今日のお稽古は、感情表現のエチュード。
ありがとう と ごめんなさい を
それぞれ、喜怒哀楽で。
しかも、「なにかを」
「わたす」あるいは、「もらう」シチュエーションで。
これが、結構苦戦する。
怒って、ありがとうって?
わらって、ごめんなさいって?
いやいや。
悲しく、ごめんなさいでも、
わらって、ありがとうでも、
単純なようで、なかなか考え込むと難しいものだ
でも、普段やってる芝居で要求されることは、
もっと難しいのかも。
「わらって」とはいっても、
馬鹿笑い、微笑み、含み笑い、照れ笑い…。
微妙な形容詞がつく場合もある。
「ほんのり」「したたかに」「しなやかに」「可憐に」
「ニヒルに」「あざやかに」…。
喜怒哀楽のカテゴリーを通り越して、
感情表現は無限にあると思っていいのではないかしら
まずは、自分がその感情をイメージできるか。
そして、それを、自分の体と心と頭を総動員して
「表現」できるか。
感性を磨くこと。
結局は、それにつきるのかな
ありがとう と ごめんなさい を
それぞれ、喜怒哀楽で。
しかも、「なにかを」
「わたす」あるいは、「もらう」シチュエーションで。
これが、結構苦戦する。
怒って、ありがとうって?
わらって、ごめんなさいって?
いやいや。
悲しく、ごめんなさいでも、
わらって、ありがとうでも、
単純なようで、なかなか考え込むと難しいものだ
でも、普段やってる芝居で要求されることは、
もっと難しいのかも。
「わらって」とはいっても、
馬鹿笑い、微笑み、含み笑い、照れ笑い…。
微妙な形容詞がつく場合もある。
「ほんのり」「したたかに」「しなやかに」「可憐に」
「ニヒルに」「あざやかに」…。
喜怒哀楽のカテゴリーを通り越して、
感情表現は無限にあると思っていいのではないかしら
まずは、自分がその感情をイメージできるか。
そして、それを、自分の体と心と頭を総動員して
「表現」できるか。
感性を磨くこと。
結局は、それにつきるのかな