すべてのみちはここに

もう追いかけないよ 
宝物は 
いつもここにある

悲しいときは

2017-11-22 | 心で生きる
昨日はぐっずぐずにクサッてた (笑)
時々来るんだけど
何かの周期みたいに
気分がいいときと
ぐーーーーって下がるときとがある。

じっさいホルモンバランスとか気圧とか月の満ち欠けとかの周期が影響してるんだろうけど。
(ホルモンにしたって生き物の自然な働きだから宇宙の働きと言えるね)
自覚あるなしにかかわらず、たぶん誰にでもあるんじゃないかな


のぼり調子の時はあまり気がつけてないけど、
下がってるときは、無気力になったり悲観的になったりする。

昨日の場合は、
とにかく悲しい。
いつもだったら気にしないようなことを気にして悩んで
小さな棘を見つけてぐりぐりと自分で傷口を広げてるようなもんだ

さめざめと悲しんでたけど
途中から
もしかして、その「できごと」が悲しいのではなくて
「悲しい」が先にあって、ただ悲しみたいのかも・・?!
って思えてきて 
なんやそれ 笑 ってなりつつ
だったら思いっきり悲しんでやろうと
悲しんでた。
家事放棄してダラダラとだらしなく過ごした。

こういうときは
自分を甘やかすことにしている。
だらしなくて弱くてダメダメなのだ
以上
なのだ。
間違っても自分を責めないよ、今は。


だいじょうぶ
そのうち
かってに
元気が出てくる


すぐ忘れてしまうけど大きな勘違いは
日常のものごとや自分のことぜんぶ
自分がコントロールしている(しなければ)と思っているってこと。


今までを振り返ってみても
その時の自分の思う「思いどおり」をやれたことはたぶん少なくて
思いどおりにできなかったことばかりだけど
勝手にものごとは展開してきた。

悲しいことや辛いこともあったけど
その過去があったからこその、今この私だから
今が好きなら
過去も好き
過去もまるごと今に含まれてるもんね。


体と感情は自然現象だから
思考でもって「いやそうじゃないんだ」と逆らうことはしないで
流れにまかせてみる。

感情は流れていく
お天気みたいなもの。
なんで雨が降るの?なんて考えないでいい
悲しいときは 悲しい。
それでいいのだ♪
















上映会のお知らせ (のつもりが結局こういう話に・・)

2017-11-17 | 日記
11月27,28日 佐世保で上映会があります。私も時間を見つけて観に行きます。

「ほたるの川のまもりびと」https://www.facebook.com/events/130632530985235/


27日(月)①13:30 ②19:00
28日(火)①13:30 ②19:00
入場料無料
会場:BlueMile(※旧エクラン東宝:長崎県佐世保市栄町7-5エクランビル2F)


長崎県や佐世保市がすすめようとしている石木ダム計画
予定地の住民は50年もの長い間その地、川原(こうばる)を守り続けています。

ここの川はほんとにきれいで
今は少なくなった希少な在来種の魚がいて
夏は子供たちが飛び込んだり
その風景と人のいとなみ、まるごと美しい。
夏のほたる祭りは毎年楽しみにしている。



自然破壊や争い、貧困、、世界中いたるところに”問題”は山ほどある。
問題はがんじがらめで混乱しているけど
もとのもとを辿っていくと
人の心の
恐れ、不安に行きつく

表向きどんなに発展的にいいことのように聞こえても
その根っこが
ない、足りない、不安からの行動であれば
どこまで行っても不調和が拡大されていくだけ

何千年も繰り返されてきた
この恐れ不安からの、争い破壊の時代が
そろそろ終わろうとしている転換期に私たちは生きてると
本気で思っている。


本当の意味で
ほんとうは足りているということを、
本当の意味で
だいじょうぶなんだということを、
宇宙の法則を、
例えばキリストやブッダが伝えようとしていたことを、

「あ・そうか💡」って

腑に落ちる人が増えていると感じるからだ。
それは特別なものじゃない
それはひとりひとりが自分の内側を観じてみれば解る(なる)


こういうことって
言葉にしたとたんうさん臭く仰々しく聞こえるからやだね
あたりまえの、なんてことないことなのに。

誰のなかにもあるし
誰でもしってるはずのこと。



転換は個人レベルでおこる

ない、足りないと思って外側に求め
理論や物で武装して
油断してはいけないと思い込み
比較して競争して
間違ってないかと自分や他人をつねにチェックして
思考はせわしなく落ち着くことがない・・・

から

あるということを知り
だいじょうぶなんだとを知り
生かされていることを知り
愛されていることを知ると

安心します
落ち着きます
満足します
そして今度は自分が与えたくなります


そしてこの「知る」は
頭での理解ではなくて、そうある状態に「なる」ことだから
日々の生き方であり
よそ見してる暇がなくなるのですよ。

人と比べてるヒマはないし
人のアラ探ししてる暇はなくなる
結果はオマケになり
今、どうあるかが大事になる

「今」「ここ」に意識がある状態

これは修行 楽しい修行
ヨガと同じ
瞑想も 茶道 武道 … ○○道っていうのはそのために編み出された装置だね

個人レベルで皆がそう生きたら
破壊も戦争もなくなるよ



 














流れに任せて生きる

2017-11-03 | 心で生きる
不意に

陶芸の電気窯がうちにやってきました。


小さな窯ですがそれなりに重いので
昨日
お友達が運ぶのを手伝ってくれて
そのまま午後はみんなで
陶芸クラス開催しました。



約1年ぶりの陶芸再開でした。



活動休止の
理由をつけたら
体調のことや
糀、甘酒が忙しかったとか
いろいろありますが
ようは
「やる気がおきなかった」「なんでかわからないけど、そちらに行けなかった」
からです。


で、そろそろかな~って思って
工房を使いやすく改造したり
粘土を買いに行ったりしてたら

突然、窯を譲り受けました。

😲




そしてそして
そのままお泊りコースのお友達が
今日は
稲刈りを手伝ってくれました!


(ノД`)・゜・。










アタマで考えて
考えたことを実現させるため
体に鞭打って
頑張って
やってた頃は
なかなか思い通りの現実はやってこなかった。

いま思えばそれは
川の流れに逆らって舟を漕いでいたってこと。



はじめに考えたこと(計画)と違ったとしても
自分の感覚に従って
嫌だ、キツイ、辛い、と思うことはしない、
もしくはしないでいい方法を考える
好きなこと、嬉しくなること、心地いいことを選ぶようにと
意識するようになってから
いつのまにか
なんか楽しい日々を過ごせている♪


窯が運び込まれるのを見ながら
不思議ーーー
なんもしてないのに
窯がやってきたよーーー!?
そんで
なんか知らないけど
陶芸教室再開してるし―――!

って言って
笑いあった。


「他力!」


「ほんと!

 なんか、流れに流されてる感じ~」


「流されるままやな~!」 笑笑笑 




久しぶりにみんなで粘土いじって

みんな集中ーーー



そして

いい笑顔ーーー😊










去年チラシ作ったものの自然消滅してた陶芸クラス。

今の感覚で、仕切り直します。

初めての電気窯導入なので
やりながらカタチになっていくと思います。


楽しみです(*´▽`*)