鶴岡法斎のブログ

それでも生きてます

小説6回目

2016-03-25 05:31:55 | 小説(新作)

ある売春婦の告白


 はい、あの頃は売春婦でしたよ。
 もう借金がどうしようもなくなって、そういう理由でなんて自分でもドラマみたいって思いましたけどね。最初は東京で働いていたんですけど稼いだぶん使っちゃうから一向に負債が減らなくて。それでどんな店でもお茶引くようになったからあの町に流れたんです。ええ、自分の意志で。
 狭い場所にそういう店がたくさんあって、お客も多いんですけど、なんでしょうね。飲む打つ買う以外に何にも娯楽がないんですよ。自分はカジノにハマっちゃって、ここでも稼ぎを溶かすような生活していたんです。どうしようもないなって。でもたまに大きく勝てるから調子に乗っちゃう。こういう日が続けばいいのにって思ってました。
 売りをやってる女はみんな鬼猿さんって人の息がかかってるところで働いてて、賭け事は犬神さんのとこなんですよ。ここが仲悪くてね。だからカジノ行ったって店の人間が聞くとあんまりいい顔しなかったですね。間接的に売り上げ取られるわけだし。なかには気さくな人間もいて、
「犬っころの店、潰す勢いで買ってこい」っていう人もいましたけどね。
 あたし、その日は麻雀やってたんですよ。そこで店の打ち子が、そう、犬神の若い子が世間話でいうんです。仲間が何人か殺されて、殺した女が客分になったって。いま宴会やってるんだけどその子は雀荘の仕事しろっていわれて帰されたって。
 本当かなって思いましたよ。そんな女がいるのかなって。しかもよく聞くとまだ若くて、そこそこ綺麗な子だって。信じられないですよね。この打ち子、まずい薬でもやっておかしくなったんじゃないかなって。みんなが眉唾で話し聞いていたら来たのよ。その女が、長い髪でコート羽織って、あと赤い杖持ってた。隣に中学生くらいのガキがいたけどあれはなんだったのかしらね。
 一瞬で空気が張り詰めて、雀荘で働いてる犬神の手下も緊張するだろうけど、私たち鬼猿の側の人間なんて立場がないから。他にもこっち側の店で働いてる男も打っていたから、生きた心地がしなかったと思う。
「犬神さんのところで客分として認められたんで、ご挨拶と見回りを兼ねてここら辺で遊ばせてもらいます」って堂々としたものだったわよ。見た感じまだ若いのに。これで何人も殺して犬神の客分になったっていうんだからもう人間の種類が違うんだと思ったわ。
「麻雀、久しぶりなんで遊ばせてください。メンバー空いたらでいいんで、ここで待ってます」
「いや、ちょうど帰ろうと思ってたんです。ここ、どうぞ」
 ってお調子者のポン引きが出てきてね。自分の売ってた卓を譲って、そのまま店から逃げるように飛び出していった。鬼猿のところで働いてるのは自分だけじゃない。ここに何人もいるっていうのに自分のことだけ考えて逃げていったんだよ。まったく人間なんて冷たいものだよね。
 それでその人殺しのお姉ちゃん、あとお供についてきてるガキが入って近くの卓で麻雀やってたんだけど、お姉ちゃん、別に強くないんだよね。勝ったり負けたり。最初に自分が何で上がるか決めると融通が利かないんだかグイグイいくみたいで。よく放銃してた。上がる時もそんな高い役じゃなくて、タンヤオとかピンフとか対々和で。たまにドラがあるから高い時もあるくらいで、普通の下手の横好きの麻雀だった。
 一緒に打ってる連中はそれもプレッシャーだったみたいでなんとか大勝ちされて気分よくさせようとしてるみたいなんだけど、肝心のお姉ちゃんがそれに気づかないみたいで。ドラが出ても、字牌が出ても鳴かないし。そんなストレス溜まりそうなうまくいかない接待麻雀をやっていたら店のドアが乱暴に開いて、十人くらいの男が喧しく入ってきた。私たちの店の用心棒やってる芥川さんもいて、ああ、本気の喧嘩なんだって思いました。表にあんまり出る人じゃないんで。派手な、赤い三つ揃いのスーツ着て、整髪料でビシっと髪を後ろに流して固めてた。なかなかの男前なんで働いてる女たちから結構評判よかったんだよ。先頭で堂々としていて。それでその男たちの後ろにさっきのポン引きが隠れるようにしていて、ああ、こいつがチクりにいったんだって。
「お嬢さん、犬神のとこの新しい客分らしいなあ」
「ええ、さっきから、食事もご馳走になって」
「甲斐のこと殺したらしいじゃねえか」
「甲斐? 誰でしょう。何人か殺りましたんでそのなかの人ですかね」
「それじゃあ腕前拝見といくか」
 芥川さん、怖い表情なんだけど薄い唇だけ笑みを浮かべていて。それが本当に不気味だったんです。


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