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ぱんくず迷走録

日曜日は教会へ。

原稿の見直し手直し

2015-06-27 21:52:45 | 日常
早番、定時に仕事終えた。
吐く息が白い。


人間は寒くて縮み上がってるが



樹木は勢いを増して元気だ。
緑色冴え冴え。



寒いし眠いけど、明日は日曜日。
明日は牧師が地方の他の教会に出張奉仕のため留守、
礼拝メッセージの当番に私が当たっている。
原稿の見直し手直しする。


気持ちを切り替えないと。

読者の皆様へ。

2011-09-19 23:15:02 | 日常
このブログを訪ねて下さり、ありがとうございます。


このブログでは、
これまでの自分と教会についての記事と、
3年前に受洗した父の教会生活についての記事とを
記事が増え過ぎてしまった元の日記ブログから独立させて
日々の教会生活として記録してきましたが、
最近2ヶ月間の父の在宅介護の荒れ果てた日常のうち、
教会に行かなくなった直接の原因となった出来事の記録を
介護ブログから持ってきました。
教会に行かなくなった経緯を
今これを読んで下さる読者の皆様にも知って頂きたいと思いました。
これまでの記事を読んで下さった方は幻滅し、失望されるに違いありません。
どうぞ、
これらの浅ましい現実と荒廃した精神生活とをお笑い下さい。
父と私のありのままの日常生活です。


私達の所属する教会は
人数少なく建物が小さくても主の下に集まった家族であり、
愛と平安に満たされた教会です。
しかし
父にとっても私にとっても教会を一歩出ると
このブログ公開した日常こそが本物の現実です。


私は20年前のクリスマスに受洗しました。
親とも妹とも15年も関わりの途絶えた中で、
自分自身がどう神を信じるかだけで精一杯の、
本来自分が立ち向かわなければならない問題については棚上げ状態の、
ただ祝福され喜び浮かれていた、札幌の母教会での幸福一色な7年間でした。


父の脳梗塞発症によって今の地元に来て現在の所属教会に移り、
在宅介護しながら教会での色々な山や谷を教会家族達と共に越えた13年が
あと3ヶ月で終わります。


受洗から20年めにしてどれだけの霊的成長を自分がしたかといえば
全く評価に値しないものです。
受洗当時棚上げし黙殺してあった問題に直面し、
くたびれて教会から距離を置いている有様です。


くたびれたとうのは、介護で疲れたという意味だけでなく、
教会における模範解答的で予定調和的な思考回路や会話と
今現在自分が直面する日常の現実とがあまりにもかけ離れ過ぎ、
接点が無くなってしまっているためでもあります。


父と私とそして母や妹が抱え込み、縛られている問題について、
私は改めて神と向き合わねばなりません。
半世紀前に私と言う人間を
これら父と母という二人の人間達の間に生み出したのは主なる神であり、
所属教会と出会わせたのも同じ御方ですから、
他者を巻き込まずに神と向き合おうと思います。


今の時点では
私は主なる神が父という一人の人間を憐れみ、
慈しんでおられ、そのために私と言う人間が道具として生まれ
これまでもこれからも使われる事は理解できます。
しかしその一日一日があと何日続くのか、
これ以上神が何をしろと言われるのかはわかりません。


考えます。
主が何をするためにこの人をこの世に生まれさせたのか。
親に疎まれ置き去りにされ、
配偶者からは忌み嫌われて捨てられ、
可愛がっていた次女からも見捨てられ、
世話する人の手を散々焼かせ虐げてずたずたに踏み躙じるこの老人を
主が慈しんでこられた事を私は知っています。
この人に何をさせたくて主が81年間この世に生かしているのか。
主があと何と何をこの人のために、私にさせたいのか。


私は自分が
主がこの人を慈しむために使うツールの一つに過ぎない事を
よく知っています。
ツールはツールであり、それ以上でもそれ以下でもありません。
自分が何をしたいとかどう生きたいとか希望とか期待とか願いとか
そんなものは実際何一つありません。
しかしそれらが無ければ霊的成長もあり得ない事が少しずつ気づいてきました。


心に共感するものも共有するものも無い、業務分担と業務連絡だけでしか
実質上つながっていない所属教会から私はしばらく距離を置き
自分自身の信仰のあり方を考え直そうと思います。


長い間このブログを読んで下さり、
ありがとうございました。
読者の皆様、どうぞお元気で。



                            2011.9.19 管理人 井上

2011-09-02 00:35:42 | 日常
日付が変わった。


  小さなお願いとは、
  毎日のさまざまな具体的なお願いで、これを祈ることはもちろん必要です。
  しかし、
  神はしばしばその小さな願いを聞き入れてくださらないことがあります。
  ・・・それはなぜかというと、神はその人に
  小さな願い以上の、もっと大切なものをプレゼントしたいからです。
           (英隆一朗著『道しるべ』新世社刊 第五話 望みについて)


信仰の手引書を読み直し、
「霊的成長」という言葉を反芻する。


路上のゴミ箱にくっ付いていた幼虫を拾って世話し、餌をやる。
餌を貰った虫は育ち、飼い主に懐くと、
飼い主は虫に、死なない程度に殺虫剤をかける。
虫は苦しむが、餌をくれる飼い主を頼って手の中に逃げる。
飼い主は頼ってきた虫を介抱し、餌をやり、養育するが、
育ってでかくなってきた虫に餌をやりながら度々殺虫剤をかけ、
虫に主が誰であるかを思い知らせる。
虫は殺虫剤に対する耐性を身に付け、殺虫剤をかけられても死に難くなった。


雨の音が聞こえる。


信仰の手引書として読んだ英神父の著作にも、
いつかブログ仲間の日記に紹介されたはれれ神父の説教にも
自分が願った以上の、
主から与えられる恵みを表現する言葉として語られる「霊的成長」。
苦しい目に遭って主に依り頼み、
助けられ救われた自分は一匹の不潔な虫である。
一度や二度助かってもいずれまた殺虫剤をかけられる。
それでも主を避け所と頼れば、
頂けるのは自分が願ったものではなく「霊的成長」。(笑)
日付が変わって半世紀。
くたびれており、主なる神と自分とをこのように考える。


虫にも寿命がある。

牧師先生と話した。

2011-08-20 23:28:48 | 日常
昨夜迷惑をかけた事を謝罪した。


牧師先生は興奮するじじに「また教会に来てほしいんですよ」と
やんわりと下手に出て勧めていたが、
じじは「いいえ、もう行きません」といきり立っていた。


私は牧師先生に話した。
来て下さいと言って貰えて、じじは内心嬉しいのであると。
しかし、私は今後じじを教会に連れて行くつもりはない。
たとえじじが行きたいと言ったとしても。


牧師先生は、
高齢になってから子供の信仰の後をついて教会に行き、
教会の一員として幸せそうにしていたではないか、
聖書の話を喜んで聞いていたではないか、
あと何年生きられるかわからないのだから
じじの望む通りにしてあげなさいと言う。


私は思う。
教会の誰かが気位高い我欲の塊である老人のトイレ介助や
汚物の始末をする訳ではなく、車椅子を押す訳でもない。
教会においでおいでと言うだけタダである。
顔を見ればよく来たよく来たと誉めそやし、
本人を根拠無く舞い上がらせ有頂天にさせるだけで、
じじの人間性に正面から付き合う人は教会には誰一人いない。
物陰でヘルパーに対してどれほど陰湿で侮蔑的な扱いをしても
教会にいる限り見咎める者は無く、
子供らがヘルパーをじじの使い走りと見て馬鹿にした事さえある。
幾ら子供やその保護者を注意したところで何の解決にもならない。
じじはヘルパーに対して
「金を払っているのだから、女中をこき使うのは当然の権利」
のつもりでいる。
どれほど理不尽な要求をしても、私以外誰も止める者が無い。
私はその場ではっきりじじにダメ出しするが、
いくら私がダメ出ししてもじじにとって教会が逃げ場になっている。
「年寄りだから仕方ない、その年齢で教会に来ているだけで素晴らしい、
 それくらい許してあげないと」
という暗黙の不文律があり、じじは教会の中と外で態度を使い分ける。
高齢であろうと若年であろうと、
じじという一人の信者が教会生活を送るために、
信者でも何でもないヘルパーの介助を受けながら虐げ、愚弄し、
犠牲にして胡坐をかいている現状をこのままにしておくつもりは無い。


じじが教会に行くようになって以来、
じじがヘルパーを怒鳴りつけるのを私が諌め、
じじは「ぐちゃぐちゃ言うな!俺が金を払っているんだ!何が悪い!」
と開き直る事を繰り返している。
キリストの教え、聖書の観点から注意したところで
それこそ老人の狡猾さ、都合の悪い事は聞こえない。


尊大に思い上がったキリスト教徒が
信者で無いヘルパーを虐げる事で維持する教会生活、
表面上見た目だけは和やかな、愛に満ちた神の家族。
この胸糞悪くなる茶番は、じじの不穏と共に終わる。


ヘルパーの教会行き介助は全てキャンセルした。
(教会行き中止はじじの体力消耗も一因ではあるが。)


これまでに、頼まれもしないのにしてきた月見、敬老、クリスマス、
年越し正月、そしてじじの誕生日、
じじが喜ぶであろうとしてきた行事も、今後私は一切しない。
デイケアと、
朝昼晩のヘルパーによる在宅介護(食事、服薬、掃除、洗濯)
じじの在宅生活を維持する必要最低限のみに止める。


牧師先生がじじを教会に行かせてやれと言うので
信者が信者でない人を踏み台にして維持される教会生活とは一体何かと
牧師先生に問いを投げてみた。
はっきりした答えは返って来なかった。


洗礼受けて祝福されて美味しい所だけ都合よく貰って、
世話してくれる人を人を見下し、怒鳴りつけても
老人だから仕方ないと見逃す不条理。
当事者以外にとっては所詮は他人事、別世界の話に過ぎない。


私自身も当分教会から距離を置く。
頭を冷やすために。

疲れた

2011-08-20 22:45:00 | 日常
じじを受診させるべく、先に私が来て予診。


脳外科医に事情を手短に説明。


昨夜じじが部屋に籠城し、チェーンをかけて菓子を貪り、
冷蔵庫から油を出して湯飲みに注いで飲んでいた。
「お前を一思いに刺し殺す 」と言うので急遽本日受診した。


じじが私を殺すと言って
先週から私を殴り殺すための工具や鋭い刃物を用意しているのを
ヘルパーが発見し撤収していたが、
昨夜また違う尖った工具を探し出して来て私を殺害すると言って興奮する。


元々の性格もあるが、
この一年間に突然不穏や妄想状態に陥ったり
理不尽に逆上する事がエスカレートしてきていた。


本人の現病歴は脳梗塞、糖尿病であるが、
私に対する殺意が認知症の進行によるものか、精神疾患なのかを
評価、判断し、出来れば適切な専門医に紹介してほしい。


脳外科医は精神科医への紹介状をこの場で書いてくれると言ってくれた。
週明けにじじを精神神経科受診させるようにと。
ただ、今現在外来待合室で興奮し大騒ぎしている訳ではないので
地域病診連携のシステムを使うまでもないだろうと。
また、先日の採血データで腎に所見あり、本日再び採血もするそうである。


9:40予診終了。
デイケアに連絡した。


9:45じじが診察室に入った。
顎を上げて顔面は斜め上向き、視線も斜め45℃上に据わっている。
無言でおとなしく見えるが、一番凶暴な時の表情をしている。
見知らぬ第三者から話し掛けられると猫撫で声で敬語も崩れず礼儀正しく、
まるで上品な紳士のようにしか見えない。
特に、医師と牧師には満面の笑みを浮かべて低姿勢になる。
認知症の高齢者やヘルパー、私に対しては
道端の汚物でも見るように露骨に顔をしかめ、さらに顎を上向きにして、
高い視線から侮蔑的に見下ろす。
見事に裏表で態度を使い分ける役者である。


9:50じじが診察室を出て採血を待つ。
採血の間に、ヘルパーと簡単に打ち合わせ。
包丁など調理器具の刃物を回収してしまったので
おかずが足りなければコンビニで買ってもいいし、ヘルパーによると
切り分けたお浸しやおかずの冷凍がまだあるとの事。


じじ宅に行ったら決して背中を見せてはならないと
ヘルパーに伝えた。


私はじじと顔を合わせない方角から出てデイケアに行き、
スタッフに事情を話した。
スタッフによると、最近ちょっとした事で大袈裟に怒ったり
苛立ったりする傾向は以前よりも回数多く見られていたとの事。
理学療法の拒否も最近目立っていた。


朝食を食べている暇が無かった。
そういえば昨夜も夕食を食べずに寝たのだった。
近くのドーナツ屋で肉まんを食べたら吐き気がした。


帰宅して、
紹介状の宛て先である総合病院の精神神経科に問い合わせした。
土曜日は休診なので対応出来ない、
週明けの月曜日にまず受診の予約日程の相談をするようにと言われた。
週明けに予約して、その予約日がいつになるかは全く不明。
新患を受け入れる枠は一杯で診て貰えない可能性が高い。


その場合、別の精神神経科に問合せするしかない。


自分が殺意の標的となりながら
敷居の高い病院の窓口に問合せをする。
介護や地域病診連携の仕組みなど、
多少知識ある医療従事者の自分でさえ、心理的にしんどい。
医療とも介護とも関わりの無い一般の人で、
家族に凶暴な病人を抱えている人はどんな気持ちだろう。

これでお前を刺し殺そうと思っていた

2011-08-19 23:19:08 | 日常
妹にはじじに電話して呼び出し音を鳴らし続けるように頼んだが
じじは電話に出ないという。


ケアマネに連絡したが外勤中だった。


じじ宅に入るのに立ち会って貰えそうなのは牧師先生くらいであるが、
牧師先生も多忙である。
葬儀に出掛ける予定があり、明日は道内の同じ教派の教会の会議がある。
醜悪な騒ぎに巻き込むのも心苦しい。


鍵屋を読んで私が一人で中に入るとなると、
また先月のようにじじの暴力が出るのは間違いない。
ま、それでも自分の親だから、仕方無い。
むしろ私が刺されるか殴られるかで怪我をするか、殺されでもすれば
じじを精神科に受診させる道が開ける。警察経由で。


ケアマネから折り返し連絡が来た。


「ご家族で精神科に連れて行って下さい」


ケアマネは先月からの事情を全て知っている。
じじは先日私に殺意を持っていると言い、凶器をヘルパーに没収された。
じじ本人が精神科の受診を拒否したり抵抗した場合、
ケアマネの立会いや同行などの協力は可能か?


「いえ、出来ません。
 いろいろ予定が詰まっているので。」


葬儀に参列していたのに切り上げて牧師先生が来て下さった。
鍵屋に連絡し、牧師先生とじじ宅に向かう。


牧師先生が扉の隙間から声をかけるとじじは
「お断りします」と叫んでいる。


鍵屋が来た。
ドアチェーンを切断した。


牧師先生と私とで中に入ると、
じじは新潟煎餅に砂糖を塗したような変な袋菓子を食いながら
湯飲みに食用油を注いで飲んでいた。


私がそれを指摘すると「これは水だ!」と言い張る。
ラベルに油と書いてあると言って見せると逆切れした。


「こんな物を水と間違うような場所(冷蔵庫)なんかに
 置いておくお前が悪い!」


見ると、じじの座っている正面の
カバーをかけた碁盤の上に千枚通しやドライバーがまた並んでいる。


じじは言った。


「これでお前を刺し殺そうと思っていた。」


知ってる。
驚かないよ。


じじは先月、
ヘルパーを理不尽に怒鳴りつけるのを私が見咎めた事から逆上し、
左手で私の右腕を捩じ上げ、右手に携帯ラジオを振り翳して
私の顔面を狙って何度も殴りかかった。
しつこく腕を離さないので私はじじの左大腿に一発蹴りを入れ、
頬を平手打ちしてやっと開放された。


今月の半ばになってじじは
寝室のベッドの枕元に長さ30cmの鉄製の釘抜きと
20cmのドライバー2本を隠し持っていた。
ヘルパーがそれを発見し、何に使うか聞くと、
「これでうちの娘を殴り殺す。」と言ったので
ヘルパーがそれらを回収し、じじの手の届かない場所に隠したのだった。


今日、ドアチェーンで締め出されたのはその同じヘルパーだった。
凶器を没収されたので籠城し、別の物を探し出して来たのである。


じじの目は今、据わっている。
「自分の子供が歯向かった場合、父親には子供を殺す権利がある」
じじは私が子供の時分から家の中で口に出していた。
それがじじの律法であり信念である。
たとえ自分に非があったとしても悪いのは歯向かう子供である。


私は自分の父親が元々このような人間である事を長年見て知っている。
驚くに値しない。
それを踏まえた上でこの12年間在宅介護をしてきた。


じじはにたにたしながら私に言った。


「お前、しばらく顔を見せなかったな。
 来なかったのは俺に殺されると思って
 殺気を感じたからだろう。」


じじは牧師先生に向かって宣言した。


「こいつが俺の脚を蹴ったのは許し難い、
 親に手を掛けるような者は、一思いに刺し殺します。」


いや、それはキリスト教ではダメなんですよ、、、
など、牧師先生がいろいろ言って宥めているがじじは
ますます尊大な持論を展開し、
話が脱線して大昔の国鉄時代の自慢話に迷走している。


牧師先生がじじに話しかけ、宥めている間に
私は先の尖った工具類と裁ち鋏、刃物(調理用の包丁類全部)を集め、
新聞紙に包んで回収した。


じじは話を聞いてくれる人が現れ、上機嫌で喋っていたが
私の顔を見ると豹変し目を吊り上げた。
牧師先生も私も夕食を摂らずにじじ宅に詰めていたため、
牧師先生は話を切り上げ、私は回収した刃物を持って退室した。


帰宅して、ヘルパー事業所の責任者に予定変更の連絡を入れた。
明日はデイケアを休んで急遽脳外科を受診する。
私が先に予診に入り、時間差でじじがヘルパーと共に診察室に入る。


脳外科医に精神科への紹介状を書いて貰うが
精神科受診をじじが拒否したり抵抗する場合どうするか。


妹に連絡し、事情を説明した。
ヘルパー、私が本人を精神科に連れて行く事が出来なかった場合、
当地に来て協力を頼めるかどうか。


妹は話の途中で電話を切った。
掛け直したが呼び出しに応じない。
協力するつもりは無いという事か。
メールで返事が来た。


「そう受け取ってください。
 私は行けません。」

籠城

2011-08-19 17:14:00 | 日常
やっと薬局から薬を貰って外に出ると、携帯が鳴った。
ヘルパーから電話。


朝、昼に一時間ずつ入って
食事や服薬の介助をした時は特に変わった様子も無かったらしいが、
今さっき夕方の配食弁当と共に入室しようとしたら、
扉の鍵は開くが、
ドアチェーンが掛けられていて入られないという。


これでは誰も中に入る事が出来ず、
じじに夕食を食べさせる事も薬を飲ませる事も出来ない。
明日の朝の食事も用意出来ないし、
デイケアへの送り出しを介助する事も出来ない。


私と通話しながら、
ヘルパーは少し開いた扉の隙間から
「開けて下さい」と繰り返し声をかけたが、
じじは「開けられません」と言いながら菓子を食っている。
何度も「開けて下さい」と言っているうちに、
じじが怒り出したらしい。


「開けれないんです!」


と、じじは怒鳴っている。


ドアチェーンでヘルパーを締め出し、
昨日デイケアで買って来た袋菓子を一気食いしているのであろう。


夕食の弁当は床に置いて、
そのまま帰っていいとヘルパーに言って電話を切った。


うんざりだ。
在宅介護の限界である。

父親が子供を殺す権利

2011-08-10 22:24:10 | 日常
昼間工具が枕元にあるのを見た時に、
じじがどうしてそれらをベッドの頭の所に置いたか、
その動機を私は既に知っていた。
ただ、本人の口からそれを言わせるために、
私はその場では工具を片付けず、理由を聞いてくれと頼んだのだ
とヘルパーに説明した。


私の父親は元々そういう人間である。
自分のADLや日常生活の中のいろいろな事が思い通りにならない事、
私やヘルパーやデイケアの職員が思い通りに動いてくれない事、
その不満の捌け口をじじは昔からこのようにして表出する。
私は幼稚園にも行かない年頃から父親によく物で殴られた。
家庭内の思い通りにならない不満を父は私を殴る事で鬱憤を晴らしていた。
母に対する侮蔑的な態度と言動もそうである。
母は25年忍耐して、じじが定年した時に見捨てて出て行った。


私がじじの脳梗塞発症によってこの地元に戻ってからは
当たる相手が私しかいないのでまた同じ事を繰り返した。
ここ10年、介護が本格的になってからはじじの攻撃対象は
日常の接触時間の長いヘルパーになった。
昨年辞めて貰った年配のヘルパーに対する、
拒絶的で介助拒否と愚弄を繰り返すじじの態度がまさにそれであった。


確かに、昨年の年配のヘルパーは主婦が片手間にやるかのような
いい加減で、自分の怠慢を誤魔化すというプロ意識の欠けたものだった。
じじはその仕事ぶりを見て徹底的に苛めた。


その点、今のヘルパーは介護技術も気配りも咄嗟の判断力も
あらゆる面から見て質の高い仕事をする。
昨年のヘルパーのようにじじに付け入る隙を与えない。
デイケア、事業所責任者、私との連携もよく意思疎通が上手だ。
居宅、通所、医療機関、配食サービス、出入りの業者、教会、そして私と
父に関わる異なった立場の関係者との連携を上手にこなし、
じじの介護業務を円滑にしてくれている。


それでもじじは私の居ない時にヘルパーが一度セットした薬を隠したり
デイケアのファイルを別のものとすり替えたり、自宅の鍵を隠したりして
ヘルパーの業務を妨害し、翻弄して嫌がらせを繰り返している。
ヘルパー達はその都度仕事を中断させられたり、
自分のした仕事を確認させられたり物を探させられたり、
施設とじじ宅とを慌てて往復させられたり、翻弄されている。
そして、それでもヘルパーが怒りの感情を表さずにこやかに
いつも通りの仕事をすると、じじの嫌がらせはさらにエスカレートしていた。


そこに7/19の女中扱いと暴言、罵倒があった。
物陰でじじがヘルパーを標的にして嫌がらせをし、
侮蔑的な扱いをしている現場を私が押さえた。
私が諌めるとじじは逆上し、手近なラジオで私を殴り殺そうとしたが
逆に反撃されたために、
敵意が単なる衝動ではない本物の殺意に変わったのである。


じじの中の律法では、
自分の思い通りにならない子供は殺しても良い事になっている。
じじはよくテレビにぐれた反抗期の子供が登場すると口に出していた。


「ああいう子供を何で親は生かしておくのだ。
 俺だったらあんな者は殺す。」


私は子供の時から日常的にじじの口から聞いて
自分の父親の家族に対する価値観を知っている。
「歯向かう子供を殺す権利を、父親である自分は持っている」
という考え方をじじは昔からしており、
これについては軌道修正が利かない。
じじにとってはそれが正当な父権であり、律法である。


とにかく、
ヘルパーにとっては相当ショックが大きかったかも知れないが、
じじの子供である私にとっては驚くに値しない。
ただ、私がいない所でじじがヘルパーに危害を加えるのは困る。
自制心がどんどん綻びて抑制の効かない我欲の塊になった老人が
第三者に危害を加える前に何か考えなければならない。


明日ケアマネに連絡し、現状報告して
何か出来る対策があるのかどうか、考える。


認知症の入り口なのか、
元々の人格障害から発展した精神疾患なのか、
その評価と見極めの時期が来ている。

ヘルパー

2011-08-10 21:20:49 | 日常
ヘルパーは驚愕して言った。


「お父さんに必要な事はちゃんとやっているし、
 足りないものもこうして補充して、
 具合悪い時は泊まったり救急車で病院にも連れて行ってくれている。
 そういう世話をしてくれる人を殺すんですか?
 そんな事なら私は手伝いません。」


「そうですか。」


「それに、この頃地震がよく来るし、
 こんなベッドの頭の所に重たい工具なんか置いてたら
 お父さんの頭に落ちて来ます。
 これは私が片付けますが、いいですか。」


「そうですね。」


ヘルパーはじじを逆上させる覚悟で意見したと言っていた。
しかしじじは終始無言だったという。


じじはヘルパーの説得を理解した訳でも受け入れた訳でもない。
ヘルパーが自分の言い分を鵜呑みにしてくれない、
娘とぐるになっていると解釈した事であろう。
私の父親は昔からそういう性質の人間である。
私がそう説明すると、
ヘルパーにとってかなりの心理的ショックだった様子である。
また、私が驚きもしない事がさらにショックを大きくしたらしい。

工具を使う目的

2011-08-10 19:05:42 | 日常
夕方じじ宅に入ったヘルパーから電話が来た。
声が上擦っている。
たなみに、今日の朝も夕方も同じヘルパーがじじ宅に入っている。
このヘルパーは、7/19にじじから罵倒されていた人である。


ヘルパーはじじに、枕元の工具について聞いた。


「お父さん、
 ベッドの頭の所に釘抜きとかドライバーとかあるけど
 お部屋の何処か壊れたんですか?
 私、代わりに直しますよ。」


じじは答えた。


「いいえ。
 あれは娘が来たら殴り殺すためのものです。
 あいつは俺の脚を3回も蹴っ飛ばした。
 だから腕をへし折って殴り殺します。」

枕元の工具

2011-08-10 14:48:00 | 日常
室内が暑いので換気しようとじじの寝室に入ると、
ベッドの頭の所に
長さ30cmの鉄製の釘抜きと、20cmのドライバー2本が
整然と並んでいる。


見た瞬間私は直感した。
何故これらの工具がここに並んでいるか。


動かさず、写真だけ撮った。


ヘルパーの今朝の記録を読むと、
今朝じじをデイケアに送り出すために入室した時に
ベッドの頭の所にあるこれらの工具を見て不審に思ったが
デイケアの送迎バスが来るので片付ける時間が無かった、
夕方来た時に片付けますと記載してある。


私もこのまま片付けない。


ヘルパーの記録の下に、
夕方本人が帰宅したら
これらの工具を何に使うつもりだったかを
本人に聞いてから片付けて下さいと記載した。


聞くまでも無い事だ。
私にはわかっている。

修羅

2011-07-19 21:04:25 | 日常
今朝、私がじじ宅から出勤しようとする時、
じじがヘルパーを睨み、怒鳴りつけた。


「手を叩いただろうっ!
 聞こえないのか!!」


「ごめんなさい、テレビと水道の音で聞こえなくて・・・」


「朝から何だって人を怒鳴りつけているの。」


窓開けて貰いたいだけだったらしい。
じじはそれを言葉で言わずに、
大昔の料亭や旅館で客が女中呼ぶみたいに、手をぽんぽんと叩いたらしい。


馬鹿か。
何様のつもりだ。
誰が知るかそんな大昔の風習。


じじはヘルパーざんがそれを理解できないのに腹を立て、
いきり立って怒鳴りつける。
ヘルパーは、私の見ていない所でいつもそうなのだろうか、
理不尽な罵倒に対して「ごめんなさい」と謝っている。


「俺が今手を叩いただろうっ!
 お前はそんな事もわからないのか!」


そんなのわかるわけないっしょ。(笑)
私から謝罪は不要と言い、
ヘルパーには業務中断してその場で帰って貰った。


私は職場に電話を入れ、
じじ不穏のため遅刻すると連絡した。
じじと向き合う。
言うべき事は言う。


「手なんか叩いて誰がわかる。
 ここは旅館でも料亭でもない、ヘルパーは女中ではない。
 あんたは何勘違いしている。
 普段から床に小便垂らして知らん顔して拭かせるくせに、
 小便を拭いてくれた相手を怒鳴り付けて、何様のつもり。」


「うるさい!
 余計な事を言うな!!」


「余計な事じゃないんだよ。
 何がどう余計なのか言ってみろ。
 そもそも窓際にいて窓くらい自分で閉めなさい!
 一体何を甘えてるんだ。」


「なんだとぉぉーー!」


くそじじめ、元気に殴りかかってきた。
私の右腕をつかんでねじ上げ、
反対の手に携帯ラジオをつかんで振りかざし、私の顔面を殴ろうとする。
なかなかの馬鹿力である。
つかんだ腕を放さず何度もラジオで殴るのをこちらも避ける。
大腿に蹴りを一発入れてもまだしつこく腕を離さず
凶暴にこちらの顔面を狙ってラジオを振り回すので、
頬に平手打ち二発食らわしたらやっと腕を放した。


じじ、あんたは今小便垂れ流しで我儘放題の老いぼれだが
何か少しでも気に入らない時は
私が2、3歳の幼児の時分からそうやって人を手近な物で殴りつけたよね。
私が小学2年の時に、私の手が墨汁で汚れていたという理由で
書道の道具鞄で私の顔面にぶつけ、さらにすずりも私の顔面にぶつけたね。
墨汁を私の頭からぶっかけた。


あんたは今自分が何をしてるか理解していない。
私の中の、
この10年間に封印し抑え付けてやっと息の根が止まりかかっていた
幼児期の私の怨霊をあんたは甦らせた。
ヘルパーを意味無く虐げ、いちいち苛立ちをぶつけて逆上して、
とうとうその現場が私の目に触れた。


じじ、あんたにはわかるまい。
過去に自分が子供を虐待した事実を都合よく忘れ、
老いぼれて今その子供に介護されている自分の立場がどれほど危険かを。


「やって貰いたい事はちゃんと言葉で言いなさい!
 あんたは昔からそうやって甘えてきた、
 それで女房にも忌み嫌われて捨てられた、
 言わなくてもわかってくれやってくれと、
 そうやって甘えて生きてきたんだよ。
 だからデイケアの職員にも嫌われて無視されたんだよ。
 病院の看護師にも老健の職員にもそういう態度を取ってるんでしょう。
 だからあんたを受け入れる施設は無いんだ。
 少しは自分のやってる事を考えてみろ!」


「黙れ!俺は自分の態度は変えない!
 変えるつもりは無い!」


何だ。
頭の悪いうす馬鹿な中高生並みではないか。
81歳にして今更自己同一性の確立かよ。
笑わせるな。


「俺はこういう人間だ!」


「そうだよあんたはそういうダメ人間だ!
 人に世話して貰って八つ当たりして虐げる、
 誰からも見捨てられる恥知らずな薄汚い人間のくずだ!」


「うるさいうるさいうるさい!!!」


じじは逆上して暴れている。
私はじじの手からラジオを奪い取り、
乾電池を抜いてベッド上に叩きつけ、退室した。


「人の頭を殴るためのラジオなんかあんたには要らない!」


ケアマネに電話で相談した。
手に負えない。
短期入所を利用出来ないか。


ケアマネによると人格的な問題でじじは施設入所不可だそうだ。


5月の末にデイケアから帰宅して嘔吐し、
吐寫物を気管に誤嚥して救急搬送した日も今回と同様の、
自分から言う前にわかって貰えなかった、
相手が自分の要望を察してくれなかった、
無視されたと言って逆上するトラブルがあっ事を後でケアマネ経由で知った。
職員や他の利用者に暴言暴力する老人は入所させて貰えない。
あの日、部屋で嘔吐して救急搬送された日も、
デイケアで職員が返事してくれなかったと激怒していたと
ヘルパーから報告あり、37.4℃の熱があると聞いた。
私が風邪薬を買って持参した時には吐物まみれ、
意識朦朧状態だった。


さらに遡って昨年の5月にも嘔吐して救急搬送されたが、
あの時はじじの気に入らない年配のヘルパーが部屋にいた。
TIA発作で入院はしなかったが
じじは気に入らない状況が起こるとこういう発作を起こすのである。


鼻かんだティッシュをぶつけてよこした認知症の婆さんに対して
じじは逆上し、手を上げたのを職員に制止された事も職員から聞いた。
そんな人格障害だから
今後もずっと在宅介護でやるしか選択肢無い。
先日の日曜日もじじはヘルパーが血圧計ろうとすると怒鳴りつけていた。


「邪魔だ!テレビが見えないっ!」


教会の牧師先生のいる所や私がいる目の前ではおおっぴらにはやらないが
物陰ではヘルパーに相当嫌がらせしている。
私がいない時や教会やタクシーの中で。


単に気に入らないというだけで怒鳴られ当り散らされても、
ヘルパーは仕事柄折れるしかない、
ヘルパーが悪い訳でも何でもないのにすみませんごめんなさいと謝って
お願いしてトイレに行って頂いたり血圧を測らせて頂いている、
じじはヘルパーの立場の弱みを充分理解しており、
都合よくサンドバッグとして利用する。
この理不尽、この不条理。


典型的な昭和一桁日本男児、ダメ人間。
お女中に世話して貰わなければ服もろくに着られない。
この醜い不具な人格は何も年を取ったからではない。
私は自分の父親が今の私よりも若かった時から
このような人間である事を目撃し、よく知っている。


ヘルパー事業所に連絡を入れ、責任者と現状について話し合った。
今日のような理不尽な事をじじが言って不穏になった場合、
ヘルパーにはじじに対して一切折れたり機嫌を取らず、
業務を中断してその場で退室するように、申し入れた。


私も今日から当分の間じじとは顔を合わせない事にする。
自分の中で幼児期にじじから虐待された記憶の怒りが再燃している。
大火事にならないうちに私自身頭を冷やしたい。


私の腕に内出血の痣が出来ている。
自分の親に手を上げたのは今日が初めてである。
じじに平手打ちした事で封印の札が破れ、蓋が開いてしまった。
幼児期の怨念が噴出している。
私はこれを自分で抑えなければならない。




妹の娘が今反抗期であり、
勉強勉強と追い立てる母親には死ねと言い、
それを諌める父親には空手で立ち向かったという、
冗談のような話を聞いて笑ったが、
50歳に手の届く娘が80歳過ぎた父親と取っ組み合いの喧嘩など、
姪っ子の事を笑えない醜態である。


じじは長生きするであろうよ
周りの人間に散々不快と迷惑を撒き散らし、
自分にではなく人にストレスを溜め込ませて、
さぞ長生きするであろう。










最悪だな。
生きているのが嫌になる。

花火

2007-09-15 01:07:08 | 日常
うちの近所の河川敷で毎年行なわれる
花火大会、
今年は8月16日の予定が雨で
1日順延されて
17日に夜勤だった私はぶうぶう文句を言った。
4月に買ったばかりの携帯で
ばっちり撮ろうと思っていたので。


しかし何でもそうだけど、
順延された花火大会と夜勤がぶつかった事も
神様のご計画だったのだろうか。
今日、しみじみそう思った。
今更だけど。


高齢になると、
毎年恒例の花火大会も
来年には見る事が出来るかどうか、
本人も家族も
今年が最後、
この世で見納めの花火になるかも知れないという思いを
抱いている。


私は去年もそう思って
河川敷の方角の窓に向かって椅子を置いて父を座らせ
お盆に煎茶と和菓子を乗せた。
父は煎茶を啜りながら花火を楽しんだ。


結局8月17日の夜、
父は自宅の窓から一人で今年の花火を眺めたらしい。
夜の担当のヘルパーに
できれば時間があったら
一緒に花火を付き合ってやってほしいと頼んだが
ヘルパーには次の訪問先があって出来なかったという。


私はぶつぶつ文句言いながら恨めしく夜勤入りした。
日が落ちて
遠くで打ち上げ花火の音が響いた。
建物の構造上たまたま
窓から遠くに上がる花火が見える個室があった。
家族が花火を見せてやりたいと私に言ってきた。


「見られるうちに、
 花火を見てわかるうちに
 見せてやりたいんです。
 ベッドを動かして貰えないでしょうか。」


その人は父と同年代で花火が大好きだった。
ベッドの位置を少しずらして
窓の高さまで起こして見えるようにすると
歓声を上げた。


「わあ、
 あがったあがった!
 いいなあ、花火は!」


最近急激に体力落ちてきて
病状思わしくなかったその方の
嬉しそうな顔を見て私は思った。
この方には来年の花火大会ってあるんだろうか。


今日、
その方をより重患の多い別の病棟に送った。
意識が落ちて呼吸が今にも止まりそうなその方の真っ白な顔。
あの日、
わかるうちに花火を見せてやりたいと願った家族。


自分はあの晩夜勤でよかった。
あの方にとってもう来年の花火大会はないだろう。
8月17日の花火が
おそらくこの世で見た最後の花火。


あの8月17日の夜、
私はあの方の家族と同じ思いを共有していた。


花火を見る事が出来てよかった。
主なる神はきっと
あの方を喜ばせたかったに違いない。
あの方を喜ばせて
子供のような歓声を
上げさせたかったに違いない。
花火を見る事が出来てよかった。


ああ、
あれもこれも全部ご計画だったのだと
今更にして思った。

御手は遠い。

2007-02-18 13:30:12 | 日常
何だか
あんまり痛いと
理性が消し飛ぶね。
同じ病気じゃないけど、
飛び降りたアナウンサーの気持ち解る気がする。
(残念ながら
 今の私は飛び降りるために
 ベランダの柵を乗り越えるどころか
 ベランダまで行く事すら出来ないけど。笑)


いろいろな問題を四苦八苦して乗り越えて、
やっと落ち着きを取り戻すと、
再びこんな風に生活を打ち壊される。
繰り返される。
その度に試練だとか訓練だとかご計画だとか
霊的成長のためだとか
神様がもっと
大きな恵みを下さろうとしてるとか
聖書にも黙想の本にも書いてあり
信仰者や霊的指導者達も
そのように言う。
そしてそれは正しく、
神の御心に叶っている。
自分にそう言い聞かせてきた。


霊的成長も
もっと大きな恵みも
もういい。
神の御手は
生まれた事と生かされている事を
喜ぶ人のためのもの。

おかげさまで

2007-01-13 16:13:29 | 日常
お祈りして下さった皆様、
おかげさまで無事に
朝祷会の奉仕を終えました。
心から
ありがとうございます。


今朝は
目が覚めると
頭髪が写真のような状態になっていて
なかなか直らず
いっそシャンプーしてしまおうかとも
思いましたが
外の空気が凍りついているので
ちょっとドライヤー使った程度では
バリバリのハリネズミ状態になるし
そんな事のために
遅刻しちゃったらえらいこっちゃだし
結局ずーーーーーーっと使ってなかった
古いスタイリングフォームで
無理矢理固めて
教会に行きますた。


よかった
古いスタイリングフォームが
まだ残っていて。


いくら
見た目が重要じゃないと言っても
怒髪天を衝くみたいな頭では
聞く側にとって
福音も何もあったもんじゃないでしょ。


はー
やれやれ。
よかった無事終わって。
感謝します。


写真.今朝起きたら
   髪がこんな状態になってた。