すずりんの日記

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小説「マリアの微笑み」⑪

2005年04月23日 | 小説「マリアの微笑み」
 その後、式当日までの半年間、私は一度も杏子に会うことは無かった。会う気が無かったのでも、彼女の話をバカにしていたのでもなかった。・・・時間が無かったのだ。しかし私は、数回にわたってかけた電話に依って、彼女の様子だけは知ることができた。
 
 電話には、毎回、男の人が出た。杏子の婚約者だった。独り暮らしの彼女の部屋で、同棲しているらしかった。その数回の電話の中で、彼は、興奮気味にこう言うのだった。

「階段から落ちたり、車に轢かれそうになったり、危険なことばかり起きました。でも、その度に赤ちゃんは無事だったんです。神の御加護だ、って、彼女もそう言ってました。それなのに、彼女、最近、お酒を飲み始めたんです。そればかりじゃあ無い。いらいらする、と言っては喫煙し、眠れない、と言っては薬を飲む。まるで、お腹の子が、憎いみたいに・・・。でもね、お腹の子は、そんなこと、知りもしないでスクスクと大きくなってる。・・・今は、子供より、彼女の体の方が心配ですよ。」
 
 彼は、興奮していた。・・・しかし、それだけだった。
 
 赤ちゃんが、自分の子が、産まれるということしか見ていなかった。まるで、あらゆることから子供を守る何かの力が、彼の意識の中にも働いているようだった。何かの力、そう、それは、あの聖母マリアの怨念と言ってもよかった。「赤ちゃんはスクスクと大きくなっている。」彼はそう言っていたが、そうではない。きっと、毒素を除く全ての栄養を、(与えられているというよりは)母体から吸い取っているのだ。
母体が、栄養をきちんと取っているかどうか、それは、お腹の子にも、そしてマリアにも、関係は無かった。彼らには、吸い取れるだけの栄養を、母体が体内に保存していればそれでよかったのだ。それによって、赤ちゃんは、徐々に成長していき、母体には、毒素だけが蓄積されていく―――。
 
 私は、その後も、杏子に会うことは無かった。会う気が無かったのでも、彼女の話をバカにしていたのでもなかった。時間が無かったのだ。―――いや、それよりも恐かったのだ。彼女の、その“栄養を吸い取られた”姿を見るのが、恐かったのだ。そして私は、式当日に起こるであろう出来事に、ただならぬ不安と責任を感じていた。


(つづく)
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