Y先生は、外科のお医者さんだった。
胃ガンで亡くなって、もう9年になる。
Y先生は、若いとき親に嘘をついて芸大に入り、
親に見つかって直ぐ引き戻されて、医者になったと言う。
絵画が好きだったようだが、
私が知り合った時は、陶芸家でもあった。
そして書道を始めたのである。
よく酒を酌み交わしながら、芸術論を語り合った。
書道では、私が師だったが、Y先生は私の人生の師であった。
亡くなるまで10年ほど書道を勉強したが、
普通の人とは勉強の仕方が違い、
一気に毎日書道展の会友になるなど優秀な書家だった。
体調がすぐれなかったにもかかわらず、
毎日書道展の作品を気力で書き上げ、
亡くなる3日前、作品を私に託した。
会友初出品の作品が、遺作となってしまった…。
やっとの思いで体を支えながらも、書いたと後から奥さんに聞き、
書に対する執念と言うものを感じ、涙が出た。
Y先生が遺した造像記を記した陶器がある。
私が惚れ込んでいる焼き物だ…。
この作品にY先生の書に対する思いが、
刻み込まれているような気がしてならない。

胃ガンで亡くなって、もう9年になる。
Y先生は、若いとき親に嘘をついて芸大に入り、
親に見つかって直ぐ引き戻されて、医者になったと言う。
絵画が好きだったようだが、
私が知り合った時は、陶芸家でもあった。
そして書道を始めたのである。
よく酒を酌み交わしながら、芸術論を語り合った。
書道では、私が師だったが、Y先生は私の人生の師であった。
亡くなるまで10年ほど書道を勉強したが、
普通の人とは勉強の仕方が違い、
一気に毎日書道展の会友になるなど優秀な書家だった。
体調がすぐれなかったにもかかわらず、
毎日書道展の作品を気力で書き上げ、
亡くなる3日前、作品を私に託した。
会友初出品の作品が、遺作となってしまった…。
やっとの思いで体を支えながらも、書いたと後から奥さんに聞き、
書に対する執念と言うものを感じ、涙が出た。
Y先生が遺した造像記を記した陶器がある。
私が惚れ込んでいる焼き物だ…。
この作品にY先生の書に対する思いが、
刻み込まれているような気がしてならない。
