エゾ中村のブログ

「藤圭子」から「現代医学の功罪」まで、思いの丈を綴ります。 ・・・ From 北海道 ・・・

“馬喰” の 孫・“馬追” の 子

2020-05-09 08:15:44 | 日記
先日 久々に母の実家を訪ね、亡き 祖父に線香を上げて来ました。 50年以上前に亡くなった祖父は、農夫でした。 我が叔父・叔母である八人の子供が成人し、農作業を手伝い始めると農夫を止め、“馬喰” に専念したのです。 馬喰(ばくろう)とは 、農耕馬の売買や交換それに獣医も兼ねた仕事です。 「直ぐに使える丈夫な馬はいないか」・「繁殖用の牝馬が欲しい」と連絡があれば、選んだ馬に乗って商談先に届けたそうです。 また「馬が怪我をした・病気になった」と聞けば、治療道具を持って現場に赴き手当てしたと聞いています。 兎に角、馬好きで有名な祖父でした。 その孫が、私です!

◎ 映画『馬喰一代』主演の「三船 敏郎」と「京 マチ子」
  

そんな祖父は、仕事に差し障りがあると言って、酒は一滴も飲まない人でした。 ただし、煙草(ゴールデンバット)は一日に100本以上も吸う“ヘビースモーカー”・“チェーンスモーカー”(続け様にタバコを吸う愛煙家)でした。 晩年、肺炎で20㎞ほど離れた我が町の病院に入院しました。 見舞いに行くと「明日、レントゲン検査がある。 多分、医者から肺ガンと診断される」と嘆いていました。 おそらく、煙草の吸い過ぎを自覚していたと思います。 翌日 検査の結果を聞くと、笑顔で「医者から、お爺ちゃんの肺は年の割に綺麗です」と言われ、一気に健康になった様でした。 しかし 退院一年後、永年の無理が祟ったせいか、衰弱(老衰)が進み呆気なく帰らぬ人となりました。 豪快で優しい“爺ちゃん”でした!  

北海道は、明治時代から“農耕馬”が重宝されて来ました。 北海道和種“道産子”は有名ですが、私が覚えている馬の多くは、フランス原産のブラトン種、その改良馬だった様です。 現在、“ばんえい競馬”で活躍する力強い大型馬(体重800キロ~1トン)です。 正に、四駆でトラック並みの“馬力”があります。 そんな馬は、単なる道具ではなく家族の様な存在でした。 愛馬が死ぬと、手厚く葬るのは昔からの習わしです。 馬頭尊(ばとうそん)なる大きな墓石は、今でも至る所にあります。 それ程、馬を大切にして来たのです。 そんな関係で、年配の道産子(北海道人の愛称)は馬肉を食べません。 勿論 私も、“ No good ”です。 なぜなら、5歳まで馬の稼ぎで育てられたからです。 父親は、戦後10年ほど“馬追”(“馬車”や“馬そり”で荷物を運ぶ職業)でした。 祖父(母方)から馬を譲り受け、戦後不況の中 生計を立てていました。 ですから、我が家と馬は切っても切れないがあるのです!    

◎ 手綱を握る父と、荷台に乗る小さい子が私です。
 

馬喰の孫”・“馬追の子”(私)は、青年~中年~還暦と年を重ねました。 来年は、“古希”です? 友人「古希は 数え年70歳:満69歳でないか」 あ~、今年でした!

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