行われるような雰囲気でしたが、もう出口まで来てしまったので、あきらめて次の場所へと向かいます。

<その22
その24>
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ウラジオストク旅行記 その24 <3日目 沿海州アートギャラリー本館(不法侵入②)>

2009年04月28日 16時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
アレウーツカヤ通りのアルセーニエフ博物館とウラジオストク駅のちょうど中間付近に、沿海州アートギャラリー本館があります。
これは、今回の参考文献、”ウラジオストク 街の歴史散歩”で紹介されているのを読んで、行きたいと思っていた場所です。
地球の歩き方には載っていないスポットです。

外観は↓な感じ。真ん中あたりの木の扉が入り口です。

写真を見て感じた方もいるかもしれせんが、この扉を開けてもいいのか躊躇してしまいます。

勇気を出して扉を開けて入ったところ、最初に声をかけてきたのは典型的なロシア人中年女性の体型をした警備員でした。

ロシア語が分からなくても、”あんた、何入ってきてるのよ!!”と怒られていることは分かります。

その後、警備員が呼んだ学芸員の女性が現れ、別館の位置を案内されました。
どうやら、本館は休館中のようです。
在ウラジオストク日本総領事館の観光案内にも、”修理のため閉館中”と書かれているのを帰国後確認しました。事前にしっかり確認しておきましょう。。。
いや、もしかしたら、「何も知らない日本人がいきなり入ってきたので何とかして欲しい」と要請があって、書かれた可能性もあるかもしれません。

最初は怒りモードだった学芸員も、次第に落ち着いてきて、「別館まで歩いて20分かかるけど、歩いて行くの?」という質問をしてきました。
僕が「歩きます!」と答えたら、
「ほんとに?? やめなさい。20分歩くのよ。車でいきなさい。住所を書いてあげるから、その辺で車を拾って見せればいいから」とご親切に、メモを渡してくれました。なんという優しさ!
「ありがとうございます!」とお礼を言って、外に出たものの、ロシア語がろくにしゃべれない人が車を拾うなんて、至難の業。
せっかくのご厚意でしたが、結局歩いて別館へ向かうことにします。

<その23
その25>
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ウラジオストク旅行記 その25 <3日目 国境警備隊博物館~沿海州アートギャラリー別館への道>

2009年04月28日 15時00分00秒 | ウラジオストク旅行記
沿海州アートギャラリー本館から別館へと向かう途中、国境警備隊博物館があったので、寄り道します。

沿海州アートギャラリー本館~別館までの地図↓


国境警備隊博物館の入り口も、木の扉が閉まっていましたが、勇気を出して開けてみると誰もいません。
まさか、ここも休館??と不安を感じながら、話し声のする事務所の方へ。
事務所には雑談中の30~40代の女性と男性の係官が。
僕の姿を見ると、「あら、お客さんだわ~」みたいな雰囲気で入場券とカメラ券を売ってくれました。
客は、僕一人。
省エネのため(?)消してあった電気を女性係官に点けてもらいつつ見学をしますが、いまいち興味がそそられません。
唯一撮った写真は、↓の双眼鏡からみた客船ターミナルです。



国境警備隊博物館を出て、沿海州アートギャラリー別館へと再び歩き始めたのですが、時刻は15時頃で日もだいぶ高くなってきたので、冷たいものが欲しくなりました。
国境警備隊博物館のすぐ近くにはバスターミナルがあって、露店のアイスクリーム屋があったので、アイスクリームを購入。

いくつかの種類をのせられるようでしたが、とりあえず1種類のみを注文してみました。↓

僕の手と比べると分かるかもしれませんが、サイズが大きい!
アイスクリーム自体は、ロシアのアイスクリームらしくさっぱりとして飽きないのですが、半分くらい食べたところで寒くなってきます。
バスターミナルのベンチで残り半分を震えながら食べていました。

ロシアのアイスクリームはこのサイズが、デフォルトなんだろうかと思いながら食べていると、若い女性がアイスクリームを注文していました。
しかし、その手には日本の31アイスとそれほど変わらないサイズのアイスクリーム
が。
あれ~、僕の時は無条件に特大サイズのコーンが用意されていたのに~。
どうしたら、小さいサイズのアイスクリームをゲットできるんだろ??

体を冷やしたところで、再び沿海州アートギャラリー別館へと歩き始めます。

<その24
その26>
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