すろうはんどのページ

すろうはんどによる音楽や趣味、最近の出来事についてお話するページです。

心無い言動

2006-02-22 22:52:02 | Weblog
今日、名古屋出張から帰った。

トリノオリンピックも後半戦を過ぎ、日本期待の3人が出場する女子フィギアスケートのショートプログラムがスタートする前の記者会見で,ひとりの記者の誠に心無い質問によって,多感な時期の若いアスリート選手が童謡し,午後の練習も中断すると言う様な事態になっている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060220-00000041-sph-spo&kz=spo

 ショートプログラム初日の結果は8位に終わっているが,元々,オリンピックに選考された決め手は少し前の実績ポイントが大きい所があるので、選考選手とされる前のここ数ヶ月の彼女のスケーティングの不調さを考えれば,ある意味,妥当的な結果なのかもしれない。

しかしながら、報道の面で「美談」や「ドラマティック」さを演出するために,時期をわきまえず,メンタルな面でも最も周囲が気を使うべき競技をひかえたアスリートに対して心無い質問をし,メンタル面に動揺を与えることは、仕事人である前に,日本を応援する独りの人間であるはずにも拘わらず,誠に腹立たしく悲しいことである。会見場でも心無いものとして周囲の吊るし上げに逢ったと言うが、必然的であろう。

 地元出身の選手であるが故に、4年に1回の大会であるが故に、頑張って欲しいのはヒトシオである。(名古屋のセントラルブリッジの近くの喫茶店「オレンジタウン」が彼女の祖父が経営する店らしく大会前も立ち寄ったのだ,と横浜へ戻る際に買ったCスポーツの新聞記事になっていた。)

 しかし,もしメダルが取れればそれはいう事は無いが,頑張って悔いのない滑りをして応援している人にも頑張りや感動が伝われば,それで充分と言えよう。

大会初日で5位で終わったモーグルの日本選手に対しても,メダルが取れなかった悔しさ以上に,世界がそれ以上のレベルなのであると言う現実への再認識と,善戦した素晴らしい滑りにすがすがしさと満足感を感じるものである。そこがまたアスリートに対する想い,見るスポーツにとっての,誠に良いところでもあろう。

 今回の心無い言動は、ここへ来て益々応援しよう,盛り上がろうとしている独りの日本人として誠に残念な出来事であった。

美味しい!ピザ生地の食感

2006-02-14 02:13:06 | Weblog
先週の土曜日、近所へ買い物がてらに昼飯で立寄ったイタ飯屋(死語!?)、いやイタリアンのお店でピザを注文した。

 なんと言うか、ピザ生地の淵っこが厚手で「餅っ」とした食感が実に美味しい。

名古屋(藤が丘界隈)のお店で以前食べたピザも実に美味しかった記憶があるが、それは本場イタリア風に生地が薄くてぱりっとした食感の美味しさだった。

 これはピザ生地や焼き方にどんな違いがあったりするのだろうか。

ピザのことを語らしたら黙ってはいない我バンドの○○っくやポー○にも意見を是非聞きたいところである。 

 いやー、特に腹減った時、ピザって旨いよね!

自分の家で焼けたら、言う事なしです。

観戦側は「オリンピック参加意義」の原点に戻るべき(!?)

2006-02-14 00:07:56 | Weblog
鳥のオリンピックも大会2日目。
 
白鳥は飛距離で「金」、カルガモは水上リレーで「銀」。そしてスズメは団体で「銅」。

違うって!(ここ、笑うとこだよ)

(もとい)

トリノオリンピックは女子モーグル、ジャンプノーマルヒル、スノーボードハーフパイプ、いづれも善戦したが残念ながら、惜しくもメダルには届かなかった。

 しかし、その「メダルには届かなかった。」と言う表現が正しい見方か、かと言うとそれは少し錯覚した見方だと思う。

過去の大会の歴史も鑑みて日本の冬の大会に対する身のほどを省みた方がよい。それは決して「マイナス」なことではなく、歴史的には札幌大会まで遡ればスキーのジャンプや、しいていうならその後のフィギィアスケートでの飛躍を除けば、世界の実力は、日本の実力がとても届くものではない高いハードルであった。

 モーグルにしてもスピードスケートにしても長野を境に世界レベル(メダルレベル)へようやく達してきたわけで、原点にかえれば、この8年間で世界もスキーのスピード性やジャンプレベルを上げてきた中でモーグルの日本の「5位」は素晴らしい。上村の妙技は素晴らしかったが、残念ながら世界はそれ以上のレベルであったのが現実である。しかし、決して「メダルに届かず」ではなく、「見事5位入賞」であると言って良い。そう言う見方が正しいだろう。

 また、競技として歴史性がない新しい種目「スノーボード(ハーフパイプ)」についても(上位期待の今井メロの予選敗退は誠に残念だったとは言え、思い切って大技に挑戦したところも昔ではできなかったところ)「9位」すなわち10位以内は日本としては充分奮闘したわけで称えるべき結果と思う。

 今後のスピードスケートや注目の大きいフィギィアスケートにも期待も大きいし、頑張って欲しいことには違いない。しかし、4年に1回の大会に向けて晴れて大会出場を果たしそして大会競技によっては短い時間の勝負(例:モーグルでは30秒足らず/回)に1度しかないチャンスにかけるプレッシャーに立ち向かう各選手の集中力、頑張り、勇気に対して「メダル獲得への期待」だけで競技を見るのではなく、「如何に日本を元気つけ」「如何にさわやかに」「如何に奮闘の姿に共感され」「如何に世界に近づくか」と言う観点で日本チームへの応援、声援の原点にかえりたいものである。

結果、メダル獲得となればなお嬉しいのは、国民の期待するところであり言うまでもない。

 昔の時代のように「日本の悲願」「苦節」と言った様にオリンピックが悲壮的なドラマティックさで語られることはなくなったのは現代的で良い傾向であるが、スポーツマンシップ、オリンピックの本質、選手ひとりひとりの立場を考えた時、メダルの獲得の有無で競技を観戦するのではなく、毎日現地で奮闘する選手に純粋に「頑張れ」「夢をありがとう」とエールを贈りたいものである。

土地土地に対する想い

2006-02-09 23:44:14 | Weblog
今更であるが、愛知県、名古屋が好きだ。

親父の生前、よくお互いの趣味の魚釣りへ二人で知多半島へ足を運んだ。

師崎に豊浜、富具崎、舞浜、などなど。知多半島は二十年以上前に比べて、今はもうさびれているけれども、そのさびれぶりが又実に好きである。またいつか足を運ばせたい。TEN-YEARSで合宿やってもいいよね。

 無論、岩倉であったり小牧であったり春日井であったり、一宮であったり、犬山であったり、木曽川のほとりであったり、どこも決してすごく栄えてるわけではないけど、落ち着いたすごく大好きな場所である。瞼を閉じればいつもその景色がある。

 名古屋市内もいろいろ好き。西区の浅間町、浄心界隈や東区の徳川町界隈、古出来町界隈、名東区の高台あたり、どこも大好き。

また、今住む横浜でも好きな場所は多い。

桜木町のみなとみらい界隈。港の見える丘公園~外人墓地、山手界隈。元町へ抜ける道、これも大好きな場所である。小田和正の♪MY HOME TOWN♪が頭の中をめぐる。

そして由比ガ浜~稲村ガ崎、江ノ島と実に美しい土地である。そして北鎌倉~鎌倉。

 地味ながらも一年目に就職1年目で実習をした戸塚もこれまた好きである。

東京では「表参道」「浅草」が好きな場所である。

これらは全て比較できるものではない。どこも自分の個々の思い出とオーバラップして心に染み入る素敵な場所である。

 自分は年齢を重ね、世間もどんどん進化していく中で、これらの土地はあまり変化することなく、静かにたたずんでいる。

 人と土地のかかわりは、自分が今後、どこへ移動しようと密着にかかわっていき、また、思い出を重ねていくことであろう。  

春が待ちどおしいこの頃

2006-02-09 01:33:11 | Weblog
 横浜は、昨日も雪が積もった。

今、朝は最高の冷え込みで寒気も厳しい毎日である。(寒がりなんで・・・)

ちょうど2年前のこの季節は関東と名古屋を行ったり来たり頻繁に移動してた時期であったが、月日が経つのは実に早いものである。

 温かい春が来るのが待ち遠しいこの頃であると共に、この時期は会社の中では春の異動の季節に向けてなんとなく落ち着かない季節でもある。
 
振り返ってみると会社へ入って1年目は横浜(1年間)→浜松(5年間(内4か月アメリカ))→名古屋(12年間)→東京(2年3か月)。転勤族の人から見れば移動が全然少ないのではあろうが、名古屋へ永久勤務したいと思って会社へ入った動機を考えてみれば、それでもそれなりに違う土地を経験、異動をしてきたんだなあ、とも思うわけで。

 仕事、会社勤めは自分の思うようにはいかないものでそれも宿命。
 
 これからのことについては「川の流れのように」と言う心境である。

我バンドを振り返って

2006-02-02 01:48:02 | Weblog
今日から2月。早いものである。

自分が趣味とする音楽に関して、自身で属するバンドが2つある。

 一つは会社の(正確に言うと同じ会社だった)仲間とその同級生の仲間を中心にして組んでいる「TEN-YEARS-CLUB」。自分が所属して十年位になるだろうか。
 BLOGにもバンドHPをリンクしているし、バンドの曲等に関しても何度か書いているので今更でもあるが。

関東に転勤してきてからも、変わらない活動を続けられていることはとても幸せなこと。それは、一言で言えばバンドのポリシー自体が、人前で演奏する活動そのものをメインとしていると言うよりも、音楽に対する「想い」や「共感しうる感覚」「音楽の楽しさ」等をバンドと言うグループ、仲間を通じて共感している、許容し合っていることにあるから。
言い方を代えると「TEN-YEARS-CLUB」と言う音楽サークル、みたいな感覚なのかも。なので、もちろん実際の練習や演奏会もそうだけど、メールでの会話、やりとり、必ずしもメンバ全員が揃わない演奏、メンバの家でのパーティなど、どれも活動の一環である。普段、仕事なんかで忙しい自分の中では大切な心のオアシスであり、これからも許される限りずっと続けられたら、と日々思っている。

 もう一つは、4人組のグループ「FOUR YOU」。これは活動自体はここ3年前位からの開始なので「TEN-YEARS-CLUB」に比べるとずっと歴史が浅い。それに、練習の回数、演奏会出演の実績に関しては数えるほどの回数しかまだない。だけれども、メンバ各々の技量そのものもさることながら、各々の環境や音楽に関する経歴、年齢、性別(?)を超えて、音楽を楽しみたいと言う気持ち、過去2回の本番に向けた目的感を共有した演奏は、メンバ間の相性の良さみたいなものも合間って練習、本番の時間も実に楽しく、お互いの持つ空間の様な物を自然に共有できうるバンドである。
今後は、各々の環境や日常の中でそれほどの頻度で練習や実際の演奏活動はできないかもしれないが、これからも同じメンバで是非続けていければ、と自身としては思っている。

 音楽のバンド活動はアマチュアであればあるほど取組みに関して理屈ではない「音楽そのものを楽しむ」「音楽を通じて楽しい空間を共有する」気持ち、そして「メンバ間の相性」とが大切で、メンバ全員が各々の立場でそれを支えている点がポイントでもある。自分にとってはその点に関して、どちらのバンドにおいても幸いなことにとてもメンバに恵まれている。

 関東でもバンドに誘ってくれる話がないわけではないが、正直、参加した場合にそんな部分で「楽しくやれるだろうか」と言う不安がないわけでもない。
 
後、2つのバンドに関してしいて言うなら自分だけ遠隔地に居ることが「練習」や「本番」に関しては障害がある、と言うことになるだろうか。いずれにしても自身にとって見ると2つのバンド、メンバの持つ許容感みたいなものに甘えられて、好きな時に好きなようにやれているので問題ではない。

また、音楽が好きで実際にバンドをやる人の多く(特に自分)は、直感的な族が多い。「あの曲をバンドでやってみたい」「急にこの曲がやってみたくなった」と言うような感じで。
しかし、「聴いてて良い曲」と「実際に演奏して良い曲」は異なるし、「演る側が弾いてたり歌ってて気持ちの心地よい曲」がいい、と言う点を考えると人前で演奏することを考えた場合は「バンドの演奏に相応しい曲」かつ「聞く側と演奏側が両方楽しめる」と言うのがベストでもある。そうすると実際は「相応しい曲」と言うのは限られてくるのかもしれない。

今後は人前での演奏会と言うものを前提に考えた時の選曲としては、思いつきではなく「バンドにとって相応しい曲」「回数は少なくとも曲の完成に向けた堅実な練習」と言うことが大切かな、と今後の活動に絡めて改めて思っている。

いずれにしても、今年も、2つのバンドに関しては、焦らず、各々のペースを保ちながら大切にしていきたい、と言うことに変わりないし、メンバにもそうあって欲しいし、(遠隔に居る)自身の役割を今後も許容して欲しいと、改めて思っている。

 「あうんの呼吸」で活動している「TEN-YEARS-CLUB」に関しては改めて言うまでもなく、2年前の今頃、初めての人前での演奏に向けて練習を重ねた「FOUR YOU」での演奏における一体感を、初心の様な物として忘れないようにしたいものである。