すずりんの日記

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小説「雪の降る光景」第3章22

2008年07月26日 | 小説「雪の降る光景」
 いつものように人払いをしてベッドの傍らのイスに座ったボルマンに、私は言った。
「そういうことなら総統はすぐに君に相談するはずだろう。ゲッペルズにも、ヒムラーにも。」
「私たちは総統に、敵地をどのように攻めるべきかを判断させることはできる。しかし、敗戦国の総責任者としてどのように死に臨むかを教えることはできない。」
私は窓の外で北風に揺れる木の枝を見つめた。今の我々の命は、あの枝から今にも落ちてしまいそうな枯れ葉よりも軽い。それは総統でさえ例外ではない。
「彼は死ぬつもりなのか?」
「それもはっきりとは言い切れないのだ。しかし君なら、総統が何を考えているかわかるかもしれない。そして、・・・彼を救ってやることができるかもしれない。」
それが、ボルマンが私を殺さずに利用できる残された唯一の方法という訳か。
「救ってやれる?彼に何を助言すれば、彼は救われるのだ?死ぬなんてばかな事を言うなとでも言えば良いのか?それとも、死んで全てを償えとでも?」
「それも、総統に会えばわかるはずだよ、君なら。」
私に何がわかるというのだ。私に総統の考えの何かがわかったとして、それが私たちにとって今さら何だと言うのだろうか。
「もしも、総統が私と会うことで明らかに自殺する意志を固めたらどうする気だ?」
「私はそれでもかまわん。」
ボルマンの口調に迷いは無かった。が、きっと彼の脳裏には彼の愛する家族の姿がよぎっただろう。
「君は総統の後を継いでナチスのトップになる覚悟はできているか?」
「総統が私にそれを望むなら、私は喜んでそれに従うつもりだ。」
ボルマンは、変わらず迷い無く言い切った。総統の犬になった時から、こうなった時に死を選ぶ覚悟ができているのに、今さら何を聞くのかと苛立ってさえいるようだった。
「今、アドルフ・ヒトラーの後を継いでナチスの次期総裁になるということは、この全世界の全ての民衆から死刑を宣告されるということだ。その死の間際まで、ナチス総裁としての肩書きを背負い続けていることができるか?」
ボルマンは、ヒトラーの犬として死ぬ覚悟はあっただろうが、ナチスという極悪の思想がもたらした全責任を、総統の代わりに自分が背負うほどの覚悟を問われることになるとは思っていなかっただろう。


(つづく)
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