sweet キャンディキャンディ

伝説のマンガ・アニメ「キャンディキャンディ」についてブログ主が満足するまで語りつくすためのブログ。海外二次小説の翻訳も。

水仙の咲く頃 第8章-1 |キャンディキャンディFinalStory二次小説

2012年01月05日 | 水仙の咲く頃
キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳


第8章
バラード第1番、作品23


コーヒーを一口含む度に、その温かく芳醇な香りが舌の上で広がった。新年最初の一日には、邸宅の住人たちはお昼頃まで起きて来ないのが慣例で、キャンディにとってそれはとても好都合だった。時刻はまだ午前9時で、百万粒もの閃光となって今にも胸から弾け飛びそうになっている入り乱れた感情を整理する時間はまだ十分にある。

キャンディは、新しい年が始まったのと同じように自分も生まれ変わったように感じていた。この新たな感覚は、これまでの経験の中で最も甘美なものだった。フランス窓に向いたお気に入りの肘掛け椅子に心地よく腰掛け、キャンディはコーヒーをゆっくり味わいながら飲んだ。もう一方の手には、今朝目覚めた時に自分を迎えてくれた手紙を持っていた。指先には、昨夜自らもその欠かすことのできない一部となり溶け合った特有の肌の感触を、今なお感じることができた。

薄地の白いカーテンを通して朝の冷気が感じられた。キャンディは椅子の背もたれに頭を預け、コーヒーのマグを横に置いた。そして女中がコーヒーを注ぎに部屋に入って来た時、首の周りにゆったりと巻いていたシルクのスカーフを右手でしっかり留めながら笑顔を浮かべた。自分の白い繊細な肌には昨夜テリィが全身に残した薄紅色の印が残っていることがわかっていたので、この冬の寒さで誰にも疑われずにその印を隠せることがありがたかった。

キャンディはまた一つ新しい笑顔を浮かべた。こんな類い希な瞬間には新しい笑顔が必要なのだ。キャンディは笑顔の中で、自分が罪の意識を感じていないことを不思議に思った。それどころか、10年前にこのような幸福に反する決断をしたことをただひとり後悔していた。キャンディはため息をつき、テリィからの手紙をもう一度読んだ。

1925年1月1日


愛しいきみへ

きみが目覚めるまで一緒にいたい気持ちはやまやまだが、無遠慮な目がきみとぼくの二人だけに関することを詮索する前に、部屋を出る方がいいだろうと思う。だから、暗闇の中を逃げ去る泥棒みたいに出て行くのをきみが許してくれることを願っている。もうすぐ、ぼくはきみと幾多の夜明けや昼や日没や夜を、離れることなく共にすると約束する。異議を唱える者は何処にもいなくなるんだ。

この手紙を書きながら、この世でただ一つ本当に重要なのは、魂がもう一つの魂と溶け合った時に辿り着く究極の至福の境地なのだということをぼくは知らぬまま、27年以上もこの地球上で生きてきたことに気が付いた。昨夜、きみの情けのおかげで、ぼくは人生で初めてそんな祝福を垣間見ることができた。ぼくらが初めて出会ったその記念日にこの恩恵が与えられたことを、ぼくは未来永劫感謝するだろう。ぼくは、きみの恋人と呼ばれる権利を手にするためなら、必要とあればあと12年でも喜んで待つつもりだ。だが、状況がこうなったからには、もうこれ以上待つ必要がないことを心から願っている。

情熱を込めて、きみに
T.G.

追伸
きみの日記を持って行くよ。何度も読み終えたら、きみに返すよ。


キャンディは目を閉じてテリィの言葉を味わった。短い手紙ではあったけれど、これは紛れもなくテリィが自分に宛てた初めてのラブレターだった。気持ちを隠すためのおどけた冗談も、仮面も、たわいのない話もない、彼の裸の魂の完全なる開示だった。この手紙はほんの数時間前に起きたことが夢ではないことを証明していた――まぁ追伸の部分はいつもの悪ふざけだと認めなければならなかったとしても……。アルバートさんは、セントポール学院にいた頃に書いた日記とテリィからの古い手紙を、数日前にポニーの家を訪ねて来た時に返してくれたのだ。そしてテリィは、恥も外聞もなくそれを持ち去ってしまった。しかしキャンディは、彼が何をしても今日は許せるのだった。一口含んだコーヒーが喉を通り抜けていくと、キャンディは昨夜の二人の結びつきを詳細にわたって思い出した。

キャンディは、愛し合う行為の中で魂が現に裸になるなど想像もしたことがなかった。これまでのテリィとの繋がりも確かに強固なものではあったけれど、昨夜の二人の結びつきから芽生えた互いに互いのものだという計り知れない感覚は、これまで共有した何にも比べられないほどの強さだった。キャンディがその身を捧げたこの男性は、彼女の目の前で事実上変貌した。服を脱ぎ捨てると同時に、彼は彼女の想像を絶するほどに己の内面をさらけ出したのだ。

キャンディはもう一度ため息をついた。昨夜のテリィとの間のやりとりのどこまでが言葉によるもので、どこまでが互いの肌や体液を通して交わされたものか定かでなかった。キャンディにはそれぞれの違いがもはや分からなくなっていた。

――初めて会った時からわたしを愛していたという彼の告白は言葉によるものだったろうか? わたしを守りたいという抑えがたい情熱を、彼はどのようにして伝えてくれたのだったか? それは、彼がわたしを自分のものにしたあの究極の瞬間、その熱を帯びた衝動に逆らってまでも精一杯の努力で優しくしてくれた行為によってだったろうか? それとも彼は実際にわたしの耳にそう囁いたのだったろうか……? キャンディにはその判別がつかなかったが、すべてを知った今、心は確信に満ちた思いであふれていた。

ある意味キャンディは、この新たな知識に恐れを抱いた。何故ならば、それはテリィが自分の手の内にあることを意味すると理解したからだ。もし自分がテリィの求めに応じて彼を愛することができなければ、自分は彼を致命的に傷つけてしまうだろうし、その過程で自分自身も傷つくことになるだろう。何故なら彼と結ばれたことで辿り着いた境地では、二人は溶け合い一つに融合しているからだ。キャンディは、ことのほか傷つきやすく、信じられない程に力強く、甚だ独占欲の強いこの男性を愛し抜けることを、ただひたすら望んだ。

そして今朝、自分はどうやってこの喜びを仮面の下に隠して世界と対面すればいいのだろうか? キャンディにはわからなかったが、そんなことはいまの重要事項の上位に属してはいなかった。ただ一つ本当にしたいことと言えば、この部屋を出て、その姿を一目見るだけでもいいからテリィを探すことだった。



昨夜ニールを殴った手は腫れていたけれど、今朝のピアノの鍵盤はテリィの指先で踊っているようだった。冒頭のドラマチックなアルペジオに続いて、催眠的なテーマの優しいワルツのようなリズムが部屋を満たした。そして間もなく音階と和音が熱狂的な流れとなって響いた。このバラードはテリィにいつもキャンディのことを思い出させた。それは情熱的でありながら甘く、独特の優しさと並はずれた力強さに満たされていて、時には遊び心に溢れ、時に賢く、そして何よりも情け深かった。テリィはキャンディを最初に一目見た時から彼女の性質を見抜いていた。そして長い年月の間、怒りと喜びの両方を発散させるようなキャンディのこの特徴は、彼女をきっと素晴らしい恋人にするに違いないと思ってきたのだ。テリィは間違っていなかった。そう! キャンディは彼の腕の中でそのすべてになったのだ。

ショパンは今朝テリィが心を歌わせるには完璧な調べだった。――彼女はおれのものだ! おれだけの! 血管を駆け巡るこの圧倒的な感覚! おれは昨日までと同じ男なのだろうか? 違う! おれはこの喜びに満ちた1月の朝に生まれ変わった。この新たな自己は幸せとは何かを知っている男だ……。

もしあの失意のどん底で過ごした日々の中で、いつの日か、その口にキャンディの体の隅々の肌の感触を、消すことができないほどにまざまざと感じながら目覚めるだろうと誰かがテリィに言ったとしたら、何という残酷な嘲弄だと思ったに違いない。しかし、あの拙い手紙を書いてからわずか7か月後にテリィはこうしてここにいて、キャンディの魂と体の唯一の所有者になったのだ。それは他の何ものにも比べられない充足感だった。

あまねく権威によって夫と妻の立場が確立される結婚の儀式の前に、キャンディが夫の権利を自分に与えてくれたことにテリィは大きな喜びを得ていた。それが起きた時、二人は明確な思考能力を失っていて、合理的な考えなど差し挟むことなく互いを自由に分け合った。そしてすべてが終わり、熱狂が静けさに取って代わった時、今度はテリィが恐れを抱く番だった。一晩に二度も――二度目は一度目よりも悪い結果となってしまったが――不埒な行為を働いてしまった自分自身に驚愕し、テリィは自分をならず者だと言って罵った。

しかし、他ならぬキャンディがその恐れを和らげてくれたことを思い出してテリィは笑顔を浮かべた。起きたことをまったく後悔していないとキャンディが言ってくれた時の喜びを、彼の心はもう抑えることができなくなりそうだった。

「あなたのものになったことを恥ずかしいと思えるわけがないわ」 ふさふさした髪をテリィの肩にもたせかけてキャンディは言った。「確かにわたしが教わってきたこととは違うけど、でも、心の内ではわたしはこれまでもこれからも、あなたの妻だと思ってきたことを神はご存じなのよ。その神の御前で、わたしたちがしたことが間違っているとは思わないわ」


テリィの指先から第一のテーマが再び奏でられた。頭の中では自分がキャンディの髪に口づけをしながら「ありがとう」と囁いた光景を思い出していた。時には最もシンプルな言葉が最も深い意味を表すものだ。

「おれは、今夜きみが示してくれたこんなに素晴らしい温情に溢れた行為に対して何か返せるものがあったらと思うよ」 テリィはキャンディへの口づけの合間に言った。

「わたしを永遠に愛すると言って」

「それは簡単だ。それ以外のことなどできない」


今では音符は入り乱れ、その音はまるで砂にひたひたと寄せる波のような錯覚をおこした。そしてまたワルツのようなテーマに戻ると、今度は和音をフルに使ったクレッシェンドで一層ドラマチックな調べとなった。そしていよいよ音が上昇し一気に情熱的に下降すると、最後はGの音で劇的に締めくくられた。

続く沈黙が柔らかな拍手の音で破られた。テリィはグランドピアノの前に座ったまま、後ろを振り返らずともそれがキャンディだとわかった。グレーのジャケットの下に赤いタートルネックのセーターを着て、ジャケットと同色のストレートのスカートを履いたキャンディの方を見てテリィが右手を伸ばすと、キャンディはそれに応えて近づいた。テリィがピアノ椅子に座ったまま横にずれると、キャンディはその隣に腰掛けた。体と足がテリィにぴったりとくっついていた。キャンディが何か言う前に、テリィはその唇に思い切り口づけをすると、陽の光の中で彼女の姿をだまって眺めながらその顔を撫でた。

「おはよう、おれの奥さん」 テリィはキャンディをきつく抱きしめて囁いた。

「おはよう、旦那さま。あなたのピアノの演奏をもう一度聴くことをずっと夢にみてきたのよ」 キャンディはテリィをほれぼれ見ながら答えた。

「ピアノは何年も弾いてなかったんだけど、ここ何カ月かでもう一度練習する気になったんだ。おれのショパンは気に入った?」

「わたしはいつでもこのバラードが好きよ。でも、これが『トトトのうた』だったとしても、わたしはそれをあなたが弾いているっていうだけで同じように好きになるわ」

「そんなふうに褒められたら、おれのピアノの腕を上達させる役にはたたないな」 テリィはふざけて文句を言った。

「きっとそうね。でも、その手を見せてくれたら他の方法で役に立てるわよ」 キャンディはテリィの手を取って申し出た。

「昨夜きみが用意してくれた氷嚢がよかったみたいだ。腫れが少し引いたよ」 ベッドでシーツにくるまれながら、キャンディがこの腫れた手をやきもきと心配していたあの色っぽい場面を再現するためなら、もう一度喜んでニールを殴るだろうとテリィは考えていた。

「エプソム塩と手洗い桶を持ってくるわね。エプソン塩を溶かした水にしばらく手を浸しておくのよ」 立ち上がって今言ったことを実行に移そうとしたキャンディをテリィが引き止めた。

「後で……きみがそうしたければエプソム塩の風呂に入れてくれてもいいよ……もちろんきみも一緒に入るのが条件だけどね」 そう囁いたテリィの瞳はあまねく青や緑の色彩を帯びていた。

再びテリィに熱烈な口づけで唇を塞がれ、腕の中にその体を引き寄せられるとキャンディの顔は赤く染まった。その時、男性の咳払いをする声がして二人をびくっとさせた。二人は唇を離し、咳払いのした方に顔を向けた。キャンディは上半身を浮かせたが、すぐにはテリィの腕から離れなかった。

「おはよう、アーチー!」 キャンディはピンク色に明るく染まった顔に笑顔を浮かべて言った。「ずいぶんと早起きね」

「おはよう」 アーチーは毅然とした挨拶を返すための正気をどうにか保ちながら言った。

不思議なことに、キャンディが婚約者と情熱的な抱擁を交わしているのを目撃したことよりも、二人が自分を見た時に押し寄せた圧倒されるような感覚の方にアーチーは衝撃を受けた。

アーチーは放心していた。頭の中では、再びキャンディを傷つけて、ただ去って行くためだけに戻ってきたこの男から彼女を守るべきだという命令が聞こえた。しかし、今朝の二人はまるで自分たちだけの世界に浸されているような不思議な気配に包まれていて、アーチーは自分がただの侵入者のように感じられた。それは漠とした感覚だったけれどとてもリアルで、アーチーは何をすればいいのか、何を言えばいいのかわかならかった。

「アニーはもう起きてるの?」 キャンディの問いかけで、アーチーは内心の混乱から覚めた。

「うん、今はステアと一緒にいるよ。ブランチの準備をさせているところだ」 アーチーはやっとの思いで言った。

「それじゃあ、ちょっとアニーの所に行ってくるわ。エプソム塩があるかどうか聞きたいから。二人とも、わたしがちょっと席を外しても構わない?」 キャンディは立ち上がりながら聞いた。

テリィは、この間自分の所有物のようにしっかり握りしめていたキャンディの手を離そうとしなかった。立ち上がって横に立ったキャンディが密かに目で会話をすると、テリィはしぶしぶ手を離した。

「15分後にブランチをとる部屋で会いましょう。それでいい?」 ドアの方へと歩きながらキャンディはテリィとアーチーに聞いた。

「わ……わかったよ」 徐々にまともな思考能力を回復しながらアーチーは同意した。

テリィはただ首を縦に振って同じたけれど、アーチーボルドと自分を二人きりにしようとするキャンディの意図はとっくに読めていた。

(これはきみの典型的な懐柔作戦だな、ターザンそばかす。でもこの代償は高くつくぜ……)

キャンディが後ろ手にドアを閉めると、きまりの悪い沈黙がしばらくその場を支配した。

いつものすました態度でピアノの蓋を閉め、テリィは朝の一服に火を点けようと窓の方へと歩いたが、結局煙草を吸うのを止めた。カーテンが開いていたので、テリィは胸の前で腕を組み、庭の景色を眺めながらアーチーボルドの存在を無視することにした。自分を断固として嫌っている人間と話をする気分ではなかったのだ。

アーチーは暖炉のそばのアルバートさんの肘掛椅子に腰掛けて、近くのテーブルに置いてあった新聞を手に取り、しばらくそれを読んでいるフリをした。窓辺でじっと立っているテリィの方に時々目をやりながら、自分の方から会話を始めるべきかどうか迷った。アーチーは、このかつての同級生が数日前にシカゴに到着して以来、話をする機会を持ちたいと思っていたのだ。しかしキャンディによって明白にその機会を与えられた今、どう話を切り出せばいいのかわからなかった。

頭を働かせるためには体内にカフェインが必要だと感じたアーチーは、電話を取り上げてコーヒーを頼んだ。間もなく男性の使用人が銀製のトレーに載せてコーヒーサービスを運んできた。

「一緒にどうだい?」 沈黙を破ってアーチーがテリィに聞いた。

昨夜についてのこの上なく心躍る考えで自分を楽しませていたテリィは、わずかに首を横に振ってその誘いを断った。アメリカに住んでもう何年にもなるけれど、テリィにはいまだにアメリカ人のコーヒーに対する情熱が理解できず、もう少し待って濃い紅茶で一日を始める方がいいと思った。

テリィがもう一度背中を向けてアードレー家の庭園を一見熱心に観察する間に使用人は退室し、部屋にはまた二人だけが残された。

「きみは、ブランチまでそこでそうやって窓を見ているつもりかい?」 親しみを込めた会話の始め方を見つけられずにアーチーは聞いた。

「そうしようかと思っていたけど、きみにもっといい考えがあるみたいだな」 テリィは振り返りアーチーを見ると、暖炉の方にのらくらと歩きながら返答し、ポケットからアルフレッド・ダンヒルのライターを取り出した。

「あることについてきみと話し合ういい機会だと思ってね」 アーチーはコーヒーを飲みながら言った。

テリィは金製のライターをいじりながら肘でマントルピースに寄りかかり、体重の一部を左足に乗せていた。

「当ててみようか」 テリィは眉を持ち上げて、いつもの人をばかにした調子で言葉を返した。「きみは、きみのいとことおれの結婚を承認しないと言いたいんだろ?」

テリィの露骨な癪にさわる態度にアーチーは歯ぎしりした。

「ぼくはそんな言い方をするつもりはなかったけど、でも要点はそういうことだ」 舌戦の態勢を整えるためにコーヒーカップを横に置いて、アーチーは認めた。

「今度はこっちが言わせてもらうが、おれはそんなこと少しもかまっちゃいないね」 アーチーの目を真っ直ぐに見てテリィは挑戦的に言った。

「そんな答えが返ってくるだろうとは思っていたよ。だがぼくは、きみとぼくが互いの意見をどう思おうがそんなことを問題にしているんじゃない。ぼくが言いたいのは、今回は失態を演じるなという警告だ」 アーチーは、その明るい茶色い瞳に強迫的な光を浮かべて言葉を吐いた。

「止めてくれないか、コーンウェル。おれは舞台上でも舞台の外でもドラマはもう十分にやったよ」 テリィは苛立ちを隠すことなく言い返した。「もしまたキャンディを苦しめたらおれを殺すと脅すような芝居がかった話には、もうほとほとうんざりだ」

「そうかい、そんなによく分かっているのなら、きみはキャンディをそっとしておいて、あのまま幸せでいさせておくべきだったんだ!」 アーチーは立ち上がり、テリィの背の高さになって言った。

「きみがそう言うのは簡単なことだよ。愛しい妻と、可愛らしい子どもと……きみはすべてを持っている」

「まったくいい加減にしてくれよ、グランチェスター。ぼくが幸せだからって、きみはぼくを責めるのかい? 幸せはそのために努力した人の元に訪れるんだ。でもきみがしてきたことと言えば、それを押し除けることだったじゃないか」

「自分がしたことくらいよくわかっている」 テリィは声を荒げて認めた。その声には罪悪感と怒りが混ざっていた。

「いいや、わかっちゃいないね、この高慢ちきめ!」 アーチーは顔を真っ赤にしながら叫んだ。「きみがあんな不甲斐ない有様で去って行った後、キャンディが元通りの元気を取り戻すのにどれだけ大変な思いをしたか、きみは全然わかっちゃいないよ。あの状況でキャンディをニューヨークに招待しようなんていうきみの破滅的な考えが、どんな結果をもたらしたか教えてやろうか」

テリィはアーチーの発言に対して何も言葉を返さなかったが、早くなった瞬きと、こめかみに走った緊張が、彼の反応を示していた。

「いいか、よく聞けよ。きみに無慈悲に心を傷つけられた後、キャンディは雪の中を何時間も歩いて肺炎になってしまったんだぞ」 テリィが黙っているのを見てアーチーは続けた。「キャンディは高熱のために列車の中で倒れて、駅からの知らせでぼくが迎えに行った時には意識を失っていたんだ! いつも元気ではつらつとしていたキャンディが、血の気を無くしてうわごとを言っていた。キャンディがこのまま死んじまうんじゃないかとぼくたちがどれ程心配したか!」

テリィの顔からは色が失せていたが、アーチーの話を遮ることはしなかった。

「きみが男らしく、キャンディに相応しい愛を与えられなかったのがそもそもの原因だ。きみのその貴族的な道義心とやらのために別の女性への償いがあったというのなら、どうしてただ捨てられに行くためだけの、浮かばれない何百キロもの旅をキャンディにさせたんだ?」

「おれだってこの10年の間、そのことについては何度となく考えた。きみは、おれが自分の愚かさや勇気のなさに、いい気になって浮かれているとでも思うのか?」 テリィの感情が遂に爆発した。「いいか、コーンウェル。おれは、今きみが話したような、実際に起きた出来事については何も知らなかったかもしれないが、それでもおれがキャンディを傷つけたということは十分認識しているし、自慢できることじゃないのもわかっている」

「もしきみに恥の心があったなら、キャンディのところに戻ってくるなんてあり得ないよ! キャンディはきみがいなくても、ずっと申し分なくやっていたんだ」 アーチーは再び声を荒げ、怒りでより一層顔を赤くしながら言い返した。

テリィはその言葉の打撃をストイックに受け止めた。心の中では、アーチーが最後に言った言葉を自分自身もずっと考えてきたことを認めた。10年間も音信不通にした後でキャンディに最初の手紙を出すまでにかかった長い苦悩の期間、テリィはまさしくその考えに不安を抱いていたのだ。この会話の中でテリィは初めて目を伏せた。

「きみがそう思うのを責めることはできない。おれもかつては同じように考えていたから」

思いがけないテリィの口調の変化にアーチーは驚いた。

もし、テリィには恥を感じる能力がないと頑なに思い込んでいなかったとしたら、その口調には真の悔恨が表れていたとアーチーは認めたことだろう。

「それじゃあ何がその考えを変えたと言うんだ?」 アーチーは疑いに顔をしかめながら聞いた。

「キャンディがいなければ、おれはまるで帆のない船と同じだと気づいたからだ!」 テリィは正直に答えた。「おれはまったく嫌な奴かもしれないが、浅はかな人間ではない。この結婚で得をするのはおれの方だということはよく分かっているつもりだ。おれみたいに色のない人生をずっと送ってきた寂しい男には、キャンディのように太陽を輝かせることのできる存在とはほとんど縁がないと言っていい。でも、キャンディが彼女の人生への扉をおれに開いてくれた時、おれはその中に入り、おれ自身の心を差し出さずにはいられなかった。きみがおれを自分勝手な人間だと思いたければそう思ってくれて構わないが、もしきみがおれの立場ならきみもそうしただろ? 正直に言ってくれよ、そうだろ?」

今度はアーチーが目を伏せた。もし過去にそのような機会が自分に与えられたとしたら、考えるまでもなく自分もそうしただろうということが、アーチーにはよく分かっていた。

「きっとぼくもそうしただろう」 自分の心情にあまりに密接した問いかけに対して嘘をつくことができず、アーチーは認めた。それに加えて、感情を伴ったテリィの言葉にひどく心を動かされていたのだ。しかしそれでもまだ、アーチーは簡単に引き下がるつもりはなかった。「でもそれじゃあ、今回はキャンディを傷つけないとどうして言えるんだ? 例えば昨夜だって典型的なお決まりの光景だったよ。キャンディをあのように無遠慮に舞踏室から連れ出した後、きみたち二人が言い争いをしたのを隠そうとしても無駄だよ」

「おれは、きみの目にも明らかなことを隠すつもりはないよ、コーンウェル」 アーチーの発言に苛立ってテリィは言い返した。「キャンディはおれを愛しているのと同じくらい、おれの一方的な考えにいちいち同意はしないからね。おれだってそんなことは望んじゃいない。だから、おれたちが今後絶対に言い争いをしないなどという約束はできない。でもこれだけは確実に言える。過去に起きたことは二度と起こらない。おれたち二人の間には誰も割り込ませない」

「きみの言葉を信じられたらいいと思うよ、グランチェスター」

「言葉には何の意味もないさ、コーンウェル。おれがキャンディを幸せにできるかどうか、時間が証明してくれるまでだ」

「もしきみがキャンディを幸せにできなかったら……」

「わかった、わかった。おれの命はないと思えばいいんだろ?」 テリィは両手を上げて聞き入れた。

「少なくともその点では同意できたな」 アーチーは近くの椅子に身を投げ出して話を締めくくった。

これで差し当たりいさかいは終わったとテリィは理解した。言い難かったことを口に出したことで少し気持ちがくつろいで、テリィは煙草ケースを取り出すと、それをアーチーの前で開けた。

「一本どうだ?」 テリィに煙草を勧められ、アーチーは疑わしげに見返した。

「なんだよ、そんなに疑い深くなるなって。煙草には何も変なものは入っちゃいないよ」 テリィは自分にも煙草を取りながら言った。

「わかったよ」 アーチーは多少仕方なしに煙草を一本受け取った。「でも一本だけだ。ぼくは禁煙しようと思っているからね。きみも考えた方がいいぞ。キャンディが煙草を嫌いなのは知っているだろ?」

「肝に銘じておくよ」

テリィは煙草を吸いながら満足げな笑みを浮かべた。数時間前にキャンディの部屋で起きたことを、アーチーが知らずにいてくれて助かったと思っていた。でなければ、二人の口論はこんなに簡単に収まらなかっただろうから。





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新春のお慶び申しあげます (ヘップバーン)
2012-01-05 21:55:59
寒い日が続きます いかがお過ごしでしょうか
更新本当に嬉しいです 本当に楽しみにしていました 思いのたけは追々・・・ 
本年も宜しくお願いします
追伸 奥さん・・・旦那様・・・と呼び合う二人 素敵です
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よかったです (しほちゃん)
2012-01-06 00:05:14
8章の更新を楽しみにしていました。ブログ主様に何かあったのかと、心配していました。どうか無理をなさらずに、ご自愛下さいね。

キャンディとテリィが幸せすぎて怖いです。はやく結婚してほしいです。結婚してからのハプニングは2人で乗り越えられるかな?と思えるけど、今の状態でハプニングが起きたら!と考えるとなんだか、そわそわしてしまうっ。結婚が最終ゴールではないけれど、とにかく落ち着いておくれよ。という親心でいっぱいデス(´・_・`)
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感無量!! (mi-na)
2012-01-06 00:26:51
毎日のように、更新されていないかとチェックしていました。嬉しいです!!ありがとう!!
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Unknown (眼鏡越しの空)
2012-01-06 01:07:54
ブログ主さま♪更新ありがとうございます。
とても嬉しいです。

どうぞ、ゆっくりと、ゆっくりとで良いです♪
いつも楽しみに待っています。
お体に気をつけて…
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明けましておめでとうございます。 (てぃえんてぃえん)
2012-01-06 01:19:27
毎日待っておりました。年明けの「お年玉」を頂いたような無邪気な喜びを感じております。。。本当に素敵なお話・・ これからもう1度8章を読むつもりです。。。奇しくも物語の更新が新春。物語の中でも新春。タイムリーです。思い切りストーリーに浸ろうと思います。

ブログ主様、大変な中翻訳くださって私たちにこの様な喜びを与えて下さり、有難うございます。これからも楽しみにさせて頂ますが、どうぞご無理のないよう。。。。
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うれしい〓 (キョン)
2012-01-06 06:27:04
うれしいうれしい 毎日 ブログを開くのが日課になって数ヶ月 変化のないことに慣れてきて ブログ主様になにか 変化が? もはやここでおしまいか? でも きりのいいところでよかったと思おう…などと ぐるぐる 考えていました。更新をみた時の驚き! うれしいありがとうございます
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コメントありがとうございます (ブログ主)
2012-01-06 13:46:12
こんなに楽しみにしていただけているのを知って感激しております

そして第8章の更新まで本当に長いことお待たせしてしまったこと、再度お詫びします。

改めてキャンディキャンディのキャラクターたちの力強さに感心しています。

原作者の名木田恵子さん、原画作者のいがらしゆみこさん、このファンフィクの作者のジョセフィン、ブログ読者の皆様、みなさんにとって2012年が良い年になるよう、改めてお祈りいたします。
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わ~い (ゆっちぃ)
2012-01-06 15:57:43

ブログ主さま、新年おめでとうございます。
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Unknown (もう今年で17年)
2012-01-07 18:49:41
早いもので今年でキャンディキャンディがテレビでオンエアができなくなってもう17年になりますがこの17年前とはオウム事件が起きた年でありオウム事件犯人の電撃的逮捕電撃的解決がありましたのでキャンディキャンディ問題も電撃的に解決されテレビでオンエアを期待いたします
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改めてご挨拶 (ブログ主)
2012-01-07 19:26:37
ヘップバーン様、しほちゃん様、mi-na様、眼鏡越しの空様、てぃえんてぃえん様、キョン様、ゆっちぃ様、もう今年で17年様

はじめての方も、いつもコメントいただく方も、本当に温かいお言葉ありがとうございます。

中国にお住いの方やアメリカにお住いの方など、日本国内だけでなく、いろいろな場所にお住まいの方とキャンディキャンディの物語やその後のファンフィクをこうして共有できるのは素晴らしく嬉しいことです

キャンディがテレビで見れなくなってから、もう17年なんですね。今年はちょうどキャンディの物語と同じ時代の設定で、15年前に劇場公開されて空前の大ヒットだったタイタニックが3Dになってもう一度劇場公開されますね。

キャンディのお話しも、まだ触れたことのない若い人たちに再発見してもらいたいですよね。

タイタニック3D…ブログ主の今年の密かな楽しみです
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