鶴岡法斎のブログ

それでも生きてます

漫画ボンの小説

2006-10-28 11:47:59 | 雑記
※数ヶ月前に掲載されたもの。
こんなん感じで2000文字前後の読み切りを毎月書いてます。
25日発売。お見かけのときは是非(念のため書きますが「漫画ボン」は成人男性向けのマンガ雑誌です)。

 男のひそかな楽しみ、それはかつての恋人だった女の日記をのぞき見ることだった。日記といっても彼女の家に忍び込んで、ということではない。インターネットで彼女が公開している日記を毎日読んでいるのだ。
 交際している時からそのことは知っていた。そしてそのアドレスを知っていたので悪趣味なこと、と思いつつも、その日記を毎日のように読んでいた。
 2人の交際を終わった数日間、彼女は落ち込んだ日記を毎日のように書いていた。そもそも別れ話を持ち出したのは男のほうからだった。その落ち込んでいる彼女の文章を読んで、罪悪感を抱きつつも「ここまで俺のことを想っていたのか」と喜んでいる部分もあった。
 そんなことが一年以上を続いていた。男はそのことが日課となっていた。そんな時に彼女の日記に異変が起きた。

×月○日
 昔、自分ことを捨てた男のことがどうしても忘れられない。憎い。どうすることもできないけど、憎い。忘れようとしても忘れられない。どうしよう、どうしよう。

 男はこれが自分のことだと思った。一瞬、緊張しつつも、「あいつ、俺のことが忘れられないのか」と少し優越感に浸った。かつて彼女が落ち込んでいる文章を読んだ時の、いやそれ以上の快楽を得た。
 自分の存在が彼女にとってとてつもなく大きなものになっていることは男の自尊心をくすぐるには、十分すぎるものだった。
「みんなに公開している日記なんだ。自分が見ていたって何ら問題はない」
 そう自分にいい聞かせ、男は毎日のようにその日記を見た。

×月○日
 あの男のことが憎くて仕方ない。どうしても許せない。殺してやりたい。違う。そうじゃない。殺さなきゃいけない。これから殺しに行く。

 日記はここで唐突に終わっていた。日付は今日。一瞬、冷や汗がドッと出た。しかしこんなの与太話だろう。男はそう思うことにした。
 それでも気になる。あの彼女がこんなことをする人間だろうか。
 そういえば、彼女はどんな人間だったのだろうか。唐突にそんなことを考えた。
 自分は彼女の何を知っているのだというのだろうか。
 よくよく考えてみればただよく一緒にいて、彼女の肉体で性欲を満たしていた。それだけの関係ではなかったか。そして彼女の日記を見ながら、自分を忘れられなくて苦しんでいる彼女の姿を想像し、自分は男としての優越感に浸っていた。それだけのことじゃないのか。そう思うと何かとても申し訳ないような気がしてきた。
 彼女に謝ろうか、と思っていたその時、家の呼び鈴が鳴った。ドアのところにいってのぞき窓からドアの向こうを見る。
 彼女だ。自分が捨てた女。自分を殺すとネットの日記で書いていた女がそこにいた。
 慌ててドアを開ける。
 彼女は微笑んでいた。そしてにっこり笑って、あるものを自分の目の前に突き出した。
 銀色の金属。尖っている。
「待っていたよ」
 意外なほど普通の言葉が口から出た。この状況ではその普通の言葉は異常でしかない。
 そしてその言葉が男のこの世で最後に話した言葉だった。

最新の画像もっと見る