(1)きょう、新しいパソコンの本体を立ち上げました。といっても、まだスキャナーやプリンターは明日以降に挑戦です。
画面の見やすさや、起動・反応の速さはこれまで使ってきたものとは驚くほど違いますが、やはり勝手が違います。
今日は、準備体操(リハビリ?)です。
(2)「No.499 大塚山ー御岳山ー日ノ出山」で、日の出山を下って往還に出たところに「開通記念」碑がありました。それについて書いておきます。
1.位置は下の地図の11のところです。
なお、青線が山林の中をたどる旧道で、途中には馬頭観音などの碑もあります。一方、これと並行している赤線が新道〔林道〕です。
この二つの道の分岐点の写真は、下は撮ってありませんが、上は12のところです。そして、ここから、新道を約200m下ったところに平井川の水源があります。この12と13の写真を下に載せて置きました。

12の分岐点

再録
13の平井川水源地

2.碑の写真(再録)は、苔むしてツル・草に覆われていました。
碑の「開通記念」が、上の地図のどこからどこまでを指すものかまだ分かりません。
『日の出町史』をざっと見ましたが、この碑に関してだけでなく、前に紹介した三ツ沢の「報徳」が出てくる開通記念碑についても、写真や記載は見当たりませんでした。ということで、これは後日のこととしましょう。

3.本文だけですが、撮ってきた写真をもとに解読したところ、つぎのように判明しました。
碑文の後に、東京府知事以下の関係者前が連記されていますが、これは今回は割愛します。〔 〕と句読点は大澤。
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開通記念
本村南部ヲ縦貫スル府道九十九號線福生御嶽道ハ往昔ヨリ府社御嶽神社表参道ナリ。府当局ニ於テ鋭意改修ニ努メラレタル結果、住民其恩恵ニ浴スル事大ナリ。然共、山間部ハ峻坂屈曲シ、其幅員狭隘ニシテ不便尠カラサリシカ、秋〔トキ〕恰〔アタカモ〕世界大戦後ノ経済、国難ノ非常時ニ際会シ、政府ハ各地方廰ヲ督励シ農村振興土木事業ヲ起コサシム。本村ハ東京府ニ御嶽及樽窪ノ両林道開設ヲ申請。昭和七年十月起工、昭和八年五月竣功ス。蓋、本村空前ノ大事業ニシテ産業及交通上ニ裨益スル處甚大ナリト信ス。依テ茲ニ有志相図リ建碑シテ永ク記念トス。/昭和八年三月
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4.青梅線側のケーブル開通までは、福生から肝要を通過するこの道が「表参道」だったようですから、その賑わいを知りたいと思いますが、目下のところ、よくわかりません。
鉄道ができたために、旧宿場が衰退したことが『御料局測量課長 神足勝記日記』(JーFIC)にも出てきますが、これは、秋田の院内鉱山などと同様、興味深い。
今日はここで。
次は、明日か明後日か・・・わからんばい。
人生は山道。周りを楽しみながら、汗をかきすぎないように登ろうや!
そう、みんなが頑張っているときに、戦争なんてまっぴら!
世界の指導者は、おしなべて戦犯になっちゃいましたねぇ!
日本の指導者も名乗りをあげたいみたいだけど・・・!
おら、許さねえぞ!
選挙だね。
候補者はみんな票を目当てにいいことを言う・・・。
でもね、それを見破ってこそシルバー。
ハイヨー・シルバー!
〽ローレン ローレン・・・老練 老連・・・
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