福岡万葉散歩

街の様子や木々や草花を眺め乍ら、先人の俳句や和歌を織り込んで、今の季節を楽しみたい。たまには万葉散歩も楽しみたい。

2012.11.2(金) 伊豆高原に池田20世紀美術館を訪ねる

2012-12-09 | 旅行
伊豆高原の一碧湖に近い丘陵に建つ池田20世紀美術館を訪ねた。財団法人 池田20世紀美術館は、ニチレキ株式会社の創立者 池田英一氏(1911~82)が、長年に亘って蒐集した美術品と土地・建物等を寄付し、
1975年5月に日本初の現代美術専門の美術館として伊豆・伊東の一碧湖けやき通りに開館したという。
ピカソ、マティス、ダリなど巨匠たちの大作を見た興奮は、いまだ覚めやらない。

美術館入口
伊豆高原の一碧湖に近い丘陵に建つ池田20世紀美術館入口(伊東市十足(とうたり))

キスリング女道化師
モイーズ・キスリング 1891-1953  女道化師  油彩161×113 1927

舞台を終え、楽屋に戻り、ほっと一息ついている女道化師。その表情と姿態から、そこはかとないメランコリー(憂愁)と孤独感が漂っている。この作品は、衣裳の赤とギターの緑のような補色関係を軸に、哀愁の中に、女道化師の力強い生命感が巧みに表現されており、キスリングの傑作の一つであるという。
彼の青春を色濃く彩ったのは、モディリアニとの深い友情であろう。早世したモディリアニの臨終を看取ったのは、他ならぬキスリングであったと。

モイーズ・キスリング 1891-1953
ポーランド、クラクフ生まれ。ポーランド系ユダヤ人。生地の美術学校で学び、1910年、パリに出て、モンパルナスに住む。モディリアニ、シャガール、ピカソ、ブラック、グリスらと交友。エコール・ド・パリの画家として活躍。第一次大戦中は、外人部隊に参加。その軍功により、フランス国籍を取得。第二次大戦時、アメリカに亡命。戦後、再びパリに戻ると。

名画鑑賞
ピカソの近衛兵と鳩、マティスのミモザ、ダリのヴィーナスと水兵など

ピカソ近衛兵と鳩
パブロ・ピカソ 1881-1973  近衛兵と鳩  油彩195×135 1969

作者の88歳の時の大作。極めて多彩な礼服をまとった兵士の、金ぴかの肩章にとまった、1羽のまるまる太った白鳩。大男のユーモラスな顔と手の表情と、まるで人形細工のように、無造作に組み立てられた胴体。まるで童話の1シーンのようにのどかであり、この清新で伸びやかな表現には、死の約5年前の制作とは思えないものがあると。

パブロ・ピカソ 1881-1973
スペイン、マラガ生まれ。1900年、パリに出て、貧困と弱者を憂愁の画調で表現した「青の時代」を経て、ブラックと共に「キュビズム」を創始。1937年、スペイン内乱を告発するピカソ絵画史上最大の傑作「ゲルニカ」を発表。20世紀美術最大の巨匠と。

アンリ・マティス ミモザ
アンリ・マティス 1869-1954  ミモザ  コラージュ(切り紙絵)148×96.5 1949
教科書で見慣れた絵の実物を目の当たりにした。なんという幸福か。

南フランス・ニースの花祭りの山車の通り道にミモザの花が匂う。マティスは、ホテル・レジナの画室でこの花を題材に切り絵(cut out)を制作したという。晩年のマティスは、切り紙絵に専念した。切り紙絵は、絵画、素描、彫刻の統合とみるだけでなく、マティス芸術の全体像とみてよい。マティスにとって、それほど重要な表現手段であったと。

アンリ・マティス 1869-1954
フランス、カトー生まれ。パリに出て美術学校に入り、ギュスターヴ・モロー教室で学ぶ。その後、印象派を知り、次いで新印象主義の影響を受けた。1905年、サロン・ドートンヌ展に「フォーヴ(野獣たち)」と名づけられた、鮮烈な原色対比の作品を出品、フォーヴィスム運動の中心的存在となった。ピカソと並んで、20世紀絵画の可能性を最も深く極め、大きな成果を残した偉大な巨匠であると。

ミモザの花木
ミモザの花木  フサアカシア(マメ科アカシア属)

ダリ ヴィーナスと水兵
サルバドール・ダリ 1904-1989  ヴィーナスと水兵  油彩 215×147.5 1925

ヴィーナスの顔には憧れの少女アンドレアの面影が残っているのでしょうか。もしかすると、水兵はダリ自身で、愛と美の女神ヴィーナスに導かれて、幸運な船出をする青年として描かれているのかもしれないと。
様式は一見して明らかなように、ピカソの20年代の古典主義的様式を手本にしています。分析的キュビスム、総合的キュビスムの様式研究を越えて、急速にピカソの現在にまで迫ろうとする、若いダリの意欲と若々しい力が溢れている作品であると。

サルバドール・ダリ 1904-1989
スペイン、フィゲラス生まれ。1929年、シュルレアリスム運動に参加するが、1934年、ブルトンと対立、除名される。「偏執狂的批判方法」に基づく、独自のシュルレアリスムの画境を打ち出す。1948年、スペインのポルト・リガトに定住し、妻ガラをモデルにした作品をローマ法王に贈り、カソリックに帰依、神秘主義の傾向を強める。シュルレアリスムの奇才であると。      


2012.11.1(木) 伊豆高原の宿に泊る

2012-12-03 | 旅行
OB会の旅行で伊豆高原を訪ねた。新幹線「のぞみ」で博多駅から新横浜駅まで直行し、直ちに新幹線「こだま」で熱海駅へとって返し、スーパービュー踊り子号で伊豆急・伊豆高原駅に着いた。所要時間6時間半であった。
福岡から伊豆高原に着いて感じたのは、空の青さと輝くばかりの明るさと空気のふくよかさであった。

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伊東市吉田から見た夕焼けの富士

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伊豆高原の宿から眺めた朝の伊豆大島

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伊豆の宿から相模灘に伊豆大島を見る

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伊東市八幡野にある伊豆高原の宿