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凡人むむむの連載するのだ

というわけで、連載はじめました。

柿の葉寿司

2015-12-16 | つぶやきのまとめ焼き
そんなわけで東京に向かう途中、柿の葉寿司を食べようとしている。

僕の中で柿の葉寿司というのは、ケーキで言うと身内で行う見栄をはらない誕生日会で登場するくらいの大きさで丸い形をしているものだけど、そこは新幹線。形は四角いし食べやすいように小さく個辺化されており、それはまるでプチチーズスフレのようである。丸か四角か。一体どちらの形が元々はスタンダードなのだろう。

そんなわけで、柿の葉寿司を食べようとしてる。

箱を開けると、中にはお箸が入っている。うむ、柿の葉寿司がせっかく葉っぱでくるまれているというのに、それでもキミは手で食べるなと言うのか。いや、なるほどわかった。この箸を使って、横に添えてある生姜を食えってんだな。

いやしかし美味しそうだ。いや絶対に美味い。

これほどまで期待と実際とががっちり手を組んだ食べ物が他にあるだろうか。いや、こちらの期待に答えるどころか、なおもさらに上回って返してくれる。それは正にナダルリバースエボリューション。そして何よりも嬉しいのは、鯖や鮭、鯛と色々な味を楽しめるようにパッケージされていることで、これはホールタイプのケーキ形状だったらまず不可能なおもてなしだ。

それにしても、鯖だろうが鮭だろうが中にどんな具が入っていようが、柿の葉寿司って言ってしまうのは少し強引ではあるまいか。一旦葉っぱに包まってさえしまえば、それはもう柿の葉寿司です、と言い切ってしまっているのであるだから。けっこう強気な話である。もし仮に、葉っぱの中にカレーライスが入っていたらどうするつもりなのだろうか。それはもう柿の葉寿司なのである。中におでんが入っていようが、マラカスだろうが、それはもう柿の葉寿司なのである。

しかも、名称的には主役であるはずの葉っぱは、結局食べられずに捨てられる運命にある。この料理は葉っぱにくるむことが特徴なのに、最終形態には必要とされない。言わばキャリアシート的な存在では、特許的には構造で権利化が難しい。いや匂いが転写されている点を強調すればなんとかなるものだろうか。

いやしかし美味い。そして食べやすい。
あらいやだ、気づけば私は、もう柿の葉寿司を食べてしまっているではないですか。もぐもぐ。ゴンボ。

いやしかしこのちょうど食べやすいサイズ。やっべーぞ。
もしかしすると、思わず「美味い」と、うなってしまう(実際には新幹線に乗っているので恥ずかして口には出していないが)そのうなり易さというのは、このちょうどいいサイズというのが効いているのかも知れないぞ。

さて。

食べながら柿の葉寿司をよく見ると、葉っぱの巻かれ方が、一品一品違うことに気づく。ん?不思議に思った私は、寿司だけ食べて残された葉っぱたちを一枚一枚重ねてみることにする。するとどうだ。当然ながら葉の大きさもばらばらだ。うーん。寿司自体は装置でポコポコと同んなじサイズに作られる工程が想像できるのだけど、葉っぱはどうだ。一体どんな基準でサイズを選んでいるのだろうか。どこからが丸でどこからばバツなのか。

とか言ってるうちに、柿の葉寿司は、あっという間に食べ終わってしまった。そして結局生姜は手で食べてしまった。しまった。こんなことになるんだったら、生姜も残った葉っぱにくるんで食べればよかった。そうすれば、生姜もまた柿の葉寿司として生まれ変わるのである。



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