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すずりんの日記

動物好き&読書好き集まれ~!

小説「雪の降る光景」第3章13

2008年05月24日 | 小説「雪の降る光景」
 アネットとクラウスが来た日の夜遅くに、その日の公務を終えたボルマンが病室に顔を出した。今日1日の各方面からの報告書を私に手渡し、彼は、先ほどクラウスが座っていたイスに座った。
「君の妹さんたちが来た時、私もちょうどドクターに用があってここに来ていたんだ。」
ボルマンは私の反応を見ているのか言葉を切ったが、私はそれに気づかない振りをして身を起こし、身なりを整えた。
「君の病状についていろいろ聞かれたよ。」
「例えば、どんなふうに?」
私は、今度は渡された報告書を読み始める振りをした。
「兄さんの検査の結果はどうだったんですか、退院はいつ頃になりますか、私たちに何かできることは、・・・。」
「それで、君は何と答えたんだ?」
私は報告書に目を通しながら彼の返事を待った。
「君自身は、・・・そういうことは一度も聞かなかったな。」
私は一瞬手を止めてボルマンの方を向いたが、彼は手を組んで顔を下に向けたままだった。
「ボルマン、君は、妹の質問に、何と答えたんだ?」
「君だ!君のことだ!なぜ私に聞かない?なぜ私を問い詰めんのだ!」
急に感情的になった彼とは逆に、私は異常なほど事務的だった。
 彼が急に声を荒立てた理由を私は知っていた。彼は恐れているのだ。自分と同等の地位と自分よりほんの少し大きな権力と総統からの絶大な信頼と総統への絶大な愛情を持った自分より10歳以上も年下の男。自らの手を血に染めて穏やかな顔で他人の心臓を引きちぎり握りつぶす。そしてハーシェルを罠にはめ、なぶり殺しにした。彼はそんな私を恐れ、ひどくびくついていたが、私にはそんな彼の姿がひどく滑稽に見えた。


(つづく)

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小説「雪の降る光景」第3章12

2008年05月17日 | 小説「雪の降る光景」
 私は、淡々と言葉を続けた。
「私は、間違っていた。」
「何をそんなに責めているんですか?」
もはやクラウスの返事は必要なかった。彼の反応に関係なく、私はただ伝えたかった。
「私たちは、どうしてお互いに一番触れられたくないことを話し合えなかったのだろうか。その部分を越えて初めて、相手の思いに応えることができたのに。」
クラウスは、身動ぎ一つせずに私の言葉を聞き入っていた。
「私は、君と、もっと対話をしたかったよ。もっと深いところで君のことを認めたかった。ナチと反ナチの立場でね。」
クラウスは、ベッドの傍らの丸イスに腰掛け、私との目線が同じ高さになったのを確認して口を開いた。
「あるいは、・・・そうすることも可能だったかもしれません。でもそうならずに今まで来たのは、それはそれなりに意味があったからだと、私は、そう信じたいですね。」
「しかし、少し遅すぎた。」
クラウスは、言葉を発せずに私に反論した。私は今にも涙を流しそうだった。無論、涙の代わりに涙腺から血が滴り落ちるように思えてならなかったが。
 私は瞳を閉じて大きくため息をついた。彼にはまだ言っておきたいことがあった。
「私がもう一度、君たちと出会うことができるのなら、その時はぜひ、君の気の合う友人として迎えてくれないか?」
彼は、私の最期を感じていたに違いない。そしてそれは私の言葉で確信に変わったのだろう。一瞬きれいに切り揃えられた自分の爪に目を落とし、再び私に向いた顔は変わらず笑顔だったが瞳は涙で潤んでいるようだった。
「大歓迎ですよ!もちろんアネットもそう言うと思います。私たち3人がそれぞれ互いを違う人間として、認め合い、そして反発し会えるような、そんな出会いをいつか、してみたいですね。」
「そうだ。私たちはいつか、遠い未来にどこかで再び出会うことができるだろう。その時までに、この長く悲しい戦争が終わり、私たちが今までずっと背負い続けてきたものが昇華してくれれば良いんだが。」
優しい、義弟の眼から、とうとう涙がこぼれて落ちた。
「必ず、必ず、そうなりますよ。絶対です。」
「そんなに容易く言い切れるのか?君は神様か?」
彼を泣き止ませたくて、私は精一杯の笑顔を彼に向けた。
「いいえ。私は、人間です。」
彼は流れた涙を拭おうともせず、胸を張った。私は一瞬体中の痛みが一斉にどこかへ消え去ったような感じがした。
「私もだよ。」
私がそう言うと、クラウスはパンくずだらけの裾で、涙を拭った。
 目を閉じると、今までほんのわずかにしか存在していなかった、人間としての私が、クラウスに思いを伝えて満足そうに病室の天井を仰いでいる私に、静かに語りかけた。あの、チャップリンも、ヒトラーも、私たちと同じ、“人間”だったのだ、と。

(つづく)

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小説「雪の降る光景」第3章11

2008年05月10日 | 小説「雪の降る光景」
 「放っておきなさい。ああでも言わなければアネットは泣き出してしまっただろう。彼女が泣き出してしまったら、うまく慰められる自信はあるかい?」
クラウスは、はっとして私の方へ振り向き、おどけた様子で首を横に振った。
「私もだ。」
私は、自然と笑みがこぼれるのを感じていた。クラウスには不思議に、他人を笑顔にさせる魅力があった。その魅力に、今まで私とアネットがどれだけ助けられてきたか知れなかった。いや、こんなナチス支配下の日常生活の中にあって、それはクラウス自身でさえ何度も助けられてきたに違いなかった。
 しかし、クラウスは私の座っているベッドの脇に来て、急に神妙な顔になった。
「お義兄さん、私も本当は彼女と同意見です。あなたがなぜここに居るのか、誰が見ても重病人なのになぜ誰もあなたの病名を知らないのか、・・・私も、アネットと同様にそれを聞く権利があります。それをあえて聞かないのは、私が少しばかり彼女より聞き分けが良いからと、私もあなたと同じ男として気持ちがわからないわけでもないからです。」
クラウスはいつも、気の強いアネットの傍で、パンくずや白い粉が体中についていても気にせずニコニコ笑っている、寛容な男だ。が、今は、相変わらず袖に付いた粉は気にならないらしいが、笑顔はどこかに消え去ってしまった。
「君には本当にすまないと思ってるんだ。」
「あなたにはあなたの考えがあってのことなんでしょうね。」
彼は、私を問い詰めるでもなく、どちらかというと自分に言いきかせているように淡々と語っていた。
「クラウス、私は、君が反ナチの思想を持っていることを以前から知っていた。その、反ナチの男があえてヒトラーの側近をしている男の妹と婚約した。君の、アネットへの愛情のなせる業だ。そんな君に私も好意を持っていた。私も君の思いに何か応えてあげたかった。」
「私は今まであなたに、“ナチスドイツの裏切り者”としての扱いを受けたことは一度だってありませんでしたよ。」
ほんの少し、クラウスの眼が優しく微笑んだ。彼の照れくさそうな笑みを見て、私も照れくさくなった。
「そうだ。しかし、それが精一杯だった。」
「それで充分でしたよ。」
 私は不思議と穏やかな気分だった。痛みが治まっていたわけではなかった。こうやって話をしていても、言葉の代わりに血を吐いてしまいそうだったが、たとえ血を吐いても、その血を惜しむ気にはならないだろう。


(つづく)

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小説「雪の降る光景」第3章10

2008年05月03日 | 小説「雪の降る光景」
 私は自分の入院が公表される数日前から、収容所所長、生体実験総責任者としての仕事に戻った。もちろんそれは病院のベッドを離れて行うことはできなかったので、部下の1人を代理に立てての復帰だった。
 そして公表日の前日、唯一の肉親である妹のアネットにようやく軍から連絡が行き、その日の午後、アネットは婚約者のクラウスに付き添われて見舞いにやって来た。
「最近いろいろあってね。ちょっと無理をし過ぎてしまったようだ。ただの過労らしいんだがね。何しろ医師たちが口を揃えて、入院しろ入院しろと言うもんだから。」
「でも兄さん、ひどく顔色が悪いわ。」
アネットは、粗末な部屋着用のワンピースの上から地味な薄茶色のコートを羽織っていた。目にはうっすら涙を浮かべて、いつもの気丈な彼女らしくなく弱々しい声を出した。
「アネット、クラウス、お前たちは何も心配しなくても良いんだ。私のことはボルマンとドクターたちに任せてある。何かあれば彼らがお前たちに連絡をしてくれるはずだ。」
耐え切れず、アネットの目から涙がこぼれて落ちた。
「何かあれば、って何よ!本当に何かあるみたいじゃない!」
「まぁまぁ、アネット、落ち着いて。」
クラウスはアネットの肩を支えたまま、もう片方の手で彼女の涙を拭って落ち着かせようとしたが駄目だった。
「だってクラウス!こんなに痩せこけて・・・。心配をするな、ですって?」
アネットは自分の肩に回されたクラウスの腕をも払う勢いで、言葉より涙が先に溢れ出していた。
「あぁ、そうだ。私は心配するなと言ったはずだ。心配したいなら勝手にすれば良い。私は知らないからな。」
「もうっ!兄さん、知らないわよ、私は!何があってもね!!」
私は、アネットの感情に誘われてつい語気が強くなってしまったことを悔いたが、一方で、これで会話を終わらせられると思うと少し気が楽になった。
「クラウス、私、先に帰るわね。・・・いいのよ、心配しないで。1人で頭を冷やすわ。」
「アネット!」
アネットは涙声でそう言うと、私の視線を避けるように、一度も振り返らずに病室を出て行った。クラウスは彼女の後を追いはしなかったが、今にも走り出しそうな様子で、アネットの出て行ったドアをじっと見つめていた。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第3章9

2008年04月26日 | 小説「雪の降る光景」
 私が再入院したという発表は、1週間後にようやくなされた。もちろん、癌であるということは発表されないままだった。ボルマンは、急な入院を指示した自分が、私に責められるのを予想していたようだが、私が、何の痛みも、何の不満も、何の疑問も訴えないのを不振に思い始めていた。もちろん私が本当に何の痛みも感じていなかったわけではなかった。私は、昔ハーシェルにリンチを受けた時と同じやり方をしたのだった。私は小さい頃から、痛覚と感情を精神力でコントロールすることができた。私がナチスの一員になった時もこの能力は変わらず、今の道に進んでこれほど役に立った力は無かった。感覚というものは、それに対して脳が下した判断によってそのように感じるのだ。自分が癌に侵されていることに神経を集中させなければ良いのだ。体を解し、痛みを忘れること、それで大半の痛覚は麻痺してしまう。ただし今回は、ここから先ボルマンの思惑通りに、私の治癒能力が私の意志で発揮されることは無いだろうが。
 ボルマンは、はっきりとした病名も明かされないまま入院させられ、自分に泣きついて退院を迫る私の取り乱した姿を見たかったのだろう。彼は1日1回は私の顔色を見に病室に寄った。しかし、私が全てを知っていることを知らない彼は、徐々に私に警戒心を強めていった。私が、自分の病名も、彼が私をモルモットに仕立てていることも、全て知っているのではないかと不安になってきているようだが、それを気のせいだと決め付けることもできず、党の公務も手に付かない様子だった。

(つづく)
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小説「雪の降る光景」第3章8

2008年04月18日 | 小説「雪の降る光景」
 「そんなに悪化しているのか?」
「かなり進行が早いようです。呼吸器系の機能は約30%ダウンし、泌尿器、消化器、循環器系は50~55%ダウンしています。普通の人間なら、日常生活を送り続けることは不可能なはずです。」
私は、少し前から意識を取り戻しつつあった。以前見た覚えのある天井だな、という気がぼんやりとして、ここは病院だとはっきりと認識できた頃ドアを開く音がした。
「どうしてだ。彼がどんなに我慢強くても、痛みは感じているはずだ。彼の体なら病名はわからなくてもその痛みに対して何らかの反応をするはずだが・・・。」
「しかしそうならない方が私たちには都合が良いのではないですか?」
ボルマンとドクターは、私が眠っているものと思い込んでいるらしく、病室に入ってからも会話を止めようとはしなかった。
「それはそうなのだが。もしかしたら、彼の体が生きるのを拒否しているのかも・・・。」
「死にたがっている、ということですか?」
「あぁ、たぶん。」
ドクターは、腕組みをして黙り込んでしまったボルマンを無視して、布団の中の私の右手を取り、脈を取り始めた。
「そういえば、以前あなたはこんなことを言っていましたね。『彼が人間の心を取り戻すこと、それさえなければ彼は絶対死なない』と。」
私の脈が落ち着いているのを確認し、ドクターは私の腕の血管に注射の針を突き刺しながらつぶやいた。
 ボルマンは知っている。気を失う直前に浮かんだ言葉、やはりそれは本当だったのだ。しかしそれは、驚くほどのことではなかった。ようは私も彼らの手によって実験のモルモットにされていたわけだ。
「今鎮痛剤を注射したので、しばらくは彼が痛みを訴えることは無いでしょうが、今後はぎりぎりまで鎮痛剤を打つのは止めましょう。痛みが我慢できないほどになれば、彼の生命力が力を発揮してくれるかもしれませんから。」
「君はずいぶん楽観的だな。」
素早く注射針を引き抜きこの場を去ろうとしているドクターに、ボルマンは、まるで楽観的に生きることほど危険なことはないとでも言うように言葉をかけた。
「そうでなければ医者などやってはいませんよ。」
2人は、談笑しながら、私が眠っていると思い込んだまま部屋を出て行った。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第3章7

2008年04月13日 | 小説「雪の降る光景」
 ボルマンは、急に顔を覆って頭痛に歪む表情を隠した私に興味は無いようだった。彼は、私とこんな話をしていて自分のナチ党首としての立場が危なくなることだけが心配なのだろう。
 頭が割れそうだった。今すぐこめかみを、銃で撃ち抜きたいほどだ。ボルマンに対しての言葉はいつも通り淡々としていたが、私はひどく興奮し、心臓や全ての臓器が誰かの手で握り潰されようとしているかのようだった。この会話とは関係無いもう1つの痛みが、徐々に大きくなってきていた。精神的な、心の痛みではない。ハーシェルの死とは関係の無い、肉体的な痛みだ。
「わかった。最後の言葉を信じよう。君は狂ってはいない。今回のことは総統には報告はしない。・・・ただし、」
「あぁ、ただし、私がナチスを裏切ったら・・・。」
 止めてくれ、ボルマン。君は何を知ってる?私がハーシェルに撃たれて入院した時、君は何を知ったのだ?頭痛だけでない、体中を切り裂くほどの全身の痛みに、君は心当たりがあるだろう、ボルマン?
「君が我々を裏切ったら、私が、君を殺す。」
わかってくれ。君では役不足なのだ、ボルマン。君では私を殺せない。私を殺せるのは、私自身と、そして、そう。ハーシェル・マイラーだ。
「あぁ、ぜひそうしてくれ。」
吐きそうだ。近くにいるはずのボルマンの声が、なぜかガラス1枚隔てたように聞こえてくる。ボルマンがしきりに私の名を呼んでいる。私の体を揺する。私は平衡感覚を失いかけていた。ほんの少し、痛みが薄らいだ。それと同時に、目の前に靄が立ち込め、真っ白になった。吹雪の日のように、微かに漏れる日光に雪が鈍く反射して、ちらちらと目の前を舞った。
 もはやボルマンの姿はどこにも無かった。ただ、彼が私の体を揺すり、私の名を叫び続け、誰か人を呼んでいるという微かな記憶を残して、私は気を失った。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第3章6

2008年04月08日 | 小説「雪の降る光景」
 ボルマンは、今までも十分に深刻そうな顔つきだったが、眉間の皺がより一層深くなり、白髪が混じり始めている太い眉毛がピクッと動いた。
「君はまさか、我々のやっていることが間違っているとでも言う気か?」
「間違ってもらっては困るよ。私はナチスだ。ナチスでなくては、私は存在し続けることはできない。それは君もわかっているはずだ。そうだろう?」
私はそう言って微笑んだが、ボルマンの眉間の皺は消えなかった。
「確かに君ほどナチスに適した人間はいないかもしれない。」
「総統の次に、だろ?」
ボルマンは、笑って良いのか迷っていたが、眉間の皺は消えた。
「ボルマン、私はナチスとして自分の手を止めることはできないし、そうする訳にはいかないんだ。・・・私はハーシェルを憎んでいた。しかし、彼に対して無関心ではいられなかった。なぜなら、私に憎まれ続けることで存在していたハーシェルと、彼に恨まれ続けることで存在していた私は、互いに絡み合うことこそ生きている証に他ならなかったからだ。」
 喉がカラカラだ。そして、・・・頭が痛い。普段の私らしくなくしゃべり過ぎていた。体全体が、脳からでなく、左斜め上の空間から指示を受けて動いているようだった。
「ボルマン、私はアドルフ・ヒトラーを愛している。そして、ナチスは私の唯一の居場所だ。この中にしか、私の骨を埋める所は無い。・・・だからこそ、私は苦しんでいるんだ。」
頭痛は酷くなる一方だ。私は頭痛をボルマンに悟られないように、左手を額に当て顔を覆った。


(つづく)

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小説「雪の降る光景」第3章5

2008年04月04日 | 小説「雪の降る光景」
 ボルマンは、何かを私に告白するようにゆっくりと答えた。
「そうだ。確かに君は今までも冷酷な男だった。しかし、今は、何か、・・・君の中の何かが、変わってきている。」
「あるいは、狂ってきた?」
私は、「変化した」という単語ではしっくりしていないボルマンの表現にぴったりの単語を自分が解答し、少し気分が良くなった。
「ボルマン、ユダヤ人を殺すのと、ドイツ人を殺すのと、どこに違いがあると思う?」
「ユダヤは人間ではない。彼らを殺しても、殺人の罪を負うことは無いはずだ。」
ボルマンは、自分の得意分野の話題になったからか、急に自信に溢れ口調が強くなった。
「彼らが虫けらで、殺しても罪にならないのなら、ハーシェルだって同じだ。同様に、私が人を殺すのに、苦しませずに一気に殺すのとなぶり殺しにするのと、どこに何の違いがある?感情を抱かずに冷静に人を殺すのと笑いながら人を殺すのと、どこに違いがあるんだ?」
私もボルマンに負けずに、静かに口調を強くした。
「ボルマン、君は、私が幼馴染みであるハーシェルを笑いながらなぶり殺しにしたということに、何の不満があるって言うんだ?今まで私たちが毎日行ってきたことと何も変わらないだろう?」
ボルマンは反論したそうな顔をして私を見ていたが、私はそれに気づかない振りをして言葉を続けた。
「君たちには私が狂ったように見えるだろう。でもそれは違う。私は狂ったのではなく、自分たちが今までしてきたことが『殺人』であるという、当たり前のことにようやく気づいたのだ。変わった、のではない。目が覚めて苦しんでいるんだ。」
私は、ボルマンの横に無造作に置かれている彼のコートが皺にならないように、と祈った。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第3章4

2008年03月30日 | 小説「雪の降る光景」
 「あの実験のレポートを、私に見せた人間がいるんだ。」
ボルマンはさっきから彼と目を合わせない私の顔を見ながら話していたが、私と視線が合うと急に視線を落とした。
「厳密に言うとこうだ。あの実験が行われた後、君の部下の1人が私の所にあのレポートを持って来たのだ。」
彼が視線を落とすと、薄くなり始めた頭の天辺が姿を現した。ボルマンの家系は、白髪頭でなく禿頭なのだろうか。
「あのサンプルが、君にとっくの昔に殺されたはずの裏切り者のハーシェルだということに、彼らはすぐに気づいたらしい。しかし、私にわざわざ言いに来たのはそのことではなかった。彼は声を詰まらせながら言っていたよ。」
そういえばボルマンの家に飾ってある彼の父親の肖像画を見たことが無いな。彼は父親似なんだろうか。
「ガラス越しに映った顔、ガラス越しにハーシェルを見つめていた目。あの実験は、確かに死に至る出血量を測定する為のものだったが、・・・かつて同胞だった者をあんな形で殺せるなんて、と。」
ボルマンの言葉は入る隙が無い訳では無かったが、このまま放っておいたら彼がどんな結論を出すか、興味があった。
「私もレポートを読んで少し恐ろしくなったが、ハーシェルはナチスドイツの裏切り者だし、我々みんなが彼を誰かに殺してもらいたがっていたのも事実だ。そう彼に言うと、彼は去り際に、君が笑っていた、と言った。彼は君の部下になって久しいそうだが、君があんなに楽しそうにしているのを見たのは初めてだ、と。つまりあの実験は・・・。」
「やり過ぎだった?」
私は、総統が財の限りを尽くして造ったこの邸の、高すぎる天井を仰いだ。
「あぁ。」
「私らしくない、と?」
私は上を向いたまま目をつぶったが、ボルマンが首を縦に振るのがわかった。


(つづく)

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小説「雪の降る光景」第3章3

2008年03月26日 | 小説「雪の降る光景」
 ボルマンは早くこの会話を終わらせたいのか、居間のソファーには座らずに、真っ直ぐに掛けてあったコートの方に向かった。が、私は居間のソファーに深く腰を下ろし、足を組んだ。
「みんな、とは、誰のことだ?」
「君の、部下たちだよ。」
私は、2人の会話が初めてかみ合ったことと私の予想したボルマンの答えが当たったことで、少し気が楽になった。
「彼らが、何か言ったのか?」
ボルマンは、私の口調が少し柔らかくなったからか、コートを着たまま戻ってきてソファーに座った。私が背もたれに上半身を任せているのとは反対に、ボルマンは背もたれを全く使わずに、まだ寂しそうな顔を私に向けた。
「・・・『それはハーシェルを殺してからのことだ』と。」
「ハーシェル?・・・誰だ、それは?」
ボルマンは一層顔を私に近づけて、一層小声になった。知らない人が見たらきっと、彼が私に妻の殺人を依頼しているようにでも見えるのではないかと思い、私は急に可笑しくなった。急に笑顔になった私は、依頼された殺人を笑い飛ばして断ったように見えるだろうか。それとも笑顔で依頼を引き受けたように見えるのだろうか。
「・・・君が銃殺した男だ。」
「あれは、サンプルナンバー1057だよ。」
 彼は、この話し合いが短時間で終われないと諦めたのか、ゆっくりとコートを脱ぎながら言った。
「あれほど感情を押し殺すのに必死だった君を見たことが無い、と彼らは言っていたよ。」
私はボルマンがコートを脱いで座り直すのを待って彼に語りかけた。
「ボルマン、私があの時、どんな気持ちで彼を殺したか、君にわかるか?え?私がどんな気持ちで彼の死を確認したか、私が何を思いながら彼に銃を向けたか。君だったらどうだ、ボルマン?」
「私にはそんなことはできない。・・・そんなことはな。」
私はボルマンからの殺人依頼を断ろうとしている。しかし、ボルマンはそんな私に依頼を受けてもらおうと説得を始めている。私たちの様子を見て想像するとしたらこんな感じだろう。
「私は嬉しかったのだ。私は、上機嫌だった。私は、長い間欲しかったおもちゃを与えられた子供のようだった。彼以外のサンプルに、そんな感情を抱いたことは無かった。」


(つづく)

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小説「雪の降る光景」第3章2

2008年03月21日 | 小説「雪の降る光景」
 「ご苦労だったな。ストロープ君。」
「では総統、私たちもこれで。」
私たち3人は総統の私室のドアの前に立ち、敬礼をしてゆっくりとドアを閉めた。総統が、疲れた顔でソファーになだれ込むのが見えた。我がドイツに来年はないのかもしれない。そう思った。
 軍高官を父に持ち、父同様に総統を崇拝して生きることが定められていたストロープにとっては、自分の指揮したユダヤ人の虐殺も我がドイツの存亡も、まるでゲームのようなものなのだろう。彼は私と違い、総統が作り上げたシュミレーションの中で生きていた。彼は英才教育を受けた優秀なナチスだが、無能だ。
「それでは私も、任務に戻ります。」
彼は、私とは目を合わせず、隣のボルマンに向き合った。そしてボルマンから指示を受けると、どこかへ消えて行った。
「君を恐がっているようだな。」
ボルマンは、いつも明るい彼らしくなく、ひそひそ話をするように小声で呟いた。
「ストロープが?なぜ?」
私は、玄関に向かって歩き出したボルマンに歩幅を合わせながら、危うく聞き逃すかもしれなかった彼の言葉に答えたが、彼の言葉が答えを必要としていたのかはわからなかった。
「きっと、君の噂を、彼も聞いているんだろう。」
「噂?何についてのだ?」
私は、この、微妙にかみ合っていない会話に、少し苛つき始めていた。そしてボルマンは、そんな私の変化に気づき始めていた。
「・・・変わったよ、君は。」
「私が?どんなふうにだ?」
ボルマンの横顔が、一瞬微笑んだように見えた。が、私の方を向いた彼の顔は微笑んではいなかった。むしろ寂しそうにさえ見えた。
「わからない。でも、みんな、・・・気づいているんだよ。」


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第3章1

2008年03月15日 | 小説「雪の降る光景」
 4月25日に、我がドイツ軍の殺人部隊であるナチス親衛隊は、ワルシャワゲットーの約2万7千人のユダヤ人の逮捕を報告した。今年の初めに、今まで以上に諸問題の多くなったゲットーを壊すことが決まり、1940年に約40万人いたユダヤ人が約6万人にまで減ったのを機に、親衛隊がゲットー内に乗り込んだのである。あくまでも逮捕が目的ではあったのだが、「クズで人間以下」の彼らは自らの運命を悟ったのか、「抑圧者」である我々に勇敢に抵抗した。怒り狂った親衛隊は、ユダヤ人居住区全体を1ブロックも残さず火をつけて破壊した。それでも彼らはあきらめず、熱と煙と爆発のために発狂して死ぬ方を選んだ。
 逮捕されたユダヤ人たちは絶滅キャンプのあるトレブリンカへ送り込まれ、その後、この作戦の総指揮官であるストロープ将軍は、総統にこう報告した。
「逮捕したユダヤ人の総計5万6065名のうち約7千名はゲットー内で処理。6929名はトレブリンカに送り、処理。残りの5~6千名のユダヤ人は、爆破で死ぬか炎に包まれて命を落としました。もうゲットー内には1人もユダヤ人はいません。」
「また1つ、悩みの種が減ったというわけか。」
「そういうことです、総統。」
ボルマンは、ゲットーのことよりも遥かに大きな“我がドイツの存亡”という問題が残っていることには触れなかった。


(つづく)

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小説「雪の降る光景」再開2

2008年01月09日 | 小説「雪の降る光景」
実は今、新しい小説も構想中です。
以前ブログ仲間のkikuさんのとこのブログでの
いろんなやりとりがヒントになっていて、
ずっとそれをあたためています。

まだ文字にはしていませんから、
小説になるのはまだまだ先です。

小説「雪の降る光景」
まずは過去アップ分を読んでくださいね



私・・・この小説の主人公。ドイツ帝国副総統であり、ヒトラーの秘書。
    冷酷非道なヒトラーの片腕。
ハーシェル・・・「私」の同級生であり、ライバル。
ヒトラー・・・ドイツ帝国総統。
エバ・・・ヒトラーの愛人。
ボルマン・・・ナチス党の現党首。「私」と同様に、ヒトラーの片腕。
アネット・・・「私」の妹。
クラウス・・・アネットの婚約者。反ナチ主義者。
ヘス・・・ドイツ帝国副総統。アウシュヴィッツ収容所の前所長であり、「私」の上司。
     イギリスへ亡命し、逮捕される。
ヒムラー・・・ゲシュタポ長官。ハーシェルの上司。


あらすじ

「私」はある夢を見た。少女が、しんしんと雪が降る中にたたずみ、落ちてくる雪を仰ぎ、愛しそうに抱きしめている。その夢が、今までの冷酷な自分に、何かを気づかせているような気がしてならなかった。


小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~3

小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~4

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小説「雪の降る光景」再開。

2008年01月06日 | 小説「雪の降る光景」
思えば、昨年の1月に第2章を書き終えて、もう1年です。
第2章をアップしてからの昨年1年、小説のことを一度忘れて過しました。
私には、そういう気分転換が必要なんですよね。

「小説のこと考えるの、や~めた!」という時期にこそ、
ふとしたことを、こういうことを書きたいなぁと思ったりして、
書きたい意欲が湧いてくる、という繰り返しです。

と、言い訳はこのくらいにして、小説を再開しようと思うんですが、
しつこいようですけど、まずは第1章のアップから読んでいただいて、
私も含めて、内容をもう一度思い出してから第3章に入りたいと思います。

また長丁場になりますが、よろしくお願いします。

他の小説も良かったら読んでみてくださいね。


登場人物

私・・・この小説の主人公。ドイツ帝国副総統であり、ヒトラーの秘書。
    冷酷非道なヒトラーの片腕。
ハーシェル・・・「私」の同級生であり、ライバル。
ヒトラー・・・ドイツ帝国総統。
エバ・・・ヒトラーの愛人。
ボルマン・・・ナチス党の現党首。「私」と同様に、ヒトラーの片腕。
アネット・・・「私」の妹。
クラウス・・・アネットの婚約者。反ナチ主義者。
ヘス・・・ドイツ帝国副総統。アウシュヴィッツ収容所の前所長であり、「私」の上司。
     イギリスへ亡命し、逮捕される。
ヒムラー・・・ゲシュタポ長官。ハーシェルの上司。


小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~1

小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~2

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