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すずりんの日記

動物好き&読書好き集まれ~!

小説「改・雪の降る光景」第1章Ⅱ~7

2006年10月13日 | 小説「雪の降る光景」
 アネットが、無造作に、両手に持ったスープの皿をテーブルに置いた。
「さぁ、兄さん、そんな暗い顔をしないで!元気を出してちょうだい!クラウスも、さぁ遠慮しないで!」
クラウスの家はうちの隣で、父親の代からパン屋を営んでいた。私たちとクラウスの父親同士が幼馴染みで、私たちの両親が、アネットがようやく立って歩けるようになった頃に病気で相次いで亡くなった時から、毎日食事時になるとクラウスの両親が家に誘ってくれていた。その後、クラウスの両親が第1次大戦の戦火に巻き込まれ、クラウスをかばって母親が亡くなり、その際に負った重傷が元で半年後に父親が亡くなった。すると今度は、今までの恩返しにうちの食卓にクラウスを誘うようになったのだ。根っから明るいクラウスの存在は、今までずっと私たち兄妹の支えだったし、クラウスもそう感じているだろう。アネットとクラウスが将来結婚してくれることは、私にとって、この上ない喜びだった。
 アネットは毎日クラウスが焼いてくれるパンの入った籠をテーブルの中央に置き、自分の席に着いた。
「お待ちどうさま!さ、いただきましょう。」
アネットの、この“お待ちどうさま”が私たちのいただきますの合図だった。
クラウスは、その言葉が終わらないうちに、大柄な彼らしく、一口で入りきらないほどのパンの塊を、スープに豪快に浸した。
「うん、これはうまい!アネット、君は料理の天才だよ!」


 ―――私は、総統が狂気の頂点に昇りつめることを望んでいる。私は、総統がユダヤを殺すことを望んでいる。私は、総統が1000年帝国を作り上げることを望んでいる。・・・私は、彼がいとおしいのだ。


 「・・・こうして、オスタリッチの首都に着いた床屋は、今、併合を宣言すべく壇上に立った。そしてマイクに向かってこう言ったのだ!『私は皇帝になりたくない。誰も支配したくない。ユダヤ人も、黒人も。・・・人生は、楽しく自由であるべきだが、貪欲が人間の心を毒し、世界中に憎しみの垣根を作ってしまった。・・・ハンナ!見上げてごらん。雲が切れて、太陽が差し込んできているよ。暗い世界から抜け出し、私たちは光明の世界にいるんだ。ハンナ!お聞き・・・。』」
「『独裁者』かね?」
「えぇ、ラストのチャーリーのセリフですよ。・・・どうだい、アネット?」
「いつ聞いても感動的だわ!あぁ、一度でいいからチャーリーの凛々しい姿を見てみたいものだわ。」
クラウスは、うっとりした顔のアネットをたしなめるように言った。
「それは無理な話だよ、アネット。だってそうだろう?彼の姿を見、彼の言葉を聞いた人間は涙を流して、彼の“人間主義”に賛同せずにはいられなくなるんだ。そうすれば、独裁政治を正当化しようとしている政治家は、生きてはいられなくなるんだからね。」
私は、19世紀にフランス人が愛して止まなかった、あの、“ギロチン”が、今ここに無くて良かった、と思った。


(つづく)

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