sweet キャンディキャンディ

伝説のマンガ・アニメ「キャンディキャンディ」についてブログ主が満足するまで語りつくすためのブログ。海外二次小説の翻訳も。

水仙の咲く頃 第11章-1 |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2012年03月25日 | 水仙の咲く頃
キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳


第11章
水仙の咲く頃


グロスター公リチャード・プランタジネットは、障害のあるいびつな体を持って産まれた。足を引きずって歩くせむしの姿は人々の目に不快に映ったが、言葉巧みに人を惑わす性格が、その不格好な外見を覆い隠していた。そして彼の不実で冷酷な心根は、悪意に満ちた目的を達成しようという意図を隠す術を熟知していた。長さの違う足を引きずって舞台に登場した瞬間から、グロスター公は観客に対して、その人となりをおおっぴらに認めてうそぶいた――「おれは――兄貴と違っていんちきな造物主からこんな不様なからだに生みつけられて、いびつ、未完成、半出来のまま、早々とこの人間世界にひり出されてしまった(*1)」 このようにして、粗末な外見に関する認識を観客に植え付けてから、グロスター公は次のように独白を締めくくった――

「この巧言令色の御時世を泳いで回る好き者にはおれはなれんのだからして、おれは決めた。悪党になる。当世風の下らん快楽を憎んでやる(*1)」

グロスター公は、恥も外聞もなく実の兄の殺害計画を明らかにして観客を共犯に巻き込むと、振り向いて、舞台に登場してきた誠実そうなその兄と会話を交わした。こんな風に、第一幕の間中、テリィはシェークスピアが意図したとおりに邪悪に人を魅了しながら、冷笑的なリチャード三世を驚くほど深みのある表現で演じて観衆を引きつけた。

ロバート・ハサウェイは、今回の舞台では演出に専念するために配役から外れていたために、劇が進行する間、話の展開と観客の反応を見て楽しむという贅沢を得ていた。リチャード三世による冒頭の独白が終わった時、ハサウェイは、この舞台が翌朝の新聞のエンターテイメント欄の見出しを飾ることを確信した。三十年にわたる演劇人生の中で、ハサウェイはこれほど見事なリチャード三世の演技をこれまで見たことがなかった。

リチャード三世のような複雑な役を、まだ30才にもならない役者にやらせるのは重大な賭けではあったけれど、その実りは大きかった。今日の舞台に関しては、どの批評家も耳触りの良い言葉以外何も言えないことだろう。そしてブロードウェイでは、今後一人ならず何人もの熟練した俳優たちが、まだ若いテリュース・グレアムの卓越した才能に、その座を脅かされる心配を抱くことだろう。

客席では、テリュースの演技に魅了された観客たちが、魔法にでもかけられたような表情で舞台を見ていた。その様子を見てハサウェイは、自分は最善のタイミングで引退できると考えた。テリュースは師である自分を超えていたが、ハサウェイはそのことに嫉妬を感じるよりも、父親が息子を誇らしく思うような満足感を得ていた。

ボックス席の最前列からは、一つの眼差しが、心をわくわくさせながら舞台を見つめていた。夫が稽古をするのを繰り返し聞くうちに、台詞は全て覚えてしまっていたキャンディは、劇の進行も上の空でテリィの演技に心服していた。舞台上の人物は自分の夫とはあまりにもかけ離れていたので、二人が同じ人間であることが信じ難かった。

グロスター公リチャードは醜く足を引きずって、観客の誰もが彼を憎く思う以外の選択肢がないほどまでにその身をどんどん貶めながら、破滅への道を進んで行った。しかしながら、激戦の末にリチャード三世が、「馬を! 馬を! 王国などくれてやる、馬を!(*1)」と懸命に叫びながら、当然の報いとしてリッチモンド伯に殺害されると、先ほどまでリチャード三世を憎んでいたその同じ観客が、テリュース・グレアムの卓越した演技に惜しみない称賛を送った。

予想された通り、アンコールは延々と続いた。舞台にたくさんの花束が投げ込まれ、「ブラボー」の声が湧き上がると、キャンディは、邪悪な王の仮面の下に、普段通りに厳めしい表情をした夫の顔を見つけることができた。テリィは観衆に向かって最後のお辞儀をして手を振りながら、舞台に投げ込まれたバラの花を拾いあげると、カーテンが降りる直前に、客席にいる妻にそのバラを投げた。

テリィからの合図を受けて、キャンディはバラを拾ってからクラッチバッグを手に取ると、急いでボックス席の外に出た。廊下では運転手のロベルトがキャンディを待っていた。ロベルトは、キャンディを楽屋に連れて行ってから、劇場の横に車を準備しておくようにという指示を受けていた。ところが、廊下を楽屋へ急ぐ二人の耳に、キャンディの名前を旧姓で呼ぶ声が聞こえてきた。

「キャンディス・ホワイト・アードレー!」 背後で叫ぶ女性の声に、キャンディは否応なしに後ろを向かされた。

振り返ると、そこには見覚えのない、黒いドレスに身を包んだ、疲れきった女性が立っていた。

「何かわたしに御用ですか?」 この女性と少し話をするから――という合図をロベルトに送って、キャンディは声を掛けてきた女性に返事を返した。ロベルトは、楽屋へ行くのが遅くなるのが不安だった。ミスター・グレアムは、ボックス席から出た後は、見知らぬ他人を妻に近づけないようにという、厳重な指示を出していたのだ。それでもロベルトは、女主人の指示に従って、その場で待機した。

「キャンディス・グレアムという名でお呼びした方がよろしかったかしら?」 その見知らぬ女性は声に皮肉を滲ませて、キャンディに近づきながら言った。

「ええ、そうです。わたしはキャンディス・グレアムになりましたけれど……。一体どんなご用ですか?」 キャンディはもう一度聞いてみた。

「わたしを覚えていないのですか?」 その女性は目をすぼめながら問い質したが、その後、何かを考え直したように付け加えた――「思い出せるはずがないわね。何年もの間に……特にこの2年で、わたしの外見は大きく変わってしまいましたからね」

キャンディは、その女性の顔の中に、何か見覚えのある部分がないか探そうと努力した。髪は半分白髪になっていたが、元は明るい茶色の髪をしていたように見受けられた。青い瞳はいじわるそうな鋭い眼光を宿していた。しかし、古典的な美しさと上品な容貌から、キャンディは、その女性は若い頃はさぞや美人だったろうと思った。すると突然、雷に打たれたように、キャンディは目の前の女性が誰かを理解した。

「……マーロウさんですか?」 キャンディは、少しためらいながら聞いた。

その名を聞いた時、ロベルトはぼんやりした意識のままはっとした。そしてもう一度その女性をよく見ると、ロベルトはようやく、その女性がミスター・グレアムのかつての婚約者の母親であることに気がついた。マーロウ夫人は見るからに急激に年老いていた。

「その通りですよ、お嬢さん。テリュースの妻としてのこんな華々しい夜に、このような形で声をかけることを許して下さいね。他に方法がなかったのですよ。テリュースは、わたしには決して新しい住所を知らせないようにしたのですからね」

「ご心配なさらずに、マーロウさん」 キャンディは、出来る限り丁寧な態度で答えたが、あまり時間がないことを思い出して言った――「ただ、ご覧のとおり、今はちょっと急いでいるんです。でも、もしわたしに話したいことがあるのでしたら、日を改めて、よろしければお茶でも飲みながらお話しするというのはどうですか?」

「そんな必要はありませんよ。1分もあれば済むことですからね」 抱えていた鞄から包みを取り出しながら、マーロウ夫人はキャンディの提案を断った。「わたしはこれをあなたに渡したいだけなのですから」

そしてマーロウ夫人は、茶色い紙の包装の上に黄ばんだピンクのリボンがしっかり結ばれた包みを、キャンディに手渡した。

「これは? これは何ですか……?」 キャンディは困惑して口ごもった。

「それは、娘のスザナが亡くなる……亡くなる前に、あなたに残したものです」 マーロウ夫人はしわがれた声で説明した。「娘がこれをわたしに託した時、わたしは、あの子が以前あなたに手紙を送った同じ住所に郵送すればいいと提案しました。でも娘はわたしに、この包みをあなたに直接会って手渡すことを約束させたのです。娘はわたしに言いました――テリュースの行く末を追っていれば、いつかはあなたに対面し、これを確実に手渡す方法がわかるから……と」

キャンディは何と答えればいいのかわからなかった。母親にこのような使いを頼んだスザナ・マーロウの意図や、それ以上に、この謎めいた包みの中身は、キャンディには不可解だった。

「マーロウさん、あの……いろいろお骨折りいただいたこと、感謝します」 キャンディはつぶやくように言った。

「壮絶な苦しみの中にいた娘と約束したことですからね。わたしの用はこれだけですよ、キャンディスさん」 自分の尊厳を守ろうとするかのように、マーロウ夫人は精一杯の虚勢を張って答えた。

「わかりました」

二人の女性は、このような時に何を言えばいいのかわからずに、互いを見つめ合った。

「では。わたしはこれ以上、あなたを引き留めるつもりはありませんからね」 マーロウ夫人が口を開いた。「今後わたしたちの進む道は、それぞれ全く違う方向に分れていくことでしょう。でもその前に、一つだけ言っておかなければならないことがあります」 マーロウ夫人は、口にするのが難しい言葉を発しようともがくように、一旦間を置いてから言った――「ありがとう……」 マーロウ夫人はようやくその言葉を口にした。「娘の命を救ってくれて、ありがとう。あなたのお蔭で、ここにいる一人の母親は、娘との人生を数年長く楽しむことができました」 マーロウ夫人がそう言い終えると、その瞳が抑えた涙で曇っているのにキャンディは気がついた。

「とんでもありません、マーロウさん。お気になさらないでください」 キャンディは、夫人の苦しみを目の当たりにして胸を打たれ、心から言った。

「ではこれで。よい人生を、ミセス・グレアム」 微かに頭を動かして、マーロウ夫人は会話を締めくくった。

「マーロウさんもよい人生を。どうかお元気で」

マーロウ夫人が背中を向けて立ち去ると、その場にはキャンディと運転手のロベルトが残された。気まずい雰囲気を払拭するように、ロベルトはキャンディの腕をとって先を急かした。劇場の廊下は間もなく観劇を終えた人々でごった返し、今夜の主演俳優の妻に気付いたら、彼らは執拗に質問を浴びせてくるだろう。

キャンディは、予期せぬ再会にわずかな動揺を感じながら、マーロウ夫人から手渡された包みをロベルトの手に預けた。そして、スザナの記憶によって呼び起された不愉快な感情を、最善の努力で脇に追いやりながら、夫の元へと急いだ。

ようやくキャンディが夫の楽屋に辿り着くと、テリィはすでにいつものハンサムな姿に戻って、ネクタイを締めているところだった。愛する夫を見た途端、キャンディは他のことは全て忘れて後ろからきつく抱きしめて、その広い背中に顎を乗せた。テリィは鏡に映ったキャンディの細い手を見つめた。しばらく二人は何も言わなかった。テリィは目を閉じて、背中に押し当てられたキャンディの体の感覚を味わいながら、後ろから回された手と腕を優しく撫でた。

「今夜のあなたは素晴らしかったわ!」 キャンディはようやく言葉を口にした。「邪悪なせむしの王が、わたしの旦那様を人質にとっちゃったかと心配したわ」 キャンディは冗談を言った。

「この部屋のどこかに、その王がいるかもしれないぜ」 テリィはキャンディの腕の中で素早く振り向くと、リチャード三世を演じるために工夫した声を使って脅した。

キャンディはクスクスと笑いながら、グロスター公がその甘い口づけを味わうのを許した。



初演後の祝宴は大盛況だった。ストラスフォードの団員たちは、ハサウェイの送別会も兼ねてこのパーティーを準備していた。当然ながら、このような祝いの場所は、アルゴンキン・ホテル以外は考えられなかった。そのホテルは、芸術家や劇作家や批評家や俳優たちが自然と集まってくる家のような場所であり、ハサウェイはアルゴンキン・ラウンド・テーブル(訳者注*1919年~1929年の10年間、当時の文化人たちが毎日ランチに集ったホテル内の丸テーブル)の常連メンバーでもあった。落ち着いた木製パネルの壁に囲まれた、琥珀色のランプが灯るそのホテルのロビーバーで、キャンディは、活気に溢れたニューヨーク中の著名な文化人や芸術家たちと知り合った。

パーティーの出席者のほとんどがジャズの愛好者だったので、熟練したジャズバンドはその席上になくてはならない存在だった。しかし、ストラスフォード劇団の団員たちがロビーに勝利の入場を果たした時には、バンドは演奏を一旦止めて、劇団の演出家と主演俳優に送られた拍手と歓声がロビーに響き渡るようにした。カメラのフラッシュが、テリュース・グレアムと、その腕に手を回した若い女性に浴びせられた。不揃いの裾からふくらはぎを覗かせて、華やかな赤いシフォンのドレスに身を包んだキャンディは、カメラの格好の被写体だった。カメラマンたちは、ニューヨークの有閑階級の集いの場に現れることがなかったキャンディの姿を、このように撮影できる機会を持てたことを喜んだ。翌朝の新聞では、この女性の明るい笑顔が、彼女の夫の深刻な表情との魅力的な対比となるだろう。

舞台の成功の祝いの言葉をかけようと、最初にテリィとキャンディのところへやって来たのは著名な劇評家のアレクサンダー・ウォルコットだった。丸眼鏡をかけた、でっぷりとした体形のその男性の姿に、キャンディはちょっとした可笑しみと奇妙さを感じた。そして、その男性のまるでフクロウのような外見と、口から発せられる辛辣な言葉の向こう側の瞳の底に、悲しげな何かが宿っているのを見た。キャンディは、その冷静な態度の下には、とても孤独な男の心があるのだろうと察した。世間の評判とは裏腹に、ウォルコットの話し方は終始丁寧で礼儀正しかった。

テリィが後からキャンディに説明したところによると、ニューヨークの芸術家のコミュニティーの半分はウォルコットのことが大好きで、残りの半分は、物議をかもす彼の評論を嫌っているとのことだった。しかしながら、ウォルコットはどうやらテリィを気に入っていて、テリィに対してはいつも敬意を払っていた。そのためウォルコットは、会話の締めくくりにテリィの結婚を祝福し、新妻の美しさを褒め称えたほどだった。それからウォルコットはロバート・ハサウェイの所に移動していくと、長い時間にわたりそこに留まった。

ウォルコットが離れてからも、その夜は、二人の元に大勢の人たちがひっきりなしにやって来た。キャンディはたくさんの著名な人物や活気に満ちた個性的な人々を紹介されて、テリィの住む洗練された世界に驚いていた。しかし皮肉なことに、周りがどれだけ浮かれ騒いでいたとしても、テリィは冷ややかに距離を置いていた。そして誰に対しても礼儀正しく接しながらも、個人的なつながりを持つことは決してなかったのだった。キャンディはテリィの性格をよくわかっていたし、それをあるがままに受け入れていたので、夫の同僚たちと知り合いになって、無関心な態度の夫の横にいることをただ単純に楽しんだ。

キャンディには、今夜のテリィは少し緊張していて、居心地の悪い思いをしていることがわかっていた。翌朝の新聞の劇評がどのような内容になるのかまだ楽観できなかったし、大勢の人に囲まれた状況の中で、テリィの忍耐は確実に限界に近づいていた。キャンディは、誰かが自分たちのところに挨拶に来るたびに、テリィがどんどんパーティーの喧騒から孤立していく様子を観察した。そして、こんな素敵な音楽が演奏されているパーティーで、テリィがそれほどに居心地の悪い思いをしていることを残念に思った。ジャズバンドの演奏はダンスフロアにうってつけだったし、ストリング・オーケストラとのセッションもあり、キャンディの足は踊りたくてうずうずしていた。バイオリンが今最も人気のある曲の始まりの小節を奏でた時、驚いたことにテリィが突然聞いてきた――

「おれたちへの合図だ。そばかすちゃん、どうかタンゴのお相手を」

「もちろん喜んで!」 キャンディは喜んで申し出を受けた。

呆気にとられて見守る同僚や、仲間の芸術家や、批評家や、報道人の目の前で、テリィは妻をリードして、ヤコブ・ゲーゼの大ヒット曲『ジェラシー』の旋律に合わせ、官能的なタンゴのステップを踏んでくるくると回った。催眠的な曲調に合わせて踊る二人の間に流れる電流が目に見えるようで、周囲の人たちは踊りを止めて、二人の姿にただ見とれた。

キャンディはこれまでも踊りが上手だったけれど、テリィは自分にとって完ぺきな踊りの相手だと思った。テリィは二人で親密な時間を過ごしている時と同じように、ダンスフロアでも創造性を発揮した。ある意味では、踊りというのは男女が愛し合う行為を映し出していて、人々をその気にさせるために編み出されたものなのではないかと、踊りながらキャンディは考えた。今となれば、なぜ学生の頃からテリィとこうして踊ることを余儀なくされてきたのか、キャンディにも理解できた。

「どうしてそんなに笑顔なの?」 テリィはキャンディの耳に囁いた。

「このタンゴの曲名は面白いのよ。知ってる?」 キャンディは聞いた。

「知らないな。教えてくれよ」

「『ジェラシー(嫉妬)』っていうのよ」 キャンディは、テリィの瞳に吸い込まれそうになりながら答えた。

テリィは眉をカーブさせ、半笑いを浮かべて一言言った。

「参ったな」

二人は観衆の存在を意識的に忘れ、最後のドラマチックな和音が響くまでダンスフロアを滑るように踊り続けた。その後も二人はパーティー会場に留まって、踊ったり、パーティーの参加者と会話を交わしたりしながら過ごした。しかし、しばらくすると、礼儀正しさを繕い続けるテリィの能力もいっぱいいっぱいになりつつあった。そういう訳でキャンディは、今夜はまだ『チャールストン』や『ボルチモア』などのエネルギッシュな曲に合わせて踊りたい気分だったけれど、夫の希望に応じてパーティー会場を後にする心の準備は整っていた。

弟子の習性をよく知っていたハサウェイは、テリィが帰宅することを告げても驚かなかった。それどころか、1時間もパーティー会場に留まることのなかった過去の初演の夜に比べれば、今夜のテリュースは長い時間を耐え、これまで一度も見せたことのなかった踊りまで披露したことで、己の限界を超えたと言っても良いと判断できた。このような奇跡が起きたのは、妻の存在が大きく影響しているのだろうとハサウェイは推測していた。キャンディがいることで、テリュースは一人だった時よりも明らかに社交的な交流を持てるようになっていた。

最後の挨拶を交わし、翌朝の新聞に最高の劇評が掲載されることを願い合うと、テリィは妻と共に喜び勇んで帰宅の途についた。もともと他人のいる前で無防備になることはなかったけれど、テリィはプライバシーの守られた寝室に入るまで、ほとんど何も話さなかった。

寝室に入ると、テリィはようやくその日の舞台の印象や、キャンディがただの招待客としてではなく、自分の妻としてボックス席から舞台を見守っていると知りながら演じた興奮について、誰はばかることなく話し始めた。ベッドに腰掛けてハイヒールを脱いでいたキャンディは、目の片隅でテリィを見ていたが、その表情は、人前で見せるいつもの厳めしい顔とは打って変わって、まさしく輝いていた。

先ほどのパーティーと、会場でキャンディが初めて出会った人々に関して二人で意見を言い合っている最中、テリィが突然目の前に跪いてキャンディを驚かせた。キャンディが反応できる前に、テリィは妻がシルクのストッキングを脱ぐ手伝いを進んで始めた。キャンディは、弱々しくではあったけれど、そのような必要はないと抵抗した。しかし、テリィはその言葉を遮った――

「おれにやらせてくれよ」 テリィはキャンディの目をじっと見ながら言った。「きみがこんなドレスを着てるのに、おれが冷静でいられると思ったら大間違いだ」

言葉を続けながらも、キャンディが素足になると、テリィはそのふくらはぎをあからさまに性的な意図をもって撫で始めた。

「きみは気付かなかったけど……きみはいつも気付かないようだけど……」 テリィは息を殺してくすりと笑って言った。「パーティー会場にいたほとんどの男たちは、まるで目できみを食べられるとでもいうように、きみのことを見ていたんだぜ。でも、奴らに出来るのはそれまでだけど、おれはと言えば……」

この言葉を最後に、テリィは両手をドレスの裾の中に差し入れて、キャンディの膝を露出させた。妻の引き締まった形の良い足を見て、テリィの瞳は青緑色の輝きを放った。今ではキャンディの呼吸も荒くなっていた。そして、テリィが顔を伏せて右ひざに口づけをしてくると、キャンディは、これから起こることに対して自分の体が準備を始めたのをはっきりと感じた。

どんどん大胆になりながら、テリィの手と唇は、上へ上へと這い上がった。テリィは透き通るような生地のスカートをめくり上げ、キャンディの内腿に、口づけが濡らした形跡と、甘くかんだ跡を残しながら、その唇を、両足の間の待ち望まれた目的地に届かせた。テリィの深い愛撫にキャンディが鋭い喘ぎ声を発すると、それからしばらく会話は不要となった。今夜のテリィの成功は、それ相応の花火で飾られるべきなのだ。キャンディは、パーティー会場を早々に後にしてよかったと思った。



(*1)シェイクスピア作『リチャード三世』木下順二訳/岩波文庫より



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11 コメント

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更新ありがとうございます! (もも)
2012-03-26 02:01:21
このタンゴのシーン大好きです!そしてまた選曲が憎いっ

「ジェラシー」でタンゴを踊るテリィにやられました…そう彼はダンスが上手だったんですよね(^_^) 確かイライザも「お上手ね」って言ってたような…

この作者さんは、テリィファンの萌えポイントというか、「こんなテリィが見てみたい!」的なファンの願いをよくわかってるなぁ、と…心を鷲掴みにするのが本当に上手いなぁと思ってしまうんです。
セクシーテリィ炸裂でクラクラしそうです。

マーロウ婦人登場でしたね…でももうこれでマーロウ家が二人に立ち入るのは最後であって欲しいです。

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素晴らしい!! (ほみかお)
2012-03-26 07:43:34
キャンディという人生最大の伴侶を得たことで テリィの演技力にますます拍車がかかり深みが増したんですね。私もテリィから バラの花を投げてもらいたい!って思いました。
パーティーでのダンスのシーン、目に浮かぶようです。本当に素晴らしい!
帰宅後は お決まりの2人の世界で…。
ただ マーロウ夫人の登場には驚きました。スザナはキャンディに何を託したんでしょうね…?次の楽しみですネ。
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コメントありがとうございます (ブログ主)
2012-03-26 12:41:01
いつもコメントありがとうございます。

もも様

タンゴのシーン、素敵ですよね。FSでは、イギリスへ渡る船の上でキャンディがテリィと初めて会った時に聞こえていたのがタンゴです。ジョセフィンはこのファンフィクを書いた時にはその部分は知らなかったのですが、後で知って歓喜してました。テリィとキャンディの出会いの場面にタンゴ…それだけをとっても原作者さんがFSに込めた思いがわかりますね。

>確かイライザも「お上手ね」って言ってたような…

確かに言ってます

ほみかお様

>帰宅後は お決まりの2人の世界で…。

はい…いつものお決まりの…またありましたね。もうこうなってくると、初期のチューのシーンなど可愛いものですね

>スザナはキャンディに何を託したんでしょうね…?次の楽しみですネ。

何でしょうねぇ…次回明らかになりますよぉ。どうぞお楽しみに!

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悪役が素敵! (ちいちゃん)
2012-03-26 17:16:32
プログ主様、こんにちは!
更新ありがとうございます。
あのハンサムなテリィが、足を引きずるせむし男を見事に演じたのですね。また一つ成長して、これからが 益々楽しみな彼です。
そんな夫を客席で見守るキャンディ。漫画ではテリィの舞台を観る時は、いつも 何か問題が起きて可哀相でしたが、妻となりじっくり観劇できてよかったですね。
そんな中マーロウ夫人が登場してドキッとしました。
何が起こるのか、次の更新を楽しみに待ちます。


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ちいちゃん様 (ブログ主)
2012-03-27 11:20:54
コメントありがとうございます。

ちいちゃん様の想像通り、キャンディとの愛の成就や父親との葛藤を経て、役者としてどんどん成長しているテリュースでございます

マーロウ夫人の登場…まさかここで!でしたね。包みの中身は次回明らかに!!

次の更新は早ければ木曜日、遅くとも土曜日にはできそうです。
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ここまで来てマーロウ婦人?! (てぃえんてぃえん)
2012-03-28 01:10:11
 早い更新!有難うございます!!

 私も皆さん同様、タンゴシーンの妄想を楽しんじゃいました もう、こうなりゃ実写です!赤いシフォンのドレスを着たキャンディ・・・さぞ魅惑的でしょうテリィもさぞ・・・もしかして、パーティー会場にいる限界って妻の魅力にクラクラだったせいも・・大アリ?!(笑)

 キャンディが妻としてボックス席から舞台を見守っていることを喜ぶテリィがまたカワイイですね。2人きりだと無防備に瞳を輝かせたりもイイ!うーmm、やっぱりテリィ最高

 そして、マーロウ婦人・・・意外な展開に目が離せません!でも、きっと良い方向に向かうのではないかと・・・(マーロウ婦人が鞄から包みを出した時にはピストルじゃないかと疑いましたが・・苦笑)続きが楽しみです!
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てぃえんてぃえん様 (ブログ主)
2012-03-28 18:09:04
いつもコメントありがとうございます。

今回はみなさんテリィ萌えしているようで…無理もないですね、タンゴが超絶に似合ってますからね。

マーロウ夫人の鞄からピストルですか…てぃえんてぃえん様は想像力が豊で素晴らしいです

明日次のページを更新しますので、どうぞお楽しみにぃ~
返信する
情熱的~ (ほのかママ)
2012-03-28 22:42:58
情熱的なタンゴを躍りながら、ひるがえるキャンディの赤いドレス…
会場を魅了したことでしょうね♪
曲名がまたまたジェラシーなんて、ステキ!
マーロー婦人の登場は、ドキッとしましたが…
キャンディに直接大切な何かを渡せて良かったです。テリィが一緒だったらマーロー婦人も声をかけられなかったかも。

ホントに、キャンディとテリィの熱々ラブラブぶりを読むたび、萌えます~。なんせ、30年もあのラストのモヤモヤがありましたから。
でもこの物語のお陰でハッピーな二人に、モヤモヤが消えて喜んでます。
続きも楽しみです
返信する
ほのかママ様 (ブログ主)
2012-03-28 23:44:53
こんばんは。いつもコメントありがとうございます。

>なんせ、30年もあのラストのモヤモヤがありましたから。

今翻訳している部分の参考に、例の病院での別れの部分をマンガで読み返していたんですが……泣けました
このファンフィクで幸せになった二人の物語の中にどっぶり浸かっていたので、改めてあの別れの壮絶さを感じましたよ。いや~ほんとに、FSがあり、このファンフィクがあってよかったですよね~
返信する
笑顔が見たい (なつみ)
2012-03-29 20:22:00
テリィの演技、幅も広がり、ますます認められて、、近い将来、イギリスからも声がかかることになるんでしょうね。

タンゴ、FSには、そんなところにも、原作者さんの意図が込められていたのかしら。

テリィが踊るのはキャンディだけなのですね。
また赤いドレスがタンゴにもぴったり。

そして、キャンディに見せる、無防備な笑顔。
サマースクールの時のような輝く笑顔、私も見たいなあ~

私ももはや、実写と漫画が頭の中で混在して、妄想しまくりです。

ほんとお話が始まった頃は、肩が触れるだけでもドキドキしたのにですね。

マーロウ夫人のいきなりの登場には驚きましたが、
娘の命を助けてくれてありがとう、と言ってくれてよかったです。

不要なお話が全然なくて、すべてがつながっていて、ますます、よくできてるお話だなあと、感動しています。

幸せな2人に会えて、うれしいです。

あと少し?楽しみにしていますね。

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