sweet キャンディキャンディ

伝説のマンガ・アニメ「キャンディキャンディ」についてブログ主が満足するまで語りつくすためのブログ。海外二次小説の翻訳も。

水仙の咲く頃 第11章-2 |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2012年03月29日 | 水仙の咲く頃
キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳


早朝の、まだ外が暗いうちの静まり返った寝室でキャンディは目を覚ました。隣で寝ている夫はお気に入りのうつ伏せの体勢で、モルフェウス(訳者注*ギリシャ神話の眠りの神)の腕の中で深く眠っていた。昨夜は一晩中眠りにつくまで、マーロウ夫人から渡された包みのことを思い出さないようにしていたけれど、こうして目が覚めた今、その中身を知りたい衝動に猛烈に駆られていた。キャンディは出来るだけ静かにベッドから起き上がると、シルクのローブを羽織ってから寝室を出て扉を閉めた。

包みは台所の食料庫の中に置いておくようロベルトに指示を出しておいたので、キャンディは包みをそこで見つけた。

キッチンナイフの助けを借りながら、素早い手つきで茶色の包装紙を開いてその中身が現れた時、キャンディは、信じられない思いで目を見開いた。それは時間の経過と共に色あせたピンク色の封筒の30通以上もの手紙の束だった。その手紙の束の上にはより最近書かれたものと思われる真っ白い封筒が置いてあり、その封筒にはキャンディの名前が旧姓で記されていた。

大理石のキッチン台の上にそのピンク色の封筒を手で広げながら、キャンディの驚きは指数関数的に増大した。ランプの照明に照らされて浮かび上がってきた文字は、自分の筆跡だったのだ。

「これは……わたしがテリィに出した手紙!」 キャンディは動揺していた。「……ずっと……ずっと前に、わたしがシカゴからテリィに出した手紙……。封が開けられてもいないなんて! テリィは読んでいないんだわ!」 キャンディはショックを受けて、口ごもりながら声にした。

このことをどう解釈すればいいのか理解に苦しんだキャンディは、スザナ本人からの説明がそこには書いてあるのだろうと推測して、白い封筒を手に掴んだ。それから台所スツールに腰掛けて、その白い封筒の手紙の中身を読み始めた――

1922年10月24日


キャンディス・ホワイト・アードレーさま

この手紙は、わたしがあなたに宛てて書く2通目の手紙です。そして、これが最後の手紙になるでしょう。あなたがこの手紙を読んでいる時には、わたしはすでに別の世界の住人になっているはずです。わたしは、そこがここよりも良い場所であることを願わずにはいられません。この世界で経験した肉体的な苦しみはあまりにも大きくて、わたしはただ疲れ切って、気持ちが沈んでいくばかりでしたから……。

この手紙があなたの手元に届けられる時には、きっとテリュースがあなたの隣にいることでしょう。わたしがこれを書いている今この瞬間でさえも、この同じ部屋でぼんやりと本を読みながら、彼が心の中であなたと一緒にいることが、わたしにはわかっています。テリィがわたしの元に戻って来て婚約してから、この6年の間ずっと同じでした。彼の言葉と存在はわたしと共にあるけれど、彼の心は、インディアナのあなたのいる場所に留まったままなのです。

わたしを憐れに思わないで、キャンディスさん。今ではテリィの冷淡な態度にも慣れました。でも、始めの頃はこんな風ではなかったのです。あなたへの手紙に書いたように、以前はわたしも、彼の心がいつかはわたしに向けられるという希望を持っていました。けれどもその希望は、すべて落胆に変わってしまいました。もしわたしの命を脅かしているこの恐ろしい病がなくなって、あなたと離れている年月がもっと長くなれば、テリィもいつかはわたしを愛するようになる日が来るだろうと言うことができたらどんなにいいでしょう……。でも、間もなく創造主の元へ旅立つことになった今、わたしはこれ以上、自分自身を偽ることはできません。わたしと彼がこれから何十年も生活を共にして、一緒に年をとったとしても、今と同じ状態が続くことがわたしにははっきりとわかっています。テリィは頑固なまでにあなたを愛し続けるでしょう……おそらく以前よりもっと強く――なぜなら、彼のあなたへの愛は、日を追うごとに深くなっているのですから……。

でもね、キャンディスさん……テリィがわたしのことを、わたしの望むように愛せないからといって、わたしが彼に腹を立てているとは思わないで。それどころか、いくら哀れみの精神からだったとしても、彼がわたしと一緒にいてくれる善意の気持ちに、わたしは感謝しているのです。わたしのこんな痛ましい彼に対する情熱は、あなたの中に軽蔑心を抱かせたでしょうか? あなたに何と思われようが、わたしは一向に構いません。テリィがわたしに投げかけてくれたほんの少しの愛情の欠片で、わたしは十分幸せだったのです。

これから書くことをしっかり読んでくださいね、キャンディスさん。そしてその後で、わたしのことをどうとでも判断してください。わたしは、例えそれが世間への表向きのことであって真実ではなかったとしても、《テリィはわたしのものなのだ》と思うと天国にいるような気分でした。わたしは栄光の絶頂を垣間見たけれど、わたしの最大の罪はそこにあるのです――それは、わたしが幸せだった間テリィが不幸だったこと……そしてわたしは、彼の苦しみにちゃんと気付いていたこと……。自分に正直になって正しい言い方をするならば、それは自分勝手な愛情でした。わたしは、そうすることが彼をとても苦しめるとわかっていても、あなたから彼を引き離すことにためらいはありませんでした。わたしにあなたの強さや無私の心があって、彼を自由にしてあげることが出来ればよかったけれど、残念ながら、わたしはあなたのように勇敢な行いをする人間には生まれついていないのです、キャンディスさん。

だからわたしは、テリィをあなたの元へ行かせるのが一番良いことだと時には思うことがあったとしても、結局は、いつでも彼を繋ぎ止めてしまったのでした。初めからそうでした――ストラスフォード劇団の事務所を訪ねて来たテリィの姿を初めて見た時から、わたしは一生彼のそばにいるのだと心に決めたのです。わたしの決心は揺るぎなく、そのためなら嘘をつくことも、騙すことも、どんな作り話をでっちあげることもためらいませんでした。テリィに送られたあなたの手紙を盗んだことは、わたしが行ったたくさんの行為の内の一つに過ぎません。――そのことを思い出すと、今では恥ずかしさで顔が熱くなります。

説明が必要ですね――その昔、わたしがロミオとジュリエットのオーディションの知らせを持って、当時テリィが住んでいたアパートに行った時の事でした。わたしがアパートの階段を上っていると、管理人さんからテリィに届いた手紙を預けられたのです。あなたからの手紙でした。わたしは、あなたとテリィが手紙のやり取りをしていることを知って、嫉妬で狂いそうになりました。それから数週間の間、わたしはその手紙を手元に置いたまま、それを粉々に破いてしまうべきか、それともテリィに返すべきか悩みました。

少なくともその時は、意図は間違っていたとしても、わたしは正しい行いをすることにしました。テリィにあなたからの手紙を返した時、わたしは彼に愛していると告白して、あなたとの付き合いを止めてほしいと訴えました。わたしは自惚れていましたから、わたしの美貌と情熱があれば、彼の心を簡単にあなたからわたしに振り向かせられると信じていました。結局はバカを演じただけだったのに……。

そんなわたしに、テリィは冷ややかな情けを持って対応しました。テリィはいつもの彼らしく紳士的な態度でわたしの愛の告白を丁重に退けてから、まるで大切な宝物であるかのようにあなたからの手紙を受け取りました。わたしは泣きながらその場を立ち去ったけれど、テリィは止めようともしなかった。わたしは激しい屈辱を感じていました。そしてその時、わたしはどんな犠牲を払ってでも、あなたから彼を奪い取ることを自分に誓ったのです。

この出来事の後から、わたしは彼のアパートの管理人を引き込んで、あなたから送られてくる手紙を横取りするようになりました。全部の手紙を盗ってしまうと疑われてしまうから、少しは彼に届くようにして……。でも、あなたからの手紙がほとんど届かなくなっても、テリィのあなたへの思いが薄らぐことはなかった……。わたしはなす術を無くしていました。

そんな時に、あの恵みの事故が起きたのです。あなたからテリィを勝ち取ることができた恵みの出来事が……。認めてしまうのは情けないけれど、わたしはあの事故のことを、ずっとこんな風に思ってきたのです。あの夜、あの病院で、あなたがわたしの病室に別れの挨拶をしに来た時、あなたがテリィをわたしの元に置いて行こうとしていることが、わたしにはまるで嘘のようでした。それはわたしにとって、夢以上の出来事でした。

あの時、あなたはわたしにテリィのことを頼んでいきました。死への準備を整えながら、わたしはあなたに告白しなければなりません――わたしはその約束を守れなかった、と。テリィはずっと幸せではなかった。何年もの間わたしが恐れていたのは、いつの日かあなたがわたしとテリィの前に現れて、わたしが自らの言葉に忠実でなかったことを非難するのではないかということでした。もしあなたがそうしていたら、わたしには返す言葉もなかったし、それ以上に、テリィをわたしの元に留めておく力などありませんでした。わたしにははっきり分かっています――テリィは、彼の廉恥心からわたしに縛られていたけれど、もしあなたにそのつもりがあったなら、あなたはただ指をパチンと鳴らすだけで、彼をあなたの足元にひざまずかせることができたのです。でも、あなたは現れなかった……この長い年月の間、ただの一度も……。

あなたに既に告白したように、わたしは自分のしたことを誇らしく思っているわけではありません――もしこのことを知ったなら、たいていの人はわたしを強く非難することでしょう。でも、わたしはただ自分の弱さをよくわかっていて、彼なしで生きる強さを持っていなかっただけなのです。

とは言え、わたしのテリィに対する愛着から、わたしがあなた方二人に間違ったことをしてしまったことは自覚しています。もしも劇の脚本を書く時のようにこの物語を書き換えられるのだとしたら、わたしは筋書きの大部分を変更することでしょう。第一幕からやり直して、スザナ・マーロウを、薄幸な恋人たちの邪魔などせずに、無私の精神で舞台後方へと消えていく、悲劇のヒロインに仕立てることでしょう。でも現実の世界でわたしが下した決断は、わたしをこの悲しい物語の敵役にしてしまいました。

わたしの命はもう尽きようとしています。そのことに不満はありません。わたしは、それで良いのだと思っています――なぜならわたしの存在は、テリィの人生を破滅させただけなのですから……。わたしが逝ってしまったら、彼はあなたの元へ飛んでいくでしょう。わたしにはそれが分かっています――わたしは、あなたがまだ独身だということを調べました。あなたが独身で居続けているのは、あなたがまだ彼のことを愛しているからなのでしょうか……? わたしはそうであることを心から願っています――テリィはそれだけの思いに値する人ですから。

テリィとあなたが結婚したら、あなたに直ぐに会いに行くよう母に頼んでおきます。わたしの犯したすべての過ちに対してはほんの申し訳程度かもしれないけれど、せめてもの償いの気持ちとして、わたしが盗んだ手紙をお返しします。

キャンディスさん、わたしの告白は以上です。あなたがわたしに示してくれた親切に感謝すると共に、あなたに許しを請うことが、この手紙を書き終える前にわたしが最後にしなければならないことです。信じてください――最後の息を吐いた時、わたしがあなたの名を祝福したことを。

かしこ 
スザナ・マーロウ 


スザナの屈折した手紙を読み終えた時、キャンディの目に涙が溢れて頬を伝った。キャンディは、かつて一度も経験したことがないような複雑な感情の渦の中で、心の動揺を抑えることができなかった。昔に抱いたスザナ・マーロウの印象は、頭の中からゆっくりと消えて行った。テリィがスザナとの生活の様子を断片的に明らかにして以来、キャンディのスザナに対する見解は大きく変化していたけれど、スザナ自身の告白の手紙でその心の内を知ることは、理解の限度を超えていた。キャンディの中で、これまで持っていた人間の本質に対する信頼が、もろくも崩れていきそうだった。

キャンディは、自尊心と自立心が完全に欠如しているスザナのことを気の毒に感じたが、自分がテリィに送った手紙を盗んだ厚かましさに対しては猛烈に腹を立てていた。さらに、スザナがぬけぬけとテリィの苦しみに気付いていたことを告白したことが、キャンディを激しく怒らせた。スザナはテリィを苦しみから解放することが出来たにも関わらず、哀れみを示さなかったのだ。しかしながら、おそらくこの手紙の中でキャンディの気持ちを最も激しく動揺させたのは、もし自分がテリィの前に現れていたとしたら何が起き得たのかに関する、スザナの確信を持った言葉だった――

『もしあなたにそのつもりがあったなら、あなたはただ指をパチンと鳴らすだけで、彼をあなたの足元にひざまずかせることができたのです』

この言葉の重みが、これまで考えても見なかったある現実へとキャンディの目を開かせた――それは、自分も知らぬ間に、スザナと同じ罪を犯していたという現実。――テリィの苦しみを終わらせることが自分にも出来たのに、わたしはそれをしなかったのだ……。この新たな認識に戸惑って、キャンディは手に顔を埋めて激しく泣きじゃくった。そして、そのようなキャンディの姿を、テリィは見つけたのだった。

「キャンディ、何があった?」 テリィは慌てて駆け寄ってキャンディを抱きしめた。「どうした、キャンディ? 何があったかおれに話すんだ」

キャンディは状況を説明したかったけれど、口から漏れるのはすすり泣きばかりだった。心配が増してきたテリィが部屋の中を見渡すと、開封された茶色い包装紙と、ピンク色の封筒の手紙の束が、キッチン台の上に広げられているのが目に留まった。

「これは?」 テリィが問い掛けると、キャンディは振り返ってその方向を見た。

キャンディは泣きながら内心でため息をついた。過去のことでテリィの心を乱したくなかったので、この件については何も言わずにおこうと思っていたのだ。しかし残念ながら、今となっては秘密にしておくことなど不可能だった。唯一の正しい対応策は、真実を話すことだとキャンディは考えた。

「この包みは、昨夜舞台が終わった後に、わたしがボックス席から出た時に渡されたものなの」 キャンディは、涙で枯れた声で話し始めた。

テリィの不安は募っていたが、何も言わずにキャンディに話を続けさせた。

「まったく予想もしなかった人から渡されたの」

「予想もしなかった人って?」 テリィはせっかちに話を促した。

「……マーロウさん」 キャンディは、テリィの反応を予期しながら答えた。

「あのくそったれが!」 罵倒せずにはいられずに、テリィは声をあげた。

「わたしに手渡してほしいとスザナから頼まれた物だと言ったわ」 テリィの顔が一瞬青ざめ、その後怒りで真っ赤に染まるのを見ながらキャンディは説明した。

「なんて浅ましい女なんだ」 テリィは信じられないというように頭を左右に振りながら、苦々しく笑った。「最後の最後まで壮大なドラマを演じなければ気が済まないとはな」

「もういいのよ、テリィ……そんなに怒らないで。そんな風に気に病む必要はないことだから」 キャンディは、テリィの急激な怒りをなだめようとして言った。

「でも……きみをこんなに泣かせたじゃないか……」 その手でキャンディの涙を拭いながらテリィは言い張った。

「わたしなら大丈夫よ、テリィ。包みの中身を見て驚いちゃっただけなの。あなたも見たでしょう?」 キッチン台の方に振り返ってキャンディは聞いた。

「一体何なんだい、これは?」 キャンディがいつも使っているピンク色の封筒に気がついたテリィは、驚きを隠せずに大きな声で聞いた。

「あなた宛ての手紙よ、テリィ」 キャンディは説明した。「あなたが受け取ることのなかった手紙なの」

「でも……こんなにたくさんの手紙……まさか、あり得ない!」 テリィは封がされたままの手紙を一通一通手に取って、確かにキャンディの筆跡で書かれた自分の名前とかつての住所を指でなぞりながら、消印の日付を見て激しく言った。「おれに届かなかった手紙……きみはこんなにたくさん書いてくれたのか……キャンディ!」

「そうなの……前にも話したことがあったわよね。あなたに出した多くの手紙が一体どこへ紛れ込んでしまったのかと思っていたけど……スザナが持っていたのね。スザナが残した死後の手紙の中で、そのことについて説明してくれたわ……それから、謝罪の言葉も……」 キッチン台の上のスザナの手紙を指さして、キャンディは口をつぐんだ。

白い便箋に書かれたスザナの手紙を見て、テリィの表情に暗雲が立ちこめた。スザナの偏執的な性格についてはよくわかっていたので、キャンディと自分が遠距離恋愛をしていた当初から、自分たちがスザナの策略の犠牲者だったことをテリィは理解した。

普段のテリィであれば、スザナのこのような汚い手口に対して怒りでカッとなってしまうところだが、キャンディの激しく落ち込んだ様子を目にして、今回ばかりは気持ちを鎮めて妻の悲しみを慰めることにした。

テリィはスザナの手紙を手に取ると、その不快な手紙を無言で粉々に破いてゴミ箱に捨ててから、キャンディの手紙をまとめて片手で持った。そしてもう一方の手でキャンディを裸の胸に抱き寄せて、そのおでこにキスをした。

「この手紙は明日読むから」 唇をキャンディのおでこにつけたまま、テリィは囁いた。「ひとまずおれとベッドに戻ろう、ハニー。あともう少しきみと一緒に寝たいからさ。いいだろ?」

キャンディは黙って頷いた。テリィに肩を抱かれて寝室へと戻りながら、キャンディは、心を蝕む暗い想いを消し去ろうと懸命に努めていた。



『リチャード三世』の初演の日から一週間もすると、キャンディとテリィは快適な日常のサイクルの中で日々を過ごした。キャンディは、週に二日は赤十字で看護婦のボランティア活動をした。病院では偽名を使わなければならず、記者を避けるために家から病院までは必ずロベルトに付き添ってもらう必要があることが厄介ではあったけれど、有名人の妻として、多少の犠牲は仕方ないと割り切っていた。ボランティアの仕事がない日の夜は、夫と一緒に劇場に出かけた。劇場では、時にはボックス席から舞台をもう一度観劇することもあったし、舞台裏で控えていることもあった。テリィの同僚たちは、控えめで邪魔にならないどころか、むしろ世話好きなキャンディの存在に慣れてきていた。団員たちの多くが心密かに――どうしたらこんなに感じのよい魅力的な女性が、テリュース・グレアムのような男を好きになれるのだろう……と首をひねった。それでも団員全員が、テリュース・グレアムの気分を和ませて親しみやすくしてくれるキャンディの存在を有難く思っていた。

朝はテリィはたいてい遅くまで寝ていたが、キャンディはその点では夫と行動を共にできなかった。孤児院での長年に渡る子どもたちとの生活から、朝早く起きる習慣が身に付いていたのだ。そういう訳で、ボランティアの仕事がない日の朝は、キャンディはミセス・オマリーと一緒に時間を過ごした。ミセス・オマリーもキャンディといるのが楽しい様子で、二人の会話は自然に弾んだ。

そんなある日の朝、二人一緒に台所仕事をしながら、ミセス・オマリーはこれまで聞きたくてうずうずしていた質問をキャンディにぶつけた。

「奥様……」 ミセス・オマリーは質問を開始した。「マーロウ夫人とその娘さんのことはご存じですか?」

「ええ、知っているわよ。でもどうしてそんなことを聞くの?」 スライスしていたニンジンを脇に置いてキャンディは問い掛けた。

「わたしとロベルトが、奥様のいないところでこんな話をしていたことは許してくださらなければなりませんよ。グレアム様の舞台の初演の夜に、マーロウ夫人が現れたとロベルトから聞いたのですよ。わたしもロベルトも、あの夫人が一体何を奥様に言いに来たのかとても興味が湧きましてね。マーロウ夫人と奥様はお知り合いではないと思っていたものですからね」

キャンディは一呼吸置いて、この家政婦に説明する言葉を慎重に選んだ。

「そうねえ……確かに以前会ったことはあったけど……」 キャンディは、出来るだけ軽い調子に聞こえるように説明し始めた。「実際は、多少の面識があるくらいなの。スザナさんとは数回話したことがあるだけだし、マーロウ夫人に至っては、以前に一度会ったことがあるだけなのよ」

ミセス・オマリーはここで一旦会話を止めた。長年生きてきた知恵をたよりに、この家政婦はグレアム夫妻のことに関して多くのことを理解しつつあった。新聞の記事には、グレアム夫妻は学生の頃からの知り合いだということが書いてあったし、ミスター・グレアムは、どう見ても愛しているようには見えない婚約者と何年も暮らした後、その婚約者が亡くなってから2年後に、相思相愛の妻を連れて公演旅行から戻ってきた。それに加えて、かつての婚約者と今の妻がお互いを知っていたとなれば、世間からは念入りに隠された三角関係があったと推測するのは容易かった。

「マーロウ夫人が何かの包みを奥様に渡していたと、ロベルトが言ってました」 ミセス・マーロウは再び質問を続けた。

「ええ……えっと……それには手紙が入っていたのよ……スザナさんがわたし宛に書いた死後の手紙だったの」

「そういうことでしたら、奥様、あの娘さんが書いたことなど何一つ信じてはいけませんよ」

「どうしてそんなことを言うの?」 キャンディは、ミセス・オマリーの確信に満ちた物言いを不思議に思って聞いた。

「奥様、わたしはあのマーロウ母娘と何年か一緒に暮らしたんですよ。ミス・マーロウに特別な手伝いが必要だからということで、住み込みで雇われたんです。だからあの娘さんのやり方はすっかり心得ていますよ、ええ。虚栄心のかたまりのような娘さんでしたからね……それにあの母親ときたら!」 軽蔑するように眉をひそめながら、ミセス・オマリーは語気を強めて言った。

「二人のことを嫌っていたような口ぶりね」 キャンディは、この話題の中で品位を損なわぬよう最善の注意を払いながら、それとなく聞いた。

「あの二人を好きになんてなれませんよ」 ミセス・オマリーはため息まじりに言った。「こんなことを言っていいのか分かりませんけどね、マーロウ夫人はグレアム様の財産に異常な関心を持っていたと思いますよ。マーロウの母娘はたいそう贅沢な暮らしをさせてもらっていたんですから、本来ならグレアム様に平身低頭感謝すべきところを、マーロウ夫人ときたら、グレアム様があの二人のために買った豪華な家でもまだ物足りないと言わんばかりに、いつだって口うるさくもっともっととねだっていたんです。あのタウンハウスは、このアパートより格段に広くて素敵な家でした。あのがみがみ女にグレアム様が利用されるのを見ているのは本当に辛いものでしたよ。グレアム様は良い方ですからね。わたしがこれまでお仕えした中で一番の御主人様です」

「そうだったの……」 キャンディはほとんど何も言うことができなかったが、ミセス・オマリーは勢い批判を続けた。

「それにですよ、ミス・マーロウときたら大人の女性の皮を被った我儘な小娘でしたよ。グレアム様にはすっかり熱をあげていましたけれどね、わたしが見たところ、グレアム様の方では歯牙にもかけない様子でしたよ。わたしはずっと不思議に思っていたんです――どうしてグレアム様のようなお方がミス・マーロウと婚約までしているのかとね。わたしが下した結論は、グレアム様はミス・マーロウを気の毒に思っておいでだったんですよ――ほら、あの事故がありましたからね。それに、グレアム様は結局ミス・マーロウと結婚なさいませんでしたから、ミス・マーロウは言ってみればただのゲストだったんですよ。なのに、あの娘さんはまるでグレアム様の妻気取りでわたしをこき使って、自分の気に召さないと怒り出すんです。でもそうかと思えば、ミス・マーロウはグレアム様のためにお料理もしなければ、わたしがシャツにアイロンをしっかりかけたのか確認もせずに、妻らしいことは何一つしないんですから。ロベルトとわたしは、あの母娘に関しては嫌な思い出がたくさんあるんですよ。グレアム様のことが好きだったから、わたしらは何とか辞めずにいたんです」

ミセス・オマリーの話を聞きながら、内心でマーロウ母娘とそして自分自身に対する怒りが高まるのを感じながらも、キャンディはその感情を上手に隠した。

「それは大変だったのね、オマリーさん……でも、わたしの夫に対して示してくれた忠誠心に感謝します」 キャンディは、この不愉快な話題を終わらせようとして言った。

「ありがとうございます、奥様」 ミセス・オマリーは頷いて答えたが、まだ言うべきことがあるというように話を続けた。「グレアム様からタウンハウスをマーロウ夫人に譲って引っ越しをすると告げられた時、ロベルトとわたしはあの雌ドラゴンとあの家に残るのを拒否したんです。グレアム様はわたしらに引き続き仕事を与えて下さって、しかも、週末や夜は働かなくてもいいと言って下さって、わたしはとても恵まれていると思っていたんです。でも、グレアム様が電話で結婚したことを知らせて来た時は、正直わたしは不安だったんですよ」

「その気持ちはよく理解できると思うわ」 キャンディは、この人の良い女性に同情して、もの悲しい笑顔を浮かべて言った。

「でも奥様にお会いして、わたしは信じられないような思いでした。新聞には、奥様は大富豪の令嬢だと書いてありましたけど、全くそうは見えませんでしたよ……わたしが言いたいのは、奥様はツンツンしたところのないレディーだということです。奥様は素晴らしいご主人様ですし、グレアム様にとっても本当に良い妻でいらっしゃいます。ですからわたしは、あの小娘が書いたことが奥様の気分を害するのが嫌なんですよ」

「本当にどうもありがとう、オマリーさん。その気持ちに感謝するわ。手紙のことは心配しないで……大したことは何も書いてなかったのよ。さあ、急ぎましょう……シチューが間に合わなくなるわ」 キャンディは努めて明るい笑顔を作って言った。言うべきことは言ったと判断したミセス・オマリーは、それ以上は何も言わずにキャンディの言葉に従った。

それからキャンディはシチューの野菜を切る作業に戻り、ミセス・オマリーは台所を出て掃除を始めた。キャンディは、ミセス・オマリーの言葉を頭から払いのけようと懸命に努力したけれど、落ち着かない気持ちが膨らむばかりだった。テリィがスザナと過ごした生活の実態を知れば知るほど、キャンディは、何故テリィは自分が彼の元を去ったこと恨みに思わなかったのか、理解できなくなっていた。





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今回も楽しく読ませていただきました。 (てぃえんてぃえん)
2012-03-30 01:37:01
包みの中身はピストルか?!と思った後、思い直してテリィに宛てたキャンディからの手紙かと予想していました。あったり~(笑)
 
 キャンディが手紙を読み終えて号泣しているところ、私まで号泣してしまいました。スザナの女心がきっと優しいキャンディには理解できるはずだけど、すんなり理解するには愛するテリィが払った犠牲があまりに大きくて、そうさせてしまった過去の自分が歯がゆくて・・・。辛いですね。

 スザナが死を目の前にして何故この様な手紙を残したのか、懺悔なのでしょうか。それとも死してもプライドを保ちたかったのでしょうか・・・。次回にわかるかな。
 
 それにしても、ジョゼフィンさんは見事に人物を捕らえてますね。スザナの手紙を読んでいる間、これがファンフィクだと言うことを完全に忘れてしまいました。ズザナならこんな手紙を書きそうです。

 次回も楽しみにしていますと共に最終回が近づくのが悲しいです。
返信する
てぃえんてぃえん様 (ブログ主)
2012-03-30 09:36:48
いつもコメントありがとうございます

スザナのことをキャンディはまだ理解できていないようにブログ主は思います。今は混乱の中にいるキャンディなのであります…というか、そんな身勝手な思いは理解したくない…という感じでしょうか。

ブログ主は、このファンフィクのスザナのことを突き放して解釈している視点が実はとても好きです。いろいろ言い訳をしてみたところで、結局は自分勝手な女の人だったわけで…。

FSでもスザナの扱いはだいぶ変わって、原作者さんとしてもスザナを突き放していたように感じました。

それが正解だとブログ主も思うのでありました。

この辺は、ファンの間でもいろいろ感じ方が違うかもしれませんね。
返信する
Unknown (もも)
2012-03-30 14:26:40
更新ありがとうございます。

哀しい…スザナの手紙、壮絶でした。
「あなたはただの一度も現れなかった」って…「お前が言うな!」と思いつつキャンディとテリィが可哀想すぎる…

私の中でもスザナの立ち位置はいまいち決まらないんです。“性格の良い人”ではないにしろ、性悪な人、哀れな人、一途な人…いったいどれなんだろうって…全部当てはまるとも言えますが。 やはり女優ならではなんでしょうか。

漫画やFSでテリィが「幸せにしなければ」と思い最後まで療養生活を支えたからには、そんなに性格悪くなかったのかぁと考えたり…

その一方で、FSの中のスザナからの手紙は「本当に素直な気持ちで書いてる?」みたいに思ってしまう意地悪い自分がいるんです。
キャンディも「誰かを好きになると綺麗な気持ちのままではいられない」みたいなことを書いてるし、「ということは“シカゴ公演で嘘ついた”“手紙隠した”の他にも本当はもっとやらかしてたのでは?」などと、どんどん意地悪目線になってしまう…

人によって意見が分かれるのでしょうが、やはり「嫌な女」という意見が多いのでしょうか?
ブログ主様、その他の皆様方はどう思われてますか?
返信する
テリィが可哀相 (ちいちゃん)
2012-03-30 18:30:13
プログ主様、こんにちは! 更新ありがとうございます。今回は何と言っていいのか落ち込んでしまいました。
キャンディもテリィも別れた後、ボロボロになりました。でもキャンディにはアルバートさん達がいたからなんとか仕事も出来ました。一方テリィはキャンディを失って魂の抜け殻になって仕事も失います。
あの時テリィにとってどんなにキャンディが必要だったのか考えると辛いです。スザナの手紙を読んで、テリィがどんな思いで彼女と暮らしていたのかがわかって、キャンディはテリィを置いてきた事を後悔してますね。彼を救いに行かなかった事も。
でもテリィはスザナに責任を果してキャンディの所に戻って来たんです。二人で過去を乗り越えて、未来に生きてほしいです。
返信する
何ともいえない… (ほみかお)
2012-03-30 19:05:19
手紙だったのですね。
テリィ宛の手紙を盗ってたなんて…!! 私も腹が立ちました。でもキャンディは腹を立てながらも そういう状況にしたのは自分だと…キャンディらしいですね。素晴らしい心の持ち主だと思います。
スザナは謝りたかったんでしょうか。自分の我が儘ゆえに2人を傷つけ苦しめた事を…。
キャンディが号泣したのも解るし、オマリー夫人が色々話す事に相づちをうてず複雑な気持ちになるのも、うなづける。
私も何とも言えません。
返信する
複雑すぎて (ナオ)
2012-03-30 21:12:38
ブログ主様更新ありがとうございます。
スザナからの手紙・・・手紙を盗んだ事は悪い事だと認め謝罪していますが、二人を引き裂いた事には謝罪をしている様には思えません。『あなたはただ指をパチンと・・・』あなたも悪いのよ って事??
恵みの事故って何? テリィが手紙を読むかも知れないとは思わなかったの? 本当に愛してたの?
スザナの複雑な性格は理解に苦しみます
スザナから開放されたテリィ、キャンデイとう~んと幸せになってほしいです。
次回も楽しみに待っております。 
返信する
みなさまコメントありがとうございます (ブログ主)
2012-03-31 00:22:57
もも様、ちいちゃん様、ほみかお様、ナオ様
いつも大切に読んでいただいて、コメントを残していただいてありがとうございます。

今回は、みなさん混乱したり複雑な心境になったり困惑したりしたみたいですね。
ブログ主が思うのは、それこそがスザナという人なのではないか、ということです。

良い人なのか悪い人なのか分からない、利他的な人なのか利己的な人なのか分からない…
読者だけでなく、キャンディもテリィもそんなスザナに振り回されて、10年という年月を犠牲にしてしまったのですよ。

結局スザナは良い人ではなかったとブログ主は思っているので、ジョセフィンの解釈には共感してます。
テリィは一緒に暮らしてそのことに早く気付いた、キャンディはスザナが死んでから知った…長かったですね。

>キャンディも「誰かを好きになると綺麗な気持ちのままではいられない」みたいなことを書いてるし

キャンディはそう言ってますが、そう思っても人を不幸にするような行動には絶対に移さないキャンディと、移してしまうスザナには、天と地ほどの差がありますね。

原作者さんのスザナ像は、この一文で知ることができるのではないかとブログ主は思います
「宝石箱の中でその封筒の周りだけはひんやりとしている」

スザナが死んでしまったことを象徴するだけでなく、スザナという存在そのものの温度感を表現しているのではないでしょうか。

ブログ主のスザナ論でした
返信する
Unknown (もも)
2012-03-31 01:58:11
>その封筒の周りだけはひんやりしている…

あぁ、そういえば…と思い出しました。思い出させていただき感謝です。

今回のスザナの手紙は、思わず唸ってしまう程納得してしまいました。ここまで振り幅のあるスザナという人の胸の内の著し方が秀逸で、素晴らしいです。

「愛情の欠片」この言葉が一番胸に悲しく響きました…

でも、同僚達の「なんでグレアムのような男を好きになる?」の所は思わず笑いました。周りにいる人間から見れば魔可不思議…いえ劇団の七不思議に入ってても不思議じゃないかも…


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スザナ論補足 (ブログ主)
2012-03-31 11:47:25
もも様

>ここまで振り幅のあるスザナという人の胸の内の著し方が秀逸で、素晴らしいです。

同感です。生活の中で、作者自身が常日頃からよりよい生き方とは何か…を考えているからこそここまで思い切って書けたのだと思います。

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前のコメントのスザナ論に少し補足します

いつもコメントを下さる皆さんも困惑してしまった今回のスザナの告白ですが、やはり作者が西洋人ということで、西洋的(キリスト教的)精神が盛り込まれていると思うのですね。

日本の読者にはわりとすんなりと受け入れられていたテリィがスザナを選んだ気持ちの過程は、西洋の読者にはほとんど病的な自己犠牲に映っていたようにブログ主は海外ファンのいろいろな意見を見ていて感じるようになりました。

スザナが自分を犠牲にしてテリィを助けたのは素晴らしい行為だけれども、その自己犠牲を盾にテリィに犠牲を強いることは、人の道(神の道)に反するということです。

スザナは確かに足を失った…けれどそれを理由にテリィを繋ぎ止めておくことは、自立心の欠如、弱さの表れということになるのですね。そして、そういう人がいることで、周囲の人間も巻き込まれ不幸の連鎖が起きるのだと。

日本人よりも自立心や自尊心の確立を小さい頃から意識の中に叩き込まれて育つ西洋人ならでは視点というか…。

足を失い、女優人生を失った弱者であるスザナでも、自分の良心に従えば、テリィを自由にすることが最善の行為だと知っていたはずであり、それをしなかったのはやはり利己的な精神ゆえだということですね。

キャンディとテリィが常に自分の良心に従って最善のことをしようとしている二人ですから、それだけスザナは悪者になってしまうのです。

このファンフィクでのスザナの扱いに納得がいかない方もいるかもれませんが、一つの解釈・視点として受け止めていただけたら幸いです。
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Unknown (てぃえんてぃえん)
2012-03-31 12:17:25
そうそう、確かに>その封筒の周りだけはひんやりしている・・・とありましたね。ブログ主様の>スザナという存在そのものの温度感を表現している、という表現、ぴったりだと思います。
 
 スザナは良くも悪くもこの話の中でものすごく人間くささを放った人なのかもしれませんね。心の葛藤をあからさまに表現してしまう。若くかわいらしい様子からこれは善か悪か・・・と迷いますが、年増女が同じ事をしたら魔女扱いされるでしょう・・・。

 ほんとに、女優さんなのでどこまでが演技なのでしょうか・・・私も振り回されて30年、ここで結論が出そうです。
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