神足勝記を追って

「御料地の地籍を確定した神足勝記」を起点として「戦前の天皇・皇室・宮内省の財政について」のあれこれをとりあげる

No.322 みそぎ

2024-11-02 22:51:26 | 時評
(1)昨日、新聞の切り抜きを整理をしていて気づいた中から二つ紹介します。
 「2024衆院選 問われるのはなにか」(『朝日新聞 10月10日付)という長谷部恭男(早大教授:憲法)と杉田敦(法大教授:政治理論)の対談記事です。

(2)一つ目:
 杉田:・・・民主政治の先進国でも政権交代が万能ではないことがわかり、その結果、人々が政治そのものを信頼しなくなる「政治の危機」が大きな流れとしてある。・・・
 長谷部:今や民主国家の選挙は、・・・気にくわない政治家の首を切ることが主目的となっています。
 
 そうですね。政策をどこまで重視しているか疑問です。
 たとえば、今度のアメリカの選挙、どっちが勝っても問題アリです。トランプさんは平気でフェイクを言う人で、まず人格で問題アリです。一方、バイデンさんとハリスさんは、イスラエルのガザ攻撃を放置し、軍事支援を止めません。
 しかし、日本でいえば、政権に返り咲いた自民党は、それまでの政治を反省するのでなく、2015年9月の戦争法のほか、桜を見る会・モリカケ・学術会議などのように政治を私物化し、恣意的な対応をするようになり、国民の怒りを買う悪行を続けてきました。

(3)二つ目:
 長谷部:今回の選挙は、政治とカネの問題、そして旧統一協会との関係をどうするかが最大の争点でしょう。・・・当選した「裏金議員」は「みそぎは済んだ」というのでしょう・・・。
 杉田:「みそぎ」はいかにも選挙至上主義的発想です。・・・政治家たるもの自分でどう責任を取るかを考え、実行しなければならないはずです。
 長谷部:今の政治の惨状は、あれも嫌、これも嫌だと棄権したり、勝敗と関係なく「まごころ」で投票したりしてきた有権者にも責任がある・・・。現在の選挙制度では「小異を捨てて大同につく」を実践しないと勝てない。・・・「まごころ」は死票となり、望む政治も引き寄せられません。

 そうです。「みそぎは済んだ」と思っている人もいるはずです。
 小選挙区選挙制度は1位でないと当選しない選挙制度ですから、連携の大綱のようなものをさらに詰めて準備してもらいたい。今のままだと有権者泣かせ状態が続くのではないかと思います。
 たとえば、今回の選挙は日本共産党の裏金のスクープと2000万円の裏公認スクープ、これが引き金になり、なおかつリードしたことは確かです。その共産党は議席を減らし、一方、国民民主党やれいわ新選組などが漁夫の利を占める結果となりました。
 今、その国民民主党は、各党と等距離を保つと言っていますが、等距離といいながら、実際にはもう自公側にすり寄っていることは確かです。ですから、すでに「裏自民党」とか、「自民党に利用され捨てられる」とか、「自民党にこっそり手を貸す」とか評され始めています。国民がせっかく自公政治を止めようと動き出して、よりましと思って投票したのに、それが延命する役割を果たそうとしていますから、これでは自公政治の大本は変わりません。裏切りです。これは異常です。

(4)話が少し変わりますが、「みそぎ」についておもしろいことがあります。
 本居宣長『玉勝間 上』(岩波文庫 1977年)の19㌻に「悠紀主基〔ゆきすき〕」ということが書かれています。ここに、「No.79 津軽と渡島」で取り上げた「ソキ〔sotki〕」に関わることが出てきますから取りあげておきます。まず、当該箇所を引用しましょう。ルビは( )入れました。

 「・・・主基(スキ)は禊(ミソギ)の曾岐(ソキ)と同音にして、濯(スゝキ)といふことなり、みそきも身濯(みそゝき)にて、そゝくとすゝくと同じきを、共につゞめて、曾岐(そき)とも須岐(すき)ともいへるなり、・・・」
 
 かいつまんで言いますと、 宣長がつぎのように言っています。
 1.スキ=ソキ=ススグ
 2.みそぎ=ミをススグ
 3.そそぐ=すすぐ 
 4.共につづめて、ソキともスキともいう
 
 私が注目したのは、ソキです。
 No.79でも書きましたが、ソキは、アイヌ語ではソキ〔sotki〕で、意味は「ねどこ;神々の住む所;山中では熊など多くいる地帯:沖ではカジキマグロなどの多くいる地帯」(知里真志保『地名アイヌ語小辞典』(1997年)です。ここでは「神々の住む所」が該当するでしょう。
 一方、宣長はソキをススグと説明し、みそぎは「身濯(みそゝき)」=身そそぐことだとしています。
 しかし、「ミ」というのは、ミタマ〔御霊〕やミシワザ〔御所為〕などのように、丁寧な表現や敬意をもっていう場合に用いられます。ほかにも、オミオツケ〔御御御付〕のように、元の「付〔ツケ〕」に「オ・ミ・オ」と3つも丁寧語が付く例もあります。
 これでいうと、ミソギ〔禊〕は、「身ソキ」でなく、「御ソキ」=「神々の住む所の丁寧表現」ということもあるのではないでしょうか・・・。
 私は、神事についてはわかりませんから、ここでも「酒のつまみ」みたいな話です。しかし、宣長の言うようにスキ=ソキなら、「悠紀主基」は神々のいる場所と関わることなのでしょうから、とりあえずは意味が通ります。

    
    名残りのアケビ

【コレクション 103 相楽総三・赤報隊資料集】
 相楽総三や赤報隊は、鳥羽伏見の戦の頃に先触れとして年貢半減令を吹聴して、旧幕領などでの反乱決起を促した先駆集団でした。ところが、彼らはすぐに「偽官軍」の汚名をかぶせられて処刑されてしまいました。
 この歴史的事実を作家長谷川伸が『相楽総三とその同志』にまとめましたが、下のパンフレットは長谷川の作業に目を開かれて関係資料の発掘に努めた成果です。

    

 この大きさは、B5判8㌻です。B5判の4枚分の横長の用紙を二つ折りし、さらにもう一度二つ折りするとできます。
 全体は、
 1㌻ 上に掲
 2~4㌻途中まで 解題 宮地正人 東京大学名誉教授 『相楽総三・赤報隊資料集』を押す
 4㌻途中~5㌻ 解題 桐野作人 作家 西沢朱実氏の仕事 —緻密と執念と愛惜と
 6~7㌻途中 主な収録資料
 7㌻の残り *ここは下に載せました。
       解題 西沢朱実  
       刊行案内 体裁:A5判 750㌻ 定価:1万8千円(特価:1万5千円)
            発売:平成20(2008)年 限定300部 マツノ書店 
      
  

 以上です。

 落穂拾い
 1.
    

 2.
    

 3.
    

 今日はここで。
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No.321 宣長の天皇観 

2024-11-01 23:54:26 | 文書・文献
(1)今日は、今回の衆議院議員選挙関連の新聞記事を読み直しました。政治学者の議論もそれぞれあってなかなか興味深く思いました。首班指名の特別国会に向けて動きがあるはずですから、様子を見ることにしましましょう。

(2)最近、子安宣邦『天皇論』(155㌻、作品社、2024年5月刊)を読みました。
 著者の子安さんは日本思想史を研究されてきた人ですが、奥付によると、現在は大阪大学名誉教授〔1933年生〕です。
 私は、子安さんの講演を、30年ほど前に、日本経済思想史研究会に参加した時に拝聴しました。その時も本居宣長のことを話されていたと記憶していますが、もう講演内容も演題も亡失してしまいました。
 ところで、『天皇論』というと、万世一系を前提とした何時代の天皇がどうこうということを展開するのを見ます。それはそれで勉強にはなりますが、難しさを感じながら終わるということを経験させられたので、いつからか集めてパラパラとめくって終わりということが多くなりました。しかし、この本は興味深く拝読しました。

(3)今、この本全体の書評をするわけではなく、興味を引いたところを取り上げるだけですが、次のようなことです。
 本居宣長が『古事記伝』の序論、『直毘霊〔なおびのみたま〕』の冒頭などで天照大御神以来の天皇を論じている。そして、それがこれまでは独立させられて使われてきたが、これは「18世紀の徳川時代の言説として理解する」(106ページ)べきだということです。言い直すと、東アジアの世界史の中で、韓国やベトナムなどのように清の支配下組み込まれることなく、独自に天下を構成していた鎖国下の徳川日本の立ち位置、そこでの天皇存在の意味を認識したもので、宣長の「対中国的ナショナリズムの表現」(101㌻)だということです。

(4)少し繰り返しになりますが、宣長の時代は中国の大清帝国の最盛期にあたります。それまでの中国では聖人が国を治めるための道を説いてきましたが、それが却って乱世と易姓革命を引き起こしました。これに対して、わが国には聖人の道というようなものはなかったものの、天照大御神以来の皇国の神の道があったので、天下が乱れることなく治まってきた、と宣長が言っているといいます(98~9㌻)。
 実際には、日本にも戦国時代という長い混乱期はありましたが、ここで宣長がいっているのは、清に従属せずに、独自に政権を構成している徳川将軍に対する天皇の存在意味です。それを子安さんは「この時代に宣長は初めて日本という国家の永続的存立を保証し、それを意義づけるものが天照大御神に由来する天皇の連続的な存立にあることをいったのである。この天皇とは日本の統治主体ではない。統合的日本の祭祀的、儀礼的な最高主体としての天皇である。」(106㌻)とまとめています。
 
(5)つまり、宣長の天皇論〔「万世一系の天皇」という捉え方〕は、18世紀の東アジアの中で、「統治主体が徳川将軍と幕府にある時代における天皇の存在意味」(106㌻)を言ったものだということです。 戦国時代を経て徳川政権が樹立され、世の中が安定してきて、国民の間に一定の財力や知的蓄積ができて生きた時代の日本の自己認識、その産物だということです。

 またまた時間がなくなってしまいしたから、きょうは、山梨市にある根津記念館、甲州市の向岳寺・恵林寺の写真を載せることにします。これは、いずれもコロナの前の2019年の今頃のものです。

 1.庭園の塔
    

 2.庭園と灯籠:記念館から
      

 3.庭園から旧宅
   

 4.塩山の向岳寺で
   

 5.塩山の恵林寺の庭
   

 今日はここで。
   

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No.320 ホワイト政党に注意を!

2024-11-01 00:10:59 | 時評
(1)国民民主党がだいぶ動きを見せてきました。でも、なにがしかの条件をつけてはいますが、自民党に露骨にすり寄って行ってます。対峙しているようにはみえません。少なくとも、今は立民の方に尻を向けています。
 まだ先のことをいうには時期が早いかもしれませんが、あの姿を見ていると、ついつい映画『ゴッド・ファーザー』のことが浮かんできてしまいます。

(2)というのは、あの公明党だって、支持基盤の創価学会と日本共産党とが「創共協定」を結んで、「人間性社会主義」とか唱えて、日本共産党と仲好しだった時期もあるのです。ところが、それがご破算になったと思ったら、自公連立に向かい、やがて国政レベルでも地方レベルでも「下駄の雪」と批判されるくらいべったりになって、とうとうみずから「下駄の鼻緒」と語るに落ちて、今度の衆議院選挙では、ついに自民党の非公認候補を推薦するまでになったのです。
 こういう例を見ると、国民民主の姿勢も、あれで大丈夫なのかなと思ってしまいます。

(3)主観と客観ということがあります。 
 たとえば、国民民主党が、自民党が何かの政策をのむことを条件に、国会の総理指名選挙で石破首相の名前を書くとか、連立することを約束したとしましょう。そうすれば、いくらかでも国民のためになると考えたかもしれません。しかし、それは主観です。なぜなら、 国民は選挙で自公政権を批判したのです。その直後に、どういう形であれ、野党の立憲民主党などの自公批判勢力に背を向けておいて自公に近づくなら、塩を送った・加担した・国民を裏切ったとみなされるでしょう。これが客観です。
 「裏切る」とはこういう姿勢をとることです。お為ごかしやもっともらしい言い訳をして、要するに自分の利益を図るのです。今後どうなるか、行く末をよく見ましょう。

(4)今日、アケビを8個取りました。これで最後です。今年は、アケビが都合80個くらいとれ、もうご近所にも配る処がなくなり、自分で片付けるしかなくなりました。
 アケビは、飾るとか、写真に撮るには映えますが、食べるとなるとなかなか大変です。メロンやウリの種の処をしゃぶるような食べ方をしなければならないので、男でも結構下品になります。それでも一つや二つなら楽しみながら食べられますが、しかし、実の大半が種で、その種をかじると苦くて、飲み込むといがらっぽくて、メンドウだからと少したくさん飲み込みでもするとお腹を壊すこともあります。

(5)渋柿・クリ・クルミ・・・こういうものは何でも一手間かけると美味しくいただけます。そこで、何か良い方法がないかと考えました。ありました。
 種がなければミキサーでうまくかき混ぜられますが、その種が問題です。そこで、篩〔ふるい〕のような網目の味噌漉しを使って、種をつぶさないように軽く押して汁だけ集めることにしてみました。これが大成功でした。

 1.使ったアケビ(このほかにあと2個):計8個
   

 2.アケビのエキス:お茶碗で半分弱
   

 3.味はもちろんアケビですが、状態はヨーグルトです。雰囲気はライチに近いところもあります。来年が楽しみです。

 (6)今日は、庭のサツキ・ツツジの手入れ、ほかにコデマリの剪定でくたびれました。
 コレクションは休みます。
 1.今日はカマキリ君と会いました。ちょっと向こうに卵嚢が見えましたから、警戒していたようです。
    

 2.それから、昨日のバッタ君がまだ逗留してました。
   

 3.今日は秋雲の動きがきれいでした。
   

 今日は、ここで。

    
   成田から乗ると我が家の上を通ります。お通りの際はぜひお立ち寄りください。
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No.319 自民党的なもの

2024-10-31 00:08:04 | 時評
(1)No.313で「自民党的なものからのどう脱却するか」というタイトルを書きました。あの「自民党的なもの」とはどんなことだと思われますか?

(2)舌足らずでしたが、あそこの末尾に、「政権交代は当然だが、政権交代ができても、従来の気質・気分・行動様式を変えていけるか」が大事だ、掲げた政策が選挙時の「一過性のものだとすると、何かの事件をきっかけに元に戻ってしまいます」、というようなことを書きました。
 これは、たびたび書くように、国民の97%を占める勤労者大衆の生活実態をよく知って、限られた財源をムダを省いて有効に活用して政策を実行していくということです。そして、その際に財源は、公平な課税の仕方である応能負担(負担能力に応じて課税し、所得のない人からは徴収しない、あるいは少なく徴収する)ということです。これが実質的平等です。飲み会の会費のように負担する消費税は悪平等です。

(3)これに対して、これまでの自民党と公明党が取ってきた政策は、口では「国民の要望」とかいうものの、その国民は、選挙の時は「清き1票」を持つ97%の主権者ですが、選挙が終るともうそれはなおざりにし、実際は3%のセレブな国民(大企業や資産家)の意見を入れた大規模公共事業や規制緩和・軍備増強、大手企業に都合のよい法人税減税、投資で儲ける大資産家の所得税の減税をやって赤字を増大させ、赤字が増えて対策が取れなくなったために福祉や高齢化社会のためといって消費税を導入し、増税してきました。
 
(4)ですから、財政赤字は、97%の国民のための政策が原因ではありません。つまり、福祉や教育や高齢者対策が原因ではありません。むしろ、こちらは被害者です。
 景気ためといって大規模公共事業を繰り返し、選挙の時の票の欲しさからのバラマキ、アメリカの圧力による対応・軍事拡大などが優先された結果、どんどん赤字が積み上がって首が回らなくなって、国民が求める政策は、タダでも軽視されたり後回しにされるのに、福祉も教育も先送り先送りでやってきて、とうとうやらなければならなくなると、若者と高齢者を対立させる宣伝を言ったりして、挙句は自助努力〔自分の貯金を使わせる、消費税の導入とひき上げる〕・自己負担〔窓口負担・後期高齢者制度〕を推し進めてきました。

(5)こういうことは、本来ならば、日本国憲法9条で軍事はやらないこと、25条で国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を認めているのですから、最優先で取り組むべきことです。そうすると、自公両党にまず政治姿勢を改めてもらわなければなりませんが、ほかの野党はどうでしょうか。
 今日、検索したところ、立民の米山隆一さんが、れいわと国民民主の政策を「ばらまき」「非現実的」「安易な主張」と批判したと出てきました。おまけに、れいわの対応はまだわかりませんが、国民民主は自民党と幹事長会談をやるものの、立民とはやらないとの意向のようです。すでに、国民は、比例の3議席のうち2議席を自公に回しています。自公政治を怒った国民はこういうことで許すでしょうか?
 
(6)「自民党的なもの」とは、まずは従来の自公政治ですが、それに取り込まれている国民の姿勢でもあります。自民党だけが自民党的なのではなく、国民一般も総じて自民党的ものの中にいるということです。
 農業で、山の雪が解けて鳥の姿のようになったら代掻きを始める、というのがありますが、毎年の経験はそれはそれで科学性を秘めています。しかし、重要なことは、それが勘だけに頼ると見誤ることが起こります。
 とくに政治や経済の場合には利害がからみます。97%の国民の利害と3%の国民の利害は一致しないのが普通です。その中で、経済力のある3%の国民の利害が社会の隅々まで優先されて成り立っている社会だということを理解しているかどうかが大事です。

    
 
【コレクション 102 大久保利通関係文書】
 きょうは、大久保利通関係文書のパンフです。
 私は、御料地・御料林などの皇室財産の形成を解明するためには、官林の理解が前提になる、それには官林の形成過程の理解が必要であり、そのためには倒幕の過程の理解が必要だろうと見ています。大久保は早くに亡くなり、その行政は中断しますが、しかし、大久保には当時の気分や感情までが閉じ込められているだろうと見ています。しかし、こうして大久保のものを集めましたが、私にそこまで手が回せるということはなさそうです。
 
    

 この大きさは、B5判、8㌻です。B5判4枚分の横長の用紙を二つ折りしたものをさらにもう一度二つ折りにするとできます。
 全体は、
 1㌻ 上掲
 2~3㌻ 推薦文 
      鈴木栄樹 京都薬科大学准教授 見直しが進められる大久保利通像
           『大久保利通関係文書』復刻版の刊行に寄せて
      奥田晴樹 金沢大学人間学域学校教育学類教授
           『大久保利通関係文書』の復刻に寄せて
 4~5㌻ 大久保利通関係文書の関連人物 目次 大久保利通肖像写真
      刊行案内 体裁:A5判 全5巻+人名索引 2300㌻
           定価:4万円(特価:3万5千円)
           発売:平成20(2008)年8月 限定300部 マツノ書店
 6~7㌻ 内容見本 
 8㌻ 書評 一坂太郎 萩市特別学芸員 キャッチボールの面白さ
      *下に載せました。お読みください。


 以上です。

 今日は、庭のサツキやツツジの手入れをやりました。
 ヤブになっていたところがだいぶすいて風通しがよくなり、おまけに、土が流れないように、根元に石がきちんと敷き詰められているのが見えてきました。
 カミさんに、「誰がやったのかなあ」と聞くと、弟の均だとわかり、びっくり。もう30年ほど前になります。
 1.作業をして腰安めに立ち上がると、バッタさんと目が合いました。このあともしばらく私の作業ぶりを監督していました。

    
 
 2.それから、また一仕事をして休んでいると、チョウチョさんがとまり、こちらもだいぶ長いこと見ていました。

     

 では、この辺で。    

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No.318 昭和の子らは敬老席に

2024-10-30 00:10:35 | 追憶
(1)今朝のわが家の収穫物です。今年はアケビがたくさんなりました。歴史的なことなので、歴史的選挙結果を報じた新聞上で一緒に撮りました。

   

(2)アケビは、近所の家の垣根に実が成り下がっているのを見ていいなと思い、種を西の垣根沿いに播いておいたところ、ようやく食べられるまでに育ちました。
 このブログのNo.28~31〔去年の12月23日頃〕で書きましたが、コロナ蔓延の前に山梨県の鶯宿〔おうしゅく〕に神足勝記の足跡を訪ねました。(神足がここを巡回していることは『御料局測量課長 神足勝記日記』(J-FIC)の13~15㌻に紹介しておきましたからご覧ください。)
その時、明神峠や、市川大門に近い方のバス停のすぐ上にアケビがたわわに成っていましたから、その場で2~3個を食べ、5~6個を持って帰り、ツルが伸びたら西日の日除けになってくれるだけでもいいからと播いておいたものです。

    
    10月初頭のアケビ:10個くらい見えます

(3)去年初めて実をつけました。それで、毎日一つ一つ確かめるように成長を楽しみにしていましたが、10個くらいあった実がポロポロと落ちていってしまい、とうとう一つも育ちませんでした。
 今年はどうかなと待っていると、数えられないくらいあちこちに実をつけているのがわかりました。しかし、トラウマというほどではありませんが、昨年だいぶがっかりさせられましたから、今年はどうなるかな、虫に食われたり、台風で落ちなければいいなと思って見ていると、その被害はまったくなく、都合60個ほど取れました。
 ご近所に3~5個ずつ配って、自分でも10個くらいは食べたでしょうか。あとまだ5個くらいはついているようです。
 
(4)ちなみに、柿も豊作でした。これはNo.303で写真を載せましたが、一枝に10~20個くらいの実が鈴なりに成って、木全体が枝垂れ状態に成り下がりました。
 しかし、これは渋柿なので、カミさんが「甘くなれ、甘くなれ」と呪文を唱えながら皮を剥いて干し柿に仕立てています。ご近所からもいただくので、300~400個くらいにはなるでしょうか。手間はかかりますが、出来上がると、まあなんとも言えないおいしさです。

    
     赤い袋はムカゴ:このほかに2袋取れました

【コレクション 101 昭和の時代】
1.今日は一日選挙結果を考えていました。
 まず、自公・維新は票を減らしました。これは当然です。
 それから、日本共産党は、裏金問題のスクープで今回の選挙のキッカケを作り、非公認候補への2000万円振込スクープで自公にとどめを刺し、振り役とも思えたのに票も議席も減りました。これはなぜか。
 といって、議席を増やした立憲民主党が票を伸ばしたかというと、ほとんど横ばいです。
 結局、国民民主党・れいわ・保守党が躍進しましたが、その理由は、既成政党でないところに、若者層の票が動いた?ように見えます。
 キャスティングボードを握ったとも見えるこれらの党がどう動くか、そこで各党の性格がより鮮明になってくるでしょう。しかし、すでに国民民主党は比例の3議席のうち2議席を自公に、1議席を立憲民主党に渡しました。すでに天秤は自公に傾いているようです。

2.前置きが長くなりました。少し昭和のものを紹介します。
 60年ほど前の昭和の時代は、まだこの写真のような生活が普通でした。今われわれの生活にふつうにある電化製品でこのころあったものは・・・なにもない?・・・でしょう。



 このパンフレットの大きさは、A4判6㌻です。A4判3枚分の横長の用紙を、最初に左から3分の1を折り込み、次に右から3分の1を折り込むとできます。
 全体は、
 1㌻ 上掲
 2~5㌻ 内容見本
   *5㌻を下に載せました。
   ここに映っている子どもたちは現在の70~80代くらい。
   左上の写真の人たちは80代くらい、右の家族のお父さんお母さんは90~100代。



 6㌻ 本書の特色 主な内容 装丁見本
    刊行案内 A4判288㌻ 定価:4410円 
         2005年7月刊 小学館  ()

 以上です。
 きょうはここで。

     

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