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フランス語読解教室 II

 多様なフランス語の文章を通して、フランス語を読む楽しさを味わってみて下さい。

Annie Ernaux:Ecrire la vie (3)

2014年11月12日 | 外国語学習

[注釈]
*j'ai fait figurer deux extraits... : この後の本編を見ればわかるのですが、それぞれのページの見開きには、数葉の写真にエルノーの日記の一部が添えられています。
*著者自身がどこか味気ないと言う従来の伝記とは違って、ここであたらしい自伝の形式を開いてみせた。またそれは en associant ainis la re'alite' mate'rielle... et la re'alite' subjective du journal によって可能となる、ということです。
* Reste invisible tout le reste... : 添えられた写真によっても明らかにはできない事柄が以下に述べられています。

[試訳]
 ただ事実だけを並べていて多くの場合がっかりさせられる伝記よりも、私はフォト・アルバムと日記という、二つの個人的な資料を結びつけることにした。つまり一種の写真日記だ。自分の人生において、あるいは書くことにおいて、あらゆる意味で大切だった、いまでも大切な人々や場所の写真を見つめながら、私は自分の日記の抜粋を作り、それを載せた。一方で、写真という物質的な、否定しようのない現実がある。でもそれを辿ってみると「物語が形作られ」、社会的な軌跡が描かれる。他方には、夢、執着、情愛の露な表現とともに、生きたことの意味を絶えず問い直しながら記された、日記という主観的な現実がある。その両方を結び合わせながら、それまでとは違った自伝的な空間を開く試みである。
 自分の誕生以前の家族の写真を私はほとんど持ち合わせていない。結婚前の母の写真も、母の父、つまり、母が十三歳の時になくなった私の祖父の写真も一枚もない。自分の写真の中では、これも極端に少ないのだが、子供時代と青春の頃の、つまり、その後自分の人生を長きにわたって方向付けた、偶然と選択の織りなす時代の写真を、とりわけ選び取った。それらの写真はなにも私の人生を要約しているわけではない。ただ、ものを書くという私の企てが根付いていた、社会的な、家族をとりまく環境を、そして、その企てが実現された物質的な条件を、目に見えるものにするだけだ。だからその他は、私のテキストを、想念を、情熱を育んでいたすべてのもの、そして三十四年間務めてきた教師という仕事も、すべて見えないままだ。
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 現在法政大学で教鞭をとっている、社会活動家の湯浅誠さんも猫二匹と共生されていることを、先日ペットとの暮らしを綴った新聞の連載記事で知りました。毎朝湯浅さんのパートナーは、朝ごはんを催促するその猫たちに頬を撫でられて目覚めるそうです。なんと甘やかな目覚めでしょうか。
 今回のテキストの中で s'ancrer という動詞が出てきましたが、触覚を含めたぼくの今の五官の大きな部分も、猫たちとのドタバタとした子供時代の共生の日々に根を張っているのかもしれません。Mozeさんの可愛いパートナーとの暮らしぶりを垣間みて、そんなことを思いました。
 さて先日、細見和之『フランクフルト学派』(中公新書)を読みました。今年の初夏の頃でしたか、同社の新書で『ハンナ・アーレント』を読み、日本にも多くの愛読者がいるこの女性政治思想家を亡命国アメリカで支えた、同学派の第一世代、つまり、アドルノ、ホルクハイマーの活動の豊かさに魅せられたばかりでした。
 非常に充実した内容のフランクフルト学派通史を執筆した細見さんは、これは突拍子もない妄想ですが、ぼくが高校時代もうすこし優等生なら、同じ国立大学の同級生となっていたかもしれない詩人・現代ドイツ思想研究者です。勉強のできなかったぼくは、その後浪人をくり返し、細見さんとはまた別の道をふらふらと辿ることになります。そうした意味でも、忘れられない一冊となりそうです。現代の西洋思想に興味のある方には是非手に取って欲しい良書です。
 さて、次回はこのテキストを最後まで読みきりましょう。試訳を26日(水)にお目にかけます。
 そしてその後のテキストですが、モディアーノが自身の著作集にあてた序文を読むことにします。お楽しみに。 Shuhei


Lecon 301 トマ・ピケティ『21世紀の資本論』について(2)

2014年10月01日 | 外国語学習

[注釈]
 *une moindre mesure en Europe : さきのアメリカの例と比較して、ということです。
 *le graphique ci-dessous : ここは先にお断りするべきでしたが、この図表はどうしたわけかコピーできませんでした。
 *une <> : 国境を越えて収益を得ながらも、特定国での税を逃れているグローバル企業に対する課税をも可能にする、という意味で u-topie「場所を持たない」という言葉が使われているのでしょう。
 [試訳]
 「こうした問題がまさに今アメリカで議論されているとしても驚くにはあたらない。再び不平等な社会が回帰していることに、人々は不安を募らせているのだから。アメリカは伝統的に高い平等を実現した国であり、それはこうした問題をめぐり、階層と世襲から生まれた不平等に直面していたヨーロッパそのものと対立する中で建国された国であった。また、忘れてはならないのは、累進課税を考案したのは一世紀前のアメリカであり、それはまさしく自分たちの国がヨーロッパのように不平等な国となることを怖れていたからであった。」
 今のアメリカほどではないにしろ、ヨーロッバにおいても現下の問題はこうだ。グラフが示すように、欧州という古い大陸の1910年時における世襲財産の総計は、国民所得の6倍から7倍に相当していたが、1950年には2倍から3倍となり、2010年には、4倍から6倍に相当するまでになっている。
 新たなタイプの世襲社会が無視し得ないほどに隆盛していることに直面して、著者ピケティは、最も富めるものを着実に対象とできるよう累進課税を見直すことを、また「場所を問わずに有効な」、資本に対するグローバルな税の創設を提案している。
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 misayoさん, midoriさん、mozeさん、訳文ありがとうございました。今回も、みなさん正確に文章を理解していました。
 今回テキストとしたLe Mondeもフランスのキオスクで求めると2 euros。以前あまり意味のなかった「高級紙」という枕詞が本当になってきました。それでも一部はネット上で閲覧可能ですから、興味に任せてみなさんもいろいろ読んでみて下さい。
 さて、次回からはフランスで現在活躍中の作家Annie Ernaux が浩瀚な自身の作品集に寄せて序文を読むことにします。この週末にみなさんのお手元にお届けすることにしますが、初回はp.7 ...qui nous habitent. までを読みます。また、その部分の試訳は15日(水)にお目にかけることにします。お楽しみに。Shuhei


ミラン・クンデラ「カフカ作品の美しさを...」(2)

2014年07月09日 | 外国語学習

[試訳]

 あるいはこれは罪と罰の物語なのだろうか。そんなことはない。ドストエフスキー流のこの二つの観念は、ここではまったく場違いだ。それでも、カフカ研究者の間では、それらが『審判』の主要テーマだと考えられて来た。カフカの親友、マックス・ブロートは、隠された重大な過ちがカフカの中にあることを疑ってはいなかった。ブロートによるとKは「人を愛することが出来ない Lieblosigkeit」罪を負っていた。同様に、こちらも著名なカフカ研究者エドワード・ゴールドステュッカーもKに罪を認めている。「なぜなら彼はその生活が機械化、自動化、疎外化されることに甘んじていたから」であり、それによって「あらゆる人間がそれに服さなければならない法、私たちに人間的であれと命じる法に背いていたからである」。
 しかしまた、もっとしばしば目にするのは(私にはさらにバカバカしく思えるのだが)、まったく逆の解釈、つまり、カフカにオーエル的な要素を見るものだ。それによるとKは、時代を先取りした「全体主義」の権力の手先によって迫害されていることになる。それは例えば、1962年オーソン・ウェルズによって映画化された作品の場合であろう。
 ところで、Kは無垢な存在でも、罰せられるべき存在でもない。そうではなく、彼は自責の念に駆られているculpabilisé男なのだ。辞書にあたってみると、動詞culpabiliserは1946年にはじめて使用され、名詞の方culpabilisationはもっと遅く1968年が初出となっている。これらの言葉が最近生まれたことを考えると、そうした言葉はありふれたものではないことがわかる。私たちがそれによっ思い知らされたのは、私たちひとり一人は(筆者自らも新語で遊ぶことを許してもらえば)自らを責めることができるculpabilisableのであり、そのことが人間の条件の一部であるのだ。弱いものを傷つけてしまったのではないかという良心の呵責であれ、自分たちよりも強いものとの摩擦を怖れる臆病心からであれ、罪責性はつねに私たちとともにある。
 カフカは人生の問題について抽象的な思弁を述べることは決してなかったし、理論を考え出すことも、哲学者の役回りをすることも好まなかった。カフカはサルトルとも、カミュとも違う。カフカが人生を見つめると、それがたちまち幻想に、詩に、散文詩になるのだった。
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 misayo さん、Akikoさん、Mozeさん、midoriさん、それぞれに正確な訳文ありがとうございました。今回も、また少々長かったですね。つい欲張り過ぎます。
 前回にひき続き、ぼくから何も付け加えることはありません。試訳をご覧になって、疑問に思うところがあれば、またお尋ね下さい。
 さて、何回か前に水野和夫と白井聡の対談をここでご紹介しました。そのエコノミストというか、経済史家の水野氏の話題作『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)を遅ればせながら読みました。評判に違わず、大変読み安く、なおかつとても示唆に富んだ論考でした。
 同作の前半は、「利子率」の変動から、イタリア都市国家からはじまった資本主義社会の変遷の歴史を明晰に跡づける内容となっています。その資本主義の本質は、簡単に言うと、「周辺」で安く仕入れ、「中心」で高く売るというシステムですが、
 「資本主義は「周辺」の存在が不可欠なのですから、途上国が成長し、新興国にて転じれば、新たな「周辺」をつくる必要があります。それが、アメリカで言えば、サブプライム層であり、日本で言えば、非正規雇用であり、EUで言えば、ギリシアやキプロスなのです。二一世紀の新興国の台頭とアメリカのサブプライム・ローン問題、ギリシア危機、日本の非正規社員化問題はコインの裏と表なのです。」(p.42)
 文字通りグローバルに、地球規模に広がってしまった資本主義は、こうして「周辺」を無理矢理ひねり出さなければならない段階に達していて、実は、もうその寿命は尽きているというのが本書のテーマです。その延命を無謀に図り、さらに大きな危機を招かない叡智こそが今本当に必要であること。そのことが大変説得力を持って説かれています。是非一度手にとってみて下さい。
 さて、テキストは残り少なくなりましたが、クンデラの文章をつぎは最後まで読むことにしましょう。そのあと、勝手ながら夏休みとさせて下さい。23日(水)に試訳をお目にかけます。Bonne lecture ! Shuhei
 


Ph. Sollers <<L'ange de Proust>>(3)

2014年06月11日 | 外国語学習

[注釈]
 * Je me serais bru^le' les ongles : 『失われた時を求めて』の主人公に仕えるフランソワーズは、フランスの地方特有の言葉遣いで時として主人公を魅了するのですが、その彼女の言動にはこのセレストの姿がいくらか反映されていると言われています。se bru^ler les ongles という一般に使われている慣用句があるのかどうかは定かではありませんが、これももしかしたら、セレストの、あるいはセレストの育った地方特有の言い回しなのかもしれません。

[試訳]
 この二人よく笑っています。例えば、 NRFが『失われた時を求めて』の出版を断ったことをジッドが謝罪に来たとき、セレストは「あの方はまるでえせ坊主のようだ」と思ったと言います。するとプルーストは吹き出して「大笑い」。そのあだ名はそのあともジッドに残されることになるのです。セレストは彼女独自の人の見方を持っていたようです。コクトーは「イタリアの道化ポリシネル」で、ただ(あるいはほとんど)ジャック・リビエールとエドワー・モランだけが、彼女のメガネに適ったのでした。セレストが一番驚いたのは、この大病人の書くことの速さでした(彼女は逆さまからでも主人の書いたものを読むことが出来ました)。ベッドは原稿で埋め尽くされ、それを穫り入れ、貼付け、分類しなければなりませんでした。ある朝、プルーストは彼女に言います。「完」の字を書いたよ、と。「これでぼくも死ねる」「可哀想な旦那様の疲れ切った身体に病がさらに深刻になってからは、片目を閉ざすことももうありませんでした。後から言われたものです。一週間私はまったく横にならなかったそうです。そんなことはわからなかった、と私は答えました。本当に、自分では気づきもしませんでした。私にとっては、まったく当たり前のことでした。旦那様が苦しんでいる。考えることはただひとつ。旦那様の望むこと、その苦しみを少しでも和らげることができることなら、なんでもして差し上げることです。(...)十分なことをして差し上げられないぐらいなら、私は自分の爪を燃やしていました。」
 プルースト氏はもう眠ることも、食事をとることもありませんでした。医者の手も拒んでいました。自らの死は自分だけのものである、と考えていました。「旦那様の生殺与奪の権をお持ちなのは、旦那様をおいて他にはありませんでした。」セレストのづき言葉が私は好きです。「旦那様は自分自身であることにかけて最高にエレガントでした。ただそれだけです。」
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 いかがだったでしょうか。misayo さん、midoriさん、Mozeさん、梅雨の日々にも関わらず、訳文ありがとうございました。
 実は、プルーストの最期を看取ったそのセレストの姿を以下で見ることが出来ます。決して知識階級に属する人物ではありませんでしたが、きれいなフランス語で聡明に語るマダムの様子を見ることが出来ます。
http://www.ina.fr/video/I08042556
 さて次回からは、あのクンデラがカフカの『審判』を評した文章を読むことにします。詳しくはこの週末までにお知らせします。
 p.s. Moi, non plus, je ne peux fermer les oreilles au cri des chats. Shuhei