職場の知り合いで、話し方や言葉の選び方がおだやかで、人柄の良さが溢れ出てる人がいる。
嫌われるはずがないよね、皆好きでしょ
みたいな人。
どういう生まれで、どんな風にそだったの?と思うが、聞かなくても「普通の家庭で普通に育ちました」と言われそうだ。
生まれながらにそうなわけない、環境が良かったからだと思いたくとも、半分くらいは生来の性格だろうなと思う。半分遺伝、半分環境。
もともと狼の人馴れしたやつを掛け合わせて犬が作られたろうし、ゴールデンレトリーバーなどの優しい犬種も優しい遺伝子を掛け合わせて生まれているだろう。
生来備わっている優しさというものに対して一番びっくりしたのは夫の保育園のアルバムを見たときに、「A子ちゃん大丈夫かなぁ?と心配していた優しい夫ちゃんが先生はだいすきです」と書かれていて、2-3歳でそんな優しさが備わっていたのかこの人は?!とショックを受けた。自分は自分の快不快に忠実だったし、今も変わらんよ。
私の母親はとにかく苛烈な女で
分厚い手のひらでビンタは当然で
スプーンやフォークを自分に向かって投げられたことはそれなりにある。
言うことを聞かないとなると、よく叩かれた。蹴りはなかったが。目が釣り上がり暴力のイメージはある。
全力で心配や応援もしてはくれた。たいへん感情の振れ幅が大きい人間だったように思う。私は子供は嫌いだけど自分の子供は別よ、とは良く言われたものだ。
子供ながらに継子の扱いとの差を恐ろしく感じたものだ。それこそ動物に近いのかもね。
しかし私は兄弟の中では一番マシな方で、継子は熱々の熱湯を頭からかけられたり、家から出されて鍵をかけられたりはしょっちゅうだった。完全なる児童虐待。良く生き延びられたね、と思う。
実兄弟と私も血をちゃんと継いでいて、いい年で取っ組み合いの喧嘩をしたことある。だからその兄弟とも私は関わりたくはない。私自身も異常。怒ったときに手や声の震えが止まらず心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うくらいバクバクする。些細な事で怒り出す。深呼吸ごときで抑えられない。
歳を取るごとにその傾向は増していって、元来のものが激しく出るようになった気がする。
多分、遺伝的に急激にドーパミンだかアドレナリンだか濃度がグッと上がるか大量放出される遺伝子を持ってるんじゃないかとすら感じている。
私は自分の遺伝子を残さないし、1人でいる分にはおだやかなので、被害者を増やさないためにほとんど人とは関わらない生活をしている。
継子は離婚とともに養子縁組を解消し扶養義務がないのがやや羨ましい。しかし母親は放っておいても自分で楽しく生きていけているようなのでそっとしておいている。女は長生きだし、元来苛烈だから施設にも入れなそうだなと戦々恐々としている。
勿論一生親と同居することはない。世間的は蠱毒とした方がコスト安くなるのだろうけど。もう支配されている子供ではないから、昔ほど死にたい気持ちになることはないだろうが、どちらにしろ好きな人間達ではない。
思い返せば戦争を経験した母方の祖父が、いつもは孫に凄く優しいのに、韓国人や中国人の話題が出た瞬間、凄い剣幕で蛇蝎のごとく嫌っていたが、その様子は戦争だったから人間も鬼になるのだという理解ではなく、子供心に母親に近しいものを感じた。実際には到底許すことのできない某かの出来事を体験目撃したのかもしれない。が、その豹変は子供心に恐怖だった。
よくよく考えてみれば、当時は行き遅れの女が生きていける時代ではなく、割と遅めの結婚でこぶ付き(当時は結婚していないと男も出世などなかった)を選ぶということは、そこそこに売れ残っている女だったのだろう。本人は否定するかもしれないが、恋愛で結婚したなら、なぜあのような終末を迎えたのか、2-30年で一体何があったのか、人生や人間の変化というものが恐ろしくもある。
あの苛烈さは今のところ母親を超える女にはまだ出会ったことはない。私の就学就職環境は幾分か多少マシだったので、そもそも(1人だけ似た男がいたが)そういう人間は居なかった。
実兄弟も母親と同様の傾向がでてきているが、私が付き合う分には外面なので、家庭内でどういう感じかは知らないし知るつもりもない。まだ子供が家出したという話は聞かないので、大丈夫なんではないかと思う。
今振り返れば橋田壽賀子の長編ドラマにでもなりそうな一家だな。