Chers amis,
「教室」では、次回から E.Todd <<Qui est Charlie? Sociologie d'une crise religieuse>>(Seuil)の書評を読みます。テキストをご要望の方は
shuheif336@gmail.com
までご一報ください。 Shuhei
Chers amis,
「教室」では、次回から E.Todd <<Qui est Charlie? Sociologie d'une crise religieuse>>(Seuil)の書評を読みます。テキストをご要望の方は
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[注釈]
*Le rôle de l'école laique est de veiller (...)et non de préjuger de qui… とつながっています。つまり、ライシテを唱う学校の役割は「見守ること」であって、「誰が解放されるべきなのかを決めること」ではない。
* des valeurs qui n'aurait d'universelles que le nom : ここは意味は取れるのですが、文法的に破格のものではないかどうか、ちょっと判断しかねます。des valeurs universelles de nom とすればよいような気もするのですが…。
[試訳]
ライシテに基づいた学校の役割とは、ひとり一人を迎え入れること、それぞれに様々な恥じらいや誇りや、家族の秘密や信念、そして疑いを持った、ひとり一人の子供たちを迎え入れることです。それは、子供たちが恐れることなくあらゆる苦しみを明らかにできるように見守ることであり、誰が解放されるべきかを勝手に決めることではありません。またそれは、懐を大きく開いて子供たちを受け止めることであり、お題目だけ普遍的なあれこれの価値を高みから押し付けることではありません。そんな価値は排除に基づくものでしょうから。
以下のことを今更思い出すべきでしょうか。1905年から、2004年学校において宗教的シンボルを身につけることを禁じる法律ができるまで、宗教的な中立は国家や公務員にのみ課せられてきたのであって、その市民を対象にしたものではなかったのです。今日フランスにおいて、ライシテはあまりにも国家宗教のような形を取ってしまっていて、女の子や少数者を排除する役回りをしています。もし未来の子供たちに課せられるのが、そうした独善的な、神聖視されたライシテであるのなら、それは私たちフェミニストの名において認められるものではありえません。私たちは、学校において宗教的な象徴を身につけることを禁じる法律の撤回を求めています。
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先ほどフランスで Emmanuel Todd <> という本が出ました。今フランスで大きな議論を巻き起こしている問題作なのですが、その中でトッドも「国家宗教のような形をした」ライシテを疑問視しています。この問題を引きずるようですが、つぎのテキストは同書にまつわる文章にしたいと考えています。
少し間が空いてしまいますが、来週末までにはつぎのテキストをお届けするようにします。
ところで、以下の番組が一部で話題となり、ぼくも録画を見て感銘を受け、この週はどの授業でもその一部を紹介しました。
歴史家ジョン・ダワーの警告 https://youtu.be/nyOsNOj-sRE
わずか30分足らずで、日本の戦後70年、ベトナム戦争終結50年、その後の日米の歴史の要諦を押さえた、見事な編集となっています。 Shuhei
P.S. 上記のインタヴューですが、Youtubeからすでに削除となっていました。著作権上やむない措置でしょうが、残念でした。
[注釈]
*quelle que soit la culture religieuse… quel que + subj. となっていますから、ここは譲歩構文です。
*les uns d'une couleur, les autres d'une autre : ここは文脈からして、子供たちの様々な肌の色のことを述べているのだと思われます。
[試訳]
私たちフェミニストはこう考えています。10歳の女の子に家族か学校か、あるいは宗教か強いられたライシテの側につくのかと選択を迫ることは、彼女たちが解放されるために必要な解決策とはなりません。かつてのフェミニストのスローガンにも「私を自由にするなどおせっかいはやめてください。私の好きにさせて!」というのがありました。そんなやり方では、人を自由にできません。むしろ逆に自由にしたつもりの人々をかえって疎外することになるのです。女性の身体は誰のものでもありません。ヴェールを強要する人々のものでも、ヴェールを無理やり取り去ろうとする人々のものでもありません。学校に通う女の子からヴェールを取り上げても、公立学校から女の子を追い出しても、性差別主義が後退することはなく、むしろ事態は悪化するでしよう。女の子たちをそっとしておきましょう。性差別的な規範から、異性愛の教理から、あるいは宗教的な禁止から、あれこれの服飾の象徴性から、道徳や聖なるものから、身体や欲望を露わにしろ、あるいは隠せとする命令から自由になることが大切であるにしても、そこから自らを解放する道筋と手段を、彼女たちに考えさせ、議論させましょう。そしてそのためには、教室に座り、校庭を走り回ること以上に最善の方法があるでしょうか。
学校は万能ではありません。それでもそこは最高の解放の場所なのです。なぜなら、彼、あるいは彼女がたとえどんな宗教的な文化のなかで大きくなったとしても、学校に行けば原則として知識という共有のコーパスに触れることができるからです。そこでこそ子供たちはお友だちを、他者を発見し、彼らと触れ合うなかで自らのアイデンティティーを作り上げてゆくのです。子供たちはそこで学ぶのです。ある人は無宗教であり、ある人は敬虔な信徒であり、またある人はユダヤ教徒であり、カトリックであり、プロテスタントであり、ヒンズー教徒であり、また別の人はイスラム教徒であり、異性愛者であり、同性愛者であり、女の子であり、男の子であり、あるいはトランスジェンダーであり、ある人はある肌の色をしており、また別の人は違う肌の色をしている、という現実を。
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misayoさん、Mozeさん、訳文ありがとうございました。ようやく気持ちのいい季節となりました。ただ日本の Belle saisonは本当に短い。この連休が終われば、車両やショッピングセンターに欠かすことができないあの空調が、またフル稼働する夏がやってきます。そして梅雨…。この束の間の初夏を大切に楽しみたいものです。
ところで、今年は戦後70年。昨年の今頃は古井由吉『半自叙伝』(河出書房)を通して戦火の日常を追体験しましたが、この春はつい先日まで、山田太一『月日の残像』(新潮社)を味読しながら、まだ貧しかった日本社会で徐々に映画がその影響力を失い、テレビがメディアの王座につき、やがて日本社会が高度成長期に至るまでの、その日々の断片に、著者のやさしい、しなやかな文章を通じて目を凝らしていました。お二人とも、ぼくの父親世代ということになります。そういえば、亡くなった父からその頃の話を聞くことはほとんどありませんでした。それは、ぼくの世代の大方の父と息子の在り方かもしれません。でも、時代に耳をすませてきた文学者の言葉があれば、それを特別悔いることもありません。
それでは、次回は残りの文章の試訳は13日(水)にお目にかけます。
残り全文だと長くなりすぎるので、次回はles autres, d'une autre. までとします。うっかりしていました。Shuhei
イスラム教の象徴的な装いをしていた女性たちのうちで、全員(Les femmes,les mères)ではないまでも、何人もの人々が迫害を受けたという意味で、Des femmes, des mèresとなっているのだと思われます。
2015年度最初のテキストとして、フランス市民社会とイスラム文化の摩擦をテーマとした文章を読みます。テキストご希望の方は
shuheif336@gmail.com
までご一報ください。
このテキストに関しては、15日(水)までに
La violence contre les femmes a augmenté.
までの試訳をお目にかけます。Bonne lecture !
Shuhei
[注釈]
*les amalgames : こうした文脈では、比較的最近になって使われるようになった言葉ですが、過激な暴力行為と特定の宗教を結びつけることを言います。
*A l'exploitation de l'islam… ne peut re'pondre qu'une critique… とつながっています。
*dans le mortel e'tau du terrorisme… et des politiques se'curitaires…とつながっています。
[試訳]
聖戦
おそろしい言葉を口にするのを最後に回したのは意図してのことです。というのもこの言葉の意味するところすべてを、今こそ検討すべきだからです。この問題については、考察のほんのとばくちに私は立ったところですが、それでも少し考えてみましょう。私たちの運命はムスリムの手にあるのです。たとえこの呼び方が不正確であったとしても。どうしてでしょう。なぜなら、不用意な同一視を警戒し、コーランや口承の伝統に殺人の教唆が読めるとする嫌イスラムに対抗することは、まさに正しいことだからです。でもそれだけでは十分ではありません。聖戦戦士のネットワークがイスラムを悪用することに対しては -- 忘れてはならないのは、世界のいたるところにいるイスラムの人々、さらには、まさにヨーロッパに暮らすイスラムの人々こそが、その犠牲になっていることです--神学上の批判を、ひいては、イスラム教の「常識」の改革をもって望むしかありません。そうすることで聖戦を正当化する考えが信者にとっても非常識なものとなるのです。そうでないと私たちは、危機に陥ったこの社会で恥辱にまみれた人々、虐げられた人々を引きつけることすら可能な、テロリスムという頸木に、また、ますます軍事色を強める国々で採られている、過剰に安全を追求し、自由を窒息死させる政策に捕えられてしまうことでしょう。ですから、イスラムの人々には責任が、課せられた責務があるのです。しかしそれはまた私たちの責務でもあるのです。というのも、今ここで私が言う「私たち」とは、定義上多くのイスラムの人々も含むからですが、それだけではありません。もし私たちがこれ以上、イスラムの宗教と文化が往々にしてその標的となっている、差別的な言説に甘んじてしまうのなら、そうした批判の、改革の可能性は、すでにかすかなものなのですが、まったく消え去ってしまうことになるからです。
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misayo さん、ウィルさん、Mozeさん、訳文ありがとうございました。みなさんの訳を拝見すると、それぞれの言葉の文脈上の含意を、あるいは社会的な背景をちゃんと踏まえた訳語が選び取られいます。こんな技はまだ当分翻訳ソフトなるものにはできない芸当だろうと、ちょっと人間の頭脳が誇らしくなります。
これはたまたま偶然なのですが、お正月には辻原登『冬の旅』(集英社)を読んでいました。物語のなかで、あの阪神淡路大震災が登場人物たちに決定的な影響を与え、運命づけるのです。そんな小説体験をして幾日も立たないうちに大震災から二十年を迎えました。そして、あれからの来し方をゆっくり振り返る時間も持てないうちに、混迷を深める中東から不安な知らせが連日報じられることとなったのでした。
そのわずか前から大澤真幸・木村草太『憲法の条件 戦後70年から考える』(NKH出版新書)を読んでいました。今私たちが直面させられているこの事態から、少なくとも最悪の選択をしないためにも、日本国憲法に「物語」を「魂」を吹き込む努力を怠ってはならないと、同書を読みながら思いました。
さて、つぎのテキストですが、あのパリでの惨劇があった翌日にLe Monde 紙に元首相のドヴィルパンが寄せた論考を読むことにします。またあらためてテキストはお届けします。
きょうは立春。陽射しには確かに春の兆しが感じられますが、寒さはまだしばらく続くことでしょう。どうかみなさん、お風邪など召されませんように気をつけて下さい。Shuhei
[注釈]
* ...pourraient sugge'rer...mais… : このpouvoir の条件法現在形は、弱い、あるいは、ここではできれば回避したい事態を指しています。つまり、モディアノにとって自身の作品はいわゆる自伝小説ではないと主張しています。
*une partition musicale qui lui semblera...Il aura chez le romancier… : こうした単純未来形は推量ではなく、断定に近い判断を示しています。「小説家の私にはわかるのだが、作家とはそういうものだ」という思いです。
* <<Sois toujours mort en Eurydie.>> : ここでのリルケの引用は、ぼくも少々唐突に思えました。ウィルさんが仰る通り、文学と音楽の関係を論じたこの文脈でのネルヴァルの引用は明解ですが、存在と不在をめぐる精妙なドラマを歌ったリルケの詩の引用は、この流れに適切だったのかどうかわかり辛い。
以下のサイトも参照下さい。
http://agora.qc.ca/thematiques/mort/documents/sonnets_a_orphee_extrait
むしろ<<sois un verre qui sonne et dans le son déjà se brise.>>「響きを立てていると同時に、その響きにおいてすでに砕けているグラスであれ」の部分の引用の方がより適切ではなかったか、とモディアノに進言したい気もします。
[試訳]
この作品集のはじめに再録した写真や資料によると、こうした「物語」はすべて一種の自伝と思われるかもしれませんが、それらは夢見られた、あるいは想像上の自伝なのです。私の両親の写真でさえ、想像上の登場人物たちの写真となっています。ただ私の弟、妻、娘たちだけが実在する人物なのです。モノクロームのアルバムに写し出された、ちょっとした人物や幻影に関してはどうでしょうか。私はそれらの面影を、とりわけその響きのために、そうした人物の名前を利用して来ました。彼らはもはや私にとって音符でしかなかったのです。
要するに、小説家の仕事とは、目に留めたかもしれない、あらゆる人物や、風景や通りを一冊のスコアの中に引き込むことなのです。そこには、あの作品にもこの作品にも同じ旋律の断片が見つけられることでしょう。それでも小説家にはそのスコアはきっと不完全に思えるはずです。作家には純粋な音楽家になれなかった、ショパンの夜想曲集を作れなかった悔いが、必ず残るものなのです。
けれども、青春時代私に文学を愛することを教えてくれた作家たちは、純粋な音楽家であったことを私は忘れはしません。今日でも私はリルケのことを、ネルヴァルのことを考えています。「オルフェウスに捧げるソネット」の中のリルケの鋭く響く命令を、私は忘れたことがありません。「常にエウリュディケのうちに死してあるべし」また自分自身のことを語ったネルヴァルの謙虚さと優しさも忘れません。「そこにはひとりの詩人を成しうるものがあったが、私は散文で夢見る男でしかなかった」
2013年5月 パトリック・モディアノ
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モディアノの「散文」いかがでしたか。モディアノがノーベル文学賞を受賞したあと彼と会食したフランスの文化大臣が、彼の作品を一冊も読んだことがなかったことを正直に認め、意地の悪いマスコミがちょっとした騒動としたことがありました。この「教室」で昨年末にお話ししたぼくの恩師の息子さんも、まだ読んだことがなかった彼の作品を亡き母の蔵書の中からとりだし、読んでみたとのメールを先日送ってくれました。
この秋、手袋が手放せなくなる頃まで、暇を見つけては数ページずつ音読していた<<Dans le cafe' de jeunesse perdue>>を、ぼくも年内には読み切ってしまおうと思っています。
さて、今年度最初の授業でぼくは新入生に向かって、今教育はまちがいなく「富国強兵」政策に巻き込まれつつあるという話をしました。そのなかでフランス語を学ぶ意義が試されていると。
実は、あまり気は進まなかったのですが、巷で話題になっている内田樹『街場の戦争論』(ミシマ社)を読みました。内田自身がいうところの「いつもの話」も部分的にはありましたが、やはり引き込まれて短期間で読み上げました。その「まえがき」で述べられている通り、この書物は、白井聡、中島岳志、赤坂真理といった内田より年若い人々が、どうしようもない危機感から近年綴った書物につながるものです。少しだけ引用しておきます。
「あの敗戦で日本人は何を失ったのか、それを問わずにきたせいで、僕たちの国は今「こんなふう」になっている。戦争から何も学んで来なかった人たちがもう一度日本が戦争できるような仕組みにこの国を作り替えるために必死になっている。それに喝采を送っている人たちが少なからずいる。戦争から僕たちは何も学ばなかった。」(p.29)
この冬も凍え、飢え、深い孤独から膝を抱え身をこわばられている人々が少なからずいることでしよう。でも、テレビニュースでは、朝鮮半島のありようが、中国が嘆かわしいとくり返す一方で、ニッポンはこんなにも素晴らしいといったメッセージが毎晩流されています。今ぼくたちがその上に乗っかっている一見おだやかに見える勾配が、いったん滑り出したら登り直せない傾斜にならないか、五官と頭脳を研ぎすませていなければなりません、年があらたまっても。
来年度は某国立大学でフランス語を専攻する学生たちとプルーストを読む機会に恵まれました。こうしてみなさんとお話しできる機会はもう少し間遠になるかもしれませんが、来年もどうかよろしくお願いします。みなさんも、どうかよいお年をお迎え下さい。Shuhei
[試訳]
十数冊のあなたの本がたった一巻にまとめられたら、妙な気持ちになるでしょう。今まで、一冊一冊の本が、それを書く時には前作のことを消し去っていました。私自身がその存在を忘れ去ってしまっていたような感じを持っていました。つまり自分の後に残して来たこれらの「物語」を振り返ること、読み返すことを避けて来ました。まるで綱渡りをする人のように。綱渡りは何がなんでも前進しなければなりません。ためらったり、後ろを振り返ったりでもすれば、落下しかねないのですから。
モーリス・ブランショがいみじくも言ったように、作家は、綴り字や文章の誤りを訂正するときを除けば、自身の作品の読者にはどうしてもなれないのです。書物がひとたび完成すれば、それは作家の手を逃れ、真の読者のために書き手のことなど顧みないものです。読者とは、書き手よりも書物をよりよく理解し、ある化学反応によって、作家自身に書物の真の姿を明かす者のことです。
それでは、はじめてこうしてまとめられた「物語たち」について、私に何か言うことがあるでしょうか。ほとんど何もありません。これらの物語は唯一の作品を形作っていて、ここに収められなかった他の作品の脊柱となるものです。私はそれらを断続的に、書いたはしから忘れて来たつもりでいましたが、まさしく同じ相貌が、同じ名前が、同じ場所が、同じフレーズが、それぞれの作品に帰って来ています。まるで半ば眠りながら織ったタピストリーの模様のように。
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l'epine dorsal ですが、こういうときはgoogle でimage 検索すれば手がかりが得られます。ぼくも授業中に時々お世話になっています。ただし、猥雑な物も時に混じっているので注意は必要ですが…。
今回は、特に付け加えることもなく、試訳のみご覧にいれます。
なお先日7日にストックホルムで開かれた受賞記念講演の模様が下記で見られないでしょうか。長いものですが、この「序文」の内容と通じる箇所をいくつも含んでいます。講演の閉じ方が、なんともモディアーノらしく、微笑みを禁じえませんでした。
http://abonnes.lemonde.fr/livres/video/2014/12/07/suivez-en-direct-le-discours-du-prix-nobel-de-patrick-modiano_4536151_3260.html
ウィルさん、本当にお久しぶりです。こうやって再会すると、この教室も長い間続けているなぁ、としみじみ実感しました。またお時間の許す限りでおつきあい下さい。
それでは、次回は24日に残りの部分の試訳をお目にかけます。
Bonne lecture, mes amis ! Shuhei
Chers amis,
今年最後のテキストとして、自身の作品集にモディアーノ本人が寄せた序文を読むことにします。テキストご希望の方は、
shuheif336@gmail.com
までご一報下さい。Shuhei