
今年の1月半ばの夕方にRX100M6で撮影。
忍野を走っているとき富士山の山肌にジグザグが見えた。
ミシンで縫ったように正確ジなクザグは登山道に違いない、
そう思って車を停めた。
ほどよい冠雪のおかげで登山道がくっきり見えた。
これは記念写真を撮ろう
一眼は待ってなかったけどぼくの相棒M6がある。
富士山に登ったのはたしか中学3年のころ。
それも8合目あたりでみぞれまじの強風に遭い、
引率の先生の鶴の一声でリタイアになった。
みんなは残念がったけどぼくは嬉しかった。
ぼくは山と川しかない辺鄙な村で育ったから、
尾根もカールもない独立峰はどこかつまらない。
灌木や高山植物もないガレ場のような山肌を見ながら、
整備された九十九折りの登山道をもくもくと登る。
このとき深く思ったのは、
富士山は遠くから眺める山なんだと。
山中湖の湖畔から明るく光る山を撮ったら星空がついてきた。
彼の地は空気がきれいなのか、標高が高いのか、
8階の踊り場から見てもこんなにたくさんの星は見えないや。
はるか昔なら星降る夜を何度も経験したけど
サビ付くほど古い記憶だから今の時代にはそぐわない。
沖縄ではすべての一等星が裸眼で見えるらしい。
毎夜このくらい星がみえたら星座を覚えたものを、
おいらは星よりネオンだったから...
今朝は6時前に起きた。
布団のなかで目が覚めたときからあたまのなかは、
♬真っ白な陶磁器を飽きもせずながめては・・・
この唄に支配されている。
小椋佳ではなく陽水Versionがえんえんとつづき、
あの情景が浮かんでくる。
ぼくの60有余年のなかですべてを捧げた恋だった。
バツイチをえらび
恋人の旅立ち送り
生きることをはかなんだのもこのときだった。
人生いろいろあらーなは
いまになって云えること。
だが、刻まれた記憶は消えはしない
ときに支配のムチをふる。
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