仙丈亭日乘

あやしうこそ物狂ほしけれ

『霧の中の古代 』 なかにし とおる

2005-01-09 15:49:39 | 讀書録(歴史)
霧の中の古代―邪馬台国の謎に迫る

熊本出版文化会館

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書籍名 霧の中の古代   カテゴリー 日本史        
著者名 なかにし とおる   発行年(西暦) 2001  
出版者 熊本出版文化會館   値段 1500-2000円  

感想 ☆☆☆


副題は「邪馬臺國の謎に迫る」となつている。

筆者の説では、邪馬臺國は現在の福岡市近邊となり、基本的には古田武彦の説と一緒である。
違ひは、總旅程の解釋の仕方である。

古田説では總旅程の1萬2千里のうち、1400里の説明を對馬と壹岐をそれぞれ半周することで解決してゐる。
筆者はそれについて疑問を持つた。(私も疑問に思つてゐるが)
上陸して陸路を行くのであれば、律儀に半周する筈がない。
したがつて、その2島の通過に際して1400里もかかるわけがない。
といふのがその理由である。(私もさう思ふ)

では筆者はこの1400里をどう解決するか。
筆者は、帶方郡の位置を通説のソウル近邊ではなく、それよりも東北の海岸沿ひ、
現在の北朝鮮の海州近邊に想定してゐる。
そして郡の範圍と韓國の範圍は接してゐるとする。
そのうへで、「郡から倭に至る7千餘里」は郡と韓國の境界からの距離を記してゐるとし、
出發點の港から韓國の境界までの距離は含まれてゐないとする。
そして、出發點から郡の南限までは1400里あるといふわけである。

正直云つて、どちらでもええやんか、といふ氣がしないでもない。
結局、邪馬臺國は福岡界隈になるんやろ、ほな、それでええやん!

面白いなと思つたのは「新魏倭王」印のこと。
これは魏が卑彌呼に贈つたものである。
「邪馬臺國王」ではなく、「倭王」なのであるから、例へ邪馬臺國が亡んだとしても、
滅ぼした相手が倭國王になるのだから、この印鑑は引き繼いだ筈だ。
つまり、この金印は卑彌呼の墓からは絶對出土しない筈なのである。
安本美典が、「新魏倭王」印が出土しなければ卑彌呼の墓とは云へない、
といふ趣旨のことを述べてゐるさうだが、それはおかしいのではないか。
筆者のこの意見には贊成できる。


2004年12月3日讀了


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