sweet キャンディキャンディ

伝説のマンガ・アニメ「キャンディキャンディ」についてブログ主が満足するまで語りつくすためのブログ。海外二次小説の翻訳も。

水仙の咲く頃 おまけ |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2013年02月21日 | 水仙の咲く頃
プロローグでジョセフィンが言及していた"Rosemary555の挿絵"です
「水仙の咲く頃」の英語のオリジナルがフォーラムに投稿された時に、この二次小説のために海外フォーラムのファンが描いた挿絵です。


Candy&TerryForumより、管理人さんの許可を得て転載しています。


そしてジョセフィンから送ってもらった小説のPDFファイルに掲載されていた挿絵です。

まずは表紙のキャンディ
(&今回翻訳した全原稿350ページ すごいボリュームでした)



これは……

もうお分かりですね。
第4章「恋に落ちたマクベス」から


そしてこちら……

第5章「隔たり」から


最後はこちら……

第8章「バラード第1番、作品23」から



オリジナルの画像は作画者ご本人のページでお楽しみください。
http://rosemary555.deviantart.com/gallery/


おまけでした~




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水仙の咲く頃 翻訳者あとがき |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2013年01月31日 | 水仙の咲く頃
水仙の咲く頃(原題:The Season of the Daffodils)……楽しんで頂けたでしょうか?

翻訳をスタートさせてからTHE ENDまで、1年半もの長い時間がかかりました……。途中何度か個人的な事情で更新が途絶え、読者の皆様にご心配やご迷惑をかけながらも、やっと今回翻訳を終えることができて、ほっとしています。

翻訳を開始した当初は、英文をそのまま見て、ジョルジュをジョージ、ラガン家をレーガン家などとうっかり訳してしまい 読者の方にこっそり間違いを指摘していただいたなんてこともありました。

でも、何とか終わりました。大変でしたけど、幸せな時間でもありました

そして、たくさんの方々がコメント欄に残して下さるメッセージを見ながら、キャンディキャンディは、今でもたくさんの人たちの心に残り、愛されているんだなぁと静かな感動を覚えました。

原作者の名木田恵子さん、漫画の原画作者のいがらしゆみこさん、その他キャンディキャンディの漫画、アニメ、小説の創作に携わった方々にもう一度感謝したいです。

そして、キャンディキャンディへの愛がぎっしり詰まったこの長い二次小説を書きあげたジョセフィンにも、感謝を送ります。

そして最後に、約1年と半年、辛抱強く更新を待っていただいた読者の皆様に、心から、心の底から、感謝の気持ちを送らせてください 

皆さんからいただく暖かい言葉、コメント……その一つ一つに励まされました。

海外のファンフォーラムにはまだたくさんキャンディキャンディの素敵な二次小説がありますので、ぜひ、このブログの読者の方の中から、翻訳にチャレンジする方が出てくるといいな……などと密かに願ってます。

「キャンディキャンディの二次小説書きました」、「翻訳しちゃいました」という方は、ぜひこのブログのコメント欄で宣伝してください。

本当に、ありがとうございました。

ブログ主
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水仙の咲く頃 エピローグ |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2013年01月31日 | 水仙の咲く頃
キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳


エピローグ
イングリッシュ・ガーデン


1925年8月、スコットランドで静かな一週間を過ごした後、テリュース・グレアムとその妻はストラスフォード・アポン・エイボンに到着した。その前の数か月間、夫婦は公演旅行でアメリカ南東部を回り、イギリスへの最終的な引っ越しの荷造りにギリギリ間に合わせるために、7月にニューヨークに戻った。二人はハサウェイ夫妻と別れを交わし、献身的に働いてくれた従業員たちには、新しい雇用先への適切な推薦状を書いて、最後のお給料をきっちり支払ってから暇を出した。もちろん、そこには多大な悲しみが伴った。

出発前にインディアナやシカゴを訪問することは不可能だった。キャンディは、アーチ―とアニー、そしてポニー先生とレイン先生にそれぞれ電話をかけ、差し迫った出発の報告をした。驚いたことに、その知らせを受けるとアーチ―は素早く行動し、最後の別れをするために、何の前準備をすることもなく家族を伴ってニューヨークまでやって来た。アーチ―は、この旅にポニー先生とレイン先生も招待していた。しかし、ポニーの家の子供たちは新米修道女たちの手に任せられるというにも関わらず、二人はこれを辞退した。この二つの無私な魂は、愛する娘の旅立ちをこれ以上困難なものにしたくなかった。二人にとっては、キャンディが赤ちゃんの頃からずっとそうしてきたように、ポニーの家に留まって、娘のために祈りを捧げる方がよかったのだ。

それでもやはり、別れの瞬間は予想通りに涙にくれるものとなった。エレノアとアニーは、出来るだけ早いうちに二人を訪問すると約束した。フランスにいるアルバートさんからは電報が届き、8月下旬にアメリカに戻る途上、ジョルジュと二人でイギリスに寄ると知らせてきた。船が港を出て友人たちの姿が遠く消えていくのを見ながら、テリィに肩をしっかり抱きしめられていたキャンディはため息をついた。今この瞬間の悲しみとは別に、未来に何が起ころうとも、お互いへの愛がきっと自分たちを支えてくれるはずだという確信を感じながら、二人の心は勇気に満ちていた。

キャンディが経験したような、妊娠初期中の度重なる旅行や大きな別れの悲しみは、もっとか弱い女性であったら病気になってしまうか、あるいは激しい気分の落ち込みを感じる類のものであった。キャンディが、決してお上品でも弱々しいタイプの女性でもなかったのは幸いだった。妊娠初期にあった朝の体調不良の症状が消えてしまうと、あとはとても健康的で何の問題もない妊娠期間を過ごすことができたので、テリィの愛情に支えられてひたすら動き続け、新しい生活に向き合った。それでも、今では妊娠5か月目に入っていたキャンディは、ようやく新居の敷居を跨ぐことができたことにほっとしていた。

テリィは、一年前の春に休暇で利用した同じコテージを、二人のために賃貸していた。コテージのアトリエの扉を開けるとき、テリィは胸の鼓動の高鳴りを感じた。まさにこの部屋で、キャンディに送る最初の手紙を書きあげようとして、戸惑いや恐れの感情に苦しめられたのだ。その同じ部屋に、キャンディの愛を確かなものにしてこうして戻って来られたことに、この上ない喜びが湧き上がってくるのだった。その喜びは、すがすがしさと勝利の感覚が入り混じった、これまでには経験したことのない感情だった。お腹に子どもを宿して体に丸みを帯び始めたキャンディが、鼻歌を歌いながら部屋の中を歩き回る姿を眺めていると、その幸福感はさらに高まった――これ以上幸福になるのが可能であればの話だが……。

友人たちや家族が近くにいないことを、キャンディが寂しく感じたのは言うまでもないことだが、ニューヨークからストラスフォードへの環境の変化自体は悪くはなかった。根っからの田舎娘であるキャンディにとって、自然が多く静かなこの環境の方が合っていて、寂しさを紛らわすためには大いに役立った。その古いコテージには、川に面した、正面に小さなガーデンのある大きな裏庭があった。前の住人からはほったらかしにされていたらしいガーデンの枯れた草や萎れたツタを最初に目にした時から、キャンディは新しいガーデンを作ろうと決心した。その時は夏の終わりで、ガーデン造りのプロジェクトを始めるには最適な季節だった。雑草を取り除き、土を耕してもらうための人を雇い入れ、キャンディは、翌年の春のためのガーデンの設計に精を出した。

9月の中旬、グランチェスター公爵が二人を訪れた。テリィが皮肉交じりに継母は元気かと尋ねると、リチャード・グランチェスターは息子の嫁と庭師が働く裏庭に目をやりながら、いたずらっぽい笑顔を見せて言った――

「お前も知っての通り、たちの悪い雑草がな……」

「キャンディを派遣して、アランデル・パークの庭師に説教してもらうべきかもしれないな……」 テリィは、公爵夫人が例年秋になると逗留する、チェシャー州の本屋敷のことを指して言った。

時を同じくして、エレノア・ベーカーがストラスフォードに到着したのは、もちろんただの偶然だった。エレノアは、キャンディのお産に付き添うために、冬のシーズンの予定をすべてキャンセルしてはるばるやって来たのだ。お産後も赤ちゃんの世話を手伝えるようしばらくここに留まって、クリスマス休暇を息子夫婦と共に過ごし、テリィの誕生日が過ぎたらアメリカに戻る計画だった。エレノアは、自分の存在が息子夫婦の邪魔にならないようにコテージの近くに家を借りていたが、それでも、息子の家を訪ねる折に、リチャード・グランチェスターと何度か鉢合わせすることは避けられなかった。幸い、二人は他人行儀な社交辞令を交わすことでその場をやり過ごすことができたが、来るべき時が来れば、息子や孫の手前、このように顔を合わせることにも慣れていかねばならなくなることだろう。

出産の予定日は、テリィのロンドン公演が始まる時期と重なっていた。若夫婦にとっては残念なことだったが、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーで迎える初めてのシーズンに特別休暇を取るような贅沢を、テリィは自分に与えることはできなかった。それ故に、母のエレノアと家政婦が出産の時には妻のそばにいてくれることが、とてもありがたかった。

ところが物事は思いがけない方向に進んだ。両親の強情さと気まぐれを受けついだその赤ん坊は、予定日の2週間も前に産まれてきたので、新米パパは長男の誕生に立ち会うことができたのだ。その子ができた時に演じていたシェークスピア劇の登場人物から、テリィは子どもにリチャードと名付けた。その名を選んだ本当の理由を夫が率直に認めないことがキャンディにはわかっていたので、知らぬ素振りで夫のごまかしに付き合った。――大切なのは、テリィの心が、ゆっくりとではあっても父親に歩み寄ってきていることなのだから……。息子からは打ち解けない態度で伝えられたにも関わらず、孫に付けられた名前を知らされると、誇り高きリチャード・グランチェスターは我を忘れて興奮した。そして遂に、リチャードが生まれた翌日、キャンディはこれまでの古い新聞の切り抜きや手紙を、中世の象嵌細工の宝石箱に移し替えた。



それからの10年、二人の頑固で強情な人間が同じ屋根の下で生活しながらこの世の荒波を共に乗り越え、グレアム一家のコテージでの暮らしは平和に過ぎて行った。怒りに任せてドアをバタンと閉めてはその後に熱烈な仲直りをする……というようなことを何度となく繰り返しはしたけれど、二人の人生は幸福で満ち足りたものと言ってよかった。長男の誕生の数年後に女の子が生まれ、その5年後には末っ子の二男が誕生し、時とともに家族が増えた。そういった幸福な出来事の合間に、夫婦は流産という悲痛な経験もせねばならなかった。そのような暗い時期もあったけれど、テリュース・グレアムの名はイギリス演劇界でますますの尊敬を集め、キャンディは、赤十字のボランティアとして、そしてさまざまな社会的意義のある活動の後援者として、ウォリックシャー州を越えて名高い評判を得ていた。二人は最終的に古いコテージを買い上げ、州内で最も豪勢なスモール・ガーデンを持つ、その地区の最も美しい場所へと造り替えた。1926年に大学を卒業したパティはオックスフォードにそのまま教授として残り、毎年夏になるとコテージを訪れる常連になった。その他の大切な友人たちも、この10年の間に何度か訪ねて来てくれたのだが、中でもウィリアム・アルバートとコーンウェル夫妻がとりわけ熱心だった。

1929年のウォール街大暴落は、ほとんどの投資家や企業にとって衝撃的な出来事となった。ウィリアム・アルバート・アードレーの富もその恐慌の影響から完全には無傷ではなかったけれど、その中にあって、最低限の損失で乗り切った。大恐慌の年の5年前にアルバートさんが下した慎重な決断が実を結び、企業で働く従業員たちの職を守ったのだ。レイクウッドの別荘は、アルバートさんの経済事業計画の一環として、その大恐慌の年の大暴落が起きるわずか数か月前に売却されていた。

ラガン家はさらに運が良かった。合法的でないものも含めたあらゆる策略を駆使して、ラガン氏と息子のニールはその時代の騒乱を逆手に取り、アメリカ国内や外国で、新たな事業に打って出た。ラガン家が展開するリゾートやカジノは、大きな成功を収めながら拡大した。しかし残念ながら、これまで以上に金持ちになったところで、ラガン家の人々の性格が向上することはなかったし、より幸せになることもなかった。ニールはやがて手軽で愛のない結婚をし、イライザは独身のままだった。

1931年、ベアトリクス・グランチェスターがこの世を去った。ベアトリクスの長男と長女は、母親が亡くなる前までに、それぞれ貴族の相手と条件の良い結婚をしていた。そのため、公爵とベアトリクスの次男の二人だけが、グランチェスター家のロンドンの屋敷に残された。まだ若い次男は母親との約束を守り、最終的には実の父親である叔父の家に引っ越した。このような悲しい出来事の翌年、公爵はウォリックシャー州に暮らすただ一人の実の息子を訪ね、政界から引退して長旅に出ると告げた。今回も、その旅の終着地がニューヨークなのは、ただの偶然に過ぎない。1933年に旅を終えてイギリスに戻った公爵は、湖水地方の別荘を売却し、エジンバラの別荘を改装した。

ポニーの家では、毎年毎年30人以上の子どもたちを世話し続けた。カーネギー夫人は約束に忠実に、養子にもらわれずに残った孤児たちの大学進学費用を提供してくれた。それと並行して、キャンディとアニーは共に協力しながら、ポニー先生が1933年に引退した後も末永く、孤児院への経済的な支援を続けた。心臓が弱ったことで、大切な子どもたちを世話することがかなわなくなったポニー先生は、亡くなる前の2年間を、ウィリアム・アルバート・アードレーの家で暮らした。1935年、キャンディと3人の子どもたちがポニー先生の臨終に立ち会えるよう、テリィはカンパニーから6か月の休みをもらった。レイン先生とキャンディが最後のお祈りを捧げ、その善良なる一人の女性の魂が創造主の元へと飛び立ったのは、晴れた4月の朝のことだった。もしテリィがそばにいてくれなかったら、キャンディはこの胸が張り裂けるような悲しい出来事と、どう向き合えばいいのか到底わからなかっただろう。

1936年の春、エレノア・ベーカーが例年通り、息子家族を訪ねてきた。エレノアはその3年前に女優を引退し、エジンバラで暮らしながら回想記を執筆していた。ある暖かな午後、子どもたちが昼寝をする間、エレノアとキャンディは庭のガゼボに座ってお茶を飲みながら、女同士の会話に興じた。その日の午後の空気には、バラやラベンダーやリンゴの花、そして水仙の花の香りが混ざっていた。遠くでは、エイボン川が春の風に水面を撫でられて、さらさと音を立てていた。

二人の女性の姿はとても絵になった。相変わらず上品で、60歳という年齢にしてまだ美しさを誇るエレノアは、マドレーヌ・ヴィオネのモーニングドレスに身を包み、とても魅力的だった。ウエストに花柄のプリントのある白いドレス姿のキャンディは、38歳になるこれまでに4人の子どもを妊娠したにも関わらず、未だにほっそりした体型を保っていた。果敢に優雅に年を重ねてきた二人には、生きてきた歳月が心地よく馴染んでいた。

二人はご多分に漏れず、その年の女性たちの話題の的であったエドワード8世とウォリス・シンプソンの情事について議論を交わした。それは、イギリス王室における、100年前の摂政時代以来の大スキャンダルだった。エレノアとキャンディは当然ながらエドワード8世とシンプソン夫人に同情し、二人の幸運を願った。この会話の途中途中でキャンディは、真実で純粋な愛は自由に表現されてしかるべきものだし、認められる権利があるということについて、エレノアに何度かかまをかけてみた。しかし、それに対してエレノアは、謎めいた笑みを浮かべただけだった。

キャンディがお茶を出す間、エレノアは白いフロレンティーヌハットのつばの影からガーデンを観察した。1925年に、何もなかったこの裏庭の状態を見ていたので、長い歳月を経てこの場所に起きた変化には、驚きを禁じ得なかった。

「あなたは、ここを本当に素晴らしい場所にしたわね、キャンディ」 エレノアは、巧みに話題を変えようとして、息子の嫁がこのガーデンで成し遂げた仕事を再び称えた。

「花を育てることは、テリィと子どもたちの次に、わたしが情熱を傾けられることなんです」 キャンディは夢見るような表情で答えた。「それに、シムズさんがガーデンの手入れを本当によく助けてくれます。わたしは、自分のことはシムズさんの助手くらいにしか思っていないんです」

「チッ、チッ、チッ! このガーデンの功労者があなたであることは、あなた自身もわかっているはずよ。今のこのガーデンを見て、それから最初の頃の荒れ果てた状態を思い出すと、あなたが花々や……そして人々のハートに起こす奇跡に驚かされるのよ。テリィが今では父親と上手くやっているのを見るだけでも、その奇跡がどんなものかわかるわ」

「あの二人はとても進歩したと思いませんか?」 キャンディは、公爵が最後に訪問した時のことを嬉しそうに思い出しながら聞いた。

「本当にね! でも、もしあなたが、3人の子どもたち全員を、グランチェスター家の人間として正式に登録するようテリィを説得してくれていなければ、物事はこんなに簡単には進まなかったと思うのよ。そのお蔭で、リチャードの心はマシュマロのように溶けてしまったわ、キャンディ。最高のお膳立てだったわね」

「はい……何と言ったって、それがテリィの本当の名前なんですもの。このストラスフォードでは、誰もがそのことを知っています。たまに外出して、道端で挨拶をされる時には、みんなが彼のことを≪閣下≫って呼ぶんです。最初の頃は、そういうことがあるたびに彼は怒ったような顔をしていましたけど、今では慣れてしまったみたいです。それでも、舞台上ではまだグレアムの名前を使っていますから……」

「それはそうと、テリィがこの間言っていた、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーを辞めるという話……あれはどういうことなのかしら?」

キャンディはその質問に真剣に答えようと、ガーデンテーブルに紅茶のカップを置いた。

「ブリッジス・アダムス氏が、今シーズンを最後に退職することになったんです。オペラの舞台を演出する面白そうなプロジェクトがあって、それからロイヤル・アカデミーかブリティッシュ・カウンシルで仕事をすることになるみたいです。カンパニーは、アダムス氏の後任をテリィに引き受けて欲しいと言ってきたんですけど、彼は受けないかもしれません」

「今後の舞台や、ブリッジス・アダムスがこの15年間演出してきた町のフェスティバルの仕事にも、これまで同様に予算の問題が発生し続けることを心配しているのね? 違う?」

「ええ……それと、彼はどうやら早期引退を考えているみたいです」

「それは真面目な話なのかしら?」 エレノアは眉を持ち上げて聞いた。来年40歳になるテリィは、これまで積み重ねてきた実績の頂点に達していた。そのような時に引退を考える者など、ほぼ皆無であろう。

「はい、真面目な話をしています。テリィは今でもシェークスピア劇を愛していますけど、旅をするのに少し疲れてしまったんだと思います、エレノアさん。彼はもう23年もの間、公演旅行で各地を旅してきたんですもの。子どもたちがあっという間に成長していくので、彼は手遅れになる前に、もっと子どもたちと過ごす時間を持ちたがっているんです。それに、世界的な恐慌があったとは言え、経済的な暮らし向きの面では、わたしたちには十分余裕がありますから」

「そう……残念ながら、旅が多いことは、俳優の仕事の欠点の一つだわね」 エレノアは、唇をすぼめながらその考えを受け入れた。「もし、舞台か家庭の栄光のどちらかを選ぶことができたのなら、わたしだって後者を選んだでしょうから。実際、あなたも知っているように、一度はそうしようと試みたこともあったのですもの……でも、そうね……わたしったら、またやっているわ……後悔しても意味のないことね?」

「ええ、そうですわ! 神様は、長い年月を経てまた再び、物事を正しい道に導いて下さったのではないですか?」

「あなたは抜け目がないわね、キャンディ」 エレノアは、お茶をまた一口ゆっくりとすすりながらその話を打ち切って、再び話題を変えた。「そうだわ、夏の計画を立てなくてはいけないわね。あなたとテリィが二人きりの時間を楽しみたいのなら、子どもたちはわたしが喜んで預かるわ。今年はどこへ行く予定なのかしら?」

「信じていただけないかもしれませんけど、今年はこの家で過ごしたいんです。わたしたち、リチャードが生まれてからというもの、この家で二人きりで過ごしたことがないことに、ある日突然気が付いたんです。だから、今年の夏はこの家で休暇を過ごそうと思っています」



1936年5月14日 シカゴにて


親愛なるGおじさんへ

Gおじさん、それからキャンディおばさんはお元気ですか? 妹が煩くてたまらないということを除けば、ぼくの方は全て順調です。こんなことを言って笑われるのはわかっているけど、10才の妹を持つっていうのは、とっても面倒くさいものなんです。アンのことはさておき、今年の夏は素晴らしいものになりそうです! バートおじさんが、ぼくをアフリカに一緒に連れて行ってくれると約束してくれました。バートおじさんにとっては、今回は20年振りの休暇だから、特別なものにしたいと言っています。ぼくたちはまずカイロへ行き、それからモロッコ、そしてケニアに行く予定です。ぼくは旅行の準備にワクワクしているけど、お父さんからは、ぼくが学校の優等生名簿の一番になった場合にのみ旅行を許可すると警告を受けています。でも、おじさんもご存知のように、ぼくにとっては難しいことじゃありません。期末はもう始まっているけど、今のところ成績は一番です。そういうわけで、ぼくはもう荷造りを始めています。

とにかく、ぼくなんかよりもバートおじさんの方が、この休暇をもっと必要としているんです。ポニー先生に続いてエルロイ大おばさままでが亡くなってから、とても悲しんで落ち込んでいたんです。でも、この旅行の計画を立て始めてからは、気分も大分明るくなってきています。大いに楽しい旅になるはずです。バートおじさんによると、アメリカに戻る前に、そちらに数日滞在することになるかもしれません。

それから、今後のことについて、ぼくのすごい秘密を打ち明けたいんです。秋からぼくは高校2年生になるのだけど、お父さんはもう大学のことを考えていて、ぼくに、お父さんと同じように、ハーバードでビジネスを専攻してもらいたがっています。でも、その件に関して、ぼくはお父さんをがっかりさせることになると思います。ぼくはボストンで工学を勉強して、もし運が良ければMIT(*マサチューセッツ工科大学)の大学院に進むつもりです。ぼくにとってはそれが一番いいと思うんです。キャンディおばさんはいつだって、ぼくの発明の方が爆発するのが遅いから、アリステアおじさんのよりも優れていると言ってくれます。もしぼくがMITで学べば、もっとちゃんと動くように作る方法がわかるかもしれない。Gおじさんはどう思いますか?

去年のクリスマスにパティおばさんにこのことを話したら、ボストンには素晴らしい工学部があると言っていました。パティおばさんはぼくの味方になってくれていて、ボストンには知り合いの教授がいるから、願書を出す時が来たら、その手続きも手伝ってくれるそうです。後は、お父さんを説得しなければならないんだけど、それはぼくには無理そうです。その点に関しては、キャンディおばさんを頼りにしています。だから、次のクリスマスにこちらへ来る時に、おばさんの説得力を発揮して欲しいって、Gおじさんから頼んでもらいたんです。お父さんをどうにかするには、キャンディおばさんが指をちょっと動かすだけでいいことは、ぼくだって知っているんです。

では、今日はこの辺で終わりにします。どうか、キャンディおばさんや、ぼくの小さないとこたち――リック、グウェン、テリィ――によろしくと伝えてください。次の手紙はカイロから送ります。

では、どうぞお大事に
ステア



テリィは明るい笑顔を浮かべたまま、アリステアからの手紙をたたんだ。そして、手紙の中でステアがキャンディの説得力に関して書いていた内容を思い出しながら、クククッと笑った。その魅力の魔力に直に触れてきたテリィには、何も知らされていない昔なじみのダンディ・ボーイ君が、この戦いではもう既に勝ち目がないことを知っていた。

台頭してきたアドルフ・ヒトラーがムッソリーニと同盟を結んだことで、ヨーロッパでは政治的な緊張感が高まり、人々を不安にさせていた。テリィは根っからの自由主義者だったので、これらの政治指導者たちが推し進める政策はとても危険であり、独裁に近いものだと軽蔑していた。そのような悪いニュースが飛び交う中、アリステアからの明るくのんきな手紙を受け取るのは喜ばしかった。テリィは、その青年が幼い頃からずっと特別な愛情を感じてきたし、彼が自分で自分の進む道を見つけることを、父であるアーチーボルドは許すべきだとも思っていた。それでも、もしもう一度戦争が勃発した時には、この青年を危険から守るためであれば、自分もあらゆる力を使ってアーチーボルドを助けるだろうと考えた。

届いた手紙のすべてを読み終えると、テリィは椅子から立ち上がった。もう6月の第一週目に入り、子どもたちはエジンバラで夏の休暇を過ごしている。今夜は寝室にどの詩集を持ち込もうかと考えながら大きな書棚を見上げると、その目はシェークスピアの戯曲や詩集の、古い編集版の膨大なコレクションをなぞった。しかし、その夜のテリィはシェークスピアのソネットを読みたい気分ではなかったので、代わりにキャンディのウィリアム・ワーズワースの古い詩集を手に取った。

書斎から出ると家の中はやけに静かで、テリィは自分のにぎやかな妻はどこで何をしているのだろうと考えた。夫婦の寝室に入ると、浴室から漏れてくる、蓄音機が奏でる『モア・ザン・ユー・ノウ』(*訳者注:1929年のポピュラーソング)と水の流れる音が静寂を破った。

「あら、いたわ! いったい今までどこに隠れていたの?」 浴室から出てきたキャンディが聞いた。そして、夫のそばまで来ると、その手をとって自分の腰と肩に置き、楽しげに簡単なダンスのステップを踏んだ。その曲は、キャンディが特に好きな歌だと知っていたテリィは、喜んで妻に合わせた。初めてキャンディがそのレコードを買ってきたのは、公演旅行の時だった。夫の留守の慰めになるから……というのが理由だった。その年に3人目の子どもを流産し、その不幸な出来事から数か月、キャンディは激しく落ち込んでしまった。公演旅行はファンドレイジングのための短期間のものだったけれど、それでも夫の不在は当時のキャンディには耐え難かったのだ。そして、何故かはわからなかったけれど、この歌が気持ちを少し落ち着かせてくれたのだった。

テリィは、1929年のある晩、妻に会いたい一心で、事前に連絡を入れることなく、予定よりも数日早くストラスフォードに戻ってきた時のことを覚えている。家に戻ると、キャンディは真っ暗な居間に一人で座っていた。そこまで心を痛めながらも、夫が部屋に入っていくと、瞳は明るく輝いたのだった。そんな事があって、テリィはその年の冬のシーズンは舞台に立たず、妻と二人の子どもたちと共に過ごした。子どもを失った悲しみに、二人は互いをこれまで以上に必要としていたのだ。時を経て、亡くなった子を悼む感情は消えて心は癒され、3年後にはテリュース・ジュニアが誕生した。

今では完全に立ち直っていたキャンディは、テリィが初めて出会った頃から変わらない、明るい笑顔を浮かべていた。それだけでなく、曲に合わせて二人でゆっくりと動きながら、その目の中にいたずらな光を宿していた。

「寝る前に、温かいお風呂に入るっていうのはどうかしら、ねぇあなた?」 キャンディは思わせぶりに聞いてきた。

答えの代わりに、テリィは笑顔を返してネクタイを緩めながら浴室に向かった。その間、キャンディは化粧台の方を向いて、身に着けていた宝石類をゆっくりと外していった。フレンチニッカ―と上品なキャミソールだけの姿で浴室に入っていくと、テリィはすでに気持ちよさそうに浴槽でお風呂に浸かっていた。

キャンディは束の間夫の引き締まった体に見とれ、温かなお風呂の中でその感触を感じることへの期待に胸を膨らませた。しかし、まだ髪を下ろしていなかったことを思い出し、浴室の鏡の方を向くと、髪を留めていたピンを外し始めた。

「何か新しい知らせはあった?」 センス良くまとめられていた巻き毛を肩に下ろしながら、キャンディは聞いた。

「アリステアとアルバートさんからあったよ。二人はアフリカに旅行する予定で、夏の終わりには、アメリカに戻る前にここに立ち寄るかもしれないそうだよ」 テリィは、妻が目の前で下着を脱いでいく様子を楽しみながら返事をした。そして、肩まで伸びたキャンディの巻き毛を優しく撫でたい衝動に駆られた。

(キャンディのこんな姿を見ていると、おれはまだ20才そこそこの青年のようになっちまうんだな。あぁ! 世界一美しい背中をしているよ!) テリィは物思いにふけりながら、妻を眺めていた。

髪を下ろしたキャンディが振り返って浴槽の中に入って来ると、テリィは素晴らしい詩を読み返す時と同じよう感覚を味わった。――詩の一節一節は馴染みがあるにも関わらず、その各節が魂に及ぼす作用は毎回新しいのだ。

キャンディは、何も言わずにテリィの足の間に座り、その胸に背中をもたれかけた。夫の手が、体を洗ってくれる風を装いながら全身を撫ではじめると、これから何が起こるのかはよくわかっていた。テリィは妻の体に火をつける方法を心得ていたので、間もなくキャンディは、夫の方に体の向きを変えたい衝動を抑えきれなくなった。その直後、二人は一つになった。



翌年の春、リチャード・グランチェスターがエジンバラの別荘で心臓発作を起こし、この世を去った。そして息子のテリュースが、15代目のグランチェスター公爵となった。エドワード8世の退位という、その前年12月に起きたイギリス王室の大スキャンダルの後では、公爵家の後を継いだその息子が、長い間一般庶民として暮らしてきたという事実などは些細な問題だった。戦争の危機が間近に迫っていたこともあり、英国王ジョージ6世には、グランチェスター公爵領の継承についての審問よりも、もっと重要なことがあったのだ。

テリュース・グランチェスター公爵とその家族はアランデル・パークに引っ越してそこを本屋敷としながら、冬をロンドンで、夏をスコットランドで過ごした。悲しくも残念なことに、イライザ・ラガンは、≪親愛なるいとこ≫である公爵夫人から、イギリス全土にまたがってグランチェスター家が所有する領地に招待されることは、一度もなかった。

引っ越して来た年の秋、この新しい公爵夫人はアランデル・パークの雑草をすべて取り除き、何年もかけて驚くほど立派なガーデンへと変身させた。公爵夫人のバラ園と水仙の花壇は、チェシャ―州の名高い名所となった。


『水仙の季節に』

水仙の季節には(生きることの
目的は成長することだと知る者は)
なぜか――は忘れ、どうするか――を思い出せ

ライラックの季節には、目覚めるのは
夢見るためだと高らかに言う者よ、
そうである――を思い出し(そのようだ――は忘れてしまえ)

バラの季節には(この世の今と、
この世のここに天国の息吹をもたらす者は)
もし――は忘れ、そうだ――を思い出せ

人の理解を超えたところの、
すべての甘美なものたちの季節には、
求めること――を思い出し(見つけること――は忘れてしまえ)

そして存在することの神秘の中で
(時がいつの日かわれわれを解き放つその時に)
わたし――は忘れ、わたし――を思い出せ


――E.E.カミングス


In time of Daffodils

in time of daffodils(who know
the goal of living is to grow)
forgetting why, remember how

in time of lilacs who proclaim
the aim of waking is to dream,
remember so(forgetting seem)

in time of roses(who amaze
our now and here with paradise)
forgetting if, remember yes

in time of all sweet things beyond
whatever mind may comprehend,
remember seek(forgetting find)

and in a mystery to be
(when time from time shall set us free)
forgetting me, remember me


――E.E Cummings



THE END







(訳者注*手元にカミングスの詩集がなかったため、訳はブログ主によるものです)



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水仙の咲く頃 第11章-4 |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2013年01月28日 | 水仙の咲く頃
キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳



5月7日の朝も、キャンディは胃のむかつきを感じて目が覚めた。対処の仕方は既に心得ていたので、ローブを羽織ってポニーの家の台所にお茶を入れに行き、お湯が沸くのを待ちながら、今日で自分が27才になることに思いを馳せた。そして昨年の今日、ポニー先生とレイン先生が盛大な誕生会を開いてくれたことを思い出した。それはパティまでもが駆けつけてくれた素晴らしいお祝いで、友人たち皆から、そして特にアルバートさんから、プレゼントを山ほど贈られた。しかしその時のキャンディは、まさにその同じ日に、最高のプレゼントが送り届けられる途上にあったことなど知る由もなかったのだ。昨年のこの誕生日の日に、10年の沈黙の後にやっと手紙を書いて投函したのだというテリィからの話を、キャンディははっきり覚えている。テリィが激しい動揺とためらいの中で綴ったあの一見簡素な手紙が、その後の人生を劇的に変えてしまった。

――誕生日の一日を、思い入れのあるフラワーガーデンで日の出を眺めて始めるのはいいアイデアだ……と、キャンディはお茶を飲みながら考えた。夫がまだ眠るゲストルームに爪先立ちで入って洋服に着替えると、朝の散歩から自分が戻る前にテリィが目覚めた時のために、枕元にメモを残した。

外に出ると、キャンディは明け方の新鮮な空気を深く吸い込み、愛する故郷の独特な香りで肺を満たした。すると、その口元に微かな笑みが浮かんだ。それからいつもの快活な足取りでレイン先生のベジタブルガーデンを通り抜けた。レイン先生のトマトは真っ赤に熟れて、ポニー先生お得意のスープの材料になる準備ができていた。畜舎を通り過ぎる際には少しの間立ち止まり、シーザーとクレオパトラに声を掛けた。畜舎を後にすると、今度はポニー先生の果樹園を足早に散策した。――このリンゴの木には、もうすぐ満開の花が咲き始めるのね……そのようなことを考えながら歩くうちに、キャンディは古い教会へと辿り着いた。

教会の庭の格子戸を開けながら、キャンディの瞳は満開の花が咲き乱れるフラワーガーデンの景色を見て歓喜に輝いた。ポニーの家に派遣されてきた新米修道女の一人が特に花好きで、このガーデンの世話をしてくれていたのだ。「こうして手入れをしておけば、春から夏中にかけて教会の祭壇に花を飾ることができますから……」とその修道女は言っていたが、手入れが見事に行き届いている様子にキャンディは感心していた。色とりどりのバラとシャクヤクの花は生き生きと幸福そうに咲いていたし、昨年の秋に種から育てていたワスレナグサは、一つの株からたくさんの小さい青い花を咲かせていた。ただ、この小さな花の蕾が2月頃に開花し始めた時に、その姿を見ることができなかったのは残念だったが……。

キャンディは、ポニー先生が新たにガーデンに設置したベンチに座った。

「午後のひと時を、キャンディのフラワーガーデンを眺めながら、あの娘のために祈りを捧げられる場所を設けたいのです」――心優しいポニー先生はそう言ったのだという。

そのベンチからは、満開に咲く黄金や白の水仙の一群を眺めることができた。日の出の陽光が、水仙の花々の控え目な美しさに喜んで、その花びらに口づけをした。

花の香りが混ざった早朝のさわやかな風の中で呼吸をするうちに、キャンディの胸部が大きく開き、これまでの後悔や罪悪感が永遠に飛び立っていった。少しの間目を閉じると、その胸の奥底にスザナの顔を見た。キャンディの唇がつぶやいた――

「あなたを許します」

……すると、スザナの顔はぼんやりとした過去の他の思い出の一部へと消えて行った。

瞳を閉じたまま、心が軽くなっていくのを感じながらその場でじっとしていると、その唇に柔らかく湿ったテリィの唇が触れる感触がした。

「お誕生日おめでとう! 愛するそばかすちゃん」 二人の唇が離れるとテリィが言った。

「ありがとう、テリィ」 キャンディは最高に明るい笑顔で応えた。「ずいぶん早起きだけど、どうしたの?」

「ただ目が覚めちゃったのさ。どうしてかな? ……多分、ダンディー・ボーイに今日会えるのが待ちきれないんだろうな」 テリィは目を細めて皮肉を言った。

「二人とも、いい加減にしたらどう?」 キャンディは顔をしかめて問い質した。

「おれにどうしろって言うんだい? あの親友君の方が、負けたことをいつまでも根に持っているんだぜ」 テリィは肩をすぼめて、挑発的な笑みを浮かべて言い返した。

「ばかばかしい! アーチーがわたしのことを好きだとか言うその妄想を、あなたはいつになったら止めるの?」 キャンディは胸の前で腕を組んで口を尖らせた。

「妄想なんかじゃないよ。学院にいた頃は、あいつはきみに完全にのぼせあがっていたからね。今では奥さんを愛しているのかもしれないけど、おれがきみのハートを奪い取ってしまったことを、あいつは心の奥底でまだ恨んでいるのさ。傷ついたプライドの問題ってやつだな」

「なんて馬鹿らしい考えなのかしら!」 キャンディは頭を左右に振りながら言った。

「何とでも言えばいいさ」 テリィはそれでもまだ得意気な笑顔で、キャンディを腕の中に引き寄せながら言った――「おれがきみをものにしたという事実に変わりはないからね」

「あなたって心底うぬぼれた愚か者なのね!」 テリィにもう一度口づけされる前に、キャンディは笑顔で言った。

「おれたちは誰もが愛の愚か者なのさ、ハニー」 テリィは口づけの合間に言い返した。

息をするのに唇を離したとき、キャンディはテリィをじっと見つめた。その顔は、先ほどの楽しげな表情から一転して真剣だった。

「テリィ……あなたに話したいと思っていたことがあるの」 キャンディは、ためらいがちに話し始めた。

キャンディの様子が変わったのに気が付いて、テリィも真面目になって聞いた。

「何の話?」

「テリィ……あなたはさっき、とても深いことを言ったわ。確かにわたしたちは誰もが愛の愚か者で、わたしもその例外ではないもの」

「それはどういう意味?」

「わたしはこのところ、激しい後悔に苛まれていたの」

キャンディの口から後悔と言う言葉を聞いてテリィは最初うろたえたが、過去5カ月に渡る幸せな結婚生活を思い返して直ぐに気を取り直した。キャンディが言うところの後悔が、自分と結婚したことについて言及しているはずがないとわかっていたので、テリィはそのまま聞き続けた。

「あなたとわたしが離れ離れだった時のことを深く考えれば考えるほど、わたしが下した別れという厳しい決断が、あなたの人生に与えてしまった打撃の大きさに気付かされたから……」

「キャンディ、この話はもう済んだことだ」 テリィが言葉を挟もうとしたけれど、キャンディは手を上げてそれを制止して、最後まで話をさせてほしいと頼んだ。

「ねぇ、テリィ……この話をするのは、わたしにとって重要なことなの。この数週間の間、わたしは自分にとても腹を立てていたのよ。わたしたちが別れていた長い年月の間、わたしの下した別れという決断は間違っているという忠告を3回も人から受けたわ。でも、わたしはその言葉に耳を貸さなかった」 キャンディは、テリィの手を両手で包みながら説明を続けた。そして、一旦話を止めると、深いため息をついてから質問した――「正直に話してほしいの、テリィ。もし、あの10年の間のどこかでわたしがあなたを訪ねて行って、スザナとの婚約を解消してわたしと一緒になってほしいと頼んだら、あなたはそれを受け入れた?」

テリィはその質問に顔を曇らせ、答えることに抵抗した――「キャンディ、そんなことを今さら考えても意味のないことだ」 

「お願いだから答えて欲しいの。もしわたしがあなたの元に行ったなら、あなたはわたしを受け入れてくれた?」 キャンディは、テリィをじっと見つめて答えを迫った。

テリィは一瞬目を伏せた――テリィには、その答えがよくわかっていた。彼自身、何度となくそのことを夢見ていたのだから……。

「キャンディ……おれの方こそ、きみの元に行くこともできたのだと、おれはまだ思っているし、もっとずっと前にそうすべきだったともね。でも、どうしても知りたいというのなら答えは簡単だ。もしきみが望んだとしたら、おれは躊躇することなく、この両腕を広げてきみを迎えただろう」

キャンディは、胸の鼓動が落ち着きを取り戻すまで、しばらく静かに立ったまま、テリィの胸に顔をうずめていた。

「そういうことなら、わたしはあなたに許しを請わなくてはならないわ」 キャンディは顔を上げてテリィを見ながら言った。「だって、わたしたちが経験しなければならかった苦しみに値しない人のために、わたしはあなたを犠牲にしてしまったんだもの」

「キャンディ……」 テリィはキャンディを抱きしめると、愛情を込めてその腕をさすりながら反論を試みた。

「わたしを許してくれる?」 キャンディは質問を繰り返した。

「おれの許しが本当に必要なのかい?」

「ええ!」

「それなら、おれはきみを許す。でも、きみ自身こそ、自分のことを許す必要があるんじゃないのかい?」

「それはさっき済ませてしまったのよ、テリィ」

「言うべきこともやるべきことも全て済んでしまったのなら、おれは、きみとここで約束したいことがある」 今度はテリィが要求した。「この話題にはもう二度と触れないと約束してくれ……そうすれば、おれたちは未来に起こることだけに目を向けていられるからね」

キャンディが同意すると、二人はしばらく静かに口づけを交わし、互いの感触を味わった。朝もやの空の薄紅色と黄金色が消え、朝日がさんさんと輝きだしていた。その時、テリィが沈黙を破った。

「今日きみが受け取る最初のプレゼントは、おれが渡したかったんだ」 テリィは、ベンチに置いてあった包みをキャンディに渡しながら言った。テリィの口づけに夢中になっていたために、その包みの存在に、キャンディは今まで気づいていなかったのだ。

いつものように大喜びでプレゼントを受け取ると、包みを開ける前にキャンディはテリィの頬や唇に感謝のキスを浴びせた。

包みから出てきた工芸品の宝石箱の美しく繊細な模様を見て、キャンディの目は大きく見開かれた。自分に贈られた、そのグランチェスター家の家宝にまつわる話を夫が語るのを聞きながら、満開の花に囲まれた不死鳥の翼の模様を指でなぞった。テリィの物語を聞き終えるとキャンディは首を横に振ったが、その顔には笑顔が浮かんでいた。

「あなたは家の伝統を破っているわよ、テリィ。この宝石箱を、今わたしに贈ってしまってはいけないわ」 キャンディは冗談めかして忠告した。

「わかってるよ……でも、引き出しの中のあの古い箱の代わりになると思ったんでね。何と言っても、おれの舞台の劇評の切り抜きは、もっと高価な箱がお似合いなのさ。きみもそう思わない?」 テリィはキャンディの鼻の頭をちょんとつついて聞いた。

「あなたって本当に自惚れているのね。あんな切り抜き、見せるべきじゃなかったわ」 キャンディは、怒ったふりをして口を尖らせた。「とにかく、あの古い箱だってまだ十分使えるわ。だから、この箱は銀行の金庫に戻した方がいいと思うの。こんなに高価な物、わたしが持っているべきじゃないもの」

「いいや、おれは今、きみにこれを贈りたいんだ」 テリィは言い張った。

すると、かつて見たことのない程の真剣で優しい表情をその瞳に浮かべて、キャンディはテリィを見つめた。その眼差しに、テリィの心臓が一瞬止まった。

「そうねぇ……そんなにあなたが言うなら、受け取ってもいいけど……12月になるまで使わないつもりよ」 キャンディは、密やかな微笑みを浮かべて受け入れた。

「どうしてすぐに使わないんだい?」 テリィは、キャンディの謎めいた表情に興味を引かれて質問した。

「どうしてって、その時までには、わたしはその宝石箱の正式な相続人になっていると思うからよ」 キャンディは、風に吹かれて踊る水仙の花々に目を奪われながら答えた。
 
「どういう意味?」

「テリィ……わたし、妊娠しているの」 キャンディは、向き直ってテリィの目を見て言った。

キャンディが発した言葉は、まるで歌の調べのように、テリィの耳元まで風に優しく運ばれた。テリィは体を動かすこともできずに、瞬きを数回繰り返した。――そんなに驚くようなニュースではない。夫婦として生活しているのだから、こうなることは至極自然なことだともわかっていた。実際、このことについて一人思いを巡らせたことがあったことは、認めざるを得ない。しかし、キャンディとはこの話題について話し合ったことが一度もなかったのだ……。今こうして可能性が現実のものとなり、さまざまな感情の入り混じった気持ちの高まりに、テリィの心臓は激しく鼓動した。喜び、誇らしさ、優しさ、希望、幸福感、恐れ、そして不安などのあらゆる感情が、その表情に浮かんでは消えて行った。――キャンディのお腹に子どもがいる! おれの子が!

「それは……確かなのかい?」 テリィはようやく、普段の半分ほどの弱々しい声色で聞いた。

「間違いないわ!」 キャンディは、その緑色の瞳を喜びの涙で濡らして頷きながら言った。

「ああ、神よ!」 もう一度その胸にキャンディを抱き寄せようと両腕を広げる前にテリィが言葉にできたのは、ただそれだけだった。

テリィの胸に強く押し付けられたキャンディの耳に、激しく脈打つ心臓の鼓動が聞こえた。

「この知らせを聞いて幸せ?」 キャンディは抱きしめられたまま問いかけた。

その質問に答える代わりにテリィは顔を下に向け、余韻の残る甘い口づけをした。その手は本能的に、妻のお腹をなでていた。

「きみは、おれをとても幸福な男にしてくれたよ、キャンディ」 テリィは吐息と共に言った。そして、一瞬考えてから、希望に満ちた口調で付け加えた――「おれたちの子どもが生まれる前に、良い仕事を見つけられるといいんだが」

キャンディはテリィを見つめた。――あの話題を持ち出せる絶好の機会が、いよいよやってきたのだ……。

「ロイヤル・シェークスピア・カンパニーからの手紙をどうして捨ててしまったの、テリィ? 仕事のオファーだったんでしょう?」

テリィは不意をつかれて驚いた。その当惑した様子を見て、説明の必要があることをキャンディは察した。

「掃除をしているときにゴミ箱の中に見つけたのよ。でも、手紙の中身は読まなかったわ」 キャンディは、気弱な眼差しをテリィに向けて言った。

「なら、どうして仕事のオファーのことを知っているの?」 テリィは眉を上げながら聞いた。

「そうねぇ……あなたがわたしの日記を読んでいいのなら、わたしだってあなたの手紙を読んでも構わないと思うけど……でも、わたしは読まなかったわよ。女の勘よ……たぶんね」 キャンディは、少しいたずらっぽく言い返した。「……でも、どうしてあなたがそのオファーに興味を示さなかったのかが分らないの。立派なカンパニーなんでしょう?」

自分が下した決断について、どのように説明すればいいのか迷いながら、テリィは黙ってキャンディを見つめた。

「キャンディ、そのことについては、もう結論を下したんだよ」 テリィは淡々と説明を始めた。「おれはこのオファーを受けない。おれは、きみを家族や友人たちから離れた、異国の地へ引っ張って行くことはしない。きみが母親になると分かった今となっては尚更だ」

「冗談は止めてよ、テリィ」 キャンディは憮然として言った。妻に悲しみを与えたくないというテリィの真心には心動かされたが、一方的に下された決断に、精神が逆なでされたように感じたのだ。

「からかってるわけじゃないさ、キャンディ。おれは真面目に言ってる。おれにとっては、きみとおれたち二人の子どもの方が、キャリアなんかよりもずっと大事なんだ。おれの自尊心を満足させるためだけに、いたくもない所へきみを連れて行くことは絶対にしない。シーズンが終わる頃には、ニューヨークで別の仕事が見つかるはずだ」

「テリィ、あなたはとっても思いやりのある人ね。でも、あなたに言わなければならないことがあるわ。どうして、あなたはわたしに話もせずに決定しちゃってるの? どうして、わたしのために考えてるの?」

「どうしてって……人のことばかり考えてしまうターザンそばかすは、自分のことなどお構いなしに、おれが夢を追い求める助けになろうとするからさ。だからだよ……。でも、今回はそんなことはさせないよ、キャンディ」

「テリィ、あなたの心遣いには感謝するけど、わたしはこんな結婚生活を期待したわけじゃないの。わたしの歩く道を、いちいち舗装してもらいたくなんかないわ。わたしは、どんな危険からも遠ざけて、高い塔の中に住まわせておく必要があるような、そんなか弱い人間じゃないもの。その仕事のオファーはとても良いものだと思うし、あんな無礼なやり方で断るなんて、あなたはまったくもって現実的じゃないわ。それじゃあダメよ」

テリィは面食らっていた。そんな風に物事を考えてみたことが、これまで一度もなかったのだ。

「キャンディ……!」

「わたしにもっといい考えがあるわ」 キャンディは、右手の指をテリィの指に絡ませながら言葉を遮った。

「いい考え?」 テリィは、キャンディの決然とした口調を楽しみながら聞いた。心の中では、自分がおせっかいな女の子と結婚したことを改めて思い出していた。「わかったよ、いいから言ってみな」

「そのイギリスにいる人に手紙を書くのよ。そのミスター……ミスター・ブリッジ……えっと……」

「ブリッジス・アダムス」

「そう、その人! その人に、オファーを受けてとても光栄だけれど、アメリカで受けている他のオファーも考慮しなければならないと伝えるの……日付を決めてね……冬のシーズンに向けた準備が始まるのはいつ?」

「えっと、7月か8月の後だよ。その時々で変わるんだ」 こみ上げてくる笑みを隠し切れずにテリィは答えた。キャンディがこうして親分風を吹かせる姿は、何とも愛らしいのだ。

「わかったわ……それなら、7月までに今回のオファー以上のものが見つからなければ、喜んで契約したいとその人に伝えるのよ」

「きみが全部解決しちゃったみたいだな」 テリィはピューと口笛を吹いて、特徴的な半笑いを浮かべて言った。

「からかわないで。こんなのただの常識よ。今回のオファーをすぐに受けろと言っているのではなくて、機会への扉は開けておくに越したことはないのよ。その時が来たら、一番いいオファーを受ければいいんだわ。その仕事がアメリカであろうがイギリスであろうが、大した意味はないの。アルバートさんだったら、きっと同じことを言うわよ。信頼してちょうだい、アルバートさんはビジネスのことはよく知ってるのよ」

この時点で、妻の言い分がとても理に適っていることを、テリィはしぶしぶながらも認めざるを得なかった。しかし、まさに自分の提案によるビジネスライクな決断の帰結として引き起こされることになる感情は、キャンディにとって大きなものとなるだろう。

「それで、もし一番良いオファーがイギリスでの仕事だとしたら?」

「その時は、これまでに何百万という妻たちがそうしてきたしこれからもそうするように、わたしもスーツケースに荷物を詰めて、あなたと一緒に行くわ。悲劇的な事なんかじゃないのよ、テリィ」 キャンディは、当然のように答えた。

「でも、実家から遠く離れてしまうよ」 テリィはまだ抵抗を感じながら、手を伸ばしてキャンディの頬を優しく撫でた。

「わたしの家は、あなたがいる場所よ、テリィ」




その日は、とても気持ちの良い一日となった。アーチ―とアニーのコーンウェル夫妻は朝食が済んだ頃到着し、マーチン先生やジミー・カートライト等の近所に住む友人たちは、ディナーの時刻に合わせてやって来た。日が沈む頃には、ポニーの家でのいつもの宴席と同じように、前庭に設けられたディナーのテーブルを皆で囲んだ。

アーチ―は、エルロイ大おばさまのワイン蔵から数本のワインを持ってきていたが、キャンディがワインを断った時には驚いた様子を見せた。皆に喜ばしいニュースを伝える時が来たと思ったキャンディは、顔を輝かせて立ち上がると、赤ちゃんができたことを報告した。そのおめでたい知らせに、友人たちは先を争ってキャンディとテリィに祝いの言葉を述べた。しかし、ポニー先生とレイン先生だけは驚いていなかった。二人は、キャンディがポニーの家に到着してからのこの二日間の間に、明け方の体調不良のことや、喜びに溢れた気配に気づいていたのだ。それどころか、この二人の老女たちには、テリィの晴れやかな表情から、この若者がその日の朝には、この秘密を打ち明けられたこともお見通しだった。

アニーは興奮し、マーチン先生は喜び、小さなステアは、理由はよくわかっていないながらも、皆と喜びを共にしていることが嬉しかった。概して言えば、その場の雰囲気は活気と陽気に包まれていて、アーチ―でさえもテリィに祝いの言葉を述べたい気持ちに駆られた。いずれにせよ、キャンディが幸せでありさえすれば、この若き億万長者と俳優は、仲よくしていられるのだ。

その夜、皆が各々家路につくか寝室へと引き上げた後、テリィは居間に残ってしばらく時間を過ごした。手には、公演旅行の合間に読もうと持参した、ヴィクトル・ユーゴーの傑作小説(*レ・ミゼラブル)を持っていた。今こうして父親になる門出の時に、父性愛について雄弁に語るこの小説を選んできたことは、幸運な偶然だったとテリィは思った。

ジャン・ヴァルジャンがテナルディエ夫妻からコゼットを救い出す感動的な場面を丹念に読んでいると、テリィはキャンディの子供の頃のことを考えずにはいられなかった。確かに、ポニーの家でのキャンディの生活は、可哀そうなコゼットのような悲劇的なものではなかったかもしれないが、いくら周囲にケアされ勇気づけられたとしても、両親のいない子供は心に傷を抱えているものだ。ましてや、キャンディがラガン家で受けた精神的な虐待は、ユーゴーの物語のように痛ましく残酷なものだった。テリィは、アルバートさんがキャンディにとってのバルジャンの役割を果たしてくれたことに感謝した。キャンディに対するイライザの理不尽な憎しみや、ニールのとてもまともとは思えない情熱のことも知っていたので、もしアルバートさんの干渉がなかったら、キャンディの身にどんなことが起きていただろうと想像すると、テリィの背筋は震えた。幼いころにそのような苦労をしたにも関わらず、キャンディがエネルギーと生きる喜びに溢れた女性に育った奇跡に、テリィはただ驚嘆していた。

小さなアリステアやポニーの家の子供たちとのやり取りから、キャンディが優しく愛情あふれる母親になることは明らかだった。自分の父親としてのスキルがどのようなものかは未知数だが、胸の中で燃え盛る、まだ見ぬ子に対する本能的な愛情を感じて、人の親になるという偉業に挑むことくらいは自分にもできるだろうと、テリィは確信していた。

テリィはそれから30分ほど読書を続けた。時計が10時の時を知らせると、この時間であればキャンディも夜のお祈りを済ませているだろうと考えて、寝室に戻るために居間を後にした。客室の扉を開けると、窓辺に座り、祈祷書を閉じている妻の姿が見えた。テリィは心の中で妻と共に、これからやってくる、家族としての未来に対する祈りを捧げた。キャンディがテリィの姿を見ると、その顔に笑顔が浮かんだ。




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水仙の咲く頃 第11章-3 |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2012年04月12日 | 水仙の咲く頃
キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳


4月12日の朝、キャンディは少し吐き気を感じて目が覚めた。キャンディはベッドから起き上がって台所へ行き、不快な感覚を和らげるためにリコリス茶を入れた。暖かいハーブティーをカップに注ぎながら時計に目をやると、時刻は丁度午前6時だった。今日は日曜日だったので、ハーブティーを飲み終えたらもう少しベッドで休んでも大丈夫だ。キャンディは、この体の不快な症状が改善することを期待して、そのようなことを考えた。

ハーブティーをゆっくりとすすりながら、だるい足取りで寝室に戻ると、ベッドではテリィがまだぐっすりと眠っていた。夜明けのピンクがかった陽の光が、もう既に白いカーテンから差し込み始めていた。

キャンディは窓の方へと歩み寄り、朝の空気を吸い込むために窓ガラスを開けた。――朝の新鮮な空気が気分を良くしてくれるはずだ……。そして窓を開けた時、キャンディは今日が何の日かを思い出した――イースター(復活祭)だ。そのことを思い出すと同時にテラコッタの鉢植えで満開になっている水仙が目に映り、キャンディの顔に笑顔が浮かんだ。

バルコニーのガーデンチェアーに腰掛けて、キャンディはトランペットの形に似た繊細な水仙の花を観賞した。そして、心の中で今日一日の予定を確認している間に、ハーブティーの香りが胃の不快感を和らげるのを感じた。キャンディは、ミサの時間に間に合えばいいがと考えていた。テリィを教会に無理やり引っ張ってでも、今日のイースターの礼拝には何としても参列するつもりでいたのだ。テリィが引っ張られている姿を想像して、キャンディはクスクスと声に出して笑った。

テリィと暮らすようになってから3ヶ月が過ぎ、テリィが常に近くにいることにもキャンディの心は慣れ始めていた。このようにテリィの存在に馴染んでいくのは、かつて経験したことのないような穏やかな喜びであり、完全に満ち足りた状態であり、甘美で心地よい感覚だった。――人はこれを幸福と呼ぶのだろう……。ほとんどのラブストーリーは、主人公がこのような状態に至って、読者にとってつまらなくなるこの段階で終わりを迎える。

がしかし、キャンディにとってテリィとの人生がつまらなくなることなどあり得なかった。公の場所でのテリィはいつも慎重で冷静沈着だったけれど、キャンディと二人だけの時は、これ以上望めないほど愉快な男になるのだった。この暴れ馬同士のカップルは、二人で過ごす時間を殊のほか楽しんだ。二人はカントリークラブでの乗馬に興じ、アッパー・イースト・サイドの散歩に出かけ、家でゆっくりと読書や音楽を楽しんだ。何をしていても、二人は終始声を出して笑いながら満喫した。もちろんこのような遊びはあくまで余暇の時間に限られていたし、いつどこにでも現れるカメラマンを避けなければならなかったけれど、キャンディにとっては全く問題にならなかった。

さらに二人の間には、新たに培われた肉体関係の親密さがあった。テリィと寝室を共にするようになってから、ベッドの中では亭主関白で、毎晩愛し合わなければ気が済まない恋人と自分が結婚したことをキャンディは理解した。愛し合う時のテリィは、究極的にはキャンディを自分のものにするという目的を持って行動するのだが、その瞬間に至るまでのスタイルやアプローチの仕方は予測不能だった。――もちろんキャンディには不満などなかった。

このような嗜好を持つ男性にとって――キャンディは笑顔を浮かべながら考えていた――毎月1週間も愛し合えない期間があることが非常にもどかしい様子だったが、いくらキャンディでも自然の摂理に逆らうことはできない。そんなことに思いを巡らせていた瞬間、キャンディの思考が凍りついた。

(えっ!? 最後に生理が来たのはいつだった?) キャンディは、眉を寄せて自分に問い掛けた。



3月に始まった『リチャード三世』の舞台は大きな成功を収めていた。4月に入り、5週間に渡る連日満席の公演が終わりを迎えると、ストラスフォード劇団は公演旅行の準備に取りかかった。5月の末にスタートする今回の公演旅行では東南部の地域を回り、7月にニューオリンズで幕を閉じる予定になっていた。

この間、ストラスフォード劇団の売却に関する詳細が発表された。今冬シーズンの舞台は、新たな経営者であるライオネル、エセル、ジョン・バリモアの3兄弟の元での公演となる。全員が40代のバリモア3兄弟は、ブロードウェイで最も高い評価を得ている熟練した俳優として知られていた。3兄弟の中で最年少のジョンは、長年ライトコメディを演じてスターダムにのし上がったのだが、最近では高級演劇でも成功を収めていた。そのためテリュース・グレアムとジョン・バリモアは演劇界のライバルと目されていて、ストラスフォード劇団には主演俳優2人分の席はなかったために、テリュース・グレアムが別の劇団に移籍するという噂が浮上した。テリィは自分の置かれた状況をよく把握し、自分の業績に関心を示してきた舞台監督たちに会い始めていた。しかしこれまでのところ、満足のいくオファーは得られていなかった。

4月のあるけだるい朝のこと、テリィは会計士から送られてきた所得税の報告書を書斎で確認していた。キャンディは病院でのボランティアに出掛けていたので、テリィは夕食までの丸一日、一人の時間を過ごすことになっていた。キャンディが帰宅するまでにこの面倒な報告書の確認を済ませてしまおうと、テリィが集中して作業していると、書斎のドアをノックする音がした。家政婦のミセス・オマリーが郵便物を届けに来たのだ。ミセス・オマリーは書斎に入って来て机の上に郵便物を置いてから、静かに部屋を出ていった。

再び部屋に一人になると、テリィは宛名を確認しながら自分宛てと妻宛てに郵便物を仕分けした。予想に反せず、ほとんどの手紙は社交的なキャンディ宛てのもので、自分宛ての手紙は3通だけだった。その3通の中から、テリィは最初にウィリアム・アルバート・アードレーからの手紙を読んだ。その手紙には、新しく始めた事業のためにアルバートさんはヨーロッパに出張せねばならず、テリィと二人で計画していたポニーの家でのキャンディのお誕生日会に参加できないことが記されていた。アルバートさんはそのことを非常に残念がりながらも、テリィには予定通りに計画を進めて欲しいと頼んでいた。そして、キャンディの誕生日の祝いの席に参加できない代わりに、4月24日にロンドンへ発つ前の1週間をニューヨークで二人と過ごしたいということだった。

手紙を封筒に戻しながら、アルバートさんのような友人の訪問を受けるのはとても楽しそうだとテリィは思った。そして、この新居にそのような大切な客人を迎えるのを、キャンディもたいそう喜ぶだろうと想像した。そしてこの訪問が、キャンディにとって今後数か月に渡るアルバートさんの不在の慰めになることを期待した。

2通目の手紙に目を落とした時、テリィはまだアルバートさんの訪問のことを考えていた。その特徴のある筆跡で書かれた2通目の手紙は、イギリスのロイヤル・シェークスピア・カンパニーの演出家であるウィリアム・ブリッジス・アダムスからのものだった。テリィがロンドンでその演出家と仕事をしてから1年が経っていたが、その間二人の間には何のやり取りもなかったのだった。

テリィはいくつかの理由からブリッジス・アダムスのことを気に入っていた。ブリッジス・アダムスはテリィより8才年上だったが、オックスフォード大学のドラマティック・ソサエティに在籍していた時から素晴らしい評判を得ていた。ブリッジス・アダムスはまた野心家であり、完全主義者であり、シェークスピア劇の演出家の中でも強固な原典主義者だった。ブリッジス・アダムスが頑固なまでにファースト・フォリオにこだわって、原典から一切の編集や省略なしに舞台の演出をしようとすることから、人々は彼を冗談でアンアブリッジス・アダムス(訳者注*「unabridged」に「要約しない」という意味があることからの言葉遊び)と呼ぶほどだった。そしてテリィ自身も断固とした原典主義者だったのだ。

ということで、テリィはブリッジス・アダムスからの手紙の内容を、関心を持って読んだ。その手紙は、ハサウェイの引退の話を知ったブリッジス・アダムスが、テリィにロイヤル・シェークスピア・カンパニーの劇団員の座をオファーするものだった。テリィはその手紙の意味するところの重大性を理解するために、何度か読み返さなければならなかった。収入、格式、俳優としてのキャリアの構築、そのすべての面から言って、このオファーは現時点で提示され得る最高のものだった。その上このオファーを受けることはイギリスに移り住むことを意味していたために、父親に今までよりも頻繁に会える機会が突如として目の前に現れたのだった。

しかし……それでもしかし……そのオファーを受けるのを躊躇させる側面があることも否めなかった。その一つは、母親がニューヨークにいることだった。一人の親を得れば、一人を失うことになるのだ。そしてもう一つは妻のことだった。テリィは、キャンディがアメリカにとても愛着を抱いていることを知っていた。キャンディにとって大切な人たちはほとんどこの国に住んでいる。故郷のインディアナを遠く離れたニューヨークに住んでいることでさえ十分辛い事であるのに、今回は大西洋の反対側へ行くことを意味していた。――あの快活なキャンディが、このような別離に耐えられるのだろうか? イギリスに住んで愛する友人たちや家族に会えなくなった時、自分一人の存在がキャンディの慰めになるのだろうか……。 キャンディの陽気な性格がホームシックによって損なわれてしまうところなど、テリィは見たくなかった。このような考えに心が乱されて、テリィはブリッジス・アダムスからの手紙を机の引き出しにしまった。

3通目の手紙は父親からのものだった。封筒の中に鍵が入っているのを不思議に思いながら、テリィは父親からの手紙を読み始めた。その長い手紙の一部には、このような物語が記されていた――


3代目グランチェスター家の当主ダンカン・グランチェスター公は、公爵領を継ぐ前の若かりし侯爵だった頃、エリザベス1世の英国海軍に所属していた。そして、1588年のアルマダ海戦で英雄的な防衛戦を戦ったのだ。侯爵はその栄光の戦いの最中、非常に勇敢で名家の子息にも引けをとらない剣術の技を持つ、同年代の水先案内人と出会った。この水先案内人の名はウィリアム・アダムスという名で、戦闘中に侯爵がアダムスの命を助けたことから、二人の間には強い絆が育まれたのだ。

しかし、戦いが終わると二人の人生は全く異なる道を進むことになった。侯爵はイギリスに帰国して公爵領の後継者となり、探検家であったアダムスは北極やシベリアへの探検の後、極東への航海に乗り出した。様々な危険を乗り越えて日本に到着したアダムス一行は、その地で海賊と間違われてしまったのだ。何とか処刑を逃れたアダムスは将軍の信認を得て、極東の島国で重要な役割を担う地位を得るに至ったのだよ。

アダムスは終生イギリスに戻ることはなかったが、命の恩人である公爵のことを忘れることはなく、ポルトガル船がヨーロッパに向けて出港する度に手紙を託した。このようにして、アダムスは公爵の結婚の知らせや、公爵夫人が10年もの間、公爵家の跡継ぎを産もうと苦しい努力を重ねていたことを知ったのだ。そして1606年に、ようやく待望の公爵家の4代目となる健康な男の子が産まれると、その子の2才の誕生日にアダムスから特別な誕生祝いが送られてきたのだよ。

それは、黒く燻した銅に、金、銀、それからマザー・オブ・パールやエメラルドがちりばめられた箱だった。その箱は、不死鳥の周りに梅の花が咲いている絵柄に金属や宝石が施された、巧みで繊細な手仕事から生まれた品だった。そして、その品に添えられていた手紙には、箱の由来と、それを贈る理由が記されていたのだよ――

1608年1月3日 江戸にて


グランチェスター公爵閣下

名誉ある公爵家の後継ぎとなられるご子息様の誕生の知らせは、この遠く離れた地まで聞こえてまいりました。閣下とわたくしのこうした手紙のやり取りも、数年をまたいだものとなる故に、わたくしからのこのささやかな祝いの品が、侯爵様の2度目のお誕生日までに閣下のお手元に届けられることを願っております。輝くばかりのイギリス貴族のお家柄の御公爵家にはつまらないものかと存じますが、閣下の忠実な僕からの、真心からの贈り物でございます。

この品はトレドのムーア人の手によるものに非常に似ておりますが、日本の鍛冶職人の技の方が勝っているように思われます。この工芸品は、この国ではShakudo(赤銅)と呼ばれております。

この品には、それにまつわる物語がございます。この品は、閣下の僕であるこのわたくしにとって特別に尊いお方であった、ある高貴な女性がもともと所有しておりました。そのお方がお亡くなりになられた時に、そのお方のご長男様から形見として頂戴した物でございます。ご長男様は形見の品をわたくしに下さる際に、箱に施された花と鳥は、平和、正義、繁栄、そして新たな時代の幕開けを象徴するのだとおっしゃいました。わたしにとって、この上なく尊いお方の形見である大切な品ではありますが、グランチェスター公爵家に寄贈したく存じます。わたくしの命は、閣下に一度救われました。閣下の僕はその御恩を忘れたことはございません。この品が、閣下の名誉ある公爵家と閣下の僕との不滅の友情の印となることを祈念いたします。

閣下の忠実な僕より 
ウィリアム・アダムス 


公爵はその贈り物をたいそう喜んで、それを妻に贈ったのだよ。その時から、嫡男の誕生と共にその箱を公爵が公爵夫人に贈ることが、グランチェスター家の習わしになったのだ。公爵夫人は嫡男の結婚式の日にこの品を息子に手渡し、その嫁が嫡男を生んだ日に嫁がまたこの品を贈られる――このようにして、この象眼細工の箱は代々グランチェスター家に受け継がれてきたのだ。

息子よ……わたしがベアトリクスと結婚するという悲劇的な過ちを犯した時、わたしはおまえのおじいさんからこの象眼細工の箱を手渡された。しかし、おまえのおじいさんは、この箱をベアトリクスに渡すことを禁じ、おまえにわたしの手から直に渡すよう厳密に指示したのだ。おまえのおじいさんは、わたしの結婚が例外的なものだと分かっていたからね――わたしの嫡男の母はわたしの妻になることはなく、わたしの妻はわたしの嫡男の母になることはない……と。だから、わたしがこの箱を手元に保管して、おまえが結婚する時に渡すようにと言い残したのだよ。

そのような理由から、わたしはこの貴重な品をニューヨークの銀行に送っておいた。封筒の中にその品が保管してある銀行の金庫の鍵を入れておく。結婚したからには、今度はおまえがこの品を保管して、いずれ相応しい時が来たら、おまえの妻に贈るのだ。わたしが死んだ後に、おまえが公爵家の15代目の当主となるかあるいは庶民のままでいるか、どのような決断を下すにせよ、この品はおまえとわたしの新たな和解の印と思ってもらいたい。

父より 
リチャード・グランチェスター 




いよいよアルバートさんがニューヨークにやって来た。アルバートさんはいつもながらに愛嬌があって面白くて愉快で、その訪問はキャンディとテリィの二人にとって、とても楽しいものとなった。テリィがアルバートさんに対して抱いていた疑いはとうに消え去っていたので、ほんの短い滞在ではあったけれど、テリィはこの友情を楽しむことに決めていたのだ。キャンディは言うまでもなく我を忘れて浮かれ、数日でニューヨーク中を案内したいと言い始めた。人の良いアルバートさんは、自分はこの街には十分精通していることを、キャンディにやんわりと思い出させなければならなかった。

「観光もいいけれど、ぼくはきみたち二人と時間を過ごす方に関心があるんだからね、おてんばさん」 アルバートさんはクスクスと笑いながらキャンディに言った。

それでも、鼻息のあらいキャンディをなだめるために、テリィはいくつかの行事を計画した。観劇の夕べはもちろん何を差し置いても必須行事だった。観劇の後、アルバートさんはその夜一晩中テリィのリチャード三世のお芝居について冗談を言い続け、キャンディはその冗談にお腹を抱えて笑い通した。それから乗馬も行楽の一部として計画されていたのだが、この時は、キャンディは乗馬を断ってテリィとアルバートさん二人だけで行かせ、自分はジョルジュとカントリークラブのレストランに残ってアイスティーを楽しんだ。セントラルパークでの長い散歩も忘れてはならない。少し後ろからジョルジュに付き添われて散歩をしていた三人は、テリィを追いかけ回すカメラマンから走って逃げるという予期せぬ楽しみも味わった。アパートに戻ってからアルバートさんは、この経験は17才の時以来の最高な逃避行だったと言い切った。そして、17才の時に自分がどうやって父親の車を盗み、ポニーの家まで逃避行したかという話をした。ジョルジュは控えめながらも、自分にとってはその同じ出来事はあまり良い思い出ではないと発言したが、そのお蔭でアルバートさんがキャンディに出会ったことで、その苦い思いは帳消しになっていた。ジョルジュの考えでは、アルバートさんがキャンディと出会ったことは、アードレー家にとって最良の出来事だったのだ。

またある日には、アルバートさんが台所を占拠して、創作のイタリア料理の夕食を振る舞ってくれた。その夕食の席にはミセス・オマリーとロベルトも当然のように招待された。ロベルトはアルバートさんのパスタ―ソースを一口味わうと、このソースは自分のママのソースよりもおいしいと驚いて言いながら、アルバートさんにキスする勢いで喜んだ。ミセス・オマリーも喜んでいたが、それはまた別の理由からだった。キャンディから滞在客のアルバートさんが台所を使って料理をすると聞かされた時、ミセス・オマリーは慌てふためいた。この人の良い家政婦は、男性が台所に立つとたいていそうであるように、ミスター・アードレーも台所をめちゃくちゃに汚してしまうだろうと恐れたのだ。しかしながら、ミセス・オマリーは台所がきれいに使用されたことに驚いて、余分な仕事を増やさなかったアルバートさんに大いに感謝した。

その夕食の後、テリィが劇場に行ってしまうと、キャンディとアルバートさんはアパートで静かな夕べを過ごした。キャンディは、アルバートさんに個人的な打ち明け話ができるのを待ち望んでいたのだ。広々とした客間で心地よく椅子に座りながら、キャンディはアルバートさんにスザナ・マーロウからの死後の告白について言及した。

「キャンディの気持ちは理解できるよ。あのお嬢さんは、確かに複雑な性格の持ち主だったようだね」 キャンディの話が一通り終わったところでアルバートさんが見解を述べた。

「わたしはとっても失望してしまったのよ、バートさん」 キャンディは不満を述べた。「わたしは、スザナはテリィのために自分を犠牲にできる人だと思っていたの。でも、スザナはテリィのことを本当には愛していなかったことがわかってしまったんだもの」

「キャンディが言うことは間違っていないよ。彼女がテリィに対してどのような感情を抱いていたにせよ、それを愛とは呼べないな。最初にキャンディから事故の話を聞いた時には、ぼくにもそのことがわからなかったと認めなければならない。あの時ぼくがもっと慎重に判断して、キャンディにもっといいアドバイスをするべきだった」 いつもの陽気な表情から真面目な顔になってアルバートさんは言った。

「そうじゃないの、アルバートさん。アルバートさんが自分を責めることじゃないのよ。あの時ニューヨークにやって来たのはこのわたしで、真実を見抜けなかったのもわたし自身なの。わたしが自分で下した決断だったんだもの」 キャンディは緊張してそわそわと婚約指輪をいじりながら説明した。

そして、心乱れた様子で椅子から立ち上がると、暖炉の方へと歩いて行って、マントルピースの上に置かれたテリィの写真を手に取った。

「あの夜、テリィはとっても混乱して圧倒されていて、本来のテリィではなかったわ」 キャンディは、愛情を込めた眼差しで夫の写真を見ながら言った。「駅まで送ると言ってくれた時、わたしが別れる決意をしていたことに、テリィはまだ完全には気付いていなかったと思うの」

キャンディの声が一瞬震えた。

「送ってもらえばもっと悲しくなるとわたしが言った時になって初めて、テリィはわたしたちの関係が終わったことを理解したのよ。わたしはテリィに何も聞かないままに決断してしまっていたの」 キャンディは写真を元の場所に戻して、アルバートさんの方に再び振り向いて結論を言った。

「それから何年もの間、わたしは頑なにアニーやエレノアさんの助言を聞くことを拒んだのよ。アニーとエレノアさんはこのことに関して同じ考えを持っていたのに……。わたしが二人の言葉に耳を貸さなかったためにテリィが苦しんだのだと思うと辛いの。わたしは彼のために頑張る代わりに、ただ彼をあきらめてしまったのよ。そんな自分にとても腹が立つし、それから……スザナに対しても。わたしはどうしてあんなに愚かなことをしてしまったのかしら!?」 キャンディは、溢れる涙が頬に落ちないように顔を上げながら激しく言った。

「このことについてテリィとは話し合ったのかい?」 キャンディが自責の思いを語り終えると、アルバートさんは問いかけた。

「アルバートさんの山小屋で、お互いの気持ちを確認した日に話したことがあるわ。でも、テリィはわたしが悪かったという考えを受け入れようとしないの。テリィはいつでも自分だけを責めて、わたしに責任はないと言うの。彼を見捨てて立ち去ったわたしにどうして怒りを感じないのか、わたしには理解できないのよ」

「ぼくが見るところ、きみたち二人は相手に責任はないと言いながら、全責任を自分一人の肩に乗せる競争をしているようだね。でも、それでは上手く行かないよ、キャンディ」 テーブルにコーヒーカップを置きながら、アルバートさんはキャンディに苦言を呈した。

「それはどういう意味?」

「苦しい思い出を乗り越えるには、二人が起こったことを正しい見方で見る必要があると思うよ。ぼくの正直な意見を聞きたいかい、キャンディ?」 アルバートさんはキャンディの目を真っ直ぐ見ながら聞いた。

キャンディは黙って頷いた。

「いいかい? ぼくは二人共に責任があると思うな。結婚式の前にこの話をした時には、キャンディはもっとこのことに関して中立的な考えを持っていたし、二人に同じように責任があると言っていたね。でも今は、スザナの手紙で物事を見る目が曇ってしまっているんじゃないかな。本当のところは、キャンディが下した決断は一時の感情に駆られた残酷なものだったし、テリィの優柔不断さは臆病の表れだった。それに、出会った当初からどんどん激しくなっていったスザナの執着心に対するテリィの対応は不注意だったと言っていい。スザナと彼女の母親にも罪はあるけれど、それは彼女たちの問題なんだよ。さっきキャンディが話してくれた手紙の内容からは、スザナもそのことに気付いたようだね……例え適切な償いをするには遅すぎたとしてもね」 アルバートさんは長い足を伸ばすために椅子から立ち上がって結論を言った。

「いずれにせよ、過去に起きたことは変えられないんだ、キャンディ」 哀愁を帯びた声になってアルバートさんは言った。「アンソニーが亡くなって何年も過ぎてから、ぼくはそのことを学んだんだよ。キャンディは、ぼくがあの事故のことで自分を責めていたことを覚えているね? 過去の過ちを修復することはできないということが、今ではわかるんだ。ぼくたちの前にあるのは未来だけなんだよ。後悔や恨みの感情に心を蝕まれてもいいのかい? そんなのはきみらしくないな、泣き虫キャンディ」

「わかってるけど……とても辛かったんだもの!」 しょげた面持ちで長椅子に座りながらキャンディは強い口調で言った。

「他人を許すのも、自分を許すのも、時間がかかる作業だ。でも、そうするのがいつだって最善の方法なんだよ、キャンディ」 アルバートさんはキャンディの隣に腰掛けて、その右肩に手を置いて言った。そして、努めて明るく聞こえるように付け足した――「テリィの過去の苦しみについてキャンディがそれ程までに心を痛めているのだとしても、テリィはその苦しみからほぼ立ち直ったようにぼくには映るよ。ぼくがここへ来てからというもの、彼の機嫌がずっと良い状態なのを見れば、キャンディがしっかり埋め合わせをしていることがわかる」

アルバートさんの最後のコメントにキャンディは弱々しく笑顔を見せた。

「このことに関して、テリィともう一度話をするべきだとぼくは思うよ」 アルバートさんは重ねて言った。

アルバートさんの知恵のある言葉を理解してキャンディは下唇を噛み締めた。しかし、どのように行動すればいいのかに関しては、まだ不安が残っていた。



アルバートさんとジョルジュは予定通りにヨーロッパへと旅立って行った。二人を見送ってから、キャンディは慌ただしく荷造りに取りかかった。今シーズンのニューヨーク公演は幕を閉じ、夏の公演旅行が始まる前に1週間の休暇をテリィが取ってくれたのだ。二人は数日間をポニーの家で過ごしてから、テリィのアシスタントのヘイワードや劇団員たちとフィラデルフィアで落ち合うことになっていた。

キャンディは、ストラスフォード劇団の公演旅行に同行しないかというテリィからの誘いを即座に受けた――今後はそのような誘いを受けることがもっと困難になるだろうと予測してのことだ。二人は公演旅行が終了した後で、遅まきながらの新婚旅行の計画も立てていたために、ほぼ3カ月間も家を空けることになる。そのように長い期間家を留守にする時には、荷造りも慎重にせねばならなかった。

荷造りの傍らで、キャンディとミセス・オマリーはアパートを長期間締め切る前の春の大掃除の計画も立てていた。その大掃除の最中、テリィの書斎のゴミ箱の中身を捨てようとした時に、キャンディはあるものを見つけた。

それは、しわくちゃに丸めて捨てられた封に入ったままの手紙だった。その手紙に貼られたイギリスの切手が目に留まったのだ。最初、その手紙はテリィのお父さんからのものだとキャンディは思った。テリィと公爵の関係がまたこじれたのかもしれないと考えて、キャンディはその封筒をよく見るために手に取った。そして、封筒に印刷されたロイヤル・シェークスピア・カンパニーのレターヘッドを見て驚いたのだった。





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