ソース:http://hotwired.goo.ne.jp/original/fujimoto/050308/
つ い先日まで景気の牽引役として、薄型大画面テレビ、DVDレコーダー、デジカメと新三種の神器などともてはやされていたデジタル家電景気の雲行きが、早く も怪しくなってきている。急激に価格下落が進み、各メーカーが利益を出せなくなってきているというのがその大きな理由である。
この価格下落を主導したのは韓国勢とも言える。韓国勢の強みのひとつは、サムソンを筆頭に強気の設備投資を続けてきたことで半導体メモリー、液晶な どデジタル家電の主要部品で世界的に高いシェアを持っており、彼らの部品における価格競争力はとても強い。主要部品で競争力があれば、完成品でも価格の リードが可能になり、日本勢の予想を上回る攻勢をかけてきている。
アナログ時代は各企業が職人的な技術で微妙な製品の性能の差を持つことが可能であったが、デジタル時代の商品は所詮誰でも手に入る部品の組み合わせ でしかない。逆に言えばデジタル時代はオープンな規格を広げることの方が重要であり、一社だけ排他的な商品を出すわけにも行かない。
そうなるとソニーのように薄型大画面テレビ市場の参入に出遅れた企業は主要部品も外部企業から調達しており、価格競争になれば、かつてのように性能 での優位性をアピールすることもできず、そのまま自社の利益が圧迫される構造になっている。一方シャープのように自社で部品である液晶の競争力がある会社 はまだまだ高い利益をほこっている。ソニーもサムソンと合弁で液晶の工場を作ったり、戦略的なセルという半導体を作るなど、こうした状況を打開する手は 打ってはいるが、まだそれらが花開くまで時間がかかり現状は苦戦を強いられている状況である。
このようにデジタル家電はアナログ時代の競争戦略を大きく変えてしまったわけであるが、逆に現状のようなハードウェア商品単体として利益を出すビジ ネスモデルそのものが問題とも筆者は考える。本来情報家電に期待されているのはネットワークとハードウェアとサービスが一体となったものであり、そのトー タルなサービスでの収益の分配モデルこそが本来の情報家電ビジネスだと考える。そのためには、市場全体の生態系を見極めながら自社のポジションを探る新し い考え方に切り替える必要があるだろう。
ソニーに地団駄を踏ませているもうひとつのサービスがある。ご存じ好調を続けるipodである。日本ではipodはHD&メモリー型音楽プ レーヤーであるから、先のデジタル家電のようにハードウェアとして儲かっていることは間違いないのであるが、欧米ではipodというハードウェアと iTunesミュージックストアというインターフェイスに優れたソフトウェアと音楽ダウンロードサービスを組み合わせたトータルなビジネスモデルで高い収 益をあげている。
そもそもウォークマン以来、CD-ROM、MDと媒体を変えつつも、携帯音楽プレーヤー市場を自ら創造したブランド力からも圧倒的な強さを誇ってき たソニーが完全にシェアを奪われている状況である。しかも、ソニーは長らく、コンテンツ市場にも力を入れ、レコード会社自身も経営するなど、多くのコンテ ンツ権利まで持っているにも関わらずのこの状況がますます悔しさを倍増させている。
では何故ipodはここまで成功したのであろうか?その要因をここで分析してみたい。
1) クローズでシェアが小さかったことネットワークを利用した音楽サービスはこれまでにも多数ベンチャー含めて挑戦されてきた。しかし、Windowsプラットフォームの上では違法コ ピーの問題があり、P2Pソフトの問題も拡大している中では問題が起きた時の影響が大きすぎるため、レコード会社等も本格展開には慎重な状況であった。し かしMacのシェアは米国では5%程度であり、しかも専用ハードウェアをベースとすることで特定の範囲のクローズなサービスであると認識され、音楽業界の 支持を得られやすかった。(実験するには丁度よい場であったということでもある)その後、成功を見た後でアップル側もWindowsでも利用できるように 移行し、両社ともにWin-Winな関係で一気に市場を拡大させることができた。
2) PCメーカーであったこと独自OSを採用しているMacであるが、今やPCの世界ではほとんどの技術がオープンなデファクトスタンダード技術の上に成り立っている。今や Macも実際のところ利用されている技術はオープンな技術であり、部品や主要ソフトウェアはWindowsでも利用されているものがほとんどである。その 結果として水平分業の効果でMacも低コスト化な商品を出せるようになっている。ipodも独自圧縮技術を推奨しているものの、MP3など他の標準的な圧 縮技術に対応しており、中身はPCベースの既存技術の組み合わせに過ぎない。そのことが展開を容易にしたと言えるだろう。
3) 利用者からはトータルサービスに見えたこと技術的には水平展開されているPC市場のプレーヤーであるが、利用者から見たときにMacはWindowsとは異なるプラットフォームである。アッ プルが出すipodは利用者から見ればやはり独自のコンセプトであり、そのサービスはとてもオリジナルに見える。音楽を購入してダウンロードから iTunesというアプリケーション上でのインターフェイス、そしてハードウェアとしてのipodのデザインとインターフェイスまで利用者はアップル社が 提供するトータルな世界観の中で過ごすことができ、裏側の技術などを知る必要はない。さらにそのことで「好きな音楽を一曲聴く」という価値を提供したので はなく、「ipodという音楽を聴くスタイルが楽しい」という価値を提供できたことが何よりも最大の成功要因と言えるだろう。
このようにアップルの成功は多くの示唆を与えてくれる。PCの世界のプレーヤーでありながら、オープンなインターネット技術を使いこなす優れたハー ドウェアを出す、家電メーカーの振る舞いをもすることができたからである。そしてそれを表すキーワードはサービス業としての顧客へ最終的にどのような価値 を提供するかを素直に創り上げたことではないだろうか。
現状情報家電分野へはPC系と家電系の争いとも言われているが、双方難しさはある。例えばPCのWindows陣営の方は各水平プレーヤーが強く、 OSやアプリケーションからマイクロソフトはアップルのようにみせたいが、メーカーであるデルやHPもそうみせたいし、MPUのインテルも狙っていればイ ンターネットサービス企業のアマゾンも狙っているだろう。このように各階層のプレーヤーが独自に主導権を取ろうとして行くほど利用者の混乱は膨らむばかり である。一方の家電メーカー陣営は垂直統合で自社のハードウェア中心に展開することを試みるだろうが、前述した通りデジタルの世界ではそれは非常に難し い。あくまでハードウェア中心で進めば中途半端なサービスが提供されることになる。
アップルの成功から示唆されるように、今後の情報家電ビジネスにおいて、何より重要なことはサービス業であることを提供企業が再認識することであろ う。そのためには何よりも顧客からの見え方が重要になる。自分がサービスを受けている相手をどれだけ意識してもらえるか。そのブランドにロイヤリティをか んじているか。そのサービスに対価を払って良いと考えているか。そうしたポイントが重要になる。
こうした意味では携帯電話業界はもうひとつ参考になるだろう。日本においては通信事業者主導で市場が形成されたため、端末のハードウェアも通信事業 者主導で価格が低価格で提供され、メーカー色は薄まっている。iモードに代表されるネットワークサービスも通信事業者の意向が強く反映されている。
こうした現状には批判もある。通信料金が高い、端末メーカーが儲かりにくい。コンテンツ事業者がしばられていると。しかし、こうした顧客から見たと きに統一的なイニシアティブをとれるプラットフォームプレーヤーの存在は安心感がある。対価を支払う相手としてサービス水準を保証するブランドこそがプ ラットフォームプレーヤーであるからである。またプラットフォーム間の競争が適正に行われれば、利用者の選択肢と利便性は確保されるだろう。iモードも様 々な批判はあるにせよようやく国際展開が進みつつある。プラットフォームが広がれば、メーカーやコンテンツ提供事業者もそのチャンスは拡大するというメ リットもある。
それでは今後の勝負はどうなるであろうか、前述したプラットフォームプレーヤーにどこがなれるのかという戦いでもある。デジタル家電の主役が薄型大 画面テレビであるように、やはりテレビは情報家電の主役になる可能性が高い。だとすれば放送局は中心的なプレーヤーになるポテンシャルが高いプレーヤーと 言えるだろう。
しかし、一方的な放送に慣れた彼らには顧客と直接リレーションをにぎれるか難しい。放送法の既得権益に守られている部分としばりを受けている部分が あり、残念ながら現状ではipodのようなイノベーションを自ら生み出すことは難しいであろう。かろうじてテレビショッピングは直接顧客と対話するのでそ こから発展する可能性はあるかも知れない。また米国ではCATV局が注目のプレーヤーであるため、その成功モデルが出来たあとで国内でようやく重い腰をあ げることになるシナリオはあるかも知れない。
一方、この放送局の買収で話題のライブドアをはじめ、Yahoo、楽天などインターネットサービス企業もにわかに有力プレーヤーになりつつある。 Yahooはすでに独自のテレビ放送も提供しているし、インターネット上ですでに多様なサービスを提供しており、統一的なブランドで顧客に価値を提供して いく流れから、情報家電分野にその戦いの場を移すのは自然の流れである。M&A力が高いところも有力視できる材料であり、ここで記述している他の 分野のプレーヤーを飲み込んでプラットフォーム化する可能性は大きい。
ISPを含む通信事業者も候補ではある。すでに100万単位の顧客から毎月対価を確実にとっている基盤は強みである。何よりも日本ではNTTは光 ファイバーという最強兵器を使い大逆転を虎視眈々と狙っている眠れる?獅子である。前述した通り、携帯電話事業者は携帯という市場で利用者の生活の一部を すでに握っており、携帯の枠を飛び越えた瞬間にかなり有力プレーヤーになる。
アップル、マイクロソフトは日本ではなかなか厳しいかも知れないが、世界的な展開力を背景に日本での戦いを挑んでくることは間違いない。ipodが映像分野で攻勢をかけてきた時は面白い展開が期待できるだろう。
では冒頭で苦戦している現在デジタル家電を提供しているメーカーはどうであろうか?松下やシャープなどはやはり韓国勢に優位にたてる部品をしっかり 握るハードウェア中心に、上記の様々なプレーヤーとのアライアンスに戦略を移していくことになるだろう。もはや家電メーカー自体が主役になることは幻想に なる。
しかしソニーはもちろん意地でも市場で戦いを挑むことは間違いない。実際ISPのSo-NetやICカード、携帯などで電子マネーフェリカなどを展 開し、顧客を握るアプローチも行っている。そういう意味ではこれまでの戦いは前哨戦であり、いよいよソニーの本格的な戦いが幕をあけると言えるだろう。
大容量なネットワークとユビキタス化の進展は生活者の家庭を中心とする様々な行動における価値ある「サービス」を提供可能とする大市場である。PC でないデジタルなハードウェアを販売するという市場はほんの予行演習にすぎない。まさにデジタル市場のK-1である本格的な異種格闘技戦の幕が開こうとし ている。