福岡万葉散歩

街の様子や木々や草花を眺め乍ら、先人の俳句や和歌を織り込んで、今の季節を楽しみたい。たまには万葉散歩も楽しみたい。

2013.3.10(日) 大阪へ出る

2013-03-29 | 旅行
伯母の十三回忌の法事で、新幹線「さくら」に乗って大阪に出た。2+2のグリーン車並みの座席で駅弁の朝食を摂りながらゆったりとした気分のうちに新大阪に着いた。JR新大阪駅からJR大阪駅に着き、プラットホームの案内板に導かれて改札口を出た。何時もの1Fの中央改札口ではない。ここは3Fの南北連絡橋改札口であった。以前の大阪駅中央改札口しか知らない僕にとっては、見慣れない異空間が広がっていた。

2013_03_13 003b JR大阪駅の3F南北連絡橋改札口を出たところからJRの鉄道線路、プラットホームを見る。右手にJR大阪三越伊勢丹などが入る駅北側のノースゲートビルディングが見える。左手には駅南側のサウスゲートビルディングがあり従来通り大丸梅田店やホテルグランヴィア大阪などが入っている。大阪駅と駅北側のノースゲートビルディング、駅南側のサウスゲートビルディングを合わせた”まち”の総称を「大阪ステーションシティ」と呼んでいる。

2013_03_13 002a 5F時空(とき)の広場の金時計前付近。時空の広場は3Fの南北連絡橋改札口とコンコースの上部にあり、広い待ち合わせ場所となっている。3Fからは直通のロングエスカレーターがあるが、今回はエレベーターを使った。

2013_03_13 006a 5F時空(とき)の広場の金時計前。金時計の向こうはノースゲートビルディングに入っている「ルクア」 


2013.2.16(土) 春が来て梅の花が満開だ

2013-03-20 | 日記・エッセイ・コラム

この「福岡万葉散歩」の新規発信をひとまず終了させて戴きます。

今後は「新福岡万葉散歩」と改題して次のブログアドレスで発信中です。

http://manyou2012.blog.fc2.com/

ご高覧賜らば幸甚でございます。

2013_02_23_002a

梅   実梅「豊後」

  梅咲いて庭中に青鮫(あおざめ)が来ている   金子兜太

庭中(にわなか)に梅が咲き春が来て躍動するいのちを、大群の

魚の青鮫が来ているようだと詠っている。


2013.2.16(土) 梅の花が満開

2013-03-18 | 万葉紀行
梅の花の歌で先ず思い浮かぶのは、万葉集に載せられている大宰府の帥・大伴旅人邸で開かれた梅花の宴で詠まれた梅花の歌三十二首のことである。

2013_02_23 002a 梅   実梅「豊後」

大伴旅人は神亀五年(726)春以来、大宰の帥として府務をとり、妻を失い、瘡(そう)を病んで生命の危機におののき、酒によって憂いをまぎらしていたという。その大伴旅人が天平二年(730)正月十三日、自邸において、府官および管下諸国の国史から、沙弥満誓(さみまんせい)までを招き、盛大な梅花の宴をもよおした。それが万葉集巻五ー815~846に「梅花の歌三十二首」と題して集録されている。

  わが園に梅の花散るひさかたの
     天(あめ)より雪の流れ来るかも    主人(大伴旅人)
                             巻五ー822

  青柳(あおやなぎ)梅との花を折りかざし
     飲みての後は散りぬともよし      笠沙弥(沙弥満誓)
                             巻五ー821

注。沙弥満誓(さみまんせい) 
    俗名は笠朝臣麿。慶雲元年(704)従五位下。美濃・尾張の守、按察使を経て、養老四年右大弁。その間、守としての政績と木曽路を通じた功とにより、再度賞を受け、養老の泉への元正天皇行幸の際、従四位上を授かった。養老五年元正太上天皇の御病気平癒を願って出家、七年(723)観世音寺を造るための長官として九州に遣わされた。大伴旅人と歌の交わりがあった。 (岩波日本古典文学大系の注釈による。)