sweet キャンディキャンディ

伝説のマンガ・アニメ「キャンディキャンディ」についてブログ主が満足するまで語りつくすためのブログ。海外二次小説の翻訳も。

水仙の咲く頃 エピローグ |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2013年01月31日 | 水仙の咲く頃
キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳


エピローグ
イングリッシュ・ガーデン


1925年8月、スコットランドで静かな一週間を過ごした後、テリュース・グレアムとその妻はストラスフォード・アポン・エイボンに到着した。その前の数か月間、夫婦は公演旅行でアメリカ南東部を回り、イギリスへの最終的な引っ越しの荷造りにギリギリ間に合わせるために、7月にニューヨークに戻った。二人はハサウェイ夫妻と別れを交わし、献身的に働いてくれた従業員たちには、新しい雇用先への適切な推薦状を書いて、最後のお給料をきっちり支払ってから暇を出した。もちろん、そこには多大な悲しみが伴った。

出発前にインディアナやシカゴを訪問することは不可能だった。キャンディは、アーチ―とアニー、そしてポニー先生とレイン先生にそれぞれ電話をかけ、差し迫った出発の報告をした。驚いたことに、その知らせを受けるとアーチ―は素早く行動し、最後の別れをするために、何の前準備をすることもなく家族を伴ってニューヨークまでやって来た。アーチ―は、この旅にポニー先生とレイン先生も招待していた。しかし、ポニーの家の子供たちは新米修道女たちの手に任せられるというにも関わらず、二人はこれを辞退した。この二つの無私な魂は、愛する娘の旅立ちをこれ以上困難なものにしたくなかった。二人にとっては、キャンディが赤ちゃんの頃からずっとそうしてきたように、ポニーの家に留まって、娘のために祈りを捧げる方がよかったのだ。

それでもやはり、別れの瞬間は予想通りに涙にくれるものとなった。エレノアとアニーは、出来るだけ早いうちに二人を訪問すると約束した。フランスにいるアルバートさんからは電報が届き、8月下旬にアメリカに戻る途上、ジョルジュと二人でイギリスに寄ると知らせてきた。船が港を出て友人たちの姿が遠く消えていくのを見ながら、テリィに肩をしっかり抱きしめられていたキャンディはため息をついた。今この瞬間の悲しみとは別に、未来に何が起ころうとも、お互いへの愛がきっと自分たちを支えてくれるはずだという確信を感じながら、二人の心は勇気に満ちていた。

キャンディが経験したような、妊娠初期中の度重なる旅行や大きな別れの悲しみは、もっとか弱い女性であったら病気になってしまうか、あるいは激しい気分の落ち込みを感じる類のものであった。キャンディが、決してお上品でも弱々しいタイプの女性でもなかったのは幸いだった。妊娠初期にあった朝の体調不良の症状が消えてしまうと、あとはとても健康的で何の問題もない妊娠期間を過ごすことができたので、テリィの愛情に支えられてひたすら動き続け、新しい生活に向き合った。それでも、今では妊娠5か月目に入っていたキャンディは、ようやく新居の敷居を跨ぐことができたことにほっとしていた。

テリィは、一年前の春に休暇で利用した同じコテージを、二人のために賃貸していた。コテージのアトリエの扉を開けるとき、テリィは胸の鼓動の高鳴りを感じた。まさにこの部屋で、キャンディに送る最初の手紙を書きあげようとして、戸惑いや恐れの感情に苦しめられたのだ。その同じ部屋に、キャンディの愛を確かなものにしてこうして戻って来られたことに、この上ない喜びが湧き上がってくるのだった。その喜びは、すがすがしさと勝利の感覚が入り混じった、これまでには経験したことのない感情だった。お腹に子どもを宿して体に丸みを帯び始めたキャンディが、鼻歌を歌いながら部屋の中を歩き回る姿を眺めていると、その幸福感はさらに高まった――これ以上幸福になるのが可能であればの話だが……。

友人たちや家族が近くにいないことを、キャンディが寂しく感じたのは言うまでもないことだが、ニューヨークからストラスフォードへの環境の変化自体は悪くはなかった。根っからの田舎娘であるキャンディにとって、自然が多く静かなこの環境の方が合っていて、寂しさを紛らわすためには大いに役立った。その古いコテージには、川に面した、正面に小さなガーデンのある大きな裏庭があった。前の住人からはほったらかしにされていたらしいガーデンの枯れた草や萎れたツタを最初に目にした時から、キャンディは新しいガーデンを作ろうと決心した。その時は夏の終わりで、ガーデン造りのプロジェクトを始めるには最適な季節だった。雑草を取り除き、土を耕してもらうための人を雇い入れ、キャンディは、翌年の春のためのガーデンの設計に精を出した。

9月の中旬、グランチェスター公爵が二人を訪れた。テリィが皮肉交じりに継母は元気かと尋ねると、リチャード・グランチェスターは息子の嫁と庭師が働く裏庭に目をやりながら、いたずらっぽい笑顔を見せて言った――

「お前も知っての通り、たちの悪い雑草がな……」

「キャンディを派遣して、アランデル・パークの庭師に説教してもらうべきかもしれないな……」 テリィは、公爵夫人が例年秋になると逗留する、チェシャー州の本屋敷のことを指して言った。

時を同じくして、エレノア・ベーカーがストラスフォードに到着したのは、もちろんただの偶然だった。エレノアは、キャンディのお産に付き添うために、冬のシーズンの予定をすべてキャンセルしてはるばるやって来たのだ。お産後も赤ちゃんの世話を手伝えるようしばらくここに留まって、クリスマス休暇を息子夫婦と共に過ごし、テリィの誕生日が過ぎたらアメリカに戻る計画だった。エレノアは、自分の存在が息子夫婦の邪魔にならないようにコテージの近くに家を借りていたが、それでも、息子の家を訪ねる折に、リチャード・グランチェスターと何度か鉢合わせすることは避けられなかった。幸い、二人は他人行儀な社交辞令を交わすことでその場をやり過ごすことができたが、来るべき時が来れば、息子や孫の手前、このように顔を合わせることにも慣れていかねばならなくなることだろう。

出産の予定日は、テリィのロンドン公演が始まる時期と重なっていた。若夫婦にとっては残念なことだったが、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーで迎える初めてのシーズンに特別休暇を取るような贅沢を、テリィは自分に与えることはできなかった。それ故に、母のエレノアと家政婦が出産の時には妻のそばにいてくれることが、とてもありがたかった。

ところが物事は思いがけない方向に進んだ。両親の強情さと気まぐれを受けついだその赤ん坊は、予定日の2週間も前に産まれてきたので、新米パパは長男の誕生に立ち会うことができたのだ。その子ができた時に演じていたシェークスピア劇の登場人物から、テリィは子どもにリチャードと名付けた。その名を選んだ本当の理由を夫が率直に認めないことがキャンディにはわかっていたので、知らぬ素振りで夫のごまかしに付き合った。――大切なのは、テリィの心が、ゆっくりとではあっても父親に歩み寄ってきていることなのだから……。息子からは打ち解けない態度で伝えられたにも関わらず、孫に付けられた名前を知らされると、誇り高きリチャード・グランチェスターは我を忘れて興奮した。そして遂に、リチャードが生まれた翌日、キャンディはこれまでの古い新聞の切り抜きや手紙を、中世の象嵌細工の宝石箱に移し替えた。



それからの10年、二人の頑固で強情な人間が同じ屋根の下で生活しながらこの世の荒波を共に乗り越え、グレアム一家のコテージでの暮らしは平和に過ぎて行った。怒りに任せてドアをバタンと閉めてはその後に熱烈な仲直りをする……というようなことを何度となく繰り返しはしたけれど、二人の人生は幸福で満ち足りたものと言ってよかった。長男の誕生の数年後に女の子が生まれ、その5年後には末っ子の二男が誕生し、時とともに家族が増えた。そういった幸福な出来事の合間に、夫婦は流産という悲痛な経験もせねばならなかった。そのような暗い時期もあったけれど、テリュース・グレアムの名はイギリス演劇界でますますの尊敬を集め、キャンディは、赤十字のボランティアとして、そしてさまざまな社会的意義のある活動の後援者として、ウォリックシャー州を越えて名高い評判を得ていた。二人は最終的に古いコテージを買い上げ、州内で最も豪勢なスモール・ガーデンを持つ、その地区の最も美しい場所へと造り替えた。1926年に大学を卒業したパティはオックスフォードにそのまま教授として残り、毎年夏になるとコテージを訪れる常連になった。その他の大切な友人たちも、この10年の間に何度か訪ねて来てくれたのだが、中でもウィリアム・アルバートとコーンウェル夫妻がとりわけ熱心だった。

1929年のウォール街大暴落は、ほとんどの投資家や企業にとって衝撃的な出来事となった。ウィリアム・アルバート・アードレーの富もその恐慌の影響から完全には無傷ではなかったけれど、その中にあって、最低限の損失で乗り切った。大恐慌の年の5年前にアルバートさんが下した慎重な決断が実を結び、企業で働く従業員たちの職を守ったのだ。レイクウッドの別荘は、アルバートさんの経済事業計画の一環として、その大恐慌の年の大暴落が起きるわずか数か月前に売却されていた。

ラガン家はさらに運が良かった。合法的でないものも含めたあらゆる策略を駆使して、ラガン氏と息子のニールはその時代の騒乱を逆手に取り、アメリカ国内や外国で、新たな事業に打って出た。ラガン家が展開するリゾートやカジノは、大きな成功を収めながら拡大した。しかし残念ながら、これまで以上に金持ちになったところで、ラガン家の人々の性格が向上することはなかったし、より幸せになることもなかった。ニールはやがて手軽で愛のない結婚をし、イライザは独身のままだった。

1931年、ベアトリクス・グランチェスターがこの世を去った。ベアトリクスの長男と長女は、母親が亡くなる前までに、それぞれ貴族の相手と条件の良い結婚をしていた。そのため、公爵とベアトリクスの次男の二人だけが、グランチェスター家のロンドンの屋敷に残された。まだ若い次男は母親との約束を守り、最終的には実の父親である叔父の家に引っ越した。このような悲しい出来事の翌年、公爵はウォリックシャー州に暮らすただ一人の実の息子を訪ね、政界から引退して長旅に出ると告げた。今回も、その旅の終着地がニューヨークなのは、ただの偶然に過ぎない。1933年に旅を終えてイギリスに戻った公爵は、湖水地方の別荘を売却し、エジンバラの別荘を改装した。

ポニーの家では、毎年毎年30人以上の子どもたちを世話し続けた。カーネギー夫人は約束に忠実に、養子にもらわれずに残った孤児たちの大学進学費用を提供してくれた。それと並行して、キャンディとアニーは共に協力しながら、ポニー先生が1933年に引退した後も末永く、孤児院への経済的な支援を続けた。心臓が弱ったことで、大切な子どもたちを世話することがかなわなくなったポニー先生は、亡くなる前の2年間を、ウィリアム・アルバート・アードレーの家で暮らした。1935年、キャンディと3人の子どもたちがポニー先生の臨終に立ち会えるよう、テリィはカンパニーから6か月の休みをもらった。レイン先生とキャンディが最後のお祈りを捧げ、その善良なる一人の女性の魂が創造主の元へと飛び立ったのは、晴れた4月の朝のことだった。もしテリィがそばにいてくれなかったら、キャンディはこの胸が張り裂けるような悲しい出来事と、どう向き合えばいいのか到底わからなかっただろう。

1936年の春、エレノア・ベーカーが例年通り、息子家族を訪ねてきた。エレノアはその3年前に女優を引退し、エジンバラで暮らしながら回想記を執筆していた。ある暖かな午後、子どもたちが昼寝をする間、エレノアとキャンディは庭のガゼボに座ってお茶を飲みながら、女同士の会話に興じた。その日の午後の空気には、バラやラベンダーやリンゴの花、そして水仙の花の香りが混ざっていた。遠くでは、エイボン川が春の風に水面を撫でられて、さらさと音を立てていた。

二人の女性の姿はとても絵になった。相変わらず上品で、60歳という年齢にしてまだ美しさを誇るエレノアは、マドレーヌ・ヴィオネのモーニングドレスに身を包み、とても魅力的だった。ウエストに花柄のプリントのある白いドレス姿のキャンディは、38歳になるこれまでに4人の子どもを妊娠したにも関わらず、未だにほっそりした体型を保っていた。果敢に優雅に年を重ねてきた二人には、生きてきた歳月が心地よく馴染んでいた。

二人はご多分に漏れず、その年の女性たちの話題の的であったエドワード8世とウォリス・シンプソンの情事について議論を交わした。それは、イギリス王室における、100年前の摂政時代以来の大スキャンダルだった。エレノアとキャンディは当然ながらエドワード8世とシンプソン夫人に同情し、二人の幸運を願った。この会話の途中途中でキャンディは、真実で純粋な愛は自由に表現されてしかるべきものだし、認められる権利があるということについて、エレノアに何度かかまをかけてみた。しかし、それに対してエレノアは、謎めいた笑みを浮かべただけだった。

キャンディがお茶を出す間、エレノアは白いフロレンティーヌハットのつばの影からガーデンを観察した。1925年に、何もなかったこの裏庭の状態を見ていたので、長い歳月を経てこの場所に起きた変化には、驚きを禁じ得なかった。

「あなたは、ここを本当に素晴らしい場所にしたわね、キャンディ」 エレノアは、巧みに話題を変えようとして、息子の嫁がこのガーデンで成し遂げた仕事を再び称えた。

「花を育てることは、テリィと子どもたちの次に、わたしが情熱を傾けられることなんです」 キャンディは夢見るような表情で答えた。「それに、シムズさんがガーデンの手入れを本当によく助けてくれます。わたしは、自分のことはシムズさんの助手くらいにしか思っていないんです」

「チッ、チッ、チッ! このガーデンの功労者があなたであることは、あなた自身もわかっているはずよ。今のこのガーデンを見て、それから最初の頃の荒れ果てた状態を思い出すと、あなたが花々や……そして人々のハートに起こす奇跡に驚かされるのよ。テリィが今では父親と上手くやっているのを見るだけでも、その奇跡がどんなものかわかるわ」

「あの二人はとても進歩したと思いませんか?」 キャンディは、公爵が最後に訪問した時のことを嬉しそうに思い出しながら聞いた。

「本当にね! でも、もしあなたが、3人の子どもたち全員を、グランチェスター家の人間として正式に登録するようテリィを説得してくれていなければ、物事はこんなに簡単には進まなかったと思うのよ。そのお蔭で、リチャードの心はマシュマロのように溶けてしまったわ、キャンディ。最高のお膳立てだったわね」

「はい……何と言ったって、それがテリィの本当の名前なんですもの。このストラスフォードでは、誰もがそのことを知っています。たまに外出して、道端で挨拶をされる時には、みんなが彼のことを≪閣下≫って呼ぶんです。最初の頃は、そういうことがあるたびに彼は怒ったような顔をしていましたけど、今では慣れてしまったみたいです。それでも、舞台上ではまだグレアムの名前を使っていますから……」

「それはそうと、テリィがこの間言っていた、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーを辞めるという話……あれはどういうことなのかしら?」

キャンディはその質問に真剣に答えようと、ガーデンテーブルに紅茶のカップを置いた。

「ブリッジス・アダムス氏が、今シーズンを最後に退職することになったんです。オペラの舞台を演出する面白そうなプロジェクトがあって、それからロイヤル・アカデミーかブリティッシュ・カウンシルで仕事をすることになるみたいです。カンパニーは、アダムス氏の後任をテリィに引き受けて欲しいと言ってきたんですけど、彼は受けないかもしれません」

「今後の舞台や、ブリッジス・アダムスがこの15年間演出してきた町のフェスティバルの仕事にも、これまで同様に予算の問題が発生し続けることを心配しているのね? 違う?」

「ええ……それと、彼はどうやら早期引退を考えているみたいです」

「それは真面目な話なのかしら?」 エレノアは眉を持ち上げて聞いた。来年40歳になるテリィは、これまで積み重ねてきた実績の頂点に達していた。そのような時に引退を考える者など、ほぼ皆無であろう。

「はい、真面目な話をしています。テリィは今でもシェークスピア劇を愛していますけど、旅をするのに少し疲れてしまったんだと思います、エレノアさん。彼はもう23年もの間、公演旅行で各地を旅してきたんですもの。子どもたちがあっという間に成長していくので、彼は手遅れになる前に、もっと子どもたちと過ごす時間を持ちたがっているんです。それに、世界的な恐慌があったとは言え、経済的な暮らし向きの面では、わたしたちには十分余裕がありますから」

「そう……残念ながら、旅が多いことは、俳優の仕事の欠点の一つだわね」 エレノアは、唇をすぼめながらその考えを受け入れた。「もし、舞台か家庭の栄光のどちらかを選ぶことができたのなら、わたしだって後者を選んだでしょうから。実際、あなたも知っているように、一度はそうしようと試みたこともあったのですもの……でも、そうね……わたしったら、またやっているわ……後悔しても意味のないことね?」

「ええ、そうですわ! 神様は、長い年月を経てまた再び、物事を正しい道に導いて下さったのではないですか?」

「あなたは抜け目がないわね、キャンディ」 エレノアは、お茶をまた一口ゆっくりとすすりながらその話を打ち切って、再び話題を変えた。「そうだわ、夏の計画を立てなくてはいけないわね。あなたとテリィが二人きりの時間を楽しみたいのなら、子どもたちはわたしが喜んで預かるわ。今年はどこへ行く予定なのかしら?」

「信じていただけないかもしれませんけど、今年はこの家で過ごしたいんです。わたしたち、リチャードが生まれてからというもの、この家で二人きりで過ごしたことがないことに、ある日突然気が付いたんです。だから、今年の夏はこの家で休暇を過ごそうと思っています」



1936年5月14日 シカゴにて


親愛なるGおじさんへ

Gおじさん、それからキャンディおばさんはお元気ですか? 妹が煩くてたまらないということを除けば、ぼくの方は全て順調です。こんなことを言って笑われるのはわかっているけど、10才の妹を持つっていうのは、とっても面倒くさいものなんです。アンのことはさておき、今年の夏は素晴らしいものになりそうです! バートおじさんが、ぼくをアフリカに一緒に連れて行ってくれると約束してくれました。バートおじさんにとっては、今回は20年振りの休暇だから、特別なものにしたいと言っています。ぼくたちはまずカイロへ行き、それからモロッコ、そしてケニアに行く予定です。ぼくは旅行の準備にワクワクしているけど、お父さんからは、ぼくが学校の優等生名簿の一番になった場合にのみ旅行を許可すると警告を受けています。でも、おじさんもご存知のように、ぼくにとっては難しいことじゃありません。期末はもう始まっているけど、今のところ成績は一番です。そういうわけで、ぼくはもう荷造りを始めています。

とにかく、ぼくなんかよりもバートおじさんの方が、この休暇をもっと必要としているんです。ポニー先生に続いてエルロイ大おばさままでが亡くなってから、とても悲しんで落ち込んでいたんです。でも、この旅行の計画を立て始めてからは、気分も大分明るくなってきています。大いに楽しい旅になるはずです。バートおじさんによると、アメリカに戻る前に、そちらに数日滞在することになるかもしれません。

それから、今後のことについて、ぼくのすごい秘密を打ち明けたいんです。秋からぼくは高校2年生になるのだけど、お父さんはもう大学のことを考えていて、ぼくに、お父さんと同じように、ハーバードでビジネスを専攻してもらいたがっています。でも、その件に関して、ぼくはお父さんをがっかりさせることになると思います。ぼくはボストンで工学を勉強して、もし運が良ければMIT(*マサチューセッツ工科大学)の大学院に進むつもりです。ぼくにとってはそれが一番いいと思うんです。キャンディおばさんはいつだって、ぼくの発明の方が爆発するのが遅いから、アリステアおじさんのよりも優れていると言ってくれます。もしぼくがMITで学べば、もっとちゃんと動くように作る方法がわかるかもしれない。Gおじさんはどう思いますか?

去年のクリスマスにパティおばさんにこのことを話したら、ボストンには素晴らしい工学部があると言っていました。パティおばさんはぼくの味方になってくれていて、ボストンには知り合いの教授がいるから、願書を出す時が来たら、その手続きも手伝ってくれるそうです。後は、お父さんを説得しなければならないんだけど、それはぼくには無理そうです。その点に関しては、キャンディおばさんを頼りにしています。だから、次のクリスマスにこちらへ来る時に、おばさんの説得力を発揮して欲しいって、Gおじさんから頼んでもらいたんです。お父さんをどうにかするには、キャンディおばさんが指をちょっと動かすだけでいいことは、ぼくだって知っているんです。

では、今日はこの辺で終わりにします。どうか、キャンディおばさんや、ぼくの小さないとこたち――リック、グウェン、テリィ――によろしくと伝えてください。次の手紙はカイロから送ります。

では、どうぞお大事に
ステア



テリィは明るい笑顔を浮かべたまま、アリステアからの手紙をたたんだ。そして、手紙の中でステアがキャンディの説得力に関して書いていた内容を思い出しながら、クククッと笑った。その魅力の魔力に直に触れてきたテリィには、何も知らされていない昔なじみのダンディ・ボーイ君が、この戦いではもう既に勝ち目がないことを知っていた。

台頭してきたアドルフ・ヒトラーがムッソリーニと同盟を結んだことで、ヨーロッパでは政治的な緊張感が高まり、人々を不安にさせていた。テリィは根っからの自由主義者だったので、これらの政治指導者たちが推し進める政策はとても危険であり、独裁に近いものだと軽蔑していた。そのような悪いニュースが飛び交う中、アリステアからの明るくのんきな手紙を受け取るのは喜ばしかった。テリィは、その青年が幼い頃からずっと特別な愛情を感じてきたし、彼が自分で自分の進む道を見つけることを、父であるアーチーボルドは許すべきだとも思っていた。それでも、もしもう一度戦争が勃発した時には、この青年を危険から守るためであれば、自分もあらゆる力を使ってアーチーボルドを助けるだろうと考えた。

届いた手紙のすべてを読み終えると、テリィは椅子から立ち上がった。もう6月の第一週目に入り、子どもたちはエジンバラで夏の休暇を過ごしている。今夜は寝室にどの詩集を持ち込もうかと考えながら大きな書棚を見上げると、その目はシェークスピアの戯曲や詩集の、古い編集版の膨大なコレクションをなぞった。しかし、その夜のテリィはシェークスピアのソネットを読みたい気分ではなかったので、代わりにキャンディのウィリアム・ワーズワースの古い詩集を手に取った。

書斎から出ると家の中はやけに静かで、テリィは自分のにぎやかな妻はどこで何をしているのだろうと考えた。夫婦の寝室に入ると、浴室から漏れてくる、蓄音機が奏でる『モア・ザン・ユー・ノウ』(*訳者注:1929年のポピュラーソング)と水の流れる音が静寂を破った。

「あら、いたわ! いったい今までどこに隠れていたの?」 浴室から出てきたキャンディが聞いた。そして、夫のそばまで来ると、その手をとって自分の腰と肩に置き、楽しげに簡単なダンスのステップを踏んだ。その曲は、キャンディが特に好きな歌だと知っていたテリィは、喜んで妻に合わせた。初めてキャンディがそのレコードを買ってきたのは、公演旅行の時だった。夫の留守の慰めになるから……というのが理由だった。その年に3人目の子どもを流産し、その不幸な出来事から数か月、キャンディは激しく落ち込んでしまった。公演旅行はファンドレイジングのための短期間のものだったけれど、それでも夫の不在は当時のキャンディには耐え難かったのだ。そして、何故かはわからなかったけれど、この歌が気持ちを少し落ち着かせてくれたのだった。

テリィは、1929年のある晩、妻に会いたい一心で、事前に連絡を入れることなく、予定よりも数日早くストラスフォードに戻ってきた時のことを覚えている。家に戻ると、キャンディは真っ暗な居間に一人で座っていた。そこまで心を痛めながらも、夫が部屋に入っていくと、瞳は明るく輝いたのだった。そんな事があって、テリィはその年の冬のシーズンは舞台に立たず、妻と二人の子どもたちと共に過ごした。子どもを失った悲しみに、二人は互いをこれまで以上に必要としていたのだ。時を経て、亡くなった子を悼む感情は消えて心は癒され、3年後にはテリュース・ジュニアが誕生した。

今では完全に立ち直っていたキャンディは、テリィが初めて出会った頃から変わらない、明るい笑顔を浮かべていた。それだけでなく、曲に合わせて二人でゆっくりと動きながら、その目の中にいたずらな光を宿していた。

「寝る前に、温かいお風呂に入るっていうのはどうかしら、ねぇあなた?」 キャンディは思わせぶりに聞いてきた。

答えの代わりに、テリィは笑顔を返してネクタイを緩めながら浴室に向かった。その間、キャンディは化粧台の方を向いて、身に着けていた宝石類をゆっくりと外していった。フレンチニッカ―と上品なキャミソールだけの姿で浴室に入っていくと、テリィはすでに気持ちよさそうに浴槽でお風呂に浸かっていた。

キャンディは束の間夫の引き締まった体に見とれ、温かなお風呂の中でその感触を感じることへの期待に胸を膨らませた。しかし、まだ髪を下ろしていなかったことを思い出し、浴室の鏡の方を向くと、髪を留めていたピンを外し始めた。

「何か新しい知らせはあった?」 センス良くまとめられていた巻き毛を肩に下ろしながら、キャンディは聞いた。

「アリステアとアルバートさんからあったよ。二人はアフリカに旅行する予定で、夏の終わりには、アメリカに戻る前にここに立ち寄るかもしれないそうだよ」 テリィは、妻が目の前で下着を脱いでいく様子を楽しみながら返事をした。そして、肩まで伸びたキャンディの巻き毛を優しく撫でたい衝動に駆られた。

(キャンディのこんな姿を見ていると、おれはまだ20才そこそこの青年のようになっちまうんだな。あぁ! 世界一美しい背中をしているよ!) テリィは物思いにふけりながら、妻を眺めていた。

髪を下ろしたキャンディが振り返って浴槽の中に入って来ると、テリィは素晴らしい詩を読み返す時と同じよう感覚を味わった。――詩の一節一節は馴染みがあるにも関わらず、その各節が魂に及ぼす作用は毎回新しいのだ。

キャンディは、何も言わずにテリィの足の間に座り、その胸に背中をもたれかけた。夫の手が、体を洗ってくれる風を装いながら全身を撫ではじめると、これから何が起こるのかはよくわかっていた。テリィは妻の体に火をつける方法を心得ていたので、間もなくキャンディは、夫の方に体の向きを変えたい衝動を抑えきれなくなった。その直後、二人は一つになった。



翌年の春、リチャード・グランチェスターがエジンバラの別荘で心臓発作を起こし、この世を去った。そして息子のテリュースが、15代目のグランチェスター公爵となった。エドワード8世の退位という、その前年12月に起きたイギリス王室の大スキャンダルの後では、公爵家の後を継いだその息子が、長い間一般庶民として暮らしてきたという事実などは些細な問題だった。戦争の危機が間近に迫っていたこともあり、英国王ジョージ6世には、グランチェスター公爵領の継承についての審問よりも、もっと重要なことがあったのだ。

テリュース・グランチェスター公爵とその家族はアランデル・パークに引っ越してそこを本屋敷としながら、冬をロンドンで、夏をスコットランドで過ごした。悲しくも残念なことに、イライザ・ラガンは、≪親愛なるいとこ≫である公爵夫人から、イギリス全土にまたがってグランチェスター家が所有する領地に招待されることは、一度もなかった。

引っ越して来た年の秋、この新しい公爵夫人はアランデル・パークの雑草をすべて取り除き、何年もかけて驚くほど立派なガーデンへと変身させた。公爵夫人のバラ園と水仙の花壇は、チェシャ―州の名高い名所となった。


『水仙の季節に』

水仙の季節には(生きることの
目的は成長することだと知る者は)
なぜか――は忘れ、どうするか――を思い出せ

ライラックの季節には、目覚めるのは
夢見るためだと高らかに言う者よ、
そうである――を思い出し(そのようだ――は忘れてしまえ)

バラの季節には(この世の今と、
この世のここに天国の息吹をもたらす者は)
もし――は忘れ、そうだ――を思い出せ

人の理解を超えたところの、
すべての甘美なものたちの季節には、
求めること――を思い出し(見つけること――は忘れてしまえ)

そして存在することの神秘の中で
(時がいつの日かわれわれを解き放つその時に)
わたし――は忘れ、わたし――を思い出せ


――E.E.カミングス


In time of Daffodils

in time of daffodils(who know
the goal of living is to grow)
forgetting why, remember how

in time of lilacs who proclaim
the aim of waking is to dream,
remember so(forgetting seem)

in time of roses(who amaze
our now and here with paradise)
forgetting if, remember yes

in time of all sweet things beyond
whatever mind may comprehend,
remember seek(forgetting find)

and in a mystery to be
(when time from time shall set us free)
forgetting me, remember me


――E.E Cummings



THE END







(訳者注*手元にカミングスの詩集がなかったため、訳はブログ主によるものです)



*引用の範囲を超えた当サイトのコンテンツの無断転載はお断りいたします

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22 コメント

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Unknown ()
2013-01-31 08:59:58
ありがとうございます
こちらを偶然見つけてから、グイグイと引き込まれてしまいました
長い間の翻訳、お疲れさまでした
当分、幸せな気分で過ごせます
返信する
Unknown (ゆっち)
2013-01-31 14:03:12
ブログ主さまへ
とてもステキな物語を、紹介してくださってありがとうございました。
返信する
ありがとうございます (ブログ主)
2013-01-31 19:49:17
波様、ゆっち様

こちらこそ、読んでいただいてありがとうございました。ブログ主も幸せな時間を過ごせました。
返信する
素晴らしい翻訳ありがとうございました (ecru)
2013-03-02 11:11:10
見事な翻訳ですね。まるで本業の方のようです。

原文を読んでみてさらにブログ主さまの英語力だけでなく日本語力にただただ頭が下がります。私は正直最後のカミングスはお手上げでした。意味はわかっても詩を翻訳するのは日本語の、国語の表現力が無限大に必要です。それをさらりとやってのけられた事に本当に感心させていただきました。

このブログに巡り合えて本当に幸せです。ありがとうございました
返信する
ecru様 (ブログ主)
2013-03-02 23:46:31
コメントありがとうございます。11章-4にいただいたコメントへのお返事も、こちらにあわせてさせてもらいますね。

ブログ主の翻訳の更新が止まっている間、ecru様のようにわざわざ原文を訳してご自分で読まれたという方がけっこういらっしゃったみたいです...お手数をとらせてしまってすみませんでした

ブログ主に古くからの知人のような親しみを感じていただいているとは...嬉しいです。同じ時代を生きてきましたからね、こうしてネット上で繋がれたのも何かの縁ではないでしょうか。

そしてカミングスの詩、自分でもいい訳に仕上がったと思ってます。しかし...すごいバイブレーションの高い詩ですね。ジョセフィンが最後にこれを持って来たのはすごい!

水仙の咲く頃を愛読していただいて、本当にありがとうございました。
返信する
感動!感激!感謝! (かすみん)
2013-04-17 03:46:23
はじめまして!

素晴らしい物語をご紹介くださり、ほんとうにありがとうございました。
幸運にもここを発見したのが昨日の午後。
家事もそこそこに夢中で読み進めて、いつの間にか日付が変わってしまいました。
本当に本当に、至福の時間でした。。。

ブログ主様もご存じのように、キャンディのその後(生涯を共にするのは誰か?)に関しては、アルバートさん派とテリィ派の二つの意見が大勢のようですが、
私の知る限りではアルバートさん派が非常に多いようです。(Yahoo相談室しかり、アマゾンのレビューしかり;;)。
昔からのテリィファンの私にとってはこれは実に耐えがたいことでしたが、幸いにもこの物語を知ることができて傷が癒えました。すごく嬉しいです☆

原作の連載をリアルタイムで読んだ世代として、またとない再会でした。心から感謝いたします。



返信する
かすみん様 (ブログ主)
2013-04-19 13:36:07
コメントありがとうございます。
このお話でかすみん様の傷が癒されたとのことで、ブログ主もとても嬉しいです
返信する
堪能しました…! (Misetemiso)
2015-01-01 08:31:08
ブログ主さま、初めまして!

少女時代に熱狂したキャンディキャンディのコミックスを先日読み返したのをきっかけに、こちらのサイトにたどり着きました。
「あのひと」考察と「水仙の咲く頃」、1週間かけて、夢中になって拝読しました…!
どちらも本当に力作ですね。
興味深い考察、そして素晴らしい翻訳を本当にありがとうございました!!

「水仙の咲く頃」は二次創作の平均レベルを大きく超えた、大人のエンタテインメントとして十分通じる内容だなと感じています。キャラクターの掘り下げや表現に加え、時代考証や時事文芸の描写等がしっかりとしていて、読み応え満点。ジョゼフィーヌさんとブログ主さんの教養の深さのおかげで、久々に物語世界に耽溺したように思います。
また折々訪問して、再読させていただきますね!
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感動をありがとう!! (平凡な団塊世代)
2015-03-10 14:40:15
キャンディ❤キャンディのストーリーに、おじさんでも感動しましたよ! 娘の誕生を幸いに原作漫画をちゃっかり購入し、娘も含めて読みふけったのが熱烈なファンになったきっかけです。なんと納得ずくの続編がブログにあることを発見、大人になったキャンディに出会えました。漫画では消化不良状態の終わり方でしたので、一気に読んでしまいました。4日間で!ジョゼフィーヌさんの表現力、ブログ主さんの翻訳力つまり日本語表現力には舌を巻きつつ、堪能させていただきました。利益無視で取り組まれたブログ主さんのの熱意は主人公以上でした。対策の完成、本当にお疲れ様、そしてありがとうございました。
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お疲れ様でした! (今年22の年の女です)
2015-06-09 23:47:28
キャンディキャンディの漫画が
母の実家から出てきて読んだのが最初でした。
自分のベスト3に入るぐらい好きな漫画なのですが
キャンディがテリィと結ばれずに終わってしまい
とても残念に思っていたのですが
こちらの作品を見て本当に感動しました!
あたし、感想言うの下手なんで、なんて言うったらいいのか分からないけど
すごく面白い作品でした。
ありがとうございました!
通訳お疲れ様でした!
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