PRINCESS BRIDE
霜月菜々実
「僕がルルーシュをデートに誘うんだから、早く帰ったら?」
「何を言うのですか!私が今日こそルルーシュをデートに誘うのです!」
「ルルーシュは君のお姉さんだろ!」
「お姉様でも、私はルルーシュが大好きなのです!大好きな人と遊びに行くのにどうして邪魔をされないといけないのですか!」
今日も僕とユフィは勝負の真っ最中。
僕とユフィの毎朝の日課は、僕たちの想い人のルルーシュが住んでいるアリエスの離宮で、僕とユフィのどちらが先に彼女を起こしに行くかで始まる。
そして、今日はその勝負に追加要素がついて、早く起こしに行けた方が今日の休みにルルーシュを遊びに誘えると言うことになったのだ。
二人ともルルーシュが大好きだから、寝顔は誰よりも先に見たいし、デートにも誘いたい。
ユフィはルルーシュを姉としてへの愛が度を越すくらいに想っていて、僕だってユフィに負けないくらいにルルーシュを愛しているから、僕たちは勝負をするしかないのだ。
僕はルルーシュの推薦で現在ユフィの騎士になっているけれど、それでも彼女が好きなのだから、主が相手でも遠慮は出来ない。
でも、普通に走っていると僕たちの速さでは、普通の人にぶつかって事故になりかねないから、あくまで勝負の時は競歩だ。
この前はたまたまここに来ていたコーネリア様に走っているところを見つかって、危ないから止めろと二人して大目玉を食らった記憶があるために、以後走らないようにしているのは二人の中での暗黙の了解だ。
競歩でも、僕たちの競歩に限っては、とても早いためにこれも危険な気がするけれど。
そして、今日はルルーシュを先に起こしに行った方がデートに誘うと言う勝負もしているために、二人ともとても必死だ。
女の子なのにユフィは僕と同じくらいに体力なんかもあるから、僕が全速力で競歩をしていても、彼女もそれにやすやすとついてくる。
身体能力がほぼ一緒なのだ。
だから、僕はユフィに負けないように必死になるしかない。
ルルーシュの部屋の扉が見えてきた!
ラストスパートをかける!!!!
僕はユフィよりも一歩早く扉に手をかけて、扉を開く。
勝った!!!!
これで僕はユフィに邪魔をされることなく、堂々とルルーシュをデートに誘える!
「ルルーシュ、おはよう!今日も良い天気だよ!」
満面の笑みで僕がルルーシュに声をかけると、もそもそと掛け布団が動く。
でも、何か布団の盛り上がりが…いくつもあるような…ルルーシュ一人でないような気がする…。
「朝から、うるさい…」
「あ、アーニャ!?」
ふわふわのピンク色の髪を揺らして、目をこすりながらナナリーの騎士であるアーニャがもそもそと起き上がる。
ルルーシュ以外の布団の盛り上がりは、アーニャだったのか!?
「君はナナリーの騎士だろ!どうしてここにいるんだ!」
「ナナリー皇女殿下はシュナイゼル殿下のところにお泊まり」
「お泊まりでも、騎士ならナナリーのところについていくものだろ!」
「ナナリー皇女殿下にはここに来ても良いと許可をもらった。私はナナリー皇女殿下だけじゃなく、ルルーシュ皇女殿下も好きだから」
アーニャは普段は余り喋らないのにナナリーやルルーシュのことになると、少しだけ饒舌になる。
一言二言が多いのに、今は普段よりも言葉数が多い。
「朝からうるさいな…何だよ…」
ルルーシュ以外の布団の中の盛り上がりがまたもそもそと起き上がる。
それは、ルルーシュと僕の共通の友人である、名門貴族ヴァインベルグ家の子息のジノ。
僕はそこにいるべきじゃなさ過ぎる存在に一瞬固まってしまった。
アーニャだったら女の子だからまだ理解出来るけど、どうして男であるジノがここにいるんだ!
「ジノ、どうしてお前がここにいるんだ!」
「そうです!あなたがどうしてここにいるのですか!!」
後から来たらしいユフィも僕に続いて言葉を荒げて発する。
常識的にこれはかなりありえなさ過ぎる。
「いや~昨日の夜は暇だったからここに遊びに来てさ、そしたらルルーシュも快く泊めてくれたんだ」
「いくらお友達でもありえません!妹の私だって我慢しているのですよ!お姉さまにルルーシュに迷惑だろうって怒られるから!」
「婚約者の僕だって、男だからって泊まるのは遠慮して滅多にしてないのに!」
「泊めてもらっただけで、別にルルーシュには手を出してない。アーニャだっているだろ」
「そういう問題じゃない!あとでどうなるか覚えてろよ、ジノ!!!」
僕だってルルーシュの婚約者でも、彼女が嫁入り前の女の子だから、部屋に泊まるのはそこそこにして我慢しているのに。
なのに、ルルーシュは友達だからって僕以外の男を自分の部屋に泊めるなんて…。
ジノはあとでしめるにしても、ルルーシュをちゃんと叱っておかないと!
「ルルーシュ、起きろ!」
「ルルーシュ、起きてください!」
僕とユフィはまるで双子の兄妹のように息をピッタリにして、ルルーシュのベッドに駆け寄る。
ベッドにいるジノの顔をユフィと同時に蹴り飛ばしてその体を宙に浮かせている間に靴を脱ぎ、真ん中に眠っているルルーシュの傍に寄る。
「起きろ、ルルーシュ!」
「起きてください、ルルーシュ!」
「ん…朝から何だ…?」
目をこすりながらもそもそと起き上がるルルーシュは、どこか幼い仕草でとても可愛い。
漆黒の艶やかな長い髪がゆらゆらと揺れて、彼女が着ている真っ白でフリルをふんだんに使った愛らしいベビードールに軽く絡まる。
柔らかなすみれ色の瞳が眠たそうにうつらうつらしているのも可愛い。
透けるような白い肌がキラキラと爽やかな日の光に照らされる姿は神々しく、そこに天使がいるみたいで、まるで天使の描かれた一枚の絵画に思えるよ。
今日もとても可愛いな、と見蕩れて一瞬何をするのか忘れそうになったけれど、絶対に忘れたらいけない。
「ルルーシュ、顔を洗って着替えてきて。その後に大事な話があるから」
「あ、ああ…」
ルルーシュはベッドから降りると、ベッドの下に用意してあるもこもこのスリッパを履いて、隣の部屋にある洗面台へと向かう。
ゆらゆらと長い髪が揺れて、それが日をきらきらと反射させて、日の光の中でもやっぱり彼女の髪は綺麗だ。
そして、僕とユフィはルルーシュが顔を洗いにいっている間に、ジノにお仕置きをしたのは言うまでもない。
「ですから、わかりましたね?」
「で、でも」
「でも、じゃありません!ジノを部屋に入れないでください!あんなケダモノ!!」
僕からルルーシュへのお説教を一通り済ませたから、今度はユフィからルルーシュへのお説教中だ。
鈍いルルーシュはユフィの前に僕が彼女を怒っても、本当に申し訳なさそうにしてくれても、どうして僕が怒っているのかまではやっぱりわからないみたいだった。
だから、ここは悔しくてもユフィに期待するしかない。
とにかく、ルルーシュが僕たちの言うことに納得が出来なくても、行動を改めてくれたら良い。
僕から言っても無理だろうけど、僕よりも頭が回るユフィならルルーシュの行動をどうにかして制止してくれるだろう。
「ルルーシュは…私のお願いを聞いてくださらないのですね…」
真っ向から言っても無駄だと判断したらしいユフィは、ついにぽろぽろと涙を零して訴え始めた。
絶対に、今の涙は演技だろうけど。
さっきちょっとだけ目が合った時は、まかせて、と言うように目が笑っていたから。
ユフィは口元に手を当て、眉を下げ、悲しみに満ちた瞳で訴えていて、優しいルルーシュにはひとたまりもないだろう。
ルルーシュだけでなく、普通の人だったら、ユフィのお願いを聞いてしまいそうになるくらいに、今の彼女は弱弱しくて守ってあげたくなるような空気が漂っている。
でも僕は彼女の本質を知っているし、今の涙も演技だとわかっているから、別に気にするわけでもなかった。
ユフィの涙が演技の涙だとわかっている以上、ルルーシュ以外の女の子に優しく出来るほど器用じゃない。
それに、ユフィは泣いていても、泣き止んだら今後どうしたら良いか前向きに考えるし、自分の足で進んで前を切り開いていける強さを持つ、僕も親友だと自慢出来る人だ。
だから、友達として助けるところは助けるけど、彼女自身が手を貸してほしいと言わない限りは手を貸すのも失礼かもしれない。
それに、友達と言っても、ルルーシュを取り合うライバルでもあって、この辺りに関しては絶対に譲れない。
「す、スザク…」
ユフィの涙におろおろしているルルーシュがユフィの頭を撫でて宥めながら、僕の方へと困ったように視線を向けてくる。
ルルーシュは本当に身内に弱いからな…ユフィに強く返せないんだろう。
ルルーシュは身内以外にもその優しさを堂々と表に出さないだけで、色々なところにも優しさは向けられているけれど。
彼女の謙虚ある優しさは美徳で、その優しさは立場の弱い者へほど向けられる。
数年前に僕とお忍びで街にデートへ行った時に、劣悪な環境の孤児院を偶然見つけてから、ルルーシュ自身もまだ小さな子供だったにも関わらず、ブリタニア中の国に登録されている孤児院から登録されていない孤児院まで調べ上げ、その孤児院すべてがどういう環境なのかも調べた。
そして、自分の身分を隠して自分の足ですべての孤児院へと周り、一個人として孤児院の裏側などを調べたところで、孤児院の教師がそこの子たちに人としてずれたことをしていたら処罰し、少ない資金で運営しているところへは自分の名前を伏せて寄付をした。
ルルーシュは、すべて調べ上げられているとは思わないけど酷い環境のところは少しでも救いたい、と今でもブリタニアにある孤児院に異変がないかこまめにチェックしている。
そして、孤児院以外も福祉施設への援助は出来るだけしている。
ルルーシュの行なったことはすべて名前を伏せているから公にはなっていないけれど、救われた人はきっと何人もいたはずだ。
僕はルルーシュのみんなに向けられる優しさを僕だけに向けてほしいと願っているけど、でもその優しさが僕だけに向けられたら彼女らしさがなくなってしまう。
そして何よりもそんな彼女の優しさがどこまでも大好きだから、今のままでもきっと一番なんだろうけどね…。
でも、今はその優しさゆえにユフィに強く出れず、ルルーシュが涙を浮かべて僕に救いを求めていても、助けてあげられない。
ごめんね、僕もジノを部屋に呼ぶのはやっぱりどうかと思うから。
「僕もユフィの言うことに賛成だよ」
ルルーシュにはあくまでも普段通りに優しくとろけるような笑みを向けて話しかけるけれど、僕はあくまでもユフィの言葉に賛同をする。
いくら大切な婚約者が救いを求めてきても、今回のことはどうしても納得出来なかったから。
その後、僕たちはルルーシュの説得に何とか成功した。
でも、僕がルルーシュの味方をしなかったから、彼女の機嫌を損ねてしまって、折角デートを誘いに行ったのにそれも流れてしまい、仕方無しにユフィの部屋へと向かっている。
ルルーシュは目尻に涙を浮かべて怒っていて、そのままナナリーの部屋に行ってしまった。
ナナリーに宥めてもらったとしても、今日の昼くらいまでは機嫌が悪そうだ…。
ルルーシュが悲しみの涙にくれているなら、彼女が僕を拒否してもそれは強がりだろうと思うから、僕も出来る限り傍にいてあげたいと思うけれど、こういう場合の怒りで僕を拒否するなら、離れていた方がルルーシュのためだと思う。
余計にいらつかせてしまうだろうから。
ルルーシュの傍にいたいけどいられないから、仕方なく僕は主であるユフィと一緒に彼女の部屋に行くしかないのだ。
それが騎士としての勤めだから。
僕だってルルーシュの推薦がなかったら、ユフィの騎士よりもルルーシュの騎士になりたかった。
守らなくても自分の身を自分で守ってしまうような腕っ節がたつ友達よりも、やっぱり愛してやまなくそして体力面では圧倒的に非力でひ弱なルルーシュを守りたいからだ。
でも、日本人としてブリタニアにいる僕をやっぱり立場も弱いからと心配してくれたルルーシュが、ちょうど騎士を探していたユフィにスザクだったら信頼出来るからと、彼女に僕を騎士としてどうかと推薦してくれたのだから、僕もユフィもルルーシュからの推薦のために拒否が出来なかった。
だから、僕は一番守りたい女の子の傍にいられないのだ。
僕は幼い頃に、ちょうどブリタニアと日本が今にも戦争をしてしまいそうなくらいにギリギリの関係だった時に、ブリタニアと日本の和平の証としてこの国の皇族の誰かと婚約するために、送り込まれた。
現首相枢木ゲンブの息子で、枢木は日本でも力のある家だったために、身分的には申し分ないだろうと捨て駒扱いの人身御供として僕はブリタニアに送られたのだ。
首相の息子を一人送り込めば、日本とブリタニアが交渉をする時間稼ぎになるだろうと。
そして、そんな捨て駒だった僕の相手に選ばれたのが…ううん、自分から僕を選んでくれたのがルルーシュだった。
当時、自分の立場も何となく理解出来ていた僕はブリタニアに来た直後はとても荒れていた。
親にも親族にも捨てられたと感じられた僕は、傍に寄ってくるすべてを敵だと思い、婚約者が現れてもそんなのは絶対に受け入れられないものだと思っていた。
もし婚約者が現れても徹底的に酷い扱いをしてやろうと考えていた。
そんな僕に光をくれたのがルルーシュだったんだ。
不機嫌そうで乱暴で野蛮に見える行動もしてしまう日本人の小さな子供の婚約者なんて、きっとどの皇女殿下でも婚約者になるのは嫌だろう。
相手が皇位継承の低い皇女だったとしても婚約が出来ないと、僕のブリタニアでの立場もない。
だから、ルルーシュは僕の存在を知ると、自分から婚約者になることを申し出てくれたんだ。
ルルーシュ自身も母親のマリアンヌ様が庶民の出と言うことで立場が弱かったから、初めは同情で僕の婚約者になってくれたのかもしれない。
でも、婚約者として紹介されて歩み寄ろうとしてくれたルルーシュに、僕は態度が悪かった。
けして女の子のルルーシュを殴りはしなかったけれど、殴る以上の酷いことも言ったと思う。
それでも、ルルーシュは婚約者になってから、僕の言ったことに悪いことは悪いと叱りはしても、僕から離れることはけしてなかった。
僕と一緒にいて不機嫌そうにしていても、ずっと一緒にいてくれた。
僕がどんなに酷いことを言っても、ルルーシュは必ず傍にいてくれたから、ブリタニアで一人じゃないと思えるようになった。
落ち着いてくると、ルルーシュ自身のことも少しずつだけれど見れるようになった。
それは、ルルーシュがとても魅力的で可愛らしい僕好みの女の子だったこと。
日本人にも珍しい日本人形のように艶やかで櫛どおりの良いさらさらの黒髪。
可憐で清楚な菫のような色の澄んでいて理知的な瞳。
誰にも踏み荒らされていない白雪を思わせるような、真っ白で少しでも力を入れて触れるとすぐに赤い痕がついてしまう繊細な肌。
そのすべてが今は僕の物だなんて、人生の中での一番の幸運に違いない。
ルルーシュは性格だって、とてもとてもそれはもうとても可愛かった。
体力面ではどうしても僕に勝てないのに素直に負けを認めない負けん気の強さとか。
身内に甘くて、お願いされたことに納得出来なくても、結局押しに負けてしまうところとか。
頭が良いのに、恋愛面だと天然で、鈍くてよくわかってないところとか。
気が強いように見えても、恥ずかしがりで素直じゃないから優しさだって表立って見せないだけで、優しい良い子だって言うのは僕が一番良くわかってる。
本当は心が誰よりも優しくて、でもそれを素直に見せるのが恥ずかしいから、その優しさは影でこっそり出されているんだ。
そんなどこをとっても可愛くて堪らないルルーシュを目の前にして、僕が彼女に恋心を持つのは必然だった。
そして彼女と接するうちに、僕がたまにルルーシュのおかげで笑えるようになると、ルルーシュも一緒に笑ってくれた。
僕が普通に笑えるようになると、ルルーシュは彼女の大切な人を紹介してくれて、僕はブリタニアで一人でなくなった。
妹のナナリーに、ユフィ、弟のロロに、姉のコーネリア様、兄のクロヴィス様にシュナイゼル様。
他にも大切な人をたくさん紹介してくれた。
そして、優しさだけでなく、知性を持ち合わせていたルルーシュは、日本とブリタニアの両国に有益になる政策を打ち出して、戦争を回避してくれたのだ。
その時点で僕は日本に帰る許可も出されたけれど、僕は帰る事はしなかった。
ブリタニアに来てから一度も日本に帰っていない。
僕は、この国で居場所を作ってくれたルルーシュの傍にいようと決めたから。
この国で僕を守ってくれて、そして僕にとって大切な女の子になったルルーシュを誰よりも守りたかったから。
それから、今もずっとルルーシュの婚約者として傍にいて、政略上の婚約者じゃなく、ちゃんと心と心が結ばれた恋仲にもなれた。
ルルーシュと心から結ばれた日は、今も瞼の裏に思い出せてきっと一生の宝物のような思い出の一つだと思う。
そして、皇位が低くても皇族であるルルーシュの婚約者であり、ユフィの騎士になったからそこから有力貴族と縁が出来て人脈も広がり、僕自身も少しずつだけどこの国での力も手に入っている。
そして、そして、親の決めた婚約者としてでなく、僕とルルーシュは恋仲であるためにそういうことも色々しているから、今回だって恋人としてルルーシュが僕の願いだって聞いてくれれば良いんだけど…。
僕からの願いは、ユフィの涙よりも立場が弱く、聞いてもらえない。
まあ、ジノを部屋に入れないようにしてほしいとユフィも泣いて懇願したから、そのことに関してはきっと大丈夫だと思うけど。
でも…僕からの言葉が聞いてもらえないなんて…僕は一応婚約者なのにな…。
僕ばかりルルーシュを好きな気がして…少し悲しくなった。
「本当にスザクは情けないですね」
「そう何度も言わなくても…僕だってそれくらい理解しているよ…」
ユフィは自室に戻ってから、気分転換をしようと僕に紅茶の用意をするように言いつけて、今はベランダのテラスに設置されたテーブルについて綺麗に手入れの施された庭を見つめながら、先日ルルーシュからもらった手作りクッキーを摘んで、優雅に紅茶を飲んでいる。
そしてしばらくたってから、情けない情けないと何度も大きなため息混じりに僕にそう呟いた。
言葉を濁すよりもいっそ清清しいほどにはっきり言ってもらったほうが良い。
今回のユフィの情けない発言は、恋人としてのお願いを聞いてもらえなかった僕に対するものだろう。
うん…自分でも情けないと思ってる…。
結局最後にはユフィの涙に助けられたから。
普段は僕が情けない時でもこんな風に何度も連呼しないユフィだけど、僕たちの愛する大切なルルーシュの身に関わっていたから煩いんだろう。
今日は責められても仕方がないと思うから、甘んじて受けているのだ。
「今回はルルーシュにも釘を刺しておきましたけど、心配です。ここは一つスザクがちゃんとルルーシュを捕まえておかないといけません」
紅茶をカップに戻して、ユフィはテーブルを大きな音をたてて叩きながら立ち上がると、僕を真っ直ぐに見て訴えてくる。
テーブルからティーカップが落ちそうになって、僕は慌ててキャッチして戻した。
朝の出来事を考えると、ユフィは僕とルルーシュの仲を邪魔しているようにも見えるけれど、そういうわけでもない。
ルルーシュも僕も真剣に愛し合っているのはユフィも知っていて、応援してくれる時もある。
ただ、ユフィはルルーシュが大好きだから、やっぱり焼もちを焼いて朝みたいな状態にもなると言うわけだ。
「ですから、ルルーシュ焼もち大作戦を決行しようと思います!」
ユフィは両手できゅっと握りこぶしを作って、声を荒げる。
この場合、ルルーシュに焼もちを焼いてもらうってことだろうけど…どうやって?
だって、ユフィと一緒にいても焼もちを焼いてもらえないし、果たして焼いてもらえるかどうかが疑問だよ…。
「今まで私たちが甘かったのです。もっともっと私たちが仲良くしているように見えれば、焼もちを焼いてもらえるかもしれません。そして、焼もちを焼かせると言うこと=今までよりもルルーシュはスザクにメロメロと言う図式が出来上がります。ルルーシュに焼もちを焼いてもらいましょう!私はどうしてもスザクとルルーシュが幸せになってくれないと困るのです!」
「そこまで応援してもらえるのは嬉しいけど…君、そんなに僕たちを応援してくれるのに熱心だった…?」
僕が戸惑いがちにそう言葉を零すと、ユフィがぎろりと強い眼差しで睨んでくる。
鋭い眼光過ぎて、ちょっとだけ怖くて背筋に悪寒が走る。
ユフィは、怒らせるとルルーシュよりも怖い。
普段ふわふわして愛らしい雰囲気を振りまいていて怒らないように見えるユーフェミア皇女殿下は、怒ると果てしなく底知れなく恐ろしいのだ。
それは、長い付き合いの僕やルルーシュは良く知っている。
「今は今、前は前です!とにかく、今二人が幸せになってくれないと困ります!スザク、しっかりなさい!!」
「うん、そうだよね」
ルルーシュが好き過ぎて自信がない時もあるけど、確かに僕がしっかりしないとこのまま進展しない。
いや、恋人になっているし、行き着くところまで色々しているから、そう言う面では進展しているけど、それでもやっぱりルルーシュは天然なところもあって恋愛面だとぼけているところもあるから、やっぱりそういうのでずれているって言うか…僕たちはすれ違っているわけで。
でも、焼もちを焼いてもらえたらかなりの進展じゃないかと思う。
僕とユフィは、手と手をがしっと握り合うと、力強く頷き合う。
そして、ルルーシュ焼もち大作戦の内容を話し合うことにした。
霜月菜々実
「僕がルルーシュをデートに誘うんだから、早く帰ったら?」
「何を言うのですか!私が今日こそルルーシュをデートに誘うのです!」
「ルルーシュは君のお姉さんだろ!」
「お姉様でも、私はルルーシュが大好きなのです!大好きな人と遊びに行くのにどうして邪魔をされないといけないのですか!」
今日も僕とユフィは勝負の真っ最中。
僕とユフィの毎朝の日課は、僕たちの想い人のルルーシュが住んでいるアリエスの離宮で、僕とユフィのどちらが先に彼女を起こしに行くかで始まる。
そして、今日はその勝負に追加要素がついて、早く起こしに行けた方が今日の休みにルルーシュを遊びに誘えると言うことになったのだ。
二人ともルルーシュが大好きだから、寝顔は誰よりも先に見たいし、デートにも誘いたい。
ユフィはルルーシュを姉としてへの愛が度を越すくらいに想っていて、僕だってユフィに負けないくらいにルルーシュを愛しているから、僕たちは勝負をするしかないのだ。
僕はルルーシュの推薦で現在ユフィの騎士になっているけれど、それでも彼女が好きなのだから、主が相手でも遠慮は出来ない。
でも、普通に走っていると僕たちの速さでは、普通の人にぶつかって事故になりかねないから、あくまで勝負の時は競歩だ。
この前はたまたまここに来ていたコーネリア様に走っているところを見つかって、危ないから止めろと二人して大目玉を食らった記憶があるために、以後走らないようにしているのは二人の中での暗黙の了解だ。
競歩でも、僕たちの競歩に限っては、とても早いためにこれも危険な気がするけれど。
そして、今日はルルーシュを先に起こしに行った方がデートに誘うと言う勝負もしているために、二人ともとても必死だ。
女の子なのにユフィは僕と同じくらいに体力なんかもあるから、僕が全速力で競歩をしていても、彼女もそれにやすやすとついてくる。
身体能力がほぼ一緒なのだ。
だから、僕はユフィに負けないように必死になるしかない。
ルルーシュの部屋の扉が見えてきた!
ラストスパートをかける!!!!
僕はユフィよりも一歩早く扉に手をかけて、扉を開く。
勝った!!!!
これで僕はユフィに邪魔をされることなく、堂々とルルーシュをデートに誘える!
「ルルーシュ、おはよう!今日も良い天気だよ!」
満面の笑みで僕がルルーシュに声をかけると、もそもそと掛け布団が動く。
でも、何か布団の盛り上がりが…いくつもあるような…ルルーシュ一人でないような気がする…。
「朝から、うるさい…」
「あ、アーニャ!?」
ふわふわのピンク色の髪を揺らして、目をこすりながらナナリーの騎士であるアーニャがもそもそと起き上がる。
ルルーシュ以外の布団の盛り上がりは、アーニャだったのか!?
「君はナナリーの騎士だろ!どうしてここにいるんだ!」
「ナナリー皇女殿下はシュナイゼル殿下のところにお泊まり」
「お泊まりでも、騎士ならナナリーのところについていくものだろ!」
「ナナリー皇女殿下にはここに来ても良いと許可をもらった。私はナナリー皇女殿下だけじゃなく、ルルーシュ皇女殿下も好きだから」
アーニャは普段は余り喋らないのにナナリーやルルーシュのことになると、少しだけ饒舌になる。
一言二言が多いのに、今は普段よりも言葉数が多い。
「朝からうるさいな…何だよ…」
ルルーシュ以外の布団の中の盛り上がりがまたもそもそと起き上がる。
それは、ルルーシュと僕の共通の友人である、名門貴族ヴァインベルグ家の子息のジノ。
僕はそこにいるべきじゃなさ過ぎる存在に一瞬固まってしまった。
アーニャだったら女の子だからまだ理解出来るけど、どうして男であるジノがここにいるんだ!
「ジノ、どうしてお前がここにいるんだ!」
「そうです!あなたがどうしてここにいるのですか!!」
後から来たらしいユフィも僕に続いて言葉を荒げて発する。
常識的にこれはかなりありえなさ過ぎる。
「いや~昨日の夜は暇だったからここに遊びに来てさ、そしたらルルーシュも快く泊めてくれたんだ」
「いくらお友達でもありえません!妹の私だって我慢しているのですよ!お姉さまにルルーシュに迷惑だろうって怒られるから!」
「婚約者の僕だって、男だからって泊まるのは遠慮して滅多にしてないのに!」
「泊めてもらっただけで、別にルルーシュには手を出してない。アーニャだっているだろ」
「そういう問題じゃない!あとでどうなるか覚えてろよ、ジノ!!!」
僕だってルルーシュの婚約者でも、彼女が嫁入り前の女の子だから、部屋に泊まるのはそこそこにして我慢しているのに。
なのに、ルルーシュは友達だからって僕以外の男を自分の部屋に泊めるなんて…。
ジノはあとでしめるにしても、ルルーシュをちゃんと叱っておかないと!
「ルルーシュ、起きろ!」
「ルルーシュ、起きてください!」
僕とユフィはまるで双子の兄妹のように息をピッタリにして、ルルーシュのベッドに駆け寄る。
ベッドにいるジノの顔をユフィと同時に蹴り飛ばしてその体を宙に浮かせている間に靴を脱ぎ、真ん中に眠っているルルーシュの傍に寄る。
「起きろ、ルルーシュ!」
「起きてください、ルルーシュ!」
「ん…朝から何だ…?」
目をこすりながらもそもそと起き上がるルルーシュは、どこか幼い仕草でとても可愛い。
漆黒の艶やかな長い髪がゆらゆらと揺れて、彼女が着ている真っ白でフリルをふんだんに使った愛らしいベビードールに軽く絡まる。
柔らかなすみれ色の瞳が眠たそうにうつらうつらしているのも可愛い。
透けるような白い肌がキラキラと爽やかな日の光に照らされる姿は神々しく、そこに天使がいるみたいで、まるで天使の描かれた一枚の絵画に思えるよ。
今日もとても可愛いな、と見蕩れて一瞬何をするのか忘れそうになったけれど、絶対に忘れたらいけない。
「ルルーシュ、顔を洗って着替えてきて。その後に大事な話があるから」
「あ、ああ…」
ルルーシュはベッドから降りると、ベッドの下に用意してあるもこもこのスリッパを履いて、隣の部屋にある洗面台へと向かう。
ゆらゆらと長い髪が揺れて、それが日をきらきらと反射させて、日の光の中でもやっぱり彼女の髪は綺麗だ。
そして、僕とユフィはルルーシュが顔を洗いにいっている間に、ジノにお仕置きをしたのは言うまでもない。
「ですから、わかりましたね?」
「で、でも」
「でも、じゃありません!ジノを部屋に入れないでください!あんなケダモノ!!」
僕からルルーシュへのお説教を一通り済ませたから、今度はユフィからルルーシュへのお説教中だ。
鈍いルルーシュはユフィの前に僕が彼女を怒っても、本当に申し訳なさそうにしてくれても、どうして僕が怒っているのかまではやっぱりわからないみたいだった。
だから、ここは悔しくてもユフィに期待するしかない。
とにかく、ルルーシュが僕たちの言うことに納得が出来なくても、行動を改めてくれたら良い。
僕から言っても無理だろうけど、僕よりも頭が回るユフィならルルーシュの行動をどうにかして制止してくれるだろう。
「ルルーシュは…私のお願いを聞いてくださらないのですね…」
真っ向から言っても無駄だと判断したらしいユフィは、ついにぽろぽろと涙を零して訴え始めた。
絶対に、今の涙は演技だろうけど。
さっきちょっとだけ目が合った時は、まかせて、と言うように目が笑っていたから。
ユフィは口元に手を当て、眉を下げ、悲しみに満ちた瞳で訴えていて、優しいルルーシュにはひとたまりもないだろう。
ルルーシュだけでなく、普通の人だったら、ユフィのお願いを聞いてしまいそうになるくらいに、今の彼女は弱弱しくて守ってあげたくなるような空気が漂っている。
でも僕は彼女の本質を知っているし、今の涙も演技だとわかっているから、別に気にするわけでもなかった。
ユフィの涙が演技の涙だとわかっている以上、ルルーシュ以外の女の子に優しく出来るほど器用じゃない。
それに、ユフィは泣いていても、泣き止んだら今後どうしたら良いか前向きに考えるし、自分の足で進んで前を切り開いていける強さを持つ、僕も親友だと自慢出来る人だ。
だから、友達として助けるところは助けるけど、彼女自身が手を貸してほしいと言わない限りは手を貸すのも失礼かもしれない。
それに、友達と言っても、ルルーシュを取り合うライバルでもあって、この辺りに関しては絶対に譲れない。
「す、スザク…」
ユフィの涙におろおろしているルルーシュがユフィの頭を撫でて宥めながら、僕の方へと困ったように視線を向けてくる。
ルルーシュは本当に身内に弱いからな…ユフィに強く返せないんだろう。
ルルーシュは身内以外にもその優しさを堂々と表に出さないだけで、色々なところにも優しさは向けられているけれど。
彼女の謙虚ある優しさは美徳で、その優しさは立場の弱い者へほど向けられる。
数年前に僕とお忍びで街にデートへ行った時に、劣悪な環境の孤児院を偶然見つけてから、ルルーシュ自身もまだ小さな子供だったにも関わらず、ブリタニア中の国に登録されている孤児院から登録されていない孤児院まで調べ上げ、その孤児院すべてがどういう環境なのかも調べた。
そして、自分の身分を隠して自分の足ですべての孤児院へと周り、一個人として孤児院の裏側などを調べたところで、孤児院の教師がそこの子たちに人としてずれたことをしていたら処罰し、少ない資金で運営しているところへは自分の名前を伏せて寄付をした。
ルルーシュは、すべて調べ上げられているとは思わないけど酷い環境のところは少しでも救いたい、と今でもブリタニアにある孤児院に異変がないかこまめにチェックしている。
そして、孤児院以外も福祉施設への援助は出来るだけしている。
ルルーシュの行なったことはすべて名前を伏せているから公にはなっていないけれど、救われた人はきっと何人もいたはずだ。
僕はルルーシュのみんなに向けられる優しさを僕だけに向けてほしいと願っているけど、でもその優しさが僕だけに向けられたら彼女らしさがなくなってしまう。
そして何よりもそんな彼女の優しさがどこまでも大好きだから、今のままでもきっと一番なんだろうけどね…。
でも、今はその優しさゆえにユフィに強く出れず、ルルーシュが涙を浮かべて僕に救いを求めていても、助けてあげられない。
ごめんね、僕もジノを部屋に呼ぶのはやっぱりどうかと思うから。
「僕もユフィの言うことに賛成だよ」
ルルーシュにはあくまでも普段通りに優しくとろけるような笑みを向けて話しかけるけれど、僕はあくまでもユフィの言葉に賛同をする。
いくら大切な婚約者が救いを求めてきても、今回のことはどうしても納得出来なかったから。
その後、僕たちはルルーシュの説得に何とか成功した。
でも、僕がルルーシュの味方をしなかったから、彼女の機嫌を損ねてしまって、折角デートを誘いに行ったのにそれも流れてしまい、仕方無しにユフィの部屋へと向かっている。
ルルーシュは目尻に涙を浮かべて怒っていて、そのままナナリーの部屋に行ってしまった。
ナナリーに宥めてもらったとしても、今日の昼くらいまでは機嫌が悪そうだ…。
ルルーシュが悲しみの涙にくれているなら、彼女が僕を拒否してもそれは強がりだろうと思うから、僕も出来る限り傍にいてあげたいと思うけれど、こういう場合の怒りで僕を拒否するなら、離れていた方がルルーシュのためだと思う。
余計にいらつかせてしまうだろうから。
ルルーシュの傍にいたいけどいられないから、仕方なく僕は主であるユフィと一緒に彼女の部屋に行くしかないのだ。
それが騎士としての勤めだから。
僕だってルルーシュの推薦がなかったら、ユフィの騎士よりもルルーシュの騎士になりたかった。
守らなくても自分の身を自分で守ってしまうような腕っ節がたつ友達よりも、やっぱり愛してやまなくそして体力面では圧倒的に非力でひ弱なルルーシュを守りたいからだ。
でも、日本人としてブリタニアにいる僕をやっぱり立場も弱いからと心配してくれたルルーシュが、ちょうど騎士を探していたユフィにスザクだったら信頼出来るからと、彼女に僕を騎士としてどうかと推薦してくれたのだから、僕もユフィもルルーシュからの推薦のために拒否が出来なかった。
だから、僕は一番守りたい女の子の傍にいられないのだ。
僕は幼い頃に、ちょうどブリタニアと日本が今にも戦争をしてしまいそうなくらいにギリギリの関係だった時に、ブリタニアと日本の和平の証としてこの国の皇族の誰かと婚約するために、送り込まれた。
現首相枢木ゲンブの息子で、枢木は日本でも力のある家だったために、身分的には申し分ないだろうと捨て駒扱いの人身御供として僕はブリタニアに送られたのだ。
首相の息子を一人送り込めば、日本とブリタニアが交渉をする時間稼ぎになるだろうと。
そして、そんな捨て駒だった僕の相手に選ばれたのが…ううん、自分から僕を選んでくれたのがルルーシュだった。
当時、自分の立場も何となく理解出来ていた僕はブリタニアに来た直後はとても荒れていた。
親にも親族にも捨てられたと感じられた僕は、傍に寄ってくるすべてを敵だと思い、婚約者が現れてもそんなのは絶対に受け入れられないものだと思っていた。
もし婚約者が現れても徹底的に酷い扱いをしてやろうと考えていた。
そんな僕に光をくれたのがルルーシュだったんだ。
不機嫌そうで乱暴で野蛮に見える行動もしてしまう日本人の小さな子供の婚約者なんて、きっとどの皇女殿下でも婚約者になるのは嫌だろう。
相手が皇位継承の低い皇女だったとしても婚約が出来ないと、僕のブリタニアでの立場もない。
だから、ルルーシュは僕の存在を知ると、自分から婚約者になることを申し出てくれたんだ。
ルルーシュ自身も母親のマリアンヌ様が庶民の出と言うことで立場が弱かったから、初めは同情で僕の婚約者になってくれたのかもしれない。
でも、婚約者として紹介されて歩み寄ろうとしてくれたルルーシュに、僕は態度が悪かった。
けして女の子のルルーシュを殴りはしなかったけれど、殴る以上の酷いことも言ったと思う。
それでも、ルルーシュは婚約者になってから、僕の言ったことに悪いことは悪いと叱りはしても、僕から離れることはけしてなかった。
僕と一緒にいて不機嫌そうにしていても、ずっと一緒にいてくれた。
僕がどんなに酷いことを言っても、ルルーシュは必ず傍にいてくれたから、ブリタニアで一人じゃないと思えるようになった。
落ち着いてくると、ルルーシュ自身のことも少しずつだけれど見れるようになった。
それは、ルルーシュがとても魅力的で可愛らしい僕好みの女の子だったこと。
日本人にも珍しい日本人形のように艶やかで櫛どおりの良いさらさらの黒髪。
可憐で清楚な菫のような色の澄んでいて理知的な瞳。
誰にも踏み荒らされていない白雪を思わせるような、真っ白で少しでも力を入れて触れるとすぐに赤い痕がついてしまう繊細な肌。
そのすべてが今は僕の物だなんて、人生の中での一番の幸運に違いない。
ルルーシュは性格だって、とてもとてもそれはもうとても可愛かった。
体力面ではどうしても僕に勝てないのに素直に負けを認めない負けん気の強さとか。
身内に甘くて、お願いされたことに納得出来なくても、結局押しに負けてしまうところとか。
頭が良いのに、恋愛面だと天然で、鈍くてよくわかってないところとか。
気が強いように見えても、恥ずかしがりで素直じゃないから優しさだって表立って見せないだけで、優しい良い子だって言うのは僕が一番良くわかってる。
本当は心が誰よりも優しくて、でもそれを素直に見せるのが恥ずかしいから、その優しさは影でこっそり出されているんだ。
そんなどこをとっても可愛くて堪らないルルーシュを目の前にして、僕が彼女に恋心を持つのは必然だった。
そして彼女と接するうちに、僕がたまにルルーシュのおかげで笑えるようになると、ルルーシュも一緒に笑ってくれた。
僕が普通に笑えるようになると、ルルーシュは彼女の大切な人を紹介してくれて、僕はブリタニアで一人でなくなった。
妹のナナリーに、ユフィ、弟のロロに、姉のコーネリア様、兄のクロヴィス様にシュナイゼル様。
他にも大切な人をたくさん紹介してくれた。
そして、優しさだけでなく、知性を持ち合わせていたルルーシュは、日本とブリタニアの両国に有益になる政策を打ち出して、戦争を回避してくれたのだ。
その時点で僕は日本に帰る許可も出されたけれど、僕は帰る事はしなかった。
ブリタニアに来てから一度も日本に帰っていない。
僕は、この国で居場所を作ってくれたルルーシュの傍にいようと決めたから。
この国で僕を守ってくれて、そして僕にとって大切な女の子になったルルーシュを誰よりも守りたかったから。
それから、今もずっとルルーシュの婚約者として傍にいて、政略上の婚約者じゃなく、ちゃんと心と心が結ばれた恋仲にもなれた。
ルルーシュと心から結ばれた日は、今も瞼の裏に思い出せてきっと一生の宝物のような思い出の一つだと思う。
そして、皇位が低くても皇族であるルルーシュの婚約者であり、ユフィの騎士になったからそこから有力貴族と縁が出来て人脈も広がり、僕自身も少しずつだけどこの国での力も手に入っている。
そして、そして、親の決めた婚約者としてでなく、僕とルルーシュは恋仲であるためにそういうことも色々しているから、今回だって恋人としてルルーシュが僕の願いだって聞いてくれれば良いんだけど…。
僕からの願いは、ユフィの涙よりも立場が弱く、聞いてもらえない。
まあ、ジノを部屋に入れないようにしてほしいとユフィも泣いて懇願したから、そのことに関してはきっと大丈夫だと思うけど。
でも…僕からの言葉が聞いてもらえないなんて…僕は一応婚約者なのにな…。
僕ばかりルルーシュを好きな気がして…少し悲しくなった。
「本当にスザクは情けないですね」
「そう何度も言わなくても…僕だってそれくらい理解しているよ…」
ユフィは自室に戻ってから、気分転換をしようと僕に紅茶の用意をするように言いつけて、今はベランダのテラスに設置されたテーブルについて綺麗に手入れの施された庭を見つめながら、先日ルルーシュからもらった手作りクッキーを摘んで、優雅に紅茶を飲んでいる。
そしてしばらくたってから、情けない情けないと何度も大きなため息混じりに僕にそう呟いた。
言葉を濁すよりもいっそ清清しいほどにはっきり言ってもらったほうが良い。
今回のユフィの情けない発言は、恋人としてのお願いを聞いてもらえなかった僕に対するものだろう。
うん…自分でも情けないと思ってる…。
結局最後にはユフィの涙に助けられたから。
普段は僕が情けない時でもこんな風に何度も連呼しないユフィだけど、僕たちの愛する大切なルルーシュの身に関わっていたから煩いんだろう。
今日は責められても仕方がないと思うから、甘んじて受けているのだ。
「今回はルルーシュにも釘を刺しておきましたけど、心配です。ここは一つスザクがちゃんとルルーシュを捕まえておかないといけません」
紅茶をカップに戻して、ユフィはテーブルを大きな音をたてて叩きながら立ち上がると、僕を真っ直ぐに見て訴えてくる。
テーブルからティーカップが落ちそうになって、僕は慌ててキャッチして戻した。
朝の出来事を考えると、ユフィは僕とルルーシュの仲を邪魔しているようにも見えるけれど、そういうわけでもない。
ルルーシュも僕も真剣に愛し合っているのはユフィも知っていて、応援してくれる時もある。
ただ、ユフィはルルーシュが大好きだから、やっぱり焼もちを焼いて朝みたいな状態にもなると言うわけだ。
「ですから、ルルーシュ焼もち大作戦を決行しようと思います!」
ユフィは両手できゅっと握りこぶしを作って、声を荒げる。
この場合、ルルーシュに焼もちを焼いてもらうってことだろうけど…どうやって?
だって、ユフィと一緒にいても焼もちを焼いてもらえないし、果たして焼いてもらえるかどうかが疑問だよ…。
「今まで私たちが甘かったのです。もっともっと私たちが仲良くしているように見えれば、焼もちを焼いてもらえるかもしれません。そして、焼もちを焼かせると言うこと=今までよりもルルーシュはスザクにメロメロと言う図式が出来上がります。ルルーシュに焼もちを焼いてもらいましょう!私はどうしてもスザクとルルーシュが幸せになってくれないと困るのです!」
「そこまで応援してもらえるのは嬉しいけど…君、そんなに僕たちを応援してくれるのに熱心だった…?」
僕が戸惑いがちにそう言葉を零すと、ユフィがぎろりと強い眼差しで睨んでくる。
鋭い眼光過ぎて、ちょっとだけ怖くて背筋に悪寒が走る。
ユフィは、怒らせるとルルーシュよりも怖い。
普段ふわふわして愛らしい雰囲気を振りまいていて怒らないように見えるユーフェミア皇女殿下は、怒ると果てしなく底知れなく恐ろしいのだ。
それは、長い付き合いの僕やルルーシュは良く知っている。
「今は今、前は前です!とにかく、今二人が幸せになってくれないと困ります!スザク、しっかりなさい!!」
「うん、そうだよね」
ルルーシュが好き過ぎて自信がない時もあるけど、確かに僕がしっかりしないとこのまま進展しない。
いや、恋人になっているし、行き着くところまで色々しているから、そう言う面では進展しているけど、それでもやっぱりルルーシュは天然なところもあって恋愛面だとぼけているところもあるから、やっぱりそういうのでずれているって言うか…僕たちはすれ違っているわけで。
でも、焼もちを焼いてもらえたらかなりの進展じゃないかと思う。
僕とユフィは、手と手をがしっと握り合うと、力強く頷き合う。
そして、ルルーシュ焼もち大作戦の内容を話し合うことにした。