
エリア :上越
時期 :1978年8月
ワンポイント :10m以上の瀧が連續する豪快な澤。大ナメ120mは快適に登高。12時間行動。
コース :
・・・川古温泉 ~ 赤谷川笹穴澤出合 (テント泊) ~ 笹穴澤 遡行 ~ 平標山 ~ 平標新道 ~ 仙ノ倉谷 ~ 毛渡澤 ~ 土樽驛
メンバー : 私、森さん、(ほか2名)
高校3年の8月。
私は、高校山岳部のCL(部長)として總決算とも云へる夏山合宿を無事に終へて、いよいよ受驗勉強を始めるぞと決意を新たにしてゐた。
そんな私のもとに、惡魔のささやきの如き電話がかかつて來た。
電話の主は山岳部の2年上の先輩、森さんである。
彼は1年浪人して、この年の4月に大學に入學してゐた。
「おい、仙丈、面白さうな澤を見つけたんだけど、一緒に行かないか?」
(受驗生が行けるわけないでせう?)
「なに?受驗勉強?どうせ浪人するんだろ?」
(勝手に決めないでくださいよ)
「あと1年半もあるんだから、2日や3日、どうつてことねえよ」
(・・・ううむ、さういへばさうかも・・・)
正直云つて、現役で志望大學に入れるとは思つてゐなかつた私は、この惡魔の誘惑に勝てなかつた。
沼田からバスに乘つて、たぶん川古温泉で降り、林道を歩いた。
左手から笹穴澤が合流するあたりでテントを張つた。
テントを張つたと云つても、輕量化を徹底するためにポールなしで、木の枝からテントを吊り下げただけ。
確かポールだけで600gほどあつた筈。
大したことないと云ふなかれ。
この輕量化への努力が積み重なることで、ザックの重さが2キロ減になり3キロ減になつてゆくのだ。
さて、翌日はいよいよ笹穴澤の遡行である。
ここであらかじめお斷わりしておきたい。
なにせ33年も前のことゆゑ、詳細については殆ど思ひ出せないのだ。
寫眞を見ても思ひ出せないくらゐ。
じつは、この寫眞、7~8年前にリバーサルフィルムからスキャナーで取込んだもの。
これまで何の疑問も持つてゐなかつたのだが、今囘、ネット上で笹穴澤の寫眞をアップしてゐるサイトを見て、左右が反轉してゐるのに初めて氣がついた。
ことほど左樣に私の記憶はいい加減だ。
といふわけで、ここでは、先づ、覺えてゐることを箇條書で書いておく。
個々の寫眞については、出來る範圍でコメントする。
・2人パーティーと出會ひ、彼らと一緒に4人で登ることになつた。
・笹穴澤は、明るく岩盤のしつかりとした澤で、氣持ちよく澤登りが出來る。
・10m以上の瀧が、10以上あつたやうな印象がある。
・丹澤に持つて行つたら「大瀧」と云はれるやうな瀧ばかりだが、その殆どをノーザイルで直登した。
・高卷きした瀧は、「大ナメ」120mの上にある瀧2つだけ。
・ザイルを使つたのは2つの瀧だけ。
・平標山の頂上に着いたときは、緊張から開放された所爲か、一氣に疲れが出てしまつた。
・そこから土樽驛までの下りが地獄、汽笛のやうな幻聽が頭の中に響いてゐるほどに疲れ切つた。
・笹穴澤出合を出發してから土樽驛まで、12時間行動。
この他については寫眞のコメントで。
ともあれ、惡魔の誘惑に負けたことで、この素晴らしい澤登りを經驗することが出來た。
さういふ意味で、私は惡魔、ぢやなかつた、森さんに心から感謝してゐる。
もつとも、おほかたの豫想通り、しつかりと浪人することになつたけれど・・・
<寫眞について>
この寫眞は原則として森さんが撮つたもの。
森さん(黄色のシャツ)が寫つてゐる寫眞は、ほとんど私(青ザック)が撮つたもの。

このあと、上の岩に頭をぶつけた。
ヘルメットをかぶつてゐて良かつた!

早くも疲れてゐる?

右手でこぶしを作つて、岩の隙間に挾んでゐる。
ナントカ云ふ技なのだが、ああ、思ひ出せない。
年はとりたくないものだ。


2人パーティーと森さん。
この2人と一緒に登つた。
確かこの2人は關西から來た人たちだつたと思ふ。
お名前は思ひ出せない。

飛び込んで泳ぎたくなる釜。



この瀧はザイルを使つた2つの瀧のひとつ。
フットホールドが苔でぬるぬるして滑りやすかつた。

笹穴澤は岩盤がしつかりしてゐて、このやうなナメが多い。
上流には120mの「大ナメ」がある。




綺麗なナメだ。

ひるメシ。
森さん、ソバ粉だかウドン粉だかを水で練つて、「チャパティみたいだろ」とご滿悦。
この瀧がザイルを使つたもうひとつの瀧。
一見すると、左側から簡單に登れさうなのだが、岩の節理が右および手前に傾斜してゐて、足元が流れてしまひ、登りにくい。
足拵へがワラジなので、乾燥した岩の傾斜したスタンスではむしろ滑りやすいのだ。
私はここで、瀧を3分の2ほど登つたところで身動きがとれなくなつてしまつた。
森さんに上から、「落ちても止めてやるから、ザイルを信用して、からだを岩から離せ」と激勵されて、屆きさうになかつたホールドに手を伸ばすことが出來た。
いまだにこの時の「手が屆きさうで屆かない状態で、足がずるずると滑る」といふ夢を見ることがある。
たいてい、風邪をひいた時か、風邪をひく前兆の夢だ。

30m級の豪快な瀧。
右壁を斜上するバント傳ひに登つて行く。
ほとんど岩登りの世界だが、見た目ほどには難しくなかつたやうに思ふ。

下段40m上段60mと稱される、二段のナメ瀧。
傾斜が緩いので、歩いて登れる。
上のはうに、「大ナメ」120m瀧が見えてゐる。

いよいよ、名物「大ナメ」120mの瀧。
離れて見ると迫力があるが、じつは見た目ほどには傾斜がないので、ほとんど手を使はずに登れる。

「大ナメ」を登る森さん。

「大ナメ」を登る私。
高度感を表現した見事な寫眞だ。
登つてゐる時はなんとも思はないが、振り返つて下を見ると、遮るものが何もないので、かなり高度感がある。
120mもある巨大な滑り台を思ひ浮べて貰へれば近いかもしれない。

「大ナメ」の上には、平らなナメが續く。
岩の節理が美しい。

「大ナメ」の上流には大きな瀧が2つある。
これは、そのうちのひとつで、15~20mほど。
森さんは直登したが、私は左から高卷いた。
正直云つて、もう疲れていたし、ぎりぎりの緊張感には耐へられさうになかつた。

上の寫眞の瀧を越えると、一氣に谷が開けて、源流の樣相を呈する。
岩と緑の配色が美しく、見やうによつては、庭園のやうにも見えるほど。
前方に10mほどの瀧が見えてゐるが、この瀧が最後の大物。
私はこの瀧を卷いた。

源流地帶。

源流地帶を登る。
あとわづかで稜線に出る。

平標山の頂上附近にある濕原。
この2週間ほど前に夏山合宿で スズヶ峰南濕原 や 大白澤池 を見て來た目には、あまりに貧相だし、荒れてゐてかはいさうだつた。
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