この携帯のカメラの
シャッタースピードもたいしたものだ。
この電柱、
形になって見えないほどに
ひゅんっと
一瞬で擦れ違って
私の目では把握出来なかったのに
しっかり画面に入っている。
牧師先生の
疾走する車の中から
一瞬の角度を捉えるのは
なかなか難しいが
難しいと余計に血が騒ぐであるよ。
ムキになってぱちぱち撮ってたら
手首が攣ってしまった。
シャッタースピードもたいしたものだ。
この電柱、
形になって見えないほどに
ひゅんっと
一瞬で擦れ違って
私の目では把握出来なかったのに
しっかり画面に入っている。
牧師先生の
疾走する車の中から
一瞬の角度を捉えるのは
なかなか難しいが
難しいと余計に血が騒ぐであるよ。
ムキになってぱちぱち撮ってたら
手首が攣ってしまった。
ここに集まって
朝からこんな夕方まで
一日会議の場を共にした人々は
いずれも
各々の地域で長い歳月の間
キリストと共に教会を支えて苦労してきた
信仰者である。
いずれ劣らぬ強烈な個性の持ち主、
この愛すべき妖怪達の群れの中に自分もいて
しみじみ思った。
皆、年取ったなぁ。
一人一人、実は喋ると面白いんだよ。
語り出すと止まらない。
昔は
年に一回のこういう大会議は
お泊り会にして
会議の席では眠気でへろへろになっても
時間の制約なんか無しで
気の済むまでガチンコ対決したり
一緒に鍋突付いて温泉に漬かって
夜明かしして語ったり
そんな風にして年一回の大イベント、
妖怪大会議をしていた。
しかし
年と共に誰も彼も弱ってきていて
或いは
それぞれに抱える苦しい事情で息絶え絶えで
ここに来られなかったり
先に天国に行ってしまったり
馴染みの姿が年々少なくなってきて
歯が欠けたみたいな寂しさだ。
集まれるうちに集まって
話せる事は今のうちに話して
喧嘩も和解も
お互いに顔を合わせて出来る今のうちに
とことんやった方がいい。
今のうちに。
後悔しないために。
無性にそんな気がした。
朝からこんな夕方まで
一日会議の場を共にした人々は
いずれも
各々の地域で長い歳月の間
キリストと共に教会を支えて苦労してきた
信仰者である。
いずれ劣らぬ強烈な個性の持ち主、
この愛すべき妖怪達の群れの中に自分もいて
しみじみ思った。
皆、年取ったなぁ。
一人一人、実は喋ると面白いんだよ。
語り出すと止まらない。
昔は
年に一回のこういう大会議は
お泊り会にして
会議の席では眠気でへろへろになっても
時間の制約なんか無しで
気の済むまでガチンコ対決したり
一緒に鍋突付いて温泉に漬かって
夜明かしして語ったり
そんな風にして年一回の大イベント、
妖怪大会議をしていた。
しかし
年と共に誰も彼も弱ってきていて
或いは
それぞれに抱える苦しい事情で息絶え絶えで
ここに来られなかったり
先に天国に行ってしまったり
馴染みの姿が年々少なくなってきて
歯が欠けたみたいな寂しさだ。
集まれるうちに集まって
話せる事は今のうちに話して
喧嘩も和解も
お互いに顔を合わせて出来る今のうちに
とことんやった方がいい。
今のうちに。
後悔しないために。
無性にそんな気がした。
去年
古くからいる教会員が私に話してくれた。
詩を書いた宣教師の植えた
この桜の木は病気になっていると。
去年来た時はちょうど満開だったが
私の携帯が寿命で
まともな写真にならなかった。
今回、
買い換えた携帯を持って行ったら
今年はまだ蕾が固くてまだ咲いていなかった。
色の濃い花をつけるんだけどな。
古くからいる教会員が私に話してくれた。
詩を書いた宣教師の植えた
この桜の木は病気になっていると。
去年来た時はちょうど満開だったが
私の携帯が寿命で
まともな写真にならなかった。
今回、
買い換えた携帯を持って行ったら
今年はまだ蕾が固くてまだ咲いていなかった。
色の濃い花をつけるんだけどな。
教会の木々を見上げると
この地で福音宣教に働き
神と人々に自分を捧げた宣教師の詩を思い出す。
第二次大戦後、
あらゆる教派の宣教師達が
日本の福音伝道のために集まって来た時、
人間も土地も荒れ果てたこの地に
キリストの福音を運び
人々に生きる希望を届けようとした時代に、
辺鄙過ぎて他の教派が行かないような
福音宣教のまだ届かない地方をあえて選んで
苦労して開拓伝道した宣教師達が
ここで神と人とのために働いていた。
一人の宣教師が
キリスト者の群れを木に喩え
その成長を見たいと願う伝道者の思いを
詩に書いた。
木が育つのを見たい
木が育ち 空に伸び
葉を一杯につけた腕を
大きく拡げるのを見たい、
緑の天蓋の下で
休んでいる人々に
木陰と涼しい喜びを与えるのを見たい。
木が育つのを見て
手をたたいて
喜び、父なる神である
創造主を賛美したい、
森に
生ける美をまとわせてくれるから。
木が育つのを見たい、
なぜなら創造主が
木の形を
私の中に作ってくれるから―
それは緑の天蓋の下で
休息する人々に
木陰と涼しい喜びを与えるためのもの。
(ラルフ・バックウォルター著矢口以文訳
『バイバイ、おじちゃん』1986年響文社より)
この地で福音宣教に働き
神と人々に自分を捧げた宣教師の詩を思い出す。
第二次大戦後、
あらゆる教派の宣教師達が
日本の福音伝道のために集まって来た時、
人間も土地も荒れ果てたこの地に
キリストの福音を運び
人々に生きる希望を届けようとした時代に、
辺鄙過ぎて他の教派が行かないような
福音宣教のまだ届かない地方をあえて選んで
苦労して開拓伝道した宣教師達が
ここで神と人とのために働いていた。
一人の宣教師が
キリスト者の群れを木に喩え
その成長を見たいと願う伝道者の思いを
詩に書いた。
木が育つのを見たい
木が育ち 空に伸び
葉を一杯につけた腕を
大きく拡げるのを見たい、
緑の天蓋の下で
休んでいる人々に
木陰と涼しい喜びを与えるのを見たい。
木が育つのを見て
手をたたいて
喜び、父なる神である
創造主を賛美したい、
森に
生ける美をまとわせてくれるから。
木が育つのを見たい、
なぜなら創造主が
木の形を
私の中に作ってくれるから―
それは緑の天蓋の下で
休息する人々に
木陰と涼しい喜びを与えるためのもの。
(ラルフ・バックウォルター著矢口以文訳
『バイバイ、おじちゃん』1986年響文社より)
毎年、
この時期に帯広に来ると
真下に立って見上げる。
野鳥が物珍しがってわいわい集まって
けたたましく縄張り宣言の声を上げた。
ポタッと何か落ちてきて、
鳥に糞をかけられたのかと思って後退りしたら
梢から朝露が
光ながら滴って来ただけだった。
この時期に帯広に来ると
真下に立って見上げる。
野鳥が物珍しがってわいわい集まって
けたたましく縄張り宣言の声を上げた。
ポタッと何か落ちてきて、
鳥に糞をかけられたのかと思って後退りしたら
梢から朝露が
光ながら滴って来ただけだった。