sweet キャンディキャンディ

伝説のマンガ・アニメ「キャンディキャンディ」についてブログ主が満足するまで語りつくすためのブログ。海外二次小説の翻訳も。

水仙の咲く頃 第11章-4 |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2013年01月28日 | 水仙の咲く頃
キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳



5月7日の朝も、キャンディは胃のむかつきを感じて目が覚めた。対処の仕方は既に心得ていたので、ローブを羽織ってポニーの家の台所にお茶を入れに行き、お湯が沸くのを待ちながら、今日で自分が27才になることに思いを馳せた。そして昨年の今日、ポニー先生とレイン先生が盛大な誕生会を開いてくれたことを思い出した。それはパティまでもが駆けつけてくれた素晴らしいお祝いで、友人たち皆から、そして特にアルバートさんから、プレゼントを山ほど贈られた。しかしその時のキャンディは、まさにその同じ日に、最高のプレゼントが送り届けられる途上にあったことなど知る由もなかったのだ。昨年のこの誕生日の日に、10年の沈黙の後にやっと手紙を書いて投函したのだというテリィからの話を、キャンディははっきり覚えている。テリィが激しい動揺とためらいの中で綴ったあの一見簡素な手紙が、その後の人生を劇的に変えてしまった。

――誕生日の一日を、思い入れのあるフラワーガーデンで日の出を眺めて始めるのはいいアイデアだ……と、キャンディはお茶を飲みながら考えた。夫がまだ眠るゲストルームに爪先立ちで入って洋服に着替えると、朝の散歩から自分が戻る前にテリィが目覚めた時のために、枕元にメモを残した。

外に出ると、キャンディは明け方の新鮮な空気を深く吸い込み、愛する故郷の独特な香りで肺を満たした。すると、その口元に微かな笑みが浮かんだ。それからいつもの快活な足取りでレイン先生のベジタブルガーデンを通り抜けた。レイン先生のトマトは真っ赤に熟れて、ポニー先生お得意のスープの材料になる準備ができていた。畜舎を通り過ぎる際には少しの間立ち止まり、シーザーとクレオパトラに声を掛けた。畜舎を後にすると、今度はポニー先生の果樹園を足早に散策した。――このリンゴの木には、もうすぐ満開の花が咲き始めるのね……そのようなことを考えながら歩くうちに、キャンディは古い教会へと辿り着いた。

教会の庭の格子戸を開けながら、キャンディの瞳は満開の花が咲き乱れるフラワーガーデンの景色を見て歓喜に輝いた。ポニーの家に派遣されてきた新米修道女の一人が特に花好きで、このガーデンの世話をしてくれていたのだ。「こうして手入れをしておけば、春から夏中にかけて教会の祭壇に花を飾ることができますから……」とその修道女は言っていたが、手入れが見事に行き届いている様子にキャンディは感心していた。色とりどりのバラとシャクヤクの花は生き生きと幸福そうに咲いていたし、昨年の秋に種から育てていたワスレナグサは、一つの株からたくさんの小さい青い花を咲かせていた。ただ、この小さな花の蕾が2月頃に開花し始めた時に、その姿を見ることができなかったのは残念だったが……。

キャンディは、ポニー先生が新たにガーデンに設置したベンチに座った。

「午後のひと時を、キャンディのフラワーガーデンを眺めながら、あの娘のために祈りを捧げられる場所を設けたいのです」――心優しいポニー先生はそう言ったのだという。

そのベンチからは、満開に咲く黄金や白の水仙の一群を眺めることができた。日の出の陽光が、水仙の花々の控え目な美しさに喜んで、その花びらに口づけをした。

花の香りが混ざった早朝のさわやかな風の中で呼吸をするうちに、キャンディの胸部が大きく開き、これまでの後悔や罪悪感が永遠に飛び立っていった。少しの間目を閉じると、その胸の奥底にスザナの顔を見た。キャンディの唇がつぶやいた――

「あなたを許します」

……すると、スザナの顔はぼんやりとした過去の他の思い出の一部へと消えて行った。

瞳を閉じたまま、心が軽くなっていくのを感じながらその場でじっとしていると、その唇に柔らかく湿ったテリィの唇が触れる感触がした。

「お誕生日おめでとう! 愛するそばかすちゃん」 二人の唇が離れるとテリィが言った。

「ありがとう、テリィ」 キャンディは最高に明るい笑顔で応えた。「ずいぶん早起きだけど、どうしたの?」

「ただ目が覚めちゃったのさ。どうしてかな? ……多分、ダンディー・ボーイに今日会えるのが待ちきれないんだろうな」 テリィは目を細めて皮肉を言った。

「二人とも、いい加減にしたらどう?」 キャンディは顔をしかめて問い質した。

「おれにどうしろって言うんだい? あの親友君の方が、負けたことをいつまでも根に持っているんだぜ」 テリィは肩をすぼめて、挑発的な笑みを浮かべて言い返した。

「ばかばかしい! アーチーがわたしのことを好きだとか言うその妄想を、あなたはいつになったら止めるの?」 キャンディは胸の前で腕を組んで口を尖らせた。

「妄想なんかじゃないよ。学院にいた頃は、あいつはきみに完全にのぼせあがっていたからね。今では奥さんを愛しているのかもしれないけど、おれがきみのハートを奪い取ってしまったことを、あいつは心の奥底でまだ恨んでいるのさ。傷ついたプライドの問題ってやつだな」

「なんて馬鹿らしい考えなのかしら!」 キャンディは頭を左右に振りながら言った。

「何とでも言えばいいさ」 テリィはそれでもまだ得意気な笑顔で、キャンディを腕の中に引き寄せながら言った――「おれがきみをものにしたという事実に変わりはないからね」

「あなたって心底うぬぼれた愚か者なのね!」 テリィにもう一度口づけされる前に、キャンディは笑顔で言った。

「おれたちは誰もが愛の愚か者なのさ、ハニー」 テリィは口づけの合間に言い返した。

息をするのに唇を離したとき、キャンディはテリィをじっと見つめた。その顔は、先ほどの楽しげな表情から一転して真剣だった。

「テリィ……あなたに話したいと思っていたことがあるの」 キャンディは、ためらいがちに話し始めた。

キャンディの様子が変わったのに気が付いて、テリィも真面目になって聞いた。

「何の話?」

「テリィ……あなたはさっき、とても深いことを言ったわ。確かにわたしたちは誰もが愛の愚か者で、わたしもその例外ではないもの」

「それはどういう意味?」

「わたしはこのところ、激しい後悔に苛まれていたの」

キャンディの口から後悔と言う言葉を聞いてテリィは最初うろたえたが、過去5カ月に渡る幸せな結婚生活を思い返して直ぐに気を取り直した。キャンディが言うところの後悔が、自分と結婚したことについて言及しているはずがないとわかっていたので、テリィはそのまま聞き続けた。

「あなたとわたしが離れ離れだった時のことを深く考えれば考えるほど、わたしが下した別れという厳しい決断が、あなたの人生に与えてしまった打撃の大きさに気付かされたから……」

「キャンディ、この話はもう済んだことだ」 テリィが言葉を挟もうとしたけれど、キャンディは手を上げてそれを制止して、最後まで話をさせてほしいと頼んだ。

「ねぇ、テリィ……この話をするのは、わたしにとって重要なことなの。この数週間の間、わたしは自分にとても腹を立てていたのよ。わたしたちが別れていた長い年月の間、わたしの下した別れという決断は間違っているという忠告を3回も人から受けたわ。でも、わたしはその言葉に耳を貸さなかった」 キャンディは、テリィの手を両手で包みながら説明を続けた。そして、一旦話を止めると、深いため息をついてから質問した――「正直に話してほしいの、テリィ。もし、あの10年の間のどこかでわたしがあなたを訪ねて行って、スザナとの婚約を解消してわたしと一緒になってほしいと頼んだら、あなたはそれを受け入れた?」

テリィはその質問に顔を曇らせ、答えることに抵抗した――「キャンディ、そんなことを今さら考えても意味のないことだ」 

「お願いだから答えて欲しいの。もしわたしがあなたの元に行ったなら、あなたはわたしを受け入れてくれた?」 キャンディは、テリィをじっと見つめて答えを迫った。

テリィは一瞬目を伏せた――テリィには、その答えがよくわかっていた。彼自身、何度となくそのことを夢見ていたのだから……。

「キャンディ……おれの方こそ、きみの元に行くこともできたのだと、おれはまだ思っているし、もっとずっと前にそうすべきだったともね。でも、どうしても知りたいというのなら答えは簡単だ。もしきみが望んだとしたら、おれは躊躇することなく、この両腕を広げてきみを迎えただろう」

キャンディは、胸の鼓動が落ち着きを取り戻すまで、しばらく静かに立ったまま、テリィの胸に顔をうずめていた。

「そういうことなら、わたしはあなたに許しを請わなくてはならないわ」 キャンディは顔を上げてテリィを見ながら言った。「だって、わたしたちが経験しなければならかった苦しみに値しない人のために、わたしはあなたを犠牲にしてしまったんだもの」

「キャンディ……」 テリィはキャンディを抱きしめると、愛情を込めてその腕をさすりながら反論を試みた。

「わたしを許してくれる?」 キャンディは質問を繰り返した。

「おれの許しが本当に必要なのかい?」

「ええ!」

「それなら、おれはきみを許す。でも、きみ自身こそ、自分のことを許す必要があるんじゃないのかい?」

「それはさっき済ませてしまったのよ、テリィ」

「言うべきこともやるべきことも全て済んでしまったのなら、おれは、きみとここで約束したいことがある」 今度はテリィが要求した。「この話題にはもう二度と触れないと約束してくれ……そうすれば、おれたちは未来に起こることだけに目を向けていられるからね」

キャンディが同意すると、二人はしばらく静かに口づけを交わし、互いの感触を味わった。朝もやの空の薄紅色と黄金色が消え、朝日がさんさんと輝きだしていた。その時、テリィが沈黙を破った。

「今日きみが受け取る最初のプレゼントは、おれが渡したかったんだ」 テリィは、ベンチに置いてあった包みをキャンディに渡しながら言った。テリィの口づけに夢中になっていたために、その包みの存在に、キャンディは今まで気づいていなかったのだ。

いつものように大喜びでプレゼントを受け取ると、包みを開ける前にキャンディはテリィの頬や唇に感謝のキスを浴びせた。

包みから出てきた工芸品の宝石箱の美しく繊細な模様を見て、キャンディの目は大きく見開かれた。自分に贈られた、そのグランチェスター家の家宝にまつわる話を夫が語るのを聞きながら、満開の花に囲まれた不死鳥の翼の模様を指でなぞった。テリィの物語を聞き終えるとキャンディは首を横に振ったが、その顔には笑顔が浮かんでいた。

「あなたは家の伝統を破っているわよ、テリィ。この宝石箱を、今わたしに贈ってしまってはいけないわ」 キャンディは冗談めかして忠告した。

「わかってるよ……でも、引き出しの中のあの古い箱の代わりになると思ったんでね。何と言っても、おれの舞台の劇評の切り抜きは、もっと高価な箱がお似合いなのさ。きみもそう思わない?」 テリィはキャンディの鼻の頭をちょんとつついて聞いた。

「あなたって本当に自惚れているのね。あんな切り抜き、見せるべきじゃなかったわ」 キャンディは、怒ったふりをして口を尖らせた。「とにかく、あの古い箱だってまだ十分使えるわ。だから、この箱は銀行の金庫に戻した方がいいと思うの。こんなに高価な物、わたしが持っているべきじゃないもの」

「いいや、おれは今、きみにこれを贈りたいんだ」 テリィは言い張った。

すると、かつて見たことのない程の真剣で優しい表情をその瞳に浮かべて、キャンディはテリィを見つめた。その眼差しに、テリィの心臓が一瞬止まった。

「そうねぇ……そんなにあなたが言うなら、受け取ってもいいけど……12月になるまで使わないつもりよ」 キャンディは、密やかな微笑みを浮かべて受け入れた。

「どうしてすぐに使わないんだい?」 テリィは、キャンディの謎めいた表情に興味を引かれて質問した。

「どうしてって、その時までには、わたしはその宝石箱の正式な相続人になっていると思うからよ」 キャンディは、風に吹かれて踊る水仙の花々に目を奪われながら答えた。
 
「どういう意味?」

「テリィ……わたし、妊娠しているの」 キャンディは、向き直ってテリィの目を見て言った。

キャンディが発した言葉は、まるで歌の調べのように、テリィの耳元まで風に優しく運ばれた。テリィは体を動かすこともできずに、瞬きを数回繰り返した。――そんなに驚くようなニュースではない。夫婦として生活しているのだから、こうなることは至極自然なことだともわかっていた。実際、このことについて一人思いを巡らせたことがあったことは、認めざるを得ない。しかし、キャンディとはこの話題について話し合ったことが一度もなかったのだ……。今こうして可能性が現実のものとなり、さまざまな感情の入り混じった気持ちの高まりに、テリィの心臓は激しく鼓動した。喜び、誇らしさ、優しさ、希望、幸福感、恐れ、そして不安などのあらゆる感情が、その表情に浮かんでは消えて行った。――キャンディのお腹に子どもがいる! おれの子が!

「それは……確かなのかい?」 テリィはようやく、普段の半分ほどの弱々しい声色で聞いた。

「間違いないわ!」 キャンディは、その緑色の瞳を喜びの涙で濡らして頷きながら言った。

「ああ、神よ!」 もう一度その胸にキャンディを抱き寄せようと両腕を広げる前にテリィが言葉にできたのは、ただそれだけだった。

テリィの胸に強く押し付けられたキャンディの耳に、激しく脈打つ心臓の鼓動が聞こえた。

「この知らせを聞いて幸せ?」 キャンディは抱きしめられたまま問いかけた。

その質問に答える代わりにテリィは顔を下に向け、余韻の残る甘い口づけをした。その手は本能的に、妻のお腹をなでていた。

「きみは、おれをとても幸福な男にしてくれたよ、キャンディ」 テリィは吐息と共に言った。そして、一瞬考えてから、希望に満ちた口調で付け加えた――「おれたちの子どもが生まれる前に、良い仕事を見つけられるといいんだが」

キャンディはテリィを見つめた。――あの話題を持ち出せる絶好の機会が、いよいよやってきたのだ……。

「ロイヤル・シェークスピア・カンパニーからの手紙をどうして捨ててしまったの、テリィ? 仕事のオファーだったんでしょう?」

テリィは不意をつかれて驚いた。その当惑した様子を見て、説明の必要があることをキャンディは察した。

「掃除をしているときにゴミ箱の中に見つけたのよ。でも、手紙の中身は読まなかったわ」 キャンディは、気弱な眼差しをテリィに向けて言った。

「なら、どうして仕事のオファーのことを知っているの?」 テリィは眉を上げながら聞いた。

「そうねぇ……あなたがわたしの日記を読んでいいのなら、わたしだってあなたの手紙を読んでも構わないと思うけど……でも、わたしは読まなかったわよ。女の勘よ……たぶんね」 キャンディは、少しいたずらっぽく言い返した。「……でも、どうしてあなたがそのオファーに興味を示さなかったのかが分らないの。立派なカンパニーなんでしょう?」

自分が下した決断について、どのように説明すればいいのか迷いながら、テリィは黙ってキャンディを見つめた。

「キャンディ、そのことについては、もう結論を下したんだよ」 テリィは淡々と説明を始めた。「おれはこのオファーを受けない。おれは、きみを家族や友人たちから離れた、異国の地へ引っ張って行くことはしない。きみが母親になると分かった今となっては尚更だ」

「冗談は止めてよ、テリィ」 キャンディは憮然として言った。妻に悲しみを与えたくないというテリィの真心には心動かされたが、一方的に下された決断に、精神が逆なでされたように感じたのだ。

「からかってるわけじゃないさ、キャンディ。おれは真面目に言ってる。おれにとっては、きみとおれたち二人の子どもの方が、キャリアなんかよりもずっと大事なんだ。おれの自尊心を満足させるためだけに、いたくもない所へきみを連れて行くことは絶対にしない。シーズンが終わる頃には、ニューヨークで別の仕事が見つかるはずだ」

「テリィ、あなたはとっても思いやりのある人ね。でも、あなたに言わなければならないことがあるわ。どうして、あなたはわたしに話もせずに決定しちゃってるの? どうして、わたしのために考えてるの?」

「どうしてって……人のことばかり考えてしまうターザンそばかすは、自分のことなどお構いなしに、おれが夢を追い求める助けになろうとするからさ。だからだよ……。でも、今回はそんなことはさせないよ、キャンディ」

「テリィ、あなたの心遣いには感謝するけど、わたしはこんな結婚生活を期待したわけじゃないの。わたしの歩く道を、いちいち舗装してもらいたくなんかないわ。わたしは、どんな危険からも遠ざけて、高い塔の中に住まわせておく必要があるような、そんなか弱い人間じゃないもの。その仕事のオファーはとても良いものだと思うし、あんな無礼なやり方で断るなんて、あなたはまったくもって現実的じゃないわ。それじゃあダメよ」

テリィは面食らっていた。そんな風に物事を考えてみたことが、これまで一度もなかったのだ。

「キャンディ……!」

「わたしにもっといい考えがあるわ」 キャンディは、右手の指をテリィの指に絡ませながら言葉を遮った。

「いい考え?」 テリィは、キャンディの決然とした口調を楽しみながら聞いた。心の中では、自分がおせっかいな女の子と結婚したことを改めて思い出していた。「わかったよ、いいから言ってみな」

「そのイギリスにいる人に手紙を書くのよ。そのミスター……ミスター・ブリッジ……えっと……」

「ブリッジス・アダムス」

「そう、その人! その人に、オファーを受けてとても光栄だけれど、アメリカで受けている他のオファーも考慮しなければならないと伝えるの……日付を決めてね……冬のシーズンに向けた準備が始まるのはいつ?」

「えっと、7月か8月の後だよ。その時々で変わるんだ」 こみ上げてくる笑みを隠し切れずにテリィは答えた。キャンディがこうして親分風を吹かせる姿は、何とも愛らしいのだ。

「わかったわ……それなら、7月までに今回のオファー以上のものが見つからなければ、喜んで契約したいとその人に伝えるのよ」

「きみが全部解決しちゃったみたいだな」 テリィはピューと口笛を吹いて、特徴的な半笑いを浮かべて言った。

「からかわないで。こんなのただの常識よ。今回のオファーをすぐに受けろと言っているのではなくて、機会への扉は開けておくに越したことはないのよ。その時が来たら、一番いいオファーを受ければいいんだわ。その仕事がアメリカであろうがイギリスであろうが、大した意味はないの。アルバートさんだったら、きっと同じことを言うわよ。信頼してちょうだい、アルバートさんはビジネスのことはよく知ってるのよ」

この時点で、妻の言い分がとても理に適っていることを、テリィはしぶしぶながらも認めざるを得なかった。しかし、まさに自分の提案によるビジネスライクな決断の帰結として引き起こされることになる感情は、キャンディにとって大きなものとなるだろう。

「それで、もし一番良いオファーがイギリスでの仕事だとしたら?」

「その時は、これまでに何百万という妻たちがそうしてきたしこれからもそうするように、わたしもスーツケースに荷物を詰めて、あなたと一緒に行くわ。悲劇的な事なんかじゃないのよ、テリィ」 キャンディは、当然のように答えた。

「でも、実家から遠く離れてしまうよ」 テリィはまだ抵抗を感じながら、手を伸ばしてキャンディの頬を優しく撫でた。

「わたしの家は、あなたがいる場所よ、テリィ」




その日は、とても気持ちの良い一日となった。アーチ―とアニーのコーンウェル夫妻は朝食が済んだ頃到着し、マーチン先生やジミー・カートライト等の近所に住む友人たちは、ディナーの時刻に合わせてやって来た。日が沈む頃には、ポニーの家でのいつもの宴席と同じように、前庭に設けられたディナーのテーブルを皆で囲んだ。

アーチ―は、エルロイ大おばさまのワイン蔵から数本のワインを持ってきていたが、キャンディがワインを断った時には驚いた様子を見せた。皆に喜ばしいニュースを伝える時が来たと思ったキャンディは、顔を輝かせて立ち上がると、赤ちゃんができたことを報告した。そのおめでたい知らせに、友人たちは先を争ってキャンディとテリィに祝いの言葉を述べた。しかし、ポニー先生とレイン先生だけは驚いていなかった。二人は、キャンディがポニーの家に到着してからのこの二日間の間に、明け方の体調不良のことや、喜びに溢れた気配に気づいていたのだ。それどころか、この二人の老女たちには、テリィの晴れやかな表情から、この若者がその日の朝には、この秘密を打ち明けられたこともお見通しだった。

アニーは興奮し、マーチン先生は喜び、小さなステアは、理由はよくわかっていないながらも、皆と喜びを共にしていることが嬉しかった。概して言えば、その場の雰囲気は活気と陽気に包まれていて、アーチ―でさえもテリィに祝いの言葉を述べたい気持ちに駆られた。いずれにせよ、キャンディが幸せでありさえすれば、この若き億万長者と俳優は、仲よくしていられるのだ。

その夜、皆が各々家路につくか寝室へと引き上げた後、テリィは居間に残ってしばらく時間を過ごした。手には、公演旅行の合間に読もうと持参した、ヴィクトル・ユーゴーの傑作小説(*レ・ミゼラブル)を持っていた。今こうして父親になる門出の時に、父性愛について雄弁に語るこの小説を選んできたことは、幸運な偶然だったとテリィは思った。

ジャン・ヴァルジャンがテナルディエ夫妻からコゼットを救い出す感動的な場面を丹念に読んでいると、テリィはキャンディの子供の頃のことを考えずにはいられなかった。確かに、ポニーの家でのキャンディの生活は、可哀そうなコゼットのような悲劇的なものではなかったかもしれないが、いくら周囲にケアされ勇気づけられたとしても、両親のいない子供は心に傷を抱えているものだ。ましてや、キャンディがラガン家で受けた精神的な虐待は、ユーゴーの物語のように痛ましく残酷なものだった。テリィは、アルバートさんがキャンディにとってのバルジャンの役割を果たしてくれたことに感謝した。キャンディに対するイライザの理不尽な憎しみや、ニールのとてもまともとは思えない情熱のことも知っていたので、もしアルバートさんの干渉がなかったら、キャンディの身にどんなことが起きていただろうと想像すると、テリィの背筋は震えた。幼いころにそのような苦労をしたにも関わらず、キャンディがエネルギーと生きる喜びに溢れた女性に育った奇跡に、テリィはただ驚嘆していた。

小さなアリステアやポニーの家の子供たちとのやり取りから、キャンディが優しく愛情あふれる母親になることは明らかだった。自分の父親としてのスキルがどのようなものかは未知数だが、胸の中で燃え盛る、まだ見ぬ子に対する本能的な愛情を感じて、人の親になるという偉業に挑むことくらいは自分にもできるだろうと、テリィは確信していた。

テリィはそれから30分ほど読書を続けた。時計が10時の時を知らせると、この時間であればキャンディも夜のお祈りを済ませているだろうと考えて、寝室に戻るために居間を後にした。客室の扉を開けると、窓辺に座り、祈祷書を閉じている妻の姿が見えた。テリィは心の中で妻と共に、これからやってくる、家族としての未来に対する祈りを捧げた。キャンディがテリィの姿を見ると、その顔に笑顔が浮かんだ。




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28 コメント

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お待たせしました(汗) (ブログ主)
2013-01-28 14:22:33
わ------もう、お待たせしました-------!!!!
首を長くして待っていただいていた皆様、すみません------------!!!!!

私の人生に大きな曲がり角がやってきてしまいまして---詳細は省きますが、大きな別れがありまして、もうちょっとで終わりというところで、この翻訳が滞ってしまいました。

コメント、たくさんたくさんいただいています・・・体調を心配してくださってかたもいらっしゃいますが、体はすこぶる元気です。

いただいたコメント、一つ一つまた公開していきますが、まずは物語を終わらせることに専念させてください。

曲がり角を曲がった先には何があるかわからない・・・本当にそうだと思います。でも前さえ見ていたらそこには希望がありますね。
返信する
おかえりなさい! (ちいちゃん)
2013-01-28 16:15:12
プログ主様、おかえりなさい!
本当に嬉しくて涙目です。
これからも、 キャンディとテリィをみんなで語っていきましょう。
よろしくお願いします。
パパとママになる二人がとっても楽しみです!
返信する
はじめまして! (さくらん)
2013-01-28 21:56:37
これだけ完璧な翻訳をするのにどれだけの熱意と時間がかかるのかはかりしれませんが、実は陰ながらずっと楽しみにしていました。

突然のぶしつけなコメント、失礼いたします。
本当に嬉しく読ませていただきました。
今日はテリィの誕生日ですものね。

ご自身に大変なことがあったとのこと、お察しいたします。
そのご苦労ははかりしれませんが、どうかこの二人のようにお幸せでいられますよう。

心から感謝申し上げます。
私も元気をいただきました!
返信する
待ってました! (ほのかママ)
2013-01-28 22:29:02
ブログ主さん、お久しぶりです!久しぶりに見つけて、感激しています。今から読むんですが、読む前に一言、ブログ主さんへ更新していただいてお礼が言いたく、コメントしました。コメントへの返信も、翻訳もゆっくりとされてください。いつも応援しています。
時々、物語を読み返しておりました。
またまたキャンディの世界に浸ります~。
返信する
Unknown (ゆっち)
2013-01-28 22:40:02
更新してくださってありがとうございます。
遠くから応援しています。
返信する
御無沙汰しております (オードリー)
2013-01-29 23:27:24
もしかしたら ヘップバーン かもしれませんが・・・
読みました 読ませて頂きました 感無量です
体調崩されたのでは・・・と勝手に思い込み なにも出来ない悔しさでいました が 再開されたのを知り嬉しさで一杯です 
興奮しておりまして支離滅裂・・・すみません・・・改めてコメント欄にお邪魔します
返信する
良かった (えりのん)
2013-01-29 23:28:24
こんばんは。いつも素敵なお話をありがとうございます。
今か今かと待ち、余りにも更新が無いため凄く心配してました。時々…いえ頻繁にサイトを覗いては【今日も更新ないやぁ、病気かな?止めたのかな?】と独りごと呟いてました。いゃ~良かった良かった。
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ちいちゃん様 (ブログ主)
2013-01-31 19:27:29
更新してすぐに暖かいコメントをいただいて、ブログ主も涙目です

パパとママになった二人....物語がいよいよ終わります
返信する
さくらん様 (ブログ主)
2013-01-31 19:32:10
暖かい励ましのお言葉、お気遣い、本当にありがとうございます。陰ながら応援していただいて、嬉しいです。

テリィの誕生日といわれ、「そっか」と....びっくり。

完全に偶然で、なんと言うシンクロ

レ・ミゼラブルも今旬ですし、実は全ては上手くいってるんですね。

こちらこそ感謝です
返信する
ほのかママ様 (ブログ主)
2013-01-31 19:35:41
ほんとにほんとに、お待たせしました。

読む前にコメント書いてくださるなんて....思いが溢れて伝わってきます

どうぞどうぞ、存分にキャンディの世界に浸ってくださいね

最後は久しぶりに、イギリスの空気も吸えますよ。
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